第32話 思い出のむこう側
オレの横を子どもが駆けていく。7、8歳くらいだろうか。友達と手を繋いで向こうに消えていくのを、目で追うようにぼーっと眺めていた。
「アイキ、子どもは嫌いなのか」
「えっ? ルフは子ども好きなの?」
今日はルフと二人で、とある町に買い物に来ている。虹彩には魔族しかいないから、オレには少し物足りなく感じる。こうして人の町に来てみると、たまにはこんな人間くさい町も悪くはないと感じる。ミストーリを出てから……数カ月ぶりだ。
オレはリューナに剣を教えてあげたり、サラの手伝いをしたり、毎日それなりにいろいろと楽しんでる。たまにはルフとお出かけしたいと言ったら、ルフは快く誘いに乗ってくれた。
ルーセスは毎日のように悪夢にうなされていて元気がない。リューナが起こさないと起きないから、オレは役立たずだ。
ルフも同じように夢を見る。白昼夢を見ているようにぼーっとすることもあって、あまり元気がない。いつからかオレの部屋で一緒に眠るようになった。
「子どもは好きじゃない……というか、思い出してしまう」
ルフは細い目をさらに細くして、辛そうな顔をする。
「うん、そうだね」
ルフが"思い出す"のは、子供の頃に殺された夢のことだと、すぐに理解した。あの夢は、オレも思い出すのが辛い。
オレとルフは仲良しで、いつも一緒に遊んでいた。ある日突然、男の人と女の人がオレたちを殺しに来た。必死に逃げるけれど、結局、見つかって殺される。オレは先に殺されるから、オレが死ぬところを見たルフは、オレより辛いと思う。
あの夢だけは何度でも、繰り返して見るんだ。何年経っても、忘れることが出来ない。
「でも今はさ、こうやって安心して一緒に居られるだろ?」
オレはルフの手をぎゅっと握り、前方を指差してにっこり笑った。
「ルフ! あっちにきれいなお花が咲いているんだ。見にいこう?」
夢の中の、子どもの自分を演じてみせた。ルフはすぐに理解するけれど、躊躇する。
嫌な思い出は無かったことには出来ないけれど、もう
「……オレは花には興味ない」
「なんで? 綺麗なのに。ボクはきれいなお花が好きだよ。だから、ルフも見たら嬉しい気持ちになるよ♪」
ルフは少しだけ笑って、続きを演じるのをやめた。
「……よく覚えてるな」
「まあね♪」
この後、花を見に行ったまま……オレたちが帰ることはない。
「ちょうど今、駆けて行った子供くらいだったよね」
「あんなのを殺すことが出来るなんて……異常だ」
「無知っていいよね。あんなに笑うことは出来なくなったな……」
ルフは顔の前で拳を構えて、得意げな笑みを浮かべる。
「大丈夫だ、アイキ。オレたちはサイキョーなんだから」
いつも"最強"の意味もわからず"サイキョー"とルフは言っていた。そんなルフを、オレは兄のように慕っていた。本当に、頼もしく思っていたんだ。
「いつも一緒にいたね。二人きりだった。でも、寂しくなくて……むしろ、心強かったな」
ルフとオレは兄弟みたいだ。たくさんの記憶を共有している。でも、傍から見たら恋人同士にでも見えるんだろうな。オレ、見た目は女の子だし。
「ずっと一緒にいられるといいな」
「ずっと……一緒にいられれる……ふふっ!」
つい、笑ってしまった。オレが笑いだした理由がわからないようで、ルフは変な顔をしている。
「男同士で気持ち悪いって言う、リューナの声が聞こえた気がした!」
「オレとアイキが一緒にいると気持ち悪いのか?」
「オレたちは兄弟でも何でもないだろ? あんまりベタベタしてたら恋人同士みたいじゃん」
「そうか……もしかしてシーナが言ったのはそういうことだったのか?」
「え?」
シーナちゃんは、ルフの妹だ。そういえばルフは最近、短時間しか家に帰らない。夜はオレと眠るし……ずっとオレと一緒にいる。だから、シーナちゃんには寂しい思いをさせているのかもしれない。
「2、3か月くらい前に『ルフって、そっちの人だったのね、大丈夫、それでも私は兄だと思っているから』と言われた」
「それじゃ、シーナちゃんが誤解しないように、オレも一緒に暮らせば良いかな?」
ルフは、驚いたような顔をしてから真剣に考えこんでしまった。ルフは、ほんとにおもしろい。
視線の先に、高級そうな服屋さんが見える。オレは顎に手を当てたまま固まってるルフを引っ張って歩いた。
「見てルフ! この服、可愛い♪」
「アイキには短すぎないか? それじゃほんとに……」
「違うよ、リューナたんだよ。リューナもルーセスも服装とかこだわらないからさ。いつもオレが選んであげてるんだ」
リューナも女の子なのに服なんて着てればいいみたいなこと言うし、ルーセスは自分で選ぶことが出来ない。でも、そのおかげでオレ好みの格好を二人がしてくれる。
「ルフの服も選んであげるよ♪」
「ああ……」
ルフは気のない返事をした。理由はわかる。過去の記憶と今が重なるんだ。楽しかった思い出は、辛い思い出を余計に辛くする。楽しければ楽しかっただけ、辛くなるんだ。
「ルフ。オレたちだって楽しい時間があってもいいと思わない? 今は、ルーセスとラピスがオレたちを殺しに来ることは無い。オレたちもそれはしない。そんなの今まで無かっただろ? 仲良くすれば繰り返さないんだって、次のオレたちに思い出させれば良いと思わない?」
ルフは小さく息を吐いてオレに微笑む。
「……そうだな。それじゃ、アイキの服はオレが選ぶ」
「ほんと?! すごく嬉しい! ルフ大好き!!」
ルフに抱きついて喜ぶと、周囲から視線を感じた。
「アイキ! 見られてる……恥ずかしいからやめろっ。オレたちは子どもじゃない」
「だって嬉しいんだ♪」
その後、オレたちは店を転々とし、服やお菓子を買って帰った。途中からルフは「まだ行くのか?」とか「休憩しよう」と言ってばかりだった。きっと慣れないことをして、疲れたんだろう。
―――――――――――――――――
「わぁ、素敵……でも、ちょっとあたしには可愛すぎないかな?」
虹彩に帰ってすぐ、リューナの部屋に来た。オレの選んだ服を見てリューナが嬉しそうな顔をしている。
「大丈夫だよ、リューナたんなら似合うよ♪」
「そうかな……ありがとう、アイキ、ルフ」
ルフを見ると、横を向いて照れてるみたいだ。オレは笑顔でリューナに返事した。
「あとこれね、リューナの好きなハーブとお菓子」
「わぁ、ありがとう!」
リューナの笑顔が見られてオレも嬉しい。やっぱり、リューナの笑顔は特別だ♪
―――――――――――――――――――
「ルーセス、入るよ?」
ルーセスの部屋の前で、扉越しに声を掛ける。中から元気のない声が聞こえて、オレは扉を開けた。ルーセスは窓から夕焼け空でも見ていた様子だったけれど、オレたちが部屋に入ると振り返って、睨むようにこっちを見た。
ずっと昔から変わらない、翠色の瞳がオレを見ている。
「ルーセス、調子良くなさそうだね。ちゃんと食べてる?」
「ああ、それなりに」
「あまりひとりにならない方がいいんじゃないか?」
「……大丈夫だ。リューナもシーナも、よくオレの様子を見に来てくれるんだ。サラとジルも来てくれるし」
ルーセスは笑顔を作ろうとしてるみたいだけど、引きつっていて笑顔には程遠い。
……なんて情けない顔をしてるんだろう。
「シーナが……?」
ルフが驚いた顔をしてルーセスに聞き直す。オレもシーナちゃんがここに来ているのは知らなかった。
「はじめは、ルフのことを聞きに来たんだ。その時にオレのことを酷く心配してくれて……それからかな。今は一日に何度も来てくれる。手作りのお菓子を持ってきてくれたり、小さなぬいぐるみを持ってきてくれたりする。その日にあったことを話してくれて……助かっている。気が紛れる」
ベッドの枕元や窓際に、毛糸玉みたいな小さなぬいぐるみがいくつも置いてある。シーナちゃんが持ってきてくれていたんだ。
「ルーセス、服を買ってきたんだ。ここに置いておくからな」
「ああ。いつも悪いな」
「こちらこそ。ルーセスのお陰でオレ好みの服がいっぱい買えるんだから。ありがとう、王子様♪」
「ああ……そういうことか」
ルーセスは少し笑った。そうだ。買い物はいつも、ルーセス王子様のお金を使わせてもらってる。
それにしても、ルーセスの周囲には女の子が集まる。いつもそうだ。城でも無駄に寄ってくる女の子たちを、オレは全部追い払った。ただし、リューナだけは特別だ。
ルーセスの部屋を早々に立ち去る。
オレとルフは、必要以上に今のルーセスとは話さない。余計なことまで言ってしまいそうになるんだ。それに、ルーセスの辛そうな顔を見たくない。でも、今回ばかりは、オレにはどうすることも出来ない。
ルーセスは、いつかオレを殺しに来るのかもしれない。その時は、ちゃんと戦おう……全力で、オレがルーセスを殺してあげよう。
その時は、残念だけど……またやり直しだ。
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