第22話 望み願う
ラピスは大きな剣を振りかざす。見てみろとは言われたものの、魔法を使い戦うラピスの剣とオレの剣とでは、根本的に動きが違う。ラピスの剣の描く軌跡は、キラキラと光が舞うように見える。その光に魅せられた魔物は誘われるようにラピスの剣に向かって行き、次々と斬られていく。白い魔法の餌食となった魔物は漆黒の羽根だけを残し、消え去っていく。白い光と漆黒の羽根が舞う……その光と剣の動きに目を奪われる。
アイキの動きも、今までとは格段に違う。ずっと碧い魔法使いであることを隠していたから、本気を出していなかったのだろう。碧い光に捕らわれた魔物は、碧い水に溶けるように落ちていく。短剣は斬るための武器ではなく、魔法を乗せる道具だ。アイキが踊るように短剣を振る度に碧い水飛沫が放たれて、とても美しい。
ルフはまだ剣を使い始めたばかりだが、基本能力が高いので既に自分のものになっている。重なる魔物を貫く紅い光は、圧巻の光景だ。熱を帯びて魔物を焼き焦がす紅い光を、ルフは剣で操る。その動きに無駄がない。
そのルフをフォローするようにアイキが魔法を放つ。紅い光と碧い光がぶつかり弾けると、周囲に飛んでいる魔物が光の爆発に巻き込まれて、地面にぼとぼと落ちる。
ビシュの戦い方は異常だ。魔物の攻撃など関係なしに向かっていく。魔物の爪に傷つけられながら、魔物の魔法に切り裂かれながら、常磐色に輝く大剣を振り回す。ビシュの周囲の魔物は、魔法と大剣に斬られると同時に消え去り、後には魔物の黒い羽根だけが舞い散る。
オレは迫ってくる魔物を薙ぎ払う。薙ぎ払った魔物をラピスが引きつけてくれるので、オレは本当に自分を守るだけだ。だが……それでも精一杯だ。オレがどんなに頑張ってもアイキの魔法やルフの魔法には敵わない。そんなことはわかっていた。オレは魔法を使えない。それは武器が少ないということだけではない。
オレはこの戦いに於いて、何の役にも立っていない。自分に襲いかかる魔物を薙ぎ払い、叩き斬ることしかできないのでは、数に押されてこちらが先に力尽きるのは明瞭だ。
……自らの剣の前に迷う。オレは足手まといだ。役に立てないどころか……邪魔者でしかない。
剣を振るうことに、ここまで自信喪失したことは無かった。
オレは今まで……ただ出来ることをやって自己満足していただけじゃないか―――
「―――ぐあっ!」
「ルーセス!!」
気を抜いた隙に、魔物の魔法でオレは派手に吹き飛ばされる。アイキが飛んで来ると、オレを狙う魔物を瞬時に魔法で溶かしてしまった。
「大丈夫か……?」
「ああ……すまない」
オレが起き上がろうとすると、アイキが横に来てしゃがみ、背に手を当てて傷を癒やしてくれる。碧い光に包まれる……。アイキは首を傾けてオレの顔を覗きこむと、にっこりと笑った。
碧い瞳の中にオレが見える。迷い、傷付き、拗ねたような情けない顔をしているオレをアイキは見ているんだ。
「ルーセス、オレがサポートするから大丈夫だ!」
アイキは何故、こんなオレを守り支えるのだろう。アイキはいつもオレの少し後ろに立って、出しゃばることはない。いつでも引き立て役に徹している……オレのために。
「オレの本領はサポートなんだ♪ ちゃんと受け取れよ、ルーセス!」
アイキはそう言うとニカッと笑い、歌いだした。その歌声に合わせて周囲に碧い光が舞う。響き渡る歌声にラピスとルフが反応する。
剣を握りしめると、剣が軽い……いや、身体も軽い。剣を振り魔物を斬ると、空気まで断ち切るように魔物を真っ二つに切り裂いた。薙ぎ払うので精一杯だったのに、これは……アイキの碧い魔法の魔力だ。
アイキは碧い魔法を使いこなしている。いつから、どこで、何のために碧い魔法を使っていたのだろう。ずっと一緒に居たのに……オレはアイキのことを知らなかった。いつも傍らにいたのにアイキの理解者では無かったんだ。
オレの心は……虚栄心に満ちていたんだ。アイキがいなければ何もできないというのに。
迫り来る魔物を薙ぎ倒し、切り裂く。オレには、こんなことしか出来ない……!
「くっ……!」
アイキの声に振り返る。魔物に囲まれながらも魔法を繰り出し、魔物の攻撃を避けながら戦っている。けれど、魔物の魔法までは避けきれずアイキの服に血が滲む。
オレがアイキの元に走ろうと思っても、オレにも魔物が迫り来る。アイキの歌声が途切れ、徐々に身体が重くなる。まずい……アイキの声が途切れると、オレは魔物を倒せない。このままではアイキが……!
紅い閃光が目の前を通り過ぎる。ルフがアイキに迫る魔物を貫いた。だが、余所見をしたせいでルフ自身が魔物の鋭い爪の餌食となり、背中を魔物に切り裂かれる。その衝撃でルフは草原に転がった。そのルフに迫る魔物を、アイキが魔法を放って碧い水に溶かす。
アイキが、ルフの元へと駆け寄ってルフを起こす。オレにしたように、ルフの傷を癒やしているようだ。
「ルフ……」
「クソッ!」
「ルフ……思い出してくれ。このままじゃ勝てない!」
アイキは碧く輝く短剣を顔の前に構えている。
「思い出す? 何を言っている!?」
「いつもルフは、そうやって忘れちゃうんだ……! いつも、いつも!!」
ルフが自分の剣に紅い光を宿すと、アイキがその剣に自分の短剣を重ねた。二人が剣をひらりと水平に回すと、紅い魔法と碧い魔法が同時に輝き、二つの相反する魔法が一つになったように閃光が走る。その閃光が瞬く間に周囲の魔物を包みこみ、一掃した。
その輝きを見つめながら、ルフは片手を額に当てて、その場にしゃがみこむ。
「紅い魔法と碧い魔法……? あれは……?」
ルフは、はっとしたように体勢を整えると腕を伸ばし、左手に持つ剣を真っ直ぐに構えた。その隣にアイキが並び、右手に持つ短剣を前に構える。二人が対に並び、同じ構えをしている。
「これこれ♪ オレはルフを待ってたよ……ずっとずっとね」
「夢……じゃなかったのか」
「夢じゃない……オレたちの記憶だ」
驚いたような表情のルフに、アイキが満面の笑みを零す。
「いくよ、ルフ!」
対に並ぶ二人は、同時に動き出すと魔物に向かっていく。二つの魔法が絡み合いながら魔物を消し去る。二人が対になり、ひとつの魔法を使うように見えた。
「紅いのと碧いのは、二人でひとつの魔法を使うのだ……碧いのは覚えていたが、紅いのは忘れていたようだな」
ラピスが周囲の魔物を倒すと、オレの隣に立つ。剣先を地面に降ろすと、オレの頬に優しく触れた。オレの躊躇う顔を見て、目を細めて微笑む。
「ルーセス……この魔物は黒い感情を喰い物にする。ルーセスがそんな顔をしておると、いつまでもこの魔物は増え続け、わらわたちは限界を迎えるだろう」
「限界……?」
「如何に巧く魔法を使うことができたとしても、わらわたちも所詮は人……限界はある」
ラピスはそう言うとビシュの方へと走りだす。傷だらけのビシュにふわりと白い光を飛ばすと、傷を癒やしているようだ。ラピスはビシュの傷を癒しながら戦い、オレの魔物も引きつけている。
傷つきながらも、鋭い目つきで魔物を切り裂きながら進むビシュに目を奪われてしまう……とても、敵わない。たったひとりで数十か……それよりも多くの魔物を倒してしまう……。
「ルーセス!」
振り返ると、ラピスがオレを庇って魔物の爪に弾かれた。大剣がドサッと落ちて、ラピスが草原に倒れる。
「くっ……わらわとしたことがっ!」
オレは剣を握りしめて、ラピスを弾いた魔物に斬りかかる。
「ぐぉぉぉぉ!」
斬りつけた魔物から漆黒の羽根がバサバサと溢れた。もう一度斬り込もうと両手を振り上げるが、その瞬間――魔物の目が光る。ダメだ……避けられない!
「くっ……!」
魔法の風に切り裂かれながらも魔物を叩きつけると、倒れたままラピスが魔法を放ち、魔物を消した。
体中の傷が痛み、血が滲む……。
「ルーセス……」
「ラピス、すまない……」
ラピスが起き上がり、大剣を拾い上げる。その腕の深い傷跡から赤い血が滴る。オレを庇ってケガをしてしまったんだ。オレが……弱いばかりに。
「ルーセス。このままでは、わらわたちが倒れるのも時間の問題かもしれぬ」
「どうすればいい……」
「この魔物を再びリューナに戻すか? そうすれば、わらわたちは助かる……リューナが目覚めることは二度とないだろうが」
「駄目だ……それは駄目だ!」
ラピスが目を閉じて、ふっと微笑んだ。
「では、ここで亡ぶか……それもまた良し」
「それも……駄目だ……!」
横目でリューナを見ると、まだ黒い靄に包まれている。黒い魔物は、幾らでも増え続けていく。これでは、消しても消してもキリがない。
どうすれば消えるんだ……ただ倒すだけではこの魔物は消えないのか?
リューナの上にかかる黒い靄はまるで……オレの心の闇を映したかのように見えた。
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