第15話 隠し守るもの

 食事の片づけを終えると、部屋に案内してもらった。広くはないが木のぬくもりを感じられる、大きな窓のある落ち着く部屋だ。今までの自室は石の壁だったので、木造というだけでも新鮮に感じた。窓を開けると山の木々が見える。少し離れたところに小川が見えて、サラサラと水の流れる音が聞こえてくる。


 ざわざわと騒ぐ木々のざわめき、様々な鳥の鳴き声、小川のせせらぎ……。人々の話し声や足音で騒がしい城と違って、静かで気持ちがいい。


「ルーセス、入るよ」

「おう」


 オレが返事をすると、扉を開けてアイキとリューナが入ってきた。二人は部屋に置いてある椅子に座った。椅子は二つしか無いので、オレはベッドに座る。


「少し、話そうと思って……」


 アイキはそう言ってオレとリューナの顔色を伺う。リューナはふくれっ面でアイキを眺めてから、溜息をついた。


「アイキが……魔法使いとか意外すぎるけど。そもそも碧い魔法使いって何なの?」

「まぁ、何か普通ではないと思ってはいたけどな。どうして隠していたんだ?」


 短剣と音楽だけでも卓越した実力があるのに、そのうえ特別な魔法も使えるなんて、神はどれだけの才能をアイキに授けたのだろう。


「ごめんね……。碧い魔法使いであることは隠してたけど、今までも時々、魔法は使っていたんだ。ちょっと工夫して、歌とか楽器に魔法を乗せて……それでもかなり、抑えてたけどね」

「なるほど。だからアイキが歌ったときには不思議なものを感じていたのか。黒い魔物を倒したときも、アイキが歌いだしてから急に体が軽くなった。魔法だと思うと納得がいくな」


 アイキはオレの顔を見ると、表情を曇らせた。何か気に障ることを言ったのかと気が咎める。そのままアイキは俯いてしまった。


「……本来と違う形にしているし、魔力は抑えてたのに……やっぱりバレてたんだな。碧い魔法は、水の魔法。ただ、ルフと同じで少し特殊なんだ。……それだけだよ」

「じゃあ、どうして……」


 リューナがいつもの不機嫌顔で、ちらりとオレを流し目で見てからアイキへと視線を戻す。


「アイキはどうしてルーセスを守ってるの? 朝から晩まで付きっきりで異常だわ」

「だって……ルーセスは、王子様だからさ?」

「だって? おかしいでしょ? 魔法が使えないから面倒みてるにしても、男が二人でベタベタして。他の人をルーセスにあまり近づけないようにしてるし!」


 リューナが言いたいことはわかる気がした。オレはアイキとリューナ意外とは、必要以上に話すことはなかった。でも、だからといって避けていたわけではない。


「いや、兵士とは普通に話していたし……それは、アイキが悪いわけでは……」

「あぁん――?!」


 リューナが鬼の形相でオレを睨みつける。アイキよりオレに対しての当たりが強すぎないか……?


「だいたい、ルーセスもルーセスなのよ。アイキ依存症でアイキアイキアイキアイキ! 気持ち悪いのよ二人揃って!」


 依存症で気持ち悪い……リューナの言葉が胸に刺さる。アイキが慌ててリューナとの間にある小さな机をぱたぱたと叩いた。


「ち、違うんだリューナ。聞いてくれよ、ルーセスは……魔法が使えないワケじゃないんだ」

「……何?」

「ルーセスの魔法も、リューナの魔法と同じように結界に奪われていたんだ。だから……」

「そうやってまた話をはぐらかすのね?!」

「や、いやその……」


 アイキは躊躇っている。リューナに脅されながらも、慎重に言葉を選んでいるようだ。


「ルーセスは、オレよりも、もっとすごい魔法を使える。……きっと、ルーセスがいなくなると、あいつらはすごく困る。だからルーセスを無理矢理にでも連れ戻そうとしたんだ」

「あいつら……?」


 リューナの表情が曇る。オレは、ふと、アイキと門を通った時のことを思い出した。


「星族……」


 リューナが驚いた顔をした。オレもアイキをじっと見つめるけれど、アイキは俯いたまま顔を上げない。


「そうなんだろう……? だから門を通るときにアイキは星族のことを気にしていたんだ」

「それって……どういうこと?」


 自分で言っておいて不安感が込み上げてくる。星族は……オレの……


「結界がルーセスの魔力を奪ってる。星族が関与しているのはわかるけど、詳しいことはわからない」

「ちょっと待って……それじゃ、ルーセスは……!」

「どうしてアイキがそんなことを知っているんだ!」


 オレは二人の言葉を遮るように大声で言い放った。アイキは顔を上げると、真顔でオレを見つめた。


 オレは今、どんな顔をしている……? アイキは、何を知っているんだ……?


「オレは、ルーセスを守るための碧い魔法使いだから知っているんだ」

「オレはそんな魔法使いのことは知らない」


 アイキは窓辺へと視線をそらす。何かを考えるように口元に手を当てた。


「ルーセスには特別な魔法がかけられている。ルーセス自身が魔法を使えなくなるほどにその魔力を奪い、結界へと送る魔法だ。そして、結界の蓄えたその魔力を星族が使って世界中の結界を管理してる。そのためにあの結界は存在してるようなもの……つまり、ルーセスが間接的に世界各地の結界を守っているようなものだ」


 オレの魔法が結界を守ってる……? そんなこと、オレは知らない……。


「ルーセスに掛けられた魔法をどうにかするか、ミストーリの結界を破壊しない限りルーセスは魔法を使えない……」

「それじゃ、ルーセスは魔法を使える……ってこと? アイキは知っていたの……?」


 リューナの問いかけに対し、アイキは空間を見つめたまま小さく頷いた。リューナはバッと立ち上がると、勢いよくアイキの肩に掴みかかる。


「どうして……どうして今まで黙ってたの?! ルーセスが魔法を使えなくて困ってるのを知ってて、どうして何も教えてくれなかったの!」

「リューナ!」


 オレは咄嗟にリューナを止めようと、その肩を掴んだ。すると、リューナはその手を離してオレに掴みかかってきた。


「うるさい! バカルーセス! あんただって、ずっと、ずっと、あんなに困ってたじゃない! あたしの魔法を、羨ましいって悲しい眼で見てたじゃない! あんたが魔法を使えないことを辛いと思ってるのは、あんただけじゃないのよ!」

「それは……けど、きっとアイキにも何か理由があったんだ」

「だから言ってるのよ! どうしてひとりで悩んでるのよ! あたしたちってそんなに頼りないの?!」

「違う……! そんなこと思ってない!」


 アイキが立ち上がると、オレたちの腕をぎゅっと掴んだ。


「オレは……確かにいろいろ知ってた。でも、いろんなことを知ると、希望を失くす。知らないほうがいいことだってあるんだ。二人にはそんな思いをして欲しくなかった。知ったところで、どうすることも出来ないのに……!」

「何よそれ……言い訳じゃない、そんなの、やってみなくちゃわからないじゃない!」

「……リューナは何も知らないからそうやって希望を持てるんだ!」


 リューナとアイキが、真顔で睨み合う。しばらく二人はそのまま動かなかった。

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