第三章
第25話 紅い魔法と碧い魔法
大きくて温かいルフの手を、自分の頬に当ててみた。人の手の感触が、自分が眠っていたことと目覚めたことを認識させてくれるようで、心が落ち着く。
「ありがとう。ルフにまた助けてもらっちゃった……」
「リューナ……違う。オレのせいでこんなことになったんだ。オレが中途半端なことをしたから、リューナを苦しめてしまったんだ」
ベッドの脇に座っているルフは、あたしのすぐ横で表情を曇らせる。もしかしたら、ルフはずっとあたしの横にいてくれたのかもしれない。
「ルフはあたしを助けてくれたじゃない。ルフのせいじゃないよ……ううん、誰も悪くなんかない」
目を閉じると、頬からルフの優しさが伝わってくるような気がした。柔らかな紅色の光は、ルフの優しい熱。
「ねぇ……あたし、どのくらい寝てた?」
「今は、リューナが眠った次の日の朝だ」
「そっか……。ルーセスとアイキは?」
「まだ眠っているだろう、静かだからな」
「そうだね、静かだね……」
窓越しに、小鳥のさえずりが聞こえる。早朝の優しい陽射しと、澄んだ空気。ゆったりとした時間……ミストーリでは、こんなに落ち着いた、穏やかな気持ちで過ごしたことはなかったかもしれない。
「リューナ、おまえは……」
「ん……なに?」
ルフは何かを言いかけてやめると、なぜか少し顔を赤らめて、恥ずかしそうに視線をそらした。わけがわからず、眠っている間に変なことでも言ってしまったのかもしれないと不安になる。
「いや、その……オレは、おまえがいいと思う」
「は?! なに言ってんの?!」
「そうじゃなくて……。ああもう、オレは説明が下手なんだ!」
こっちまで赤面してしまう。あたしはルフを見つめたまま何も言えなくなってしまった。ルフは襟足の髪をくしゃくしゃと掻き、何かを決意したようにあたしを見下ろして、小さく深呼吸した。
「アイキもオレも、特別な魔法を使う。でもそれは、オレたちだけが特別というわけではない。リューナにも、リューナだけが持つ特別なものがある。人は、誰もがそうなんだ。オレは、おまえのその特別なものがいいと思っている。だから……自信を持て」
「あ……うん。ありがとう」
どうしてルフは、突然そんなことを言い出したのだろうかと思いながらも、どう省略したら"お前がいい"になるのかと思考を巡らせる。
「リューナ……オレの魔法を使うか? それとも、アイキの魔法を使うか?」
「えっ、あたしは……」
「いや、だっておまえは……」
バタン――――!!
「ルフっ! 抜け駆けするなんてズルい!!」
突然、扉が開くと同時に、アイキが大声を出した。ルフが焦って手を離して振り返るので、あたしも手を引っ込めた。アイキはじっとルフを睨むように見つめている。
「アイキ、勘違いするな。抜け駆けなんてしていない」
「ルフは、油断ならないんだよ」
部屋着みたいな格好のアイキが、ずんずんと部屋の中に入ってくる。あたしはのっそりと体を起こした。なんだかまだ、頭がぼうっとする。
「リューナ……」
アイキがあたしを見つめてる。にこにこしていないせいか、違和感を抱く。真面目な顔をしてるアイキなんて……記憶にない。
アイキはルフの隣に来ると、あたしに向かって手を翳した。
「リューナの中の黒い魔法は消えた。信じられないかもしれないけど……ルーセスがリューナを救ったんだ。ルーセスが、光の魔法で黒い魔法を消してしまった」
「知ってる……ような気がする。黒い魔物が、飛び去っていったの。それから黄金色の光が輝いてて……。ビシュって言う人が、教えてくれたの」
「ビシュ?」
アイキは手を降ろすと、驚いたような顔をしているルフと目を合わせた。
「ビシュが助けてくれたのか……だから、完全に消えてるんだ。こんなこと……やっぱりあいつにしか出来ないよな」
「アイキのことは、大切な仲間だって言ってたよ。アイキは、あたしの知らないところで頑張ってくれてたんだね」
あたしがアイキに笑いかけると、ようやくアイキは少しだけ微笑んでくれた。
「やっぱりリューナは特別だよ……だから誰にも渡したくないんだ。ねぇ、ルフもそう思うだろ?」
「そうだな……オレたちにはリューナが必要だ」
「な……何言ってんの、アイキもルフも……」
ルフはアイキを見上げると、突然、片手で頭を押さえて顔を歪める。
「ルフ……どうしたの?」
「大丈夫か?」
ルフは、目を閉じたまま……返事をしない。
「オレは……ルーセスに……殺されるのか?」
「ルフ……?」
「なんで……そんなこと……?」
アイキが屈んでルフの顔を覗きこむと、ルフはハッとしてアイキを見つめる。二人が見つめ合う間、時間が止まったように沈黙が続いた。
「ルフ、大丈夫だよ。そんなことより、今はリューナに魔法を渡すんだ。オレとルフの魔法を。この時をどんなに待ち侘びたか……」
ルフはアイキを見つめたまま、こくりと頷いて立ち上がる。二人は並び、あたしを真顔で見下ろす。その鋭い視線に、恐怖を感じる。
「二人の魔法をもらうって……そんなこと、できるの?」
「リューナなら出来るよ。リューナは特別なんだから」
二人は同時に魔法を使う。ルフは、あの時みたいに片手に紅い炎を宿し、アイキは自分の周囲に碧い水を漂わせた。
「え……ちょっと、待って……心の準備が!」
二人が揃ってあたしに手掌を向けると、アイキがにっこりと笑った。
「大丈夫だよ、リューナ。心配しないで♪」
「ええっ――!」
炎と水という正反対の魔法が、光り輝いて重なりあう。あたしは、その眩しい光にまぶたを閉じた。体の中が沸騰するような熱と、その熱を体の隅々まで循環させるように流れる何かが体じゅうを駆け巡る。
あたしの中の空っぽだった部分が、アイキの綺麗な水とルフの温かい熱に満たされる感覚がして、魔法が落ち着いていく。
「……リューナはオレたちのお姫様なんだ」
アイキの声にまぶたを開くと、アイキがあたしに近づいて頬に触れた。冷たい手……だけど、心地良い。碧い瞳に、あたしが映しだされる。
「ありがとう、アイキ……ルフ」
「違うよ……リューナがオレたちを助けてくれるんだ」
「え……?」
「よろしくね、リューナ……」
「うん……でも、今は、ありがとうだよ」
アイキは、いつもの笑顔を見せてくれると、あたしから手を離した。ルフとアイキは、特別だ。そんな二人の魔法を持ってるのは、この世界にあたししかいない。風の魔法なんかよりも、もっとずっと特別で素敵な魔法。
「ありがとう。あたしは、二人が大好き。この魔法……大切にするね」
二人に手を伸ばすと、二人はあたしを抱きしめてくれた。温かいルフの熱と、冷たくて心地良いアイキ。なんで二人に嫉妬なんてしたんだろう。二人に出会い、二人のために生きることがあたしの生きる目的で、生きる使命なのに、どうしてこんな大切なことを忘れていたんだろう。
うん……? あたしはまだ寝ぼけてるのかな……?
「そうだ!」
アイキが突然、何かを思い出したようにあたしから離れる。
「ルーセスが、うなされてるんだ。オレが起こしても目を覚まさなくて……」
ルーセスの心配をして表情を曇らせるアイキを見ていると、少しだけ安心した。やっぱり、アイキは、アイキだ。
「しょうがない王子様ね」
あたしがいたずらっぽく笑うと、アイキも少しだけ微笑んだ。やっぱりアイキは可愛くて、とても敵わない。
まだ、ほんのりと残る魔法の余韻に浸りながら、あたしはベッドからするりと降りた。
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