第14話 ナイショ
サラとジルは、オレたちの座る食卓から少し離れて、ベンチに並んで座っている。獣耳を除けば普通の子供と同じにしか見えないジルと、大人の女性そのものにしか見えないサラは、もふもふとは随分と見た目が違う。それでも同じ精霊なのかと思うと、かなり不思議だ。
「リューナ……と、言ったかな? お姉さん」
「は、はいっ!」
サラに名を呼ばれて、リューナはビシッと手を上げ勢いよく立ち上がった。横に座っているルフがその声に驚き、ビクッとしてリューナを見上げる。ここは城じゃないというのに……きっと、リューナは緊張しているんだ。
「フフ、おもしろい子だね。座っておくれ、食べながらで良いよ」
「あっ、はい……スミマセン」
リューナは顔を真っ赤にしながら座り直した。アイキが口に手を当てて笑いをこらえている。
「ルフに魔力をもらったんだね」
「はい……」
「魔物を宿す人間に魔力を与えるなんて、普通の魔族は誰もやらないことよ。下手をしたら自分が相手の魔物に殺されるかもしれないもの。リューナがちゃんと受け取ってくれるって自信があったのかしら……ねぇ、ルフ?」
なんだか途中からルフにお説教をしているように聞こえたが……ルフは黙々と食事をしている。
「……あんな魔物に負けるとは思わなかっただけだ」
「あらそう。でも、最初は逃げたじゃないの」
「リューナを危険に晒すと思ったからだ。ちゃんと倒しただろ?」
「ジルが一緒だったから良いけど、あなた自身も危険だったという自覚があったのかって言いたいのよ」
「……大丈夫だと思ったんだ。何故かわからないが、そういう確信があった」
サラは食卓へ歩いてくると、ルフの横に立ちリューナを見つめた。リューナはサラを見上げて、恥ずかしそうにしている。
「まぁ……わからなくはない、かな。こうして会ってみるとね。ただ……完全には消えていないようね。正確に言うなら、この子に掛けられた魔法が真の姿を現した……とでも言うのが適切かしら」
ルフが驚いてリューナを見つめる。それから、焦心した様子でサラを見上げた。
「……どういうことだ? リューナはオレの魔法を受け取った。あの黒い風の魔法は消えたはずだ」
「そうね……碧い魔法使い、あなたは分かっていたようだけど……?」
碧い魔法使い……?
何のことか分からずに視線を上げると、サラはアイキをじっと見つめている。アイキは気まずいような顔をして、きょろきょろと周囲を見回す。
「あ……碧い魔法使いって、何のことかなぁ……? あはは、はは……」
アイキがとぼける様に笑うと、ジルという獣耳の精霊が、ベンチからピョンと立ち上がって駆けて来た。サラの服を引っ張りながら、口元に人指し指を立てている。
「しぃーっ、アイキくんが碧い魔法使いなのはナイショなんだよっ!」
「ジルちゃんっ、それを言ったら……!」
アイキがジルに手を伸ばして、がっくりと肩を落とした。ジルはハッとした顔をしてから、もじもじとしている。
「ナイショだから……みんな知らないことにするんだよっ?」
「いや、もういいんだよ……ありがとうね、ジルちゃん……」
サラがフフッと笑うと、ジルの頭をぽんぽんと撫でた。もふもふの獣耳がぺたんとして可愛い……。もふもふが秘密にしていたのは、アイキがその"碧い魔法使い"だということなのだろうか。
「もうそろそろ、正体を明かしたらどうなんだい?」
「うん……もう結界の中にいるわけじゃないしね……」
アイキは、おずおずとオレたちを交互に見てから、視線を落とした。
「ルーセス、リューナ……ごめんね。二人を守りたかったんだ。少しの嘘と隠しごとを許してほしい」
「やっぱり……只者じゃないとは思ってたけど……どうして隠してたの?」
「それじゃ、アイキは魔族なのか?」
リューナとルフが、アイキに詰め寄る。
「そもそも碧い魔法使いとは何なんだ? 聞いたこともない」
アイキは気圧されたように視線を泳がせる。
「えーっと……ほら、とにもかくにも先ずはリューナの魔法のことを話そうぜ?」
アイキが誤魔化すようにそう言うと、またサラがフフッと笑った。
「そうだね。リューナに掛けられているのは、少し厄介な魔法のようね……恐らくルフの魔法を長く使うことは出来ないはず……何か、感じたでしょう?」
リューナは困ったような顔をして、コクンと頷いた。
「魔法を使った後、胸のあたりが痛くなって……普段は平気だから、気のせいかと思ってたのですけど……」
「リューナ……魔法は使うな。オレが、なんとかする……半分はオレのせいなんだ。リューナのことに気がついていながら、今まで何もしなかったオレにも、責任がある」
アイキの言葉に、リューナは少し不安そうな顔をして頷いた。それを聞いていたルフが、ピタリと手を止める。
「半分はオレの所為だとでも言いたいのか」
「そうは言ってないだろ……? 仕方がなかったのは分かってる、ルフはリューナを助けてくれたんだ。知らなかったことまで責めるつもりはない」
アイキとルフは、真顔でじっと見つめ合った。ジルが二人の顔をきょろきょろと交互に見つめてから、にゅぅと小さな手を伸ばす。
「ケンカしたらダメだよ……? 仲良くしなくちゃだよ?」
「分かってるよ、心配かけてごめんねジルちゃん♪」
アイキがジルににっこりと微笑むと、ルフはフンと視線を逸らし、席を立った。
「……ご馳走様、美味かった。ちょっと外を見てくる」
「あっ! ジルも行くー!!」
ルフは逃げるように立ち去ってしまった。ちゃんと"ご馳走様"を言うあたりがルフらしさなんだろうと思う。
「ルフはいい子なんだ。優しくて素直で。ルフの魔法を見たでしょう。あんな紅の炎を出せるのはあの子だけ。あの子は魔族の中でも特別な"紅い魔法使い"なのよ」
ルフが立ち去った後を、優しい目で見ながらサラはため息を吐いた。
「サラ……リューナの魔法を消すことは出来ないのか?」
サラはオレの質問に驚いた顔をすると、申し訳なさそうに微笑む。アイキが横でトン、と食器を置いた。
「ルーセス、魔法は一度放ったら消すことは出来ないんだ。ただし、上書きは出来る」
「上書き……?」
「そう。消すことはできないけど、覆うみたいにする感じかな?」
アイキはそう言うと、片手を握りしめてもう一方の手で覆う。
「こんな感じかな? ちょっと分かり難いんだけどね……」
アイキは次に、大きなお皿を手に取った。
「説明するとね、人にはこのお皿みたいに、魔力の器がある。ここに、リューナの場合は、黒い魔法がじっと蕾の状態で小さくなって潜んでるってわけ」
そう言うと、小さな食器を大きなお皿のふちに置いた。そのあと、もう少し大きなお皿をその隣に並べる。
「……その空きスペースにルフの魔法がある状態なんだ。小さいお皿が黒い魔法で、この中くらいのお皿がルフの魔法。それでこの黒い魔法が開花した時、ルフの魔法が弾かれると思う……」
そう言うと、中くらいのお皿を取り出した。
「このタイミングなら上書きできるかもしれないけど……」
アイキは、大きな器の中にある小さな器をじっと見つめていたけれど、ふっと顔を上げてリューナを見つめた。リューナが困ったように微笑む。
「大丈夫だよ、アイキ。今までだって平気だったんだから、なんとかなるって」
「うん……」
アイキは俯くと、ぎゅっと唇を噛みしめた。サラは優しくアイキを見つめている。
「この屋敷に貴方達の部屋が用意してあるから、好きに使ってくれて構わない。新たな住人を虹彩の皆も歓迎してくれるわ。ゆっくりと、解決方法を考えていきましょう」
「ありがとう、サラ。オレ、いろいろ手伝うから!」
「フフフッ、頼りにしているわ、碧い魔法使い」
新たな住人……そうか、もう城には帰れないんだ。
「ありがとう、サラ」
「ありがとうございます」
サラに礼を言いながらも、やはりどこか納得できずにもどかしく感じた。オレの居るべき場所は、ここではないはずだ。アイキは、いつからそんなことを知っていたのだろう。ずっとリューナの黒い魔法を気にかけていたのか……?
なぜアイキは正体を隠していたんだ……? 昨日から訳のわからないことばかりで胸がむかつく。
オレたちは食事を済ませると、食器を片付けた。食器の片付けなどしたことがなかったので、リューナにかなり怒られたが、自分でも食器が木の器で良かったと思った。
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