第12話 地を這う精霊

「やっぱり、魔族の魔法って強いんだな♪ リューナも風の魔法より強くなってるし! それにルーセスも本気出すと強いよなっ! オレなんてさ、あの鳴き声が怖くて戦えなかったよ」


 何ごともなかったかのように、アイキはひとりでべらべらと喋って、周囲を見渡している。


「……っていうか、もふもふさんはどこに行っちゃったんだろ?」


 あたしは咄嗟に、どこかに行こうとするアイキの腕を掴んだ。


「ちょっと待って。アイキが歌いだしてから急にみんな強くなったような気がするんだけど……どういうことなの?」


 アイキは、あたしの手を自分の腕から そっと剥がし取ると、にっこりと微笑んだ。


「気のせいだよ。……あ、もしかしたらもふもふさんが、何かしてくれたのかも!」

「それはそうかもしれないけど……」


 獣さんはあたしたちをこの草原に導いたあと、すぐに姿を消した。確かに、見えなくても何らかの方法で力を貸してくれたのかもしれない……でも、それにしてはタイミングが良すぎる。


「もふもふさーん! 出ておいでぇ♪」


 アイキを引き留めるのに十分な言葉が見つからないうちに、アイキは大声を張り上げて、歩いてきた道の方へと逃げるように、あたしから離れていく。いつもこうやって話をはぐらかす。そして、こういうときはしつこく聞いたって、何も教えてはくれない。


「精霊は魔物とは戦わない。そのうちに現れるさ」


 ルフがあたしをなだめるように言った。あたしが知りたいのはそこじゃないんだけどな、と思いながらも小さく頷く。


「そうなのか。一緒に戦ってくれるのかと期待していたのに」


 ルーセスがそう言うと、アイキの歩いて行った方へと小走りで駆けていく。


 ルフは話しながら、ずっとアイキを見ている。やっぱり二人は顔も声も全然違うのに、キラキラしていて、どこか似ている。


 アイキを知ったときから、こいつは絶対に普通じゃないと思っていた。とても興味を持ったけれど、その不思議な雰囲気に気圧されて近寄り難く感じていた。


 ルーセスは王子様だけど、王子らしい威厳は無い。あたしは王族に興味がなかったから、いつも兵士と訓練していたルーセスが、王子だということを知らなかった。


 ルーセスの、少しくすんだ癖のある銀色の髪。王妃様によく似た翠色みどりいろの瞳。あのぬいぐるみといい、変なこだわりがあって普通の人とは少し感性がズレてる。それは王子という立場とか育った環境によるルーセスの個性なんだろうとは思う反面、それだけじゃないような気がしている。


 魔法が全く使えないことも、アイキがベッタリと付き添っていることも、よく考えると変なことだ。それに……王妃様がルーセスを守ろうとしてたことは、わかっていた気がする。護衛兵であるあたしたちは、王妃様とは日常的に会っていたけれど、普通の兵士では王妃様に会えない。


 王妃様は何かから隠れるように城で過ごしている。そして本当はルーセスのことも、同じように隠しておきたいと思っているような気がする。それができないから、アイキを付き人として傍に置いているのだとしたら……?


 ……納得できる。けれど、こんなことを誰にも確かめようがない。それに隠れるって言っても、いったい何から隠れるというの……?


 顔を上げると、ルーセスとアイキはいつの間にか、草原の中央に寝転がっていた。


「……そうか、リューナひとりではなかったんだな」

「何のこと?」


 あたしが首を傾げると、ルフは横で綺麗に微笑んだ。


「オレは今、ある魔族の集落で火の精霊の使いとして生きている。その火の精霊に言われていたことを思い出した」


 そういえば、最初にルフは自分のことを"火の精霊の使い"と名乗ったんだっけ。


「仲間を無事に連れて帰れと言われていたんだ……」

「仲間……? ルフは、あたしのことを知っていたの?」

「……まさか。火の精霊にそう言われたときは、こっちに魔族でもいるのかと思っていたんだ」


 ルフは何かを考えるように顎に手を当てた。その視線の先にはルーセスとアイキがいる。


「リューナ、あいつは魔族ではないのか?」

「えっ、アイキは違うと思う……けど……」


 明確に答えられないことに、自分でもおかしいと思う。アイキはミストーリの生まれではないし、家族の話も聞いたことがない。いつからミストーリに住んでいたのかも、どこから来たのかも知らない。何よりも、ルフに聞かれて初めてそれに気付かされたことに、疑念を抱く。


「ねぇルフ。そもそもあたしたちと魔族の違いって何なの?」


 ルフを見上げると、困った顔をしてこちらを見た。


「当たり前のことを説明するのは難しい。オレは説明が下手なんだ」

「またそれ……?」


 あたしは頬を膨らませると、ルフは宙を見るように視線を逸らした。


 視界の縁の地面が揺らぐと、黄色い光が浮かび上がり、ゆらゆらと揺らめいた。この光は……獣さんの光だ! そう思っているうちに、その光は白い獣へと姿を変える。


「わぁ……獣さんって本当に大きさを自在に変えられるのね」


 今までよりもずっと大きな姿を見せた獣さんは、黄色い瞳であたしたちを見つめると、微笑むように目を細くした。ルーセスとアイキが、獣さんに気づいて歩いてくる。


「待たせたな。案内しよう、魔族の村"虹彩"こうさいに」

「魔族の村……?」

「オレが住んでいるところだ」


 ルフはそう言うと獣さんの背に乗り、あたしに手を差し出してくれる。


「リューナ、掴まれ」

「うん。ありがとう」


 ルフの手を取り、獣さんの背中に乗った。昨日と同じようにルフに掴まると、それを見ていたアイキが寄ってきて、ルフに手を伸ばす。ルーセスは近寄ってくると自分で獣さんによじ登ろうとしているのか、前脚のあたりにしがみついた。


「オレも! オレもリューナみたいにして!」

「自分で乗れるだろ? まったく……しょうがない奴だな」


 ルフは呆れたような顔をしながらもアイキに手を伸ばした。手を繋ぎ、アイキがひょいと獣さんに乗る。そのときに、アイキがルフの耳もとで囁くのが聞こえてきた。


「迎えに来てくれたんだね。待ってたよ」

「え……?」

「……ううん、もふもふさんのことだよ。手を貸してくれてありがとう、ルフるん♪」


 アイキはにっこりと微笑むと、ルーセスに向けて簡単な魔法を使った。獣さんから振り落とされないようにする魔法だとわかった。

 あたしたちが乗ったのを確認すると、獣さんはゆらりと動き出した。


――――――――――――――――


 獣さんは森を軽く飛び越えて、大地を駆け抜ける。低木の茂る草原の風を切る音が、ぴゅうと耳をかすめて、ドドッ、ドドッという重たい足音が体に響いてくる。


「獣さん、ありがとう! 4人も乗せたら重いでしょう?」

「ワシは土の塊のようなものじゃ。それに比べれば大した重さではないよ」


 身体に響くように、獣さんの優しい声が聞こえた。


 雲の間から陽の光が差している。森の向こうにミストーリ城が小さく見えたものの、ぼんやりと霞んでいく。完全に見えなくなる前に視線を戻すと、目の前にあるルフの背中に、しっかりと掴まった。


「すごく気持ちいいー! 風になったみたい!」

「ふぉふぉ……わしは地を這うだけじゃ。風のように高く飛ぶことはできぬ」

「それでもいいんだ。自分ではこんなに速く走れないもんね、リューナ!」


 ルフの後ろから顔を覗かせると、獣さんの首のあたりに乗っているアイキが振り返って、満面の笑みを零す。その可愛い笑顔に釣られるように、にっこりと笑った。


「うん――!」


 獣さんは、道なき道をひたすら走っている。何かわからない生き物の鳴き声が聞こえてきては遠ざかり、色とりどりの花が咲いている沼地を通り過ぎる。静かに流れる深緑色の川を飛び越えて、あたしよりも高い背丈の草を掻き分けて、まだまだ進む。


 次へ次へと変わる、見たことのない景色に心が踊った。そしてそれと同時に、広く感じていたミストーリの国が、ひどくちっぽけに思えた。


「ルーセス、オレに剣術を教えてくれないか」

「……はっ!?」


 ルフがルーセスに話しかけると、何故かルーセスは驚いたような声をあげた。アイキの横にいるルーセスをちらりと覗くと、焦ったような顔をしている。なんと言うか、ルーセスはひとつひとつの言動がいちいちウザい。


「お、おう。オレにできることなら」

「ありがとう、よろしく頼む。オレは武器を使ったことがないんだ」


 そういえば、ルフは武器を持っていない。魔法だけで戦っていたのかと思うと感心する。


「見えてきたぞ。あの山の麓だ」


 ルフの指した方を見ると、大きな山の麓に、幾つかの建物が見えた。魔族の村ってどんなだろう。魔族は、あたしたちに警戒しないのだろうか……。そんな期待と不安に胸が高鳴るのを感じた。

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