第11話
ボスオークを倒してから3日後、報酬である50枚の銅貨をルーベと山分けし、25枚の銅貨を手に入れた、そして、レベルアップしたことが書かれたステータストーンを手に、小躍りしたくなるような気持ちを抑え、この世界で初めて、まともにクエストをクリアした感動に体が熱くなるのを感じた。
やはり、ただのボランティアよりもクエストをこなした方がお金は多く手に入る。
また、レベルも1から3へと上がり。レベル上げに苦労していた日々が嘘のように思える。
しかし、結局攻撃力は上がらず、それ以外の能力だけが上がっていた。
予想していたとはいえ、いざ確認するとやはり応えるものがある。
だが、それでもオークを退治したという功績が加わったのは、やはり嬉しい。
このままルーベと共にクエストをこなせば、金銭方面では当分困らないだろう。レベル上げでも頼れそうだ。
鈍い輝きを見ていて、ふと1つの疑問が思い浮かぶ。
「にしても、これってここで使えるのか?」
ベッドとトイレがあるだけのだだっ広い部屋、扉には覗き窓と食事を渡すための小窓が1つ。
基本的に作業時間が訪れるまではここにいる。
部屋には窓がないため、朝なのか夜なのか分からない、また壁の塗装は真っ白で、扉がなければ真っ白な箱に閉じ込められたように錯覚するだろう。
ギルドがあったので拍子抜けしていたが、ここは監獄なのだ。お金の使い道は分からない。
また、狂暴な囚人、というのはまだ見たことはないが、きっとどこかにいるに違いない。
看守が持ってきてくれたパンとスープ。こういうところの飯は不味いと聞いたが、意外にも上手く、それを食べ終えたあと、防具を身に付け、合図を待つ。
「囚人の皆さん、おはようございます、今日も元気よく作業に努めてください。1日をより良く生きることで、皆さんの人生は晴れやかなものとなりましょう。では、今日も張り切っていきましょう!」
アリオの声が静まった途端、扉が音をたてる。ベッドから腰を上げ、開けると、他の囚人も自分の部屋から出て来て、同じところへ向かっていく。
俺もその波に割って入り、冒険者の作業場へと向かった。
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冒険者の作業場に到着した俺は、相棒のルーベを見つけ、早速とクエストボードに向かう、すると、
「シノブさん、ルーベさん、アリオ監獄長がお呼びです、至急監獄長室へ向かって下さい」
受付嬢が俺らを見るなり、監獄長が呼んでいることを伝えてきた。
お互いに顔を合わせるが、思い当たる事がなかった。
何事か分からぬまま、ルーベの案内により監獄長室に辿り着き、中に入る。
「ゴクチョー、何事っすか?」
「そうやって呼んでくれるのはありがたいけど、もうちょっと緊張感持ってくれるとありがたいな」
と、気弱そうにルーベに言うが、当の彼女は気にするような気配は全くしなかった。
アリオ監獄長は、少し間を開けて、口を開いた。
「実は、君たちに会いたいという人がいるんだ」
「俺たちに?」
とっさに聞き返した。ルーベや俺だけというならまだしも、俺たち、つまり、
しかし、そんな人物になど心当たりはなく、また、なぜ俺たち2人なのかという疑問が残る。
「実は2日前、君たちに会わせろという男が来てね、面会の手続きをとろうと部下が申請書を渡したんだけど、
そこまで聞いて何となく理解した。つまり、その男に会ってこいということだろう。
どういうことか分からないが、そんなに会いたいのなら会ってやろうか、と気前よく思っていると。
「じゃあ、身分証明も提示してないッスか?」
「その通り、そこで君たちを呼んだんだ」
ルーベの問いかけに、神妙な面持ちで監獄長が答える。
身分証明をしなかったことと、俺たちを呼んだこと、一体どう関係してるのだろう。
「部下によると、その男は、身長が高く、フード被っていたそうだ。そして、僅かながら、フードの奥から、牙らしきものが見えたらしい」
それだけ聞いたルーベは、もしかして、といって考えだし、アリオもまた、顔の前で指を組んで考え出す。
俺はというと、まったく状況が分からずにいた。
牙が見えたから何だ、というのが心境で、別に思い詰めることでもないのではと思う。けれど、
「ここは、あっしらで行くッスよ、何かあったら監視魔道具を呼ぶッス」
「分かった、この件はボクからのクエストとして扱うよ、今日も来るだろうから、君たちはボクが指定したところでその男と会ってくれ」
まったく分からないまま、今日のクエストを受けることとなった。
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朝、オークがいた森の近辺、堂々と仁王立ちを決めるルーベは、例の男を待っていた。
その隣に俺もいるんだが、どうにも話が分からない。
なぜその男に対してこんなにも張り詰めているのか、なぜルーベがやる気なのか。
「おーい、ルーベ、俺にも詳しく教えてくれよ」
「……」
「おーい、ルーベ」
「……」
「はっ!」
「いたっ! なにするッスか!」
チョップを加えたところでようやく気付いた様だ。
本当、無視するなよな。
「だから、俺にも詳しく教えろって」
何で知らないんだ、見たいな顔をされたが、程よく無視して話を促した。
前回もそうだったが、この自称天才は状況を説明しない。
こうして突っ込まなければまた悲惨な目にあわされ、彼女だけ安全園に避難するだろう。
オークの一件を噛み締めつつ、説明不足の少女に耳を傾ける。
「ゴクチョーから、フードの奥から牙が見える男の話は聞いたッスよね。牙が見えたということは、ほぼ間違いなく魔族ッス、だから警戒してるッスよ」
「……それだけ?」
「それだけッス」
話はとても簡単に終わってしまった。
感想は、うん、だから?
「……いや、だからなんだよ! 牙だか角だか知らないけど、それが見えただけだろ、もしかしたら飾り物かもしれない。それに、仮に魔族だったとしてなんだよ、気にすることないだろ」
こちらの常識とか詳しくないが、別にここまで気にしなくても良いと思う、それが俺の考えだ。確かにフードを被った怪しい男が訪ねて来たとこと自体は怖いし、なぜ俺たち2人の名前を知っていたのかなど不思議は残る、でも、結局はそこまでだ。
しかし、ルーベは言った。
「ただ会いたいだけなら面会だけで済むッス。でもそいつは、手続きに必要な身分証明をしなかった。何か卑しいことがあるからッスよ」
確かに、ルーベの意見にも一理ある、面会の手続きどうこうは知らないが、会いたいのなら素直に手続きをすれば良い。
しかし、
「……単純に身分を証明出来ないんじゃないのか」
元の世界である日本と今の世界とでは、文明に天と地程の差がある。
中世に詳しい訳ではないが、職につけず路頭にさまよう人は結構いたと聞いたけれど、それではないのだろうか。
「来れば分かるッスよ。もしやばかったら、森で撒いてジェイルまで走るッス」
最終的にはそこで落ち着いた。結局分からないのだ。正体が分かれば逃げ帰れば良い。自分にしても分かりやすく簡単な答えだった。
待つこと数分、男は俺たちの前に現れた。
羽織っている布は暗い草色で、ブーツのような靴を履いている。そして、
「……待たせた」
でかかった。2メートルは優に越していると思う。また、フードで体を隠しているが、ガッチリとした体格が布越しでも伝わってくる。
そして、何度も話に上がった牙、フードを目深く被っているが、確かに牙のようなものがうっすらと見える。
この時点で俺の逃走センサーは反応しているのだが、ルーベが逃げる様子を見せないため逃げられない。
また、威圧というのだろうか、さっきから大男から凄く睨まれているような気がする。
せめてとばかりに冷静を装うが、足はガタガタと震えて言うことを聞かない。
戦闘に入ったら、真っ先に殺られるのは俺だろうな……。
青い空の元で、晴れ晴れとした天気とは反対に、数秒の静寂が俺達を覆った。
別に、この後殺し合う訳ではないのだが、なぜだか空気に混じって殺気のようなものさえ感じる。
監視なんたらが見張ってるらしいから、仮に危険なやり取りがあったとして、その光景は全て監獄長の手元に集まるらしく、それを証拠にしてこの大男を捕らえることも可能らしい。けれど、それが自分達の身の安全には繋がらないので、結局は自分の身は自分で守るしか方法はない。
この空気をどちらが先に破るか待っていると、ルーベが覚悟したように一歩踏み出した。
「……あっしらに用ッスよね、何のようッスか?」
歯に衣着せぬ台詞を相手に投げ掛けるルーベ。
オーク退治でもそうだったが、彼女はなんというか勇敢である。
こんなヤバそうな奴を相手に怯みもせず用件を聞くなんて、小さい心臓を持つ俺には叶わないだろう。
「……お前たちが、カギヤ・シノブとルー・ルーベか?」
野獣が低く唸るような重々しい声で、俺たちをゆっくりと見回す男は、小さく頷くと再度ルーベに視線を戻した。
「そうッス。改めて聞くッス。あっしらになんのようッスか?」
無駄な話は許さない、という風に、質問に答えると油断なく用件を尋ねる。
この男にペースを持っていかれないよう強気に振る舞っているのだろう。
隙を見せないようその口調も普段とは違って、鋭く力強いものである。
流石というか、オークの群れに俺を襲わせただけあって肝が据わっている。
男も、ルーベの態度を見てからか、度々俺に視線を送っていたのを止めて、ルーベに面と向かう。
というか、やたらと俺を見てる気がする。気のせいかな?
「……用なら、ある。お前たち、オークを倒したそうだな」
俺たちは頷いた。
そりゃそうだ、ほんの3日前であり、正式にクエストをクリアした俺の冒険標第1ページだ。
あんな濃厚な冒険、忘れる訳がない。
そう、第1ページ、あれこそ俺が求める冒険だったのだ。
オークに追いかけられ、森の中を死ぬ気で走ったあの日こそ、大冒険の始まりだったんだ。
元々、戦うなんてしない。人より頭が良かったり、とりわけ力が強いという訳でもない。持ち前の足の速さと身軽さが、俺の持ち味なんだ。
ゲームでもそうだったじゃないか、雑魚戦なんかせずに、ボスまで一直線に向かう。それが俺のスタイルであり、俺の生き方。
あの一件も、オークの群れを必要な戦闘と見なせば、おや不思議、いつの間にか雑魚戦は避けてボスまで直行していたではないか。
問題こそあるものの、俺の生き方は変わっちゃいない。そう、最初から落ち込む必要なんてなかったんだ。
そう思うと、俺って何だか凄いな。
だとしたら、こんなやつにびびる必要ないじゃん、どーんと構えて、どーんと逃げれば良い、ただそれだけじゃないか!
「シノブ、今はしっかりするッス、その気の抜けた顔をどうにかしてくださいッス」
おっと、どうやら顔に出てたらしい。危ない危ない。
「オークッスよね、確かに倒したッス」
正式にはボスオーク一匹だが、口を挟まない方が良さそうだ。
「で、何か問題でもあるッスか?」
挑発的な台詞に、男はふんと鼻息で答える。
あるのかないのか曖昧な返事だな。
「……感謝、しに来た」
……え?
「いま、何て言った?」
「……感謝、しに来た」
大男は照れ臭いのか、視線を横にそらす。
何となく口を挟んだが、見るとルーベはポカンとした表情を浮かべていた。
面会を拒否し、魔族の疑いがかかっているこの男は、いま、感謝をしに来たと言ったのか?
「ま、待ってくれ、それだけを伝えにきたのか?」
視線はそらしたままで、こくんと頷くフードの男。
この会話は傍観を決め込むと誓っていたが、男から出た意外すぎる答えを、聞かずにはいられなかった。
相手が依頼人や村の人なら分かる。しかし、どう見ても村の住人ではないこの男は、わざわざ面会を避けて俺たちに会おうとした意図がまったく読み取れない。
「お前一体何なんだよ! さっきまでびびってた俺の時間を返せよ!」
緊張はとうに解け、恐さよりも怒りの方が勝り、ただ思いつく言葉をぽんぽんと相手にぶつける。
ちなみに、びびったとか言ってしまったが、全然びびってなかったよ。
「……すまん、でも、感謝したく……ああもう! 面倒くさい!」
地鳴りのような低い声から一変、音程がずれたように低い声が不自然な高音へと変化し、男から発せられる。
男は深く被っていたフードに手を掛けると、それを脱いだ。
「やっぱり、お喋りするならこうよね」
女性の口調で喋る男の顔は、オークと同じ豚頭だった。
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