第二章

第13話 火の精霊

 もふもふの背中に乗り"虹彩こうさい"という村の近くまで来た。緩やかな山の斜面を登りはじめると樹木が増えてくる。山道は狭いので、もふもふから降り、歩いて村に向かう。もふもふは、黄色い光になりどこかへと消えていった。


 ミストーリから随分と離れてしまった。魔族の村では、王子などという肩書きは通用しない。言うなれば、オレはただのイイ奴でしかないのだろう。


 陽は高く、木漏れ日がチカチカと瞬くように射していて眩しい。虹彩村は山の中腹にあるので遠くからは見えたのだが、近づくにつれて見えなくなった。オレたちは、ルフを先頭に一列に並んで細い山道を歩いている。


「お腹空いたなぁ……。なんか美味しいもの落ちてないかなぁ」

「ここは何ていう国なんだろうね。きっとどこかの国の一部になるのよね」


 アイキとリューナは辺りを見渡しながら思い思いのことを話している。しばらく進むと、ようやく村の入口のようなものが見えてきた。


「ルフー! おかえりなさーい!」


 村の入口を示すアーチの下で、少女が両手を大きく振っている。橙色のあちこちに跳ねた短い髪と、ぱっちりとした大きな黄色い瞳の、明るい笑顔が印象的な少女だ。


 短いスカートの下に履いたレギンスと手にはめたグローブが土で汚れているのが目に付いた。まるで、今の今まで農作業でもしていたようだ。この少女も魔族なのだろうが、やはり見た目は人間と何も変わらない。


 アーチには蔦状の植物が綺麗に絡まり、美しい花を咲かせている。その横には、小さくなったもふもふが座っていた。


「ただいま、シーナ。すぐにサラのところへ行く」

「うん! わかってる」


 戸惑うオレたちを見ると、少女はにっこりと笑った。


虹彩こうさいにようこそ! わたしはルフの妹で、シーナといいます。よろしくお願いします」

「シーナちゃんっていうんだ! よろしくね、オレはアイキ♪」

「アイキさん、よろしくお願いします!」

「ね、服に土が付いてるけど、何してたの?」

「ああ、わたしは花を育てるのが好きなんです。今も畑で種を撒いていたので……」


 スタスタと歩き出すルフのすぐ後ろを、アイキとシーナが話しながら付いて行く。アイキはさっきまで、たらたらと一番後ろを歩いていたはずなのに、いつの間にか前にいた。横を見るとリューナがアーチに咲いている花に顔を近づけている。


「綺麗な花だな」

「うん、いい香りがする。お花っていいよね」

「……そうだな」


 穏やかに微笑むリューナを見て、意外な一面を見たような気がした。リューナはいつもせかせかしていて、今までは花が咲いていたって見向きもしなかった。まるで、リューナなのにリューナではないような気がする。


「行こ、置いていかれちゃう」

「お、おう」


 リューナと一緒に、ルフたちを追いかけた。


 ――――――――――


 虹彩は、同じ造りの木造の建物が密集している。結界があるわけではないので、密集した方が魔物にも襲われないのだろう。どの建物の壁にも、入口のアーチと同じような蔦が絡まり、村のいたるところに色とりどりの花が咲いていて綺麗だ。


 村の住民であろう魔族とすれ違う度に笑顔で挨拶をされる。リューナも笑顔で挨拶をしていたけれど、オレにはそれが出来ず、会釈をして誤魔化した。道をくねくねと何度か曲がり、村の最奥と思われる場所に辿り着くと、他よりも大きな建物があった。そこにルフとアイキが入っていく。どうやらここが目的地のようだ。


「どうぞ、お入りください」

「ありがとう、シーナちゃん」


 建物の入口で待っていたルフの妹とリューナが目を合わせて微笑む。


「ありがとう」


 オレも礼を言った。ルフの妹はオレにも同じように笑顔を見せてくれて、その屈託のない笑顔にオレは照れ臭くなって、傍らにいたもふもふを撫でた。


 入口に掛けられた垂れ幕をくぐって中に入ると、赤い絨毯の敷き詰められた広間になっていた。奥に、朱色の髪の女性と、頭の上に獣のような耳の付いている少女が立っている。


「ジル……?」

「リューナたん、おかえり! サラとずっと待ってたんだよぉ」


 驚くリューナのところまで獣耳の少女が駈けてくると、勢いよく腰に抱きついた。リューナが獣耳の頭を撫でている。そうか、この少女が話に聞いていたジルという土の精霊か。


「無事で何より。ご苦労だったね、ルフ」

「……こいつらと、ジルに助けてもらった」


 朱色の髪の女性は、ニヤリと口角を釣り上げながらオレたちを順番に、めずらしいものを見るように眺めた。ルフとはまた違った赤い切れ長の眼に見つめられて、狼狽する。


「ようこそ。アタシは火の精霊でサラという。ルフに力を貸してくれたようだね、礼を言うよ」

「ジルは、ジルって言うの。よろしくね、ルーセスくん、アイキくん!」

「よろしくねっ、ジルちゃん♪」


 精霊と言っても、とても可愛らしい少女にしか見えない。思わず、その明るい笑顔に見とれてしまう。


「助けてもらったのはあたしたちのほうです……ね、ルーセス」

「お、おう。ルフがいなかったら今頃オレたちは……」


 今頃……どうなっていたのだろう。リューナは魔物にやられて、オレは……? ふと、不安になって表情が曇ると、それを分かったようにサラが微笑む。


「腹が減っただろう? 奥の部屋に食事を用意しておいたから、ゆっくりと話そうじゃないか。魔族以外の人間と話すのは久しぶりでワクワクする」

「やったー! 食事の時間だ♪」


 アイキが喜びの声をあげる。来たばかりで食事とは申し訳無い気もしたけれど、オレも腹が減っていたので、食事は単純に有り難いと思った。


 奥の部屋に移動すると、豪華ではないが、綺麗な木の器に4人分の食事が用意されている。ルフは座ると、さっさと食事に手を付けた。ルフの向かいにアイキが座り、オレがその隣に座る。リューナは残ったオレの前の席に座った。


「いただきまーす! ……わぁ、このスープ美味しい、生き返るっ♪」

「ほんと……美味しい!」


 アイキとリューナが感嘆の声をあげると、ルフがちらちらと二人を見やる。


「静かに食べられないのか? おまえたちは」

「フフ、賑やかでいいじゃないか。アタシは料理が好きなのさ。どうだい、なかなかの腕前だろう?」


 サラはルフの横に立ったまま、オレを見て微笑んだ。切れ長の目は美しく、鮮やかな赤色をしている。同じ色に染められた艶っぽい唇の所為か、その美しい姿に見とれてしまう。


「精霊が料理とは意外かな? でも火を巧く使えるのに料理もしないとは勿体無いだろう?」

「確かに……そう言われるとそうなのかも……?」


 オレの代わりにリューナが答えてくれた。オレも食器を手に取り、スープを飲んでみた。味がはっきりとしているが、しつこくなくてとても美味しい。オレが口を付けたのを見ると、サラは嬉しそうに微笑んだ。

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