第18話 ケンカしちゃダメ
オレはルフとの約束通り、虹彩に来てから毎日のようにルフに剣を教えている。ルフは勘がいい。オレが出す課題を毎日こなし、教えたことをすぐに自分のものにしてしまう。教え甲斐もあって、単純に楽しい。あっという間にオレなんか抜かれてしまいそうで、オレも気を引き締めて、ひたすら練習をした。
魔法が使えなくても、オレにはこの剣がある……そう思いたかった。
今日もリューナがいつもの石の上に座り、オレたちを眺めていた。魔法のことはよくわからないままだが、城でただひたすら風の魔法を練習していたリューナとは、まるで別人のようだ。
毎日、疲れ果てて早く眠ってしまうし、すれ違うことが多くリューナとはあまり話せていない。後で、リューナを散歩にでも誘ってみよう。たまには二人で話してみるのも良いかもしれない。……まぁ、余計なお世話だと言われるだけだろうが。
ルフが突然、手を止めたと思うと、苦しそうに片手で胸を押さえて膝をついた。
「ルーセスっ、様子がおかしい……」
「ルフ、どうした?」
顔色を見ようと覗き込むと、眼が紅く輝いている。今、ルフは魔法など使っていなかった筈だ……いったい何が?
「ルフ……?」
「まさか――――!」
突然ルフは立ち上がると、サラの屋敷の方へと走りだした。
「ま、待ってくれ!」
オレはルフの剣を拾いあげると、急いで後を追った。
―――――――――――――――
「リューナ! リューナ!!」
屋敷に入ると、奥の部屋からアイキの声が聞こえてきた。ルフが先に奥の部屋へ入っていく。追いかけて行くと、食卓に食事が綺麗に並んでいた。奥のベンチにアイキの姿が見える。ルフは一目散に走って行くと、そのままアイキの胸ぐらを掴んだ。
「アイキ! リューナに何をしたっ!!」
アイキが一瞬怯むものの、ルフを睨みつける。急いで二人のもとへ向かうと、次に目に入ってきたのは、ベンチに横たわるリューナだった。
「ルフ……だって!」
アイキはルフを振りほどくと、逆にルフに掴みかかる。
「ルフが先にリューナに魔法をあげたんだろ?! ほんとはオレがあげたかったのに!」
「そんなこと知るか! オレが助けなければリューナは死んでいた……あんなになるまで放っておいてよく言えるな!!」
「リューナには古の黒い魔法が残っていたんだ……だから慎重にならざるを得なかったんだ」
「それで見殺しにするつもりだったのか……!」
「違う! いつもそうなんだ! ルフは勝手に先走って中途半端なことするんだっ!!」
「アイキ! ルフ! いい加減にしろ!!」
オレは二人を止めようとして駆け寄った。
「うるさいっ!」
「黙れっ!」
―――カッ!!
二人は同時に片手だけをオレに向けると、魔法を放った。紅い光と碧い光に見事に吹き飛ばされる。
「うがっ……!」
背中を強く壁に打ちつけて、オレは床にずり落ちるように倒れた。二人はオレなんかには目もくれず、互いに掴み合い、睨み合っている。
……なっ、なんて奴らだ。オレのことは眼中に無いというか、無視かよ!
「オレはリューナに魔法を見せてあげただけだ、何もしていない!」
「それでどうしてこんなことになるんだ!!」
「わからないよっ! ルフがリューナにあげた魔法だろ、説明しろよぉっ!!」
「オレに分かる訳がないだろうが!」
オレは何とか立ち上がると、リューナが横たわるベンチへ近寄る。体中が痛い……あいつら手加減無しか?
リューナの頬に触れてみると、ほんのりと温かい……呼吸もしているので眠っているようだ。……だが、二人の様子を見る限り、ただ眠っているだけでは無さそうだ。
「黒い魔法が反応したんだ……だからルフは中途半端だって言ってるんだっ! オレならこんなことにはならないっ!!」
アイキがルフを振りほどくと瞳を碧く光らせる。アイキの綺麗な碧色の瞳に、思わず見入ってしまいそうになる。そのままアイキはこちらを見ると、片手を高く、天に向けた。
「もう、こうなったらオレがリューナに魔法を……!」
「やめろ――! そんなことをしたら!!」
ドォン――――!
アイキがリューナに向けて魔法を使おうとした瞬間、ルフが紅い魔法でアイキの魔法を弾く。弾かれた魔法は壁に当たると一面を水浸しにして弾け飛んだ。木の壁には無数の切り傷が刻まれている。これがアイキの魔法……?
アイキは碧い魔法を纏い、眉間に皺を寄せてルフを睨んだ。
「オレの邪魔をするなぁっ!!!」
アイキがルフに向けて魔法を放つ。ルフは紅い魔法の盾を作るとアイキの魔法を防ぐが、防ぎきれずに盾が壊れてずぶ濡れになる。ルフはあちこちに傷を負い、滴る雫に血が滲む。
まずい……アイキは本気……なのか?
「きっ……貴様! やりやがったな!!」
ルフがアイキに向けて掌を翳し、魔法を放つ。紅い閃光にオレの方が怯んでしまい、咄嗟に腕で目を覆う。
――バンッ!!
アイキはルフの魔法を避けるように身軽に窓から外へ飛び出した。ルフも後を追って外へ飛び出す。
オレは横で眠っているリューナを見つめた。周囲を見渡し、食卓にあった布を体に被せてやると、窓から外へ飛び出した。なんとかして二人を止めなくては話にならない。
アイキとルフは魔法を使い戦っている。二人とも傷だらけだ。紅い炎と碧い水がぶつかり合い弾ける度に、二人が傷を負う。
「いい加減にしろっ! そんなことをしても……」
ダメだ……聞こえていない。どうすればいいんだ。どうすれば二人を止められる……?
二人は武器を持っていない。ただのケンカだ。どちらかの気が済めば収まるだろう……。それにしても、二人の戦いは圧巻だ。アイキは、素早く動きに合わせて魔法を繰り出す。それを避けつつ、ルフも魔法を使う。アイキの動きを予測して魔法を放つと、二人の魔法がぶつかり弾け飛ぶ。
二人の戦いに、オレには手出しができない。魔法を使えないということは、手数が少ないということではない。アイキやルフの足元にも及ばないということは、二人が本気で戦うような場面に於いて、オレは戦力外ということだ。
オレは結局、アイキに守ってもらいながら生きることしか出来ないんだ。
「こらぁぁ!! ケンカしちゃダメぇっ!!!」
背後からジルの声が聞こえて、ハッとして振り返る。頬をぱんぱんに膨らませたジルが、いつの間にかオレのすぐ後ろに立っていた。ジルの周囲に黄色い光がキラキラと揺らめいている。
「ジル! 助かった!!」
「やあっ!」
オレが叫んだ瞬間、ジルがその場にしゃがみこんで地面をトン、と叩いた。それと同時に地面が激しく揺れ始める。
「……え?」
立っていることも困難なほどに地面が揺らぐと、突如として目の前が真っ暗になった。何が起きているのかわからないけれど、体が重くて動かせず、意識が遠退いていく……。最後に聞こえたのは、ジルの「しまった」という声だった。
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