第17話 羨望
――キィン、キィン!
金属と金属のぶつかる音が聞こえている。虹彩に来てからルフとルーセスは、広場で毎日のように剣の練習をしている。この頃は、ルフの構えも様になってきた気がする。ルーセスは教えるのが上手いし、ルフも今までたくさんの魔物と戦ってきているから、勘がいい。
広場の脇にある石の上に座って、あたしは二人を眺めている。天気が良くて陽射しが強い。こうして木陰でじーっとしているのが調度良くて、動くと少し暑くて汗ばむ。虹彩はミストーリより暖かい気がする。
あたしは魔法を使うことも出来ないし、剣なんて扱える気もしなくて、毎日サラと食事を作ったり、ルフの妹のシーナちゃんと畑でお花のお手入れをしたりして過ごしている。ここで二人の練習を眺めるのも、日課のひとつだ。ミストーリにいた頃とは、随分と生活が一遍してしまった。
アイキは、ジルや獣さんと魔物退治に行くことも多かったけれど、ちょくちょくひとりでどこかに行っているみたいだ。それでも、夜はみんなで揃って食事をしている。シーナちゃんに魔族の話を聞くのは楽しいし、サラの話も興味深いものが多い。
精霊には性別が無く、その姿は決まったものがあるようで無いのだと教わった。精霊自身のイメージと精霊を見る人のイメージでその姿を形作っているらしい。つまり、私から見るサラとルーセスから見るサラは微妙に違っているらしいけど……比較することも出来ないし、よくわからない。
私たちと魔族の違いは、精霊の魔法を使うか使わないか程度のもので、言ってみればルーセスが王族であっても、私たち一般人と何も変わらないのと同じようなもの、らしい。となると、ルフに魔力をもらった私は魔族と名乗ってもおかしくはないということになる……。それはさすがに違和感があるけれど。
虹彩に来たばかりの時にアイキの魔法を見た。とても綺麗で……美しかった。ふと、あの時のアイキを思い出してしまう。
あの碧い水を纏い、アイキが舞うように戦うところを想像すると、すごく綺麗だ。それをあたしが真似ても……バカがふざけてるようにしか見えないのが想像できて悔しい。
アイキは綺麗すぎる。綺麗すぎて近寄り難い……その気持ちが、虹彩に来てからさらに強くなった。
「リューナ! ご飯の準備、一緒にやろうぜ♪」
振り返ると、アイキがエプロン姿で立っていた。フリルの付いたエプロンが発狂しそうなほど似合っていて腹が立つ。……これは羨望だ。何でも出来て、綺麗で可愛いアイキに嫉妬しているだけ。そんなことを思う自分に余計に苛立つ。とはいえ、こんなことは誰にも言えない。ただ、アイキという存在を作り出した神様が憎い。この世にこんな不平等があって良いのか……そんなことを考えてしまう。
あたしは、のっそりと重い腰をあげる。
「……そっか、今日はサラはいないんだっけ、早く声かけてくれればいいのに」
「んん? なんかリューナたん怒ってる??」
「怒ってないっ!」
サラの屋敷に向かって歩いて行く。今のあたしは脇役。アイキと一緒にいると主役にはなれない。それでも主役になれるルーセスは、アレはアレで何かの才能があるんだと思う。
「……なんで、アイキって自分のこと"オレ"って言うの?」
「どうしたの? 突然」
「僕、とか言ってた方が似合うのにな、って思って」
「うーん。小さい頃は僕って言ってたけど、僕なんて言っちゃいけませんって大人に言われたんだよな。それからそのまま、かな?」
「それは絶対に女の子だと思われてたんだよね……?」
「そっか、そうかもしれないな。だからダメって言われたのかぁ。あははっ」
アイキの子供の頃なんて想像できない。すごく可愛くて、元気な子だったんだろうな。
―――――――――――――
食事の準備なんて言うけれど、ほとんどの支度は終わっていて、あとはお皿を運ぶ程度しかやる事がなかった。わざわざあたしを呼ぶほどのこともないのに。
「リューナと、少し話したいなって思ったんだ」
あたしの思ったことを分かってたように言うと、アイキは食卓のそばのベンチにストンと座る。
「リューナたん、一緒に座って話そう♪」
「うん……」
アイキの笑顔には逆らえない。あたしもなるべく笑顔を作ると、アイキの横に座った。
「リューナたん、何か悩んでるみたいだから気になってたんだ」
「そう……? まだ、ここでの生活に慣れないだけかも」
あたしは誤魔化すように笑った。アイキは首を傾げる。
「リューナ、何かオレにできることはない? リューナのお願い!」
「お願い……?」
突然そんなことを言われても、思いつかない。アイキにお願い……?
「……そうだ、もう一度アイキの魔法を見せて?」
「えっ、そんなことでいいの?」
「うん……!」
あたしは悩んでる。3人が大好きなのに一緒にいるのが辛い。紅い魔法使いのルフと、碧い魔法使いのアイキ……ルーセスはキモいけど、得体の知れない魔力を秘めてて……でも、あたしには何もない。
あたしがこんなところにいるのは、場違いなのかもしれない。……でも、ミストーリに帰っても、あたしの居場所なんて……もう、どこにも無い。あたしは今まで何をやっていたんだろう。風の魔法を失ったら、あたしには何も失くなってしまった。
「よぉーし! オレの魔法を見せてあげるよ♪」
アイキはそう言うと立ち上がって腕を伸ばす。手の平を上に向けると碧い光と共に水飛沫が舞う。碧く染まったアイキの瞳に吸い込まれそうになる。
こんなに綺麗な魔法があるなんて知らなかった。
アイキの魔法はこんなに綺麗なのに、あたしの魔法はいったい何だったんだろう。独りよがりの、自分のためだけの、真っ黒な魔法――――
「リューナ、ホントはね……オレが…………」
アイキの優しい目、可愛い笑顔。あたしには出来ない。こんなに綺麗にはなれない。男のくせにズルいよ!
胸が締めつけられて……痛い。アイキの声が遠ざかっていく……
碧く輝く綺麗な瞳。美しく輝く雫。その姿だけで見る者を惹き付けるアイキは、特別な魔法使いなんだ。
ルフの紅い魔法もすごくかっこよくて特別な魔法だ。ルフの綺麗な笑顔は、いつもあたしの脳裏に焼き付いてる。
ルーセスも特別な魔力を持ってる……何それ。ルーセスのくせに、わけわかんない……。
それなのにあたしは、何してるんだろう。何をしたいんだろう。
大好きなのに……
3人が大好きなのに一緒にいるのが辛い。
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