第8話

「さっきは本当に悪かったッス、いじってたら勝手に飛んじゃって、この通りッス!」

 頭を深く下げ、頭の上で手を合わせる彼女。

 状況はどうあれ、女の子に面と向かって謝られるのはどこか気恥ずかしい。


「い、いやいいよ。怪我した訳でもないしそこまで謝らなくても……」

「本当ッスか!? 許してくれるッスね! ありがたいッス!」

 パッと表情を明るくしたと思ったら、また頭を深く下げる彼女。

 どうでもいいけど、彼女が動く度に埃が舞って仕方ない。


「いててっ……、ルー君、出来ればボクにも謝って欲しいんだけど……」

「ゴクチョーは慣れてるッスから、心配無用ッス!」


 アハハ、慣れ、そうかい……、といって監獄長は机の上に沈んでいった。

 ていうか、落ち込んでない? 後半声に力無かったよ。


「それはそうと、君は誰ッスか? 新しい看守? それとも研修生ッスか?」

 そこに囚人という選択肢がないのは彼女の優しさなのか、それとも悪意なのか、非常に悩んだ。

 答えづらいな。


「ああー彼はね、今日来た新しい囚人だよ、仲良くしてやっておくれ」

 と、アリオが転入生を紹介するように代わりに答えてくれた。

 言いづらかったので代わりに答えてくれたのはありがたいが、囚人って言われるのはやはり嫌な気分だ。


「あー囚人ッスか……え、囚人!?」

 次に彼女が取った行動は、怯える、探す、逃げる。の三段拍子。


「え? なんで!?」

 さっきまでニコニコと笑っていたのに、囚人と聞いてからまるで、狂暴な熊を目撃した子猫のように長机の下で震えていた。


 一応、近寄って話しかけてはみたものの、シャー! フシャーッス! と猫体育会系の口調で威嚇されてしまった。


「あのー、これは?」

 助けを求めてアリオ監獄長に尋ねる。すると、アリオは困った風にため息を一つ吐き、椅子から立ち上がり、猫体育会系の生き物へとそっと近づいていった。

「ルー君、彼は大丈夫だよ。ボクがちゃんと見て、ここに連れてきたんだから、ね、だからここから出よう」

「……本当ッスか?」


 机から顔を出し、真偽を問うようにアリオの顔を見上げるルーと呼ばれる少女。

 アリオは、右耳に付けたイヤリングをルーと呼ばれた少女へ見せるように指で弄ぶ。

 イヤリングに付いた石は透明で、監獄長が指で弄ると、溶けて無くなったかのように分からなくなる。

 監獄長は、それを指先で優しく撫でる。ゆっくりと、ゆっくりと。


「……ボクの前では、誰も嘘はつかないよ」

 そういって彼は微笑んだ。その笑みには、小心者らしさは無く。どこか安心する笑顔であった。


「う~ん、ゴクチョーがそういうなら」

 先程まで警戒態勢であった少女は、監獄長の言うとおり机から素直に這い出てくる。

 さっきからそうだけど、イヤリングの石を弄る時だけ、監獄長の雰囲気が変わるような気がする。

 やっぱり監獄長というだけあり、本当は怖い人物なのだろうか。


「じゃあせっかくだし、お互い自己紹介しようか」

 少女を連れてきたアリオは、冴えない笑顔で自己紹介を俺らに勧めた。

 そういえば、ちゃんと自己紹介して無かったな、と今さら気付く。


「えっと、俺の名前は鍵弥 忍、よろしく」

「ルー・ルーべ、よろしくッス」

 先程の警戒心はそれほどなく、普通に自己紹介も終わった。さっきは一体何だったのだろう。


「アハハ、驚いたかい。ルー君は囚人に対して慣れてなくてね。困ったものだよ」

 いや、慣れろよ。ここは監獄だろ。何で囚人が囚人に対しておどろ……ん? 待てよ。


「あの、監獄長、彼女も囚人何ですよね?」

「そうだよ」

「牢屋から出ていて良いんですか?」


 囚人がこんな風に勝手に出回って言い分けない。囚人とは大体牢屋とか特定の作業場に籠ってるものじゃないか、全てゲームの知識だけど。

 しかし、ルーべは今も何気なくこの場にいる。先程のロケットが作業場から飛んで来たものとしたら、そろそろ戻らなくてはいけないのではないか。


 すると、アリオ監獄長は答え合わせのように指を一つ立て、得意そうに説明を始める。


「ここジェイルでは確かに牢屋に入ってもらう。だけど、ずっとって訳じゃない、それじゃ更正にはならないからね。基本的に囚人は、最低二人のパーティーを組んでもらいクエストに行ってもらうんだ」


「へぇー、なるほど……え? クエスト?」

 そういえば、さっき監獄長からそんな話しを聞かされていたな。

 しかし困った。俺のステータスでは魔物討伐は無理だ。仲間に倒してもらうしかないが。


「そういえば、君のパートナーを探していたんだっけ、けど、ここにいないのなら仕方ないか」

 監獄長はクエストボードに歩むより、そこから適当に千切り取ったクエストを俺に渡した。


「『オーク討伐依頼』だ。ここに入ったばかりの囚人のクエストは、最初に監獄長が決めることになっている。目的としては、調子の良い囚人をこらしめるためだけど、君にはその必要は無さそうだからね、君に良さそうなクエストにしといたよ」


 そういわれ、依頼文を確認する。


 最近、村の近くの森でオークが集まってるみたいなのよ、原因は分からないけど、あの森にはたくさんの木の実やキノコがなるの。

 食い尽くされたらたまったものじゃないわ、早く追い出してちょうだい。

村のおばあさんより。



「……、ちょっと待ってください!」

 だめだ、ダメだ! 駄目だッ!!。

 オークとかもう相手にしちゃだめだろう。RPGでも前半の冒険でオークは苦戦するときがあるのに、雑魚と呼ばれるパンチラビットに負けた俺が挑んじゃ駄目だろ。

 ここは断るしかない。早急に!


「すいません、俺レベル1ですから、歯が立たないと思うんで、このクエストはなか……」

「おおー! これからクエストッスか、それなら、昨夜完成した発明品を試したいのであっしも付いていくッス!」


 なっ、なにぃィー!?


「ルー君も行くのかい、それは別に構わないけど、装備はどうするんだい?」

「ふっふ~ん、決まってるじゃないッスか」


 スッ、っとこめかみ辺りを指差し、自信満々の笑顔で彼女は言った。


「この頭脳に決まってるッス!!」

 どうやら装備が無いらしいので、俺はこそこそと監獄長の側により、女の子が装備も無しに冒険を行くことと、ついでに頭が悪そうだという個人の感想を伝えるだけ伝え、しぶしぶオーク退治の冒険へ出発するのだった。



  □■□■□■□■□■□■□■□



「ふっふーん、オーク退治、楽しみッスね!」

「そうっすね……」


 結局、ルーべとクエストに行くこととなった。

 断るチャンスを、頭の痛そうな発言でぶち壊された挙げ句、ろくに装備もないつなぎ服の状態で付いてきてしまったのだ。

 付いてきた彼女が言うには、監獄長に頼まれたらしい。どうやら最低二人のパーティーは厳守のようだ。


 ちなみに俺は、革製のベルトに、これまた革製の鞘に短刀を納めている。

 ぶっちゃけカッコ悪い。盗賊にさえ見えない。


 例えるなら、富士山登るのに上下ともジャージで片手にペットボトル、という具合だ。

 そんな、クエストを舐めきった装備に、これまたマイペースな仲間を加えたのだから、死んでもおかしくはない。

 一人でもかなり死にかけた、主に金銭的に。

 しかし、仲間が出来たということは、一人の時よりも遥かに気を配らなくてはならない。戦闘面でもそうだが、健康や精神なども。だが、それを言ってしまうと、全てが俺に当てはまる。

 戦闘力は0で、雑魚モンスターでも注意しなくてはならない、そして、足手まといなるのは確実、いっそ死んでしまいたい。

 いや、いっそ死んでしまおうか、流石にあの世はこの世界程地獄ではないだろう。

 ん? でも俺死んだんだよな? ってことはここは地獄?



「もう訳わかんねぇッ!」

「何やってるんスか、森に着いたッスよ」


 着いたと聞いて、オークがはこびる森を視る。


 波打つ木葉、色とりどりの花、戯れる小鳥たち。

 あー、森だ。この慣れ親しんだ形容は間違いない。

 初心者の森と全く区別はつかないが、けれどしかし、狂暴なオークがいる森という感じには見受けられない。

 蝶々は野花にキスをし、小鳥は小さな体を揺すり合い、樹は大きな枝をゆっくりと揺らしている。


 平和な森の代名詞みたいなこの森に、本当にオークはいるのだろうか? いや、いない。きっと依頼人のおばあさんは、お茶目な熊をオークと勘違いしたんだ。あいつら見た目はそっくりだから、きっとそうに違いない。でっかい図体に毛むくじゃらなら、誰だって間違えるはずだ。なら、このクエストはすでに達成しているようなものだ。ならば、ここには用はない。


「ルーべ、帰るぞ」

「何でッスか? まだオークに会ってもないのに」


「きっと、おばあさんはお茶目な熊をオークと勘違いしたんだ。大体、おばあさんみたいなお年寄りになれば、目だって霞んでくる、俺のじいちゃんも、最近耳が遠くなって大声じゃないと聞こえなくなってきたんだ、だから、おばあさんもきっと耳が鳴るように痛いッ!?」


 ブヒィィーッ!! という野生の雄叫び、ドミノ倒しの如く、雄叫びが森中から連鎖し、森の獣は各々好きな方向へと逃げ去っていった。

 その音を形容するならば、雷と言えるだろう。音の雷が四方八方飛んで行き、鼓膜を叩く。


「……オーク、いるッスね」

 なんだよ、こっち見るなよ、惨めな気分になるから止めろよ。


「さあ、お仕事ッスよ」

「ちょっと待てよ」

「なんスか? まだオークがいないっていうんスか?」


 その一言で、俺への信頼度がどの程度が大体分かった。

 まあ、確かにオークがいるとはまだ思ってないけど。


「違うよ、本当に武器も無しで戦えるのか? 一応、俺が守ってやるけど、全部は面倒見切れないぞ」


 ちゃっかりカッコいい台詞を言ってみたりする。いつか言ってみたいと思っていたから、夢が叶った。


「大丈夫ッス、あっし、こう見えて逃げ足速いんスよ。それに、戦闘は参加する気さらさらないッス。あっしが戦闘に参加しても足手まといに成るだけッスし、基本任せるッスから頑張ってほしいッス!」


 この子、意外と状況を把握してる。


 確かに、戦闘に出て来てもらうよりは、どこか安全な場所で待機してもらう方が安心だ。

 ただし、俺が戦えればの話だ。

 残念なことに、俺が怪我したら俺の命運は彼女に自動的に託されてしまう。

 女の子に運んでもらうのは情けないが、この問題はオークと出会ってすぐかそうでないかという時間の問題なのだ。彼女が力持ちであることを信じよう。


「それじゃ、作戦も決まったことッスし、いざオーク討伐に出発ッス!」

 おー! と片手を高々と掲げるルーべ。

 その前向きさ、俺にも分けて欲しい。



 □■□■□■□■□■□■□■□



「いたッスよ、あれッス」

 ルーべに促され、オークの様子を草陰からじっと観察する。


 細長い腕に、短い足、大きく垂れた耳、体は泥で塗ったのか、よく分からない模様が描かれている。

 そして、何よりも特徴的なのが、鼻だ。

 醜悪な姿でも最初に目につく特徴的なその鼻は、豚のように平らで大きく、前に突きだしていた。

 豚人とでも表現した方が分かりやすいほど、豚と人の特徴を体現していた。

 さらに、オークは周囲に5~6体程おり、あるものは二人で、あるものは一人で固まっていた。

 また、オーク達のいる場所には、簡素ながらに寝床らしきものがあり、オーク達の中央にはたき火の後が残っている。

 これは、オークの集会場とでも呼んだ方が良さそうだ。


「……ルーべ」

「なんスか?」

「用事が出来たから、帰る」

「女の子を置いて逃げるなッス!」


 げんこつを頂いた。酷い。


「まずはッスね、こういう集団を取るモンスターは、誰がリーダーか見極めるのがポイントッス。個々が弱くても、まとまりがあると強いッスからね」


 なるほど、オークのリーダーか。しかしそれは、オークの中で一番強い奴、とも言える。

 今回の依頼は討伐なのでそのリーダーも含めて倒さなくてはならない。しかし、野良猫相手にも満足に勝てないような俺が、オークの集団を倒すなんて出来るのだろうか。

 いや、出来ないな。


「少数とはいえ、立派に彼らは生活してるッスね」

 岩陰からオークの生活を覗くルーべ。俺はそれを見て、物好きな奴として捉えた。

 どうせ倒すんだ、生活に興味を持っても無駄。仲良くなれるわけでもないのだから。

 あくまで今回は討伐。倒しに来てるのだ。今知りたいのはオーク達の弱点、それをルーべは分かっているのだろうか。いや、俺には関係ないか。


 不安が胸を締め付ける。そもそもこのクエストは、達成出来ない。


「なあルーべ、話したいことがある」

「なんスか~?」

 ルーべは物陰からオークを観察するのに専念してるらしく、こちらには顔を向けなかった。だがそれは、俺にとっては都合が良かった。

 真正面に言う勇気は無いから。


「俺、このクエストは降りようと思ってる」

 一瞬、ルーべの動きが止まったように見えた、しかし、それは勘違いだったらしく、それで? 相槌を打つ。


「ここまで来たから言うけど、俺、攻撃力がゼロなんだ。雑魚って呼ばれてるパンチラビットにも歯が立たなくて逃げ出した。このクエストだって受ける気はなかった。でも、ここまで来たからには白状する。俺のせいで今日知り合った女の子の命を危険に晒したくないんだ。だから、ごめん」


 心の内を、ルーべに伝えた。

 俺の自己満足で人を殺したくはない。夢にまで見た冒険は出来たのだ、凶悪なモンスターを見ることも出来た。これ以上望むものなんてない。かっこよく戦える奴は、所詮ゲームの中にしかいない。俺はそれをよく分かってる。

 この世界はゲームじゃない、雑魚モンスターから受けたパンチは、いじめっこなんかよりも鋭く痛かったのだから。


「……シノブ、だったッスよね?」

 いまだ表情は分からない、けれど声には、どこか怒りや悲しみが乗せてあるように聞こえた。

 そりゃそうだ、ここまで来ておいてパスである。ドタキャンなど、どの世界でも喜ばれるものじゃないだろう。


「シノブ、質問……していいッスか」

「……ああ、もちろん」

 恐らく道徳的なことを聞かれるのだろう。だが、それを俺はあえて最悪にして答える。

 中途半端に善人ぶっても、仕方ないからだ。なら、悪人は悪人らしく振る舞った方が良い。


「……逃げ足に自信はあるッスか?」

「……え?」


 あまりにも意外な質問であった。歯を食いしばれ、とか、一発殴らせろ、ならまだ分かるが逃げ足って、


「え、ま、まあ、ある程度は」

「そう、ッスか」

 そういうと、彼女はこちらに振り向き、可愛らしい顔を、茶目っ気たっぷりの笑顔でくしゃくしゃにしたあと、スッと俺を草陰から押し出した。


「……は?」

「アッーーー!!! こっちッスよ!!」


 ルーべが岩陰で叫ぶ、当然オーク達はこちらを向く、だが、その視線一つ一つは、全て俺に注がれていた。


「全力で逃げろッス!!」


「てめぇー! 覚えてろッッ!!」


 俺は、地獄の鬼ごっこへと駆り出されたのであった。

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