第12話
フードに隠されていた頭全体は、艶のない赤銅色の毛に覆われていた。耳はコウモリの羽を広げたような形で、片方の耳にはアクセサリーが3つぶら下がっている。
鼻は突きだしており、平らな鼻面は控えめにひくひくと動いている。
そして、最大の特徴はそのたくましい牙である。
口から槍のように突き出した牙は、オークのそれと比べれば小さい方だが、その存在感には他の魔物にもひけをとらない力強さがある。
牙の先端は意外にも丸く、よく見ると擦り傷の様なものが先端に集中していた。
細かいところを除けば、猪の頭を被ってマスコットのように喋っているようにも見えるが、それにしてはあまりにも
で、オークが人間のように振る舞っているともいえる目の前の人物は、
「さて、改めて言うけど、あなたたちには感謝しているのよん」
語尾がやや気になるが、目の前の男はそういってから、俺たちに向かって、深く頭を下げる。
「ありがとね、あなたたちのおかげでたす――」
「待て待て待てまって!」
もう何が何だか分からん! オークだし! オカマ口調だし! 何かお礼言われてるし!
頭がついていかない。
「とりあえず、色々と説明してもらっても良いッスか?」
混乱から回復したルーベがオーク男に説明を求める。
男は頷くと、悩む素振りを見せてから数秒して「あのオークたち」と話を切り出した。
「元々山に住んでいたのよん、どこにでもあるような山にね。悪さはするわ盗みはするわでそりゃやりたい放題らしかったけど、山から降りることはなかったの。でも、最近になって何故かこの森に住み着いちゃったみたいなのよねん」
そういえば、オークが最近になって住み着いたというのは、依頼人であるおばあさんも話していた。
だけど、それがなんだ、というのが俺の意見である。
オークではないが、猪や熊が山から降りて畑を荒らすなんてよく聞く話だ。例え世界が変わっても、生存本能から未知の世界に仕方なく足を踏み入れる生き物は多いと思う。
しかし、隣にいる自称天才は、俺とは反対の考えを持っていた。
「……もしかして、前に起きた魔物の襲撃と関係あるんッスかね」
考え込むように呟くルーベ。埃を被った銀髪の奥に、真剣な表情を浮かべている。
考えすぎと否定しようとしたが、冷静になって思い出すと、あの襲撃の渦中には首謀者がいる。
魔王幹部を名乗る、金色の瞳を持つ女の子。
可愛らしく笑って、町の住人を絶望のどん底へと叩き落とした。
しかし、何の間違いなのか、俺が捕まり監獄へと送り込まれた。
あのクリーゼという女の子が犯人なのに、牢屋にいるのは俺の方だった。
いまも、しかばね君と無邪気に笑う声が遠くで聞こえる気がする。
「それは分からないわ、でも、主犯の一味は捕まったのよね、その子が白状するのを待っていましょ」
その主犯の一味というのは、多分君たちの前にいる俺だよね。
複雑な気分だが、知らないならそれにこしたことはない、もちろんやってないが。
「それで、オークを倒したことと、
……
「あねさん? それってワタシのことん?」
豚頭を傾げて、不思議そうにルーベを見つめている。
そういえば名前を知らなかった。だが、こんな怖そうな奴に初対面から姉さんと呼ぶのは失礼ではないのだろうか。
「良いわね姉さん! 気に入ったわ!」
とても気に入ってらっしゃれている!
「せっかくだからワタシも……、そういえば、あなたの名前は? ルーベちゃん? シノブちゃん?」
「ルー・ルーベッス! よろしくッス」
どうやら、名前は知っていてもどちらがどの名前なのか知らなかったらしい。
じゃあそっちがシノブちゃんね。と名を呼ばれた直後、豚頭がくしゃっと歪んだ。
いや、よく見ると片目だけ歪んでいる。目にゴミでも入ったのかな。
「ワタシはね、パシオン・ロジェ。みんなからはパロさんなんて呼ばれているわ」
じゃあパロ
全然話が進まない。
すっかり緊張感を無くした2人の会話に割って入り、本題へと戻す。
てか、魔族の件どうなったんだよ。
「実はね、あのオークたちに会ってるのよん、ワタシ。村に泊まらせてくれた恩もあってね、村の人たちが困ってたから、代わりに追い出そうとしたのよん、でも、失敗しちゃって……」
で、成功した俺たちにお礼を言いに来た。というのがパロさんの主張。
なるほど筋は通っている。でも信じられない。
「なら、普通に面会すれば良いのに、なんで頑なに手続きを断ったんだ」
そういうと、パロさんは大きな溜め息を吐いて、これだから、と両手を少し広げて自分を示した。
「あなたたちが思っている通り、ワタシって魔族だから、顔を見られただけで即処刑だってありえるの。ただでさえ生きていくのにも苦労しているのに、命を取られたらたまったものじゃないわん!」
人間の社会に対して愚痴るパロさん。その言葉はどこか説得力があり、何となく共感した。
お金を稼ぐのだってあんなに大変なんだから、パロさんの人生はあの苦汁の日々とは比べ物にならないだろうな。
それにね、と付け足す。
「オークは特に嫌いなのよ、あんな野蛮な奴ら、退治されて当然よ」
この時の顔つきは、オカマやオークとは違う、何かを強く恨んでいるような顔であった。
それは、豚の顔が虎に変わったかと錯覚するほどに。
「で、お礼なんスけど、具体的にはなんスか?」
ルーベが話題を変える。それに内心感謝しつつ、パロさんのお礼というのが気になる。
冒険者になって日こそ浅いが、この世界はがめつかないと生きていけないことだけははっきりと分かっていた。なのでお礼というのも受け取れるのなら受け取っておきたい。
「そうね、実はこれといって決まってないのよん。良ければあなたたちが欲しいものをあげるわ」
やった! これは嬉しいぞ!
悪い人ではなさそうなので、ある程度の要求なら応えてくれそうだ。
う~んでも困った、欲しいものがありすぎて困る。
優先して欲しいのは戦える武器だ。それも固定ダメージ付きの、それならば例え攻撃力0といえど、固定されたダメージを0には出来ないだろうという考えからだ。
でも、防具というのも捨てがたい。この世界に来てからこの服が一張羅となってしまったし、数少ない思い出の品でもある、おまけに、そろそろ臭いとか気になっていた頃だ。ここは服などを貰うというのも……。
「決まったッス」
パロさんに向かって数歩進み、止まる。
細い首をゆっくりと持ち上げ、視線を合わせる彼女は、鼻を可愛らしく擦って、
「パロ姉と友達に、なれるッスか?」
照れ臭そうに、そう尋ねた。
対するパロさんは、数秒黙りこんだ後、顔を背けた。
「……やっぱりダメッスか、はは、パロさんと友達になれるかなと思ったんスけど、こっちのかん――」
「良いに決まってるでしょん!」
ルーベの言葉を遮るようにパロさんから返事が返る。
見るとパロさんは感極まったのか、目と
「ごめんなさい、ひっぐ、友達になってってお願いすることはあっても、されることはないから、ひっぐ」
膝から崩れ落ちたパロさんに駆け寄って、背中を擦るルーベ。
種族を越えた友情が芽生えた瞬間だった。
つい数分前まで
必死に落ち着かせるルーベと泣きじゃくるパロさんを見ていて、心の奥が暖かくなるような気がした。
友達、と一方的に思っているだけだが、デールは今頃どうしてるんだろう。この世界で初めて会った人であり、冒険者への道を照らしてくれた友人(少なくとも俺はそう思っている)。
今もぼろぼろの防具を着て魔物と戦っているのだろうか、捕まった俺のことを知っているのだろうか。
胸の奥が、ジリジリと何かが焦げ付いていく。
「もう、大丈夫、取り乱しちゃって悪かったわね。じゃあ、次はシノブちゃんね」
すると、立ち上がったパロさんがこちらに向き直る。目はまだ赤みがかり、少しだけ鼻から液体が溢れている。
出会って数分だが、喜怒哀楽が忙しい人だと思った。
「何が良い、ワタシに出来ることなら何でもするわよ」
「う~ん、それだけど、正直決まってないんだ。また後日会えないかな? その時までには決めるから」
出来るだけ早くね、といって話はそこで終わった。
武器か防具、どちらにするか本当に悩む。
「じゃあパロ姉さん、またこ――」
突然、森の方が騒がしくなった。すぐさま体制を整え、だんだんと大きく揺れる茂みを観察する。
ぱっと黒い影が飛び出し、ルーベとパロさんが構え、俺は大きく後ろに跳んだ。
だが。それを見たルーベは、
「あ、これ監視用の魔道具ッス」
魔道具? これが?
まん丸の球体に変な模様が入ったそれは、空中にぷかぷかと浮かんでいる。
横に回転していて、真ん中を中心に、赤、黄色、緑、紫色の石の様なものが嵌め込まれているのが見えた。
そして、それは俺たちの方へと寄って、赤色の石で止まる。
『緊急、緊急、囚人ハ直ち二作業場二オ戻リ下サイ。繰リ返シマス――』
なんだ、緊急ってなんだ?
「シノブ、早く戻るッス!」
ルーベが急かすようにそう言う。
急いだ方が良いことは聞かずとも理解した。ルーベの後を追うようにして走り出す。
「パロさん、また今度、決めておくから!」
その後は、がむしゃらに走り出した。
□■□■□■□■□■□■□■□■□
監獄内部にある冒険者専用の作業場。
削って作られただろう木の板を、隙間なく並べた床に、何人もの囚人が踏み鳴らし、皆同じ人物を凝視していた。
「みんな、作業中にすまないね。緊急クエストだよ」
声の主はアリオ監獄長のもので、屈強な男たちが集まる中、俺たちは声がなんとか聞き取れる後ろ側に立っている。
「監獄長さんよ、一体俺らに何をさせるんで? 緊急ってことは、モンスターでも大量発生したんですかい」
1人の男が囚人の代表して尋ねる。片目に眼帯をはめ、背中には2メートルほどありそうな大剣を背負った屈強な男だ。
監獄長とは正反対に気が強そうだ。
「大量発生か、ちょっと惜しいかな。大量にはいるんだけどね。でもそんな、繁殖期に入ったモンスターとは訳が違うんだ」
どこか焦らすような口ぶりに、眼帯の男は苛立ち気味に腕を組む。
緊急というからには、さぞ狂暴なモンスターでも出たのだろうと思ったが、先程のやり取りから察するに、緊急というのもあまり珍しい訳ではないようだ。
「君たちは、この近くの町で、モンスターの襲撃があったのを知っているかい?」
アリオ監獄長の問いに、各々声を上げた。魔王幹部の襲撃だろ、とか、思ったほど被害は出てないんだろ、とか、襲撃を手助けしたバカは捕まったんだろう、
パロさんの時もそうだったが、この世界の情報の伝達は意外にも早い。テレビやスマホもないのに良くそこまで知れるなと、感心するほど。
「みんな知ってるようだね、モンスター襲撃の際、加担していた犯人を1人、
おおー! と囚人の間で驚く声がちらほらと上がる。
流れ的にそうかなと思っていたが、まさか想像通りとは。
「モンスターたちは近くの丘へと集結している、そこを我々ギルド、『ジェイル』と、共闘することとなった『レプラコーン』とで殲滅する予定だ」
ん? ちょっとまて、今レプラコーンって。
「レプラコーン? なんでまた田舎のギルドと共闘するんだ」
俺の胸中を知ってか知らずか、眼帯の男が代わりに問い掛ける。
「実は、丘にモンスターが集結しているという情報はレプラコーンからの提供でね、共闘の申し出と、作戦もあちらが考えてくれたんだ。
あの丘の近くには森もある。彼らレプラコーンが潜伏して、我々ジェイルが敵を叩いて勢力を削ぐ、相手が疲れているところを、一気にジェイルとレプラコーンで叩くという寸法だ」
なるほどと頷く冒険者たち、嫌な役だということは皆分かっているはずなのに、それに納得しているのは、あくまで自分たちが『囚人』だと自覚してのことだろうか。
「しかし、それでも奴らの勢力は未知数、そこで、この中から偵察に行ってもらう者を決める」
丘にモンスターが集結している以上、恐らくまだ動かないこととを踏んでのことか、なるほど納得。
じゃあその偵察が終わるまで、どう逃げ切るか考えておこうかな。
「カギヤ・シノブ君、行ってもらえるかな」
アリオ監獄長の目線を、冒険者たちが追って、1人の少年に留まる。
そいつはTシャツにカーゴパンツで、いかにも辛気くさい顔をした頼り無さそうな奴である。
おいおいそいつに任せるのか、という声が上がり、俺も強く頷いた。
だってそうだろう、偵察だって生きていなければ生け贄と変わらない。そんな大事な役を身元も怪しい奴に任せるなんて……。
ていうか、俺であった。
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