第21話 黒い魔力

「相変わらず、異常な魔力……」


 アイキが不機嫌そうに小さく呟いた。気が付くと、オレたちは星空の瞬く草原に立っていた。月明りを頼りに見渡す限り、周囲には何もない草原だ。思わず、同じように周囲を見渡すルフと目を合わせた。


「空間魔法だよ……ラピスは空間魔法の使い手なんだ」

「これも空間魔法? 一瞬でオレたちを移動させたということか?」


 アイキが空を仰ぎながら、呟く。オレとルフの驚く顔を見て、ラピスは目を細めて得意気に微笑む。よく見ると、隣りでビシュがリューナを抱いている。いつの間にリューナを抱いていたんだ……? この二人は、いったい何者なんだ。


「さっきアイキの短剣を止めたときも……空間魔法で転移してきたということか?」

「そうだよ。二人ならオレを止めることくらい簡単だと思ったんだ」

「でも、さすがに驚きましたよ。アイキさんには敵いません」

「……よく言うよ」


 ビシュがアイキと話しながらリューナを草原にそっと降ろす。ラピスがその隣りに座りこみ、リューナの胸元に手を翳した。薄らリューナの胸元が黒く淀んで見える。


「……なるほどな」


 ラピスはふっとアイキを見上げる。オレたちは真剣な表情のまま、ラピスを見下ろしていた。


「嫉妬……渦巻く感情に取り込まれたようじゃな。碧いの……紅いの……主らがリューナを助けようとすることが、余計に嫉妬心を強くする。黒い感情が、リューナを目覚めさせぬようだ。自覚はあるか?」

「……意味が分からない」


 ルフが真顔のままラピスに答える。確かにオレにも意味が分からない。アイキは何かを理解したように唇を尖らせた。冷たい夜風が草を擦り、ざらざらと音を立てる。


「主らの輝きは、リューナには眩すぎたんじゃ……自らを見失うほどに。ルーセスも同じじゃ」


 ラピスは立ち上がると、ビシュを見つめて頷いた。ビシュはそれに応えるように少し首を傾けてにっこりと微笑んだ。


「このいにしえの魔法を解き放とう……だがな、次はない。リューナが嫉妬心をこの月影はるかなる草原のごとく広き心へと変容させることが出来なければ、自ら滅びの道を辿ることになろう……」


 ……どうしよう、ラピスの言っていることがわからない。ちらりとルフを見てみると、ルフも首を傾げている。ビシュが微笑んでラピスの横に立つ。


「つまり、リューナさんが眠ってしまったのはアイキさんやルフさんに嫉妬したことにより、自責の念にと囚われてしまったからではないか、ということです。リューナさんは自信の源であった風の魔法を失い、自信喪失していましたからね。黒い魔法は、黒い感情を吸い、リューナさんの心を蝕みました。ですが、ここで黒い魔法を解放することにより、これより先は黒い感情はそのままリューナさん自身を苦しめるようになります。そうなれば、リューナさんは魔物と化してしまうこともあり得るということです」


 ビシュの説明は丁寧だと思ったが、やはりよくわからない。人が魔物になるなんて……そんな馬鹿な。


「……もう、いいよ。それについてはオレに考えがある。早くリューナの黒い魔法を解放してくれ」


 アイキはそう言うと両手に短剣を取り出した。片手を伸ばし、真っ直ぐに構える。


「人は皆、不安定なものなんだ。様々な事象にとらわれて心の安定を失う。時には自分を見失い……黒い感情に支配されてしまう。それは悪いことじゃない。誰だって苦しみや憎しみ、嫉妬心を抱くことはある」


 ラピスはアイキの言葉に促されるように、リューナに再び手を翳した。リューナを見つめるその眼差しは、どこか悲しそうで、憂いを含んでいるように見える。


 苦しみや嫉妬……。オレも魔法を使えないことに苦しみ、魔法を使える者に嫉妬していたかもしれない。そう思う自分を醜いと思った。惨めだと思った。それでも、その感情に支配されてしまうことがなかったのは、兄さんや母さんが、アイキやリューナが、オレを支えてくれていたからなのかもしれない。オレの心は……そうやって守られていたんだ。


「その通りじゃ……碧いの。リューナはこれ程までに皆に愛されていながらも自分を見失ってしまった。余計な力など無くとも……誰もがその心に輝きを持っておる。……ルーセスよ」


 ラピスに名を呼ばれてはっとする。


「わらわがルーセスを守ろう……。リューナの黒い魔法を解き放てば、夥しい黒い魔物の群れと対峙することになる。わらわのそばを離れないようにしてくれ」

「わかった……」


 ラピスに言われて返事をしたものの、自分の身を守ることくらいは自分で出来ると自負している。腰から剣を引き抜くと、ビシュも大剣を取り出した。オレの剣も大きめのものだが、それよりもさらに長い。あんな大剣を使うのか……?


 アイキがくるりと振り返り、ルフに細身の剣を手渡した。オレと練習の時に使っていた剣だ。


「ルフはオレと戦おう。何か、思い出すかもしれないからな」

「思い出す……?」


 ルフとアイキが見つめ合う。ルフは困惑した様子だが、アイキはにっこりと笑った。


「それでは始めよう……古の黒い魔法を解き放つ……!」


 ラピスがリューナに翳す手を天へと向けた。すると、リューナから黒い靄が立ち込め、それが次第に形を成していく。黒い魔物が再びオレたちの前に現れた。それでも靄は広がり続け―――黒い魔物の数は、増え続けていく。空を覆い尽くすように次々と黒い魔物が現れ、白い月明かりに照らされる。


「これを全部……倒すのか?」

「……久々に全力で戦わないといけないかな」


 オレの呟きに、アイキが隣でくすくすと笑い出す。その眼と両手に持つ短剣が、碧く輝いている。アイキの向こう側で、ルフは剣を握りしめると刃先を紅く光らせた。紅い魔法を剣と共に使うつもりのようだ。


「それにしてもリューナの奴、闇を抱えすぎじゃないか?」

「リューナさんの闇と云うわけではありませんよ。リューナさんにかけられた魔法を具現化したようなものです」


 ビシュが微笑みながら説明をしてくれた。ビシュの剣は常磐色ときわいろに輝いて見える。ビシュも特殊な魔法の使い手なのだろうか……。


 ラピスが手を降ろすと、大きな剣を抱きかかえるように取り出した。ビシュと同じような、自分の背丈程もある大剣を持つ姿に、思わず見とれる。


「ルーセス、あいつの剣をよく見ておくといいよ。ヤバいから」

「やばい……?」


 アイキはそう言うと魔物を見上げながら武器を構える。


「くるぞっ……!」


 黒い魔物が呻き声をあげながら、一斉に動き出した。

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