第20話 きっと仲良し
「ルーセス……?」
声が聞こえて目蓋を開く。どうやらオレは眠っていたようだ。身体を起こして振り返ると、アイキが少しだけ扉を開けて、こちらを覗いていた。
「……アイキ?」
「起こしてごめん……部屋に居ないからここかなと思って」
「……いや、大丈夫だ」
返事をしつつ、リューナの様子を確認するように頬に触れてみると、ほんのリ温かく、相変わらずよく眠っているようだ。月明かりの所為かリューナがいつもより白く見える気がした。
「その……今日のこと、謝ろうと思って。……ごめん」
アイキが扉の前で小声で呟いた。オレが頷くと、少し安堵したような表情を見せる。
「少し……話せるかな?」
「少しじゃなくて、いくらでも」
微笑んで返事をすると、アイキも控え目に微笑んだ。そのまま部屋に入ってくると床に座ったので、オレも向かい合うように床に座り直す。窓から差し込む月明かりが、異様に白く明るく光っている。外を見ると丸い月が窓の縁に映った。
「オレ……またリューナを危険な目に遭わせてる……」
「アイキのせいじゃない。オレだって何もできなかったんだ」
アイキは膝を抱えて座り、俯いている。
「アイキ……前に説明してくれただろう? リューナの黒い魔法が蕾の状態でじっとしてるって。今は、その蕾が開花してしまったということなのか?」
「うん……たぶん」
こちらを見ないまま曖昧な返事をするアイキに質問を重ねることを一瞬ためらう。
「ということは……今こそ、その黒い魔法を上書きすることが出来るんじゃないのか?」
「そうだね……ただ、どうやって上書きすればいいのかわからない。オレやルフの魔法じゃダメなんだ……サラやジルの精霊の魔法も強すぎる」
泣き腫らしたような目を擦るアイキを見ていると、続く言葉が見つからなかった。オレはまだどこかで、リューナが明日の朝にでもなれば目覚めるのではないかと思っていた。だが……それは恐らく有り得ない。それがわかるから、アイキは、こうして膝を抱えているんだ。
知りすぎると希望を失くす……そう言うアイキは、希望を持っていないのだろうか。それならば、どうしてオレを守ってくれていたのだろう。なんのために正体を隠して、ミストーリで音楽家をしていたのだろう。
「ルーセスは……因縁ってわかる? 前世で仲良くしていた人とは、生まれ変わっても仲良くなるっていう話とか、知ってる?」
「因縁……前世? 聞いたことがないな。でも、きっとそれが本当なら、オレはアイキやリューナと生まれ変わる前も仲良くしていたのかもしれないな」
アイキは、ちらりとオレを見てから俯くと、震えるような声で囁いた。
「そうだね。……きっと、仲良しだったんだ。そう思うよね……」
なぜ突然そんな話をするのかと思いながらも、言葉にできなかった。アイキは膝に顔を埋めてしまい、声を出さずに泣いているように見えた。手を伸ばすと、淡い檸檬色の頭をぽんぽんと撫でた。
アイキはひとりでいろいろなことを抱え込んでいる。オレは何も知らず、アイキに負ぶさる荷物でしかない。どうすればアイキを助けてやれるだろう……? どうすれば共に歩む仲間として傍にいることができるのだろう……?
遠くから、コツ、コツ、と足音が聞こえてくる。少しずつ近づいてきて、オレたちの居る部屋の前で止まった。
「……ルフだろう?」
アイキが振り返らずに言うと、木の扉がゆっくりと開く。
「……やはり、おまえたちもいたのか」
ルフは部屋に入ってくると、オレたちの傍らに座った。ルフはしばらく何か考えているように、無言のまま俯いていた。オレもアイキも、何も言わずに黙っていた。
「……その、すまなかった」
ルフが呟くように謝罪する。月明かりに濃紅の瞳が揺らぐと、ほんのりと頬が赤く腫れているように見えた。
「その顔……どうしたんだ?」
「シーナに……怒られた。おまえたちに謝って話をして来いと追い出された」
「ルフも妹には敵わないんだね」
ルフはオレたちの顔を見て、意を決したように真剣な表情をした。
「リューナのことは、オレが悪い。アイキの言う通りオレが中途半端だった。サラに言われた言葉が身に染みる」
ルフも責任を感じているのだろう。誰が悪いという話ではないと思うが……オレは何と言ったらいいのかわからずに黙っていた。
「ルフが悪いわけじゃないよ……」
アイキがそう言うと、何かに気がついたようにその場に立ち上がる。
「そもそも……リューナに魔法をかけた奴が悪いんだ。どんな理由があったとしても――それが最愛の人を守る手段であったとしても――もうそんな、かりそめの希望なんて必要ないんだ。」
ルフも何かに気がついたように立ち上がる。オレも釣られるように立ち上がった。アイキは視線を落とし、リューナを見つめると唇を噛みしめる。
「もう……わかっただろう? オレはこの先に行きたいんだ。もう、意味のない繰り返しなんてしたくないんだ。だから……」
アイキは、リューナに語りかけるように話している。
「おまえも踏み出せよ……一緒にリューナを助けよう」
リューナはアイキの言葉に反応することもなく、ピクリとも動かない。けれど……どこからか視線を感じる。それにアイキは、リューナではなく別の誰かに話しているようだ。いったい誰に……?
「まだ……信用できないのか?」
アイキは手を伸ばすと、短剣を取り出した。両手で短剣を握りしめて、刃を自分に向ける。その剣先が月光に照らされて鈍く光った。
「アイキ……?」
「オレは……本気だ!!」
ただならぬ様子に踏み出すが……間に合わない! アイキが自分の胸へと短剣を引き寄せた。
「アイキ――!」
その刹那――――目を疑う。短剣は、アイキの体を傷つけることなくその動きを止めた。アイキの腕を掴む男の顔が、月明かりに照らされる。
「全く、そんな無茶をしてはいけませんよ……」
「ビシュ……」
「でも、アイキさんが僕を信用してくれているのは嬉しい限りです」
アイキはその男の顔を真顔でじっと見つめて名を呼んだ。男は微笑んでアイキを見つめているが、眼は笑っていない……真剣そのものだ。アイキは、この男が助けに来ることがわかっていたから、自分に短剣を突き立てたのか……?
「わらわたちにも……準備というものが必要だ。そう急かさずとも、お主のことは信じておる……碧いのよ」
後ろから声が聞こえて振り返る。見知らぬ女性が、濃紫色の目を細めてオレを見つめた。真っ直ぐに切り揃えられた前髪と、肩のあたりで綺麗に揃う淡い紫色の髪が揺れる。
なぜか、惹きつけられるその女性から目が離なくなる。女性はしばらくオレを見ていたけれど、少し顔を赤らめて視線を逸らした。
「そんなに見つめないでくれるかルーセス……照れるではないか」
「はっ……あ、いや……」
オレも照れるように視線を逸らしてから、はっとする。
「どうしてオレの名を……?」
女性が微笑むと、アイキを止めた男が横に並んだ。突如として現れた二人の男女を月光が照らし出す。
「お目通りがかない光栄です、ルーセス王子。わらわの名はラピス。此方はビシュと云う」
「リューナさんを助けましょう。僕たちはそのために準備をしてきました」
晴れ晴れとした表情の二人に対して、アイキが複雑な表情をしている。それに気がついたようにラピスという女性はルフへと視線を移した。ルフは警戒するように女性を見つめる。
「紅いのも何も知らぬといった様子じゃな……」
「まだ……二人には会わせたくなかったんだ……でも、リューナが……」
アイキがリューナを見つめて顔を歪めると、ビシュ、という男が微笑む……いや、この男はずっと微笑んでいるが。
「もう……大丈夫ですよ」
「ここでは無理だな……場所を変えよう」
ラピスが手を伸ばした瞬間、何かが正面からぶつかってくるような衝撃に目を閉じた。
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