第7話
冒険者に引っ張られ、『ジェイル』とかいう黒い建物に向かっていた。
見た目はまさに監獄という感じだ。辺りを見渡す搭に、果てしなく高い壁。外の世界を隔てるかのように並ぶ木々。
RPGでもよく見た監獄の見た目そのもの……といきたいが、この監獄には足りないものが二つあった。
「……なあ、ここって監獄何ですよね?」
「うあ? そうだぜ、ここは監獄ジェイルだ」
「何で、出入口が無いんですか?」
ジェイルと呼ばれる監獄には、出入口らしきものが見当たらなかった。
監獄というものに詳しくはないけれど、しかし出入りできないのでは囚人を収監することなって無理ではないか?
そんな俺の疑問を見破ってかそうでないか、男の冒険者は高笑いした。
「出入りはできるぜ、でも、今は無理だ。そんな簡単に入り口は開かないんだよ」
冒険者は意味深な言葉を残した後、俺に巻き付く鎖をグイッと引っ張る。
めり込んで痛いから止めてほしい……。
光沢の無い無機質な壁の前に立つ冒険者と俺。結局出入口は見当たらなかった。
一体俺をどうしたいのか、冒険者は壁の前に立つなりボケッーっと突っ立ったまま止まる。
当然俺も止まるしかない。首輪を付けられた犬の心境が何となく分かってしまう。
それから数分後、黒い壁は、壁でしかなかった。
「おい俺をどうしたいんだよ! こんなプレイ望んでねぇーよ!」
唾でもかかったか、冒険者の男はしかめっ面を作るのみ。
本当に俺をどうしたいのだろう、男の意図が読めない。
そもそも俺は無実だ。捕まるようなことはしていない。勘違いされるような行動を取ったかもしれないが、結果としてモンスターを倒す手助けはしたのだ。つまり、俺はモンスターの仲間ではないのだ。
こうなった理由を考える、しかし、まったく検討がつかない。
ただ、こうなった原因を作った人物には心当たりがある。
ギザギザの毛先、黄金のような瞳。特徴的な犬歯。
クリーゼだ。
俺を不幸に叩き落とした張本人にして、魔王の幹部。こんなに憎い相手はいるだろうか? いやいない! 今度あいつに会ったときは、外に出られなくなるような事をしてやる!
俺は縛られた状態で拳を作り、ぎゅっと復讐を誓うのだった。
「お、ようやく開くみてぇだな」
冒険者が唐突に口を開いた。
今さらなんだと思い壁を観察すると、でかい壁に水色の光の筋が走る。それは、決められたところを走り、分岐点では枝分かれする。上から下に流れ、一つの模様を壁に描いていった。
複雑怪奇なその模様は、紋章とも魔方陣とも言える不可解なもので、分からない俺にとっては邪悪な悪魔を呼んでいるように見えて、背筋に冷や汗が走った。
「……なあ、あれなんだよ」
不安になったので冒険者に尋ねる、しかし冒険者は、見たらわかるといってことの成り行きを見届けるよう勧めた。
そして、複雑な模様を浮かべた壁は、上から下に一直線の切れ目を走らせた。
本当に悪魔でも出るのかと身構えるも、出てきたのは、
「うはっ~、だりぃー」
「今日もクエストか、時間まで働くか」
「まったく来る日も来る日もクエストだな、早く酒の日来いよ」
寝ぼけ顔の男達であった、しかも、その手には武器らしきものが握られている。
呆然とした。そりゃそうだ、こんないかにも監獄ですと言わんばかりの建物なのに、出てきたのは男達、いや正確には女も混じっていたので正しくはないが、とにかく、冒険者が監獄から出てくるのはおかしくないか。
「ほらガキ、歩け」
俺を引っ張る冒険者は、開いた壁の向こうへと向かうのであった。
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中は薄暗く、赤い蛍光灯のようなものが天井からぶら下がり、辺りを照らしていた。
俺は引っ張られながら先の暗い通路を歩く。一見してSFのような感じではあるものの、時折すれ違う冒険者や軍服みたいな服装の人物を見て中世風な世界であったことを思い出す。
長く続くと思われた通路は唐突に終わりを告げ、冒険者も足を止めていた。
しかし俺は、目の前にあるものの違和感にツッコミをいれざるえなかつた。
「なんでエレベーターがあるんだよ!」
見慣れた扉に上と下を表すボタン。日本でもあったエレベーターだ。
「うあ? これエレベーターっていうのか、初めて知ったよ」
冒険者はふむふむと頷くだけに収まった。
おかしい、このジェイルとかいう場所は。
監獄だというのに冒険者はいるし、エレベーターという近代技術まで取り込んでいる。
この世界は中世並みではないのかと疑問をぶつけたかったが、生憎とエレベーターが来て発言を阻止される。
鎖で縛られた俺は、それを引っ張る冒険者についていくのみ、気持ち的には進まないが乗るしかない。
エレベーターの中は意外にも心地よく、温度的にも最適だった。空調を操る魔法か、それとも機器なのかは知らない。
扉の横にもボタンがある。扉の上には現在どの階にいるのか分かりやすく数字で表されていて、日本に戻ったんじゃないかと錯覚するが、鎖の冷たさが容赦なく現実に連れ戻す。
まあ、鎖で巻かれた状態で戻されても困るんだけどね。
ピンポーン、と到着したことを知らせる鐘の音。エレベーターから出ると、先ほどの不気味な通路と違い明るい場所に出た。
エレベーターを出て、突き当たりを左に曲がり、二番目の扉の前で止まる。
冒険者はその扉を二回ノックし、返事を待った。俺は何の部屋か気になり、扉と、扉の側を観察し、見つけた。監獄長室と。
どうぞと扉のほうから声が。もう終わりだと思い、俺は再び抵抗する、しかし鎖相手に太刀打ち出来るわけもなく、扉の軋む音が通路に空しく響いた。
俺、本当に牢屋暮らしになるのか。
絶望の未来に存在する監獄長が、逆光で照らされ現れた。
「ひっ!」
思わず悲鳴を上げてしまった。それもそうだ。
監獄長らしき人物のシルエットはスッと細身で、その時強調された紅い瞳は、まさに蛇のようで、俺の心臓を強く締め付けた。
睨まれた蛙こと俺は、すくむ足を前に進めることは出来ず、ほぼ冒険者に引っ張られる形で中に入った。
この巨大な監獄を統括する人物。きっと侮れない程の力を持った人物なのだろう。俺は今、そいつ目の前にしているわけだ。
もう一度抵抗してみるか? しかし鎖が外れる保証はない、いやそもそも、監獄長とかいう強者を前に背を向けたら命はないんじゃないか。
必死に逃げる策を考えるも、所詮攻撃力ゼロ。しかもここは監獄だ、相手の庭で逃げても捕まるのがオチ。
紅く細い瞳はこちらを睨み、一歩、また一歩と近付く、また、その際逆光に照らされた人物の影も大きくなるのでより怖さが増す。
俺は思った、殺されると。
ぎゅっと瞼を閉じ、その時を待つ、そして、
「アイタッ!」
という気の抜けた叫び声。何だと思い恐る恐る目を開くと、逆光の中にいた長身の影は消えていた。
「え? あれ?」
状況が掴めない、どういうこと?
「大丈夫か監獄長の旦那、旦那はいつも大事な場面でヘマするな……」
「アハハ、かたじけない」
俺をほったらかして起こすのを手伝う冒険者、起こされる監獄長。
なんだ、何が起きてるの?
フラフラと立ち上がった監獄長と呼ばれる若い男性は、パンパンと服の埃を払って再び俺に向かって視線を送る。
「君が、鍵弥 忍君だね。初めまして、ボクの名前はファー・アリオ、よろしくね」
穏やかそうな表情を浮かべて、アリオは手を差し出す。
鎖で縛れてるんすけど……。
「旦那、俺の魔法で縛ってるんで、握手は無理でっせ」
あ、本当だ。といって苦笑を浮かべる監獄長。
監獄長の見た目は細身で、痩せ細った印象が強い。髪は紫色、瞳は紅い。監獄長が着ている服は軍服と白衣を足して二で割ったような服装で、どこか重く、それでいて軽い印象を受ける。
そして、先程は逆光でよく顔が見えなかったが、男の俺から見て格好いい。ちゃんとしたスーツでも着こなしたら女子にモテそうだ。
しかし、小心者見たくアハハと愛想笑いを浮かべてるこの男は、お洒落とは無縁そうに見える。せいぜい片方の耳に付けてるイヤリングぐらいだろうか。
「ほら、こいつの書類だ。にしても、5日ぐらい前に加入したひょっこ冒険者がモンスターを手引きとは、世も末だねぇ~」
「ありがとうございます、そうならないためにボクはここで働いているんです。ボクが絶対そうはさせませんよ」
お! 大きくでたね、と高笑いの冒険者。
何か、親戚のおじさんが甥っ子と話してるみたいだ。
しばらく監獄長と冒険者のおっさんは余談に興じてた。聞いていて特に重要そうな内容ではない。しかも、話しの舵取りはほとんど冒険者のおっさんで、それに相槌を打つのは監獄長であった。
この世界って暇なのか、と俺は呆れながら思った。
しばらくして、おっさんは片手を上げて部屋の出口へと向かった。扉を閉める際、俺に向かって手のひらを向け、「解除」と言うと、俺を巻いていた鎖が鞭へと代わり、おっさんの方へと飛んでいった。
魔法様は、どんな場面でも俺を驚かしてくれたのだった。
「さて、君のことなんだけど、早速今からクエストに行ってほしい」
はあ? 監獄長に向けての第一声がそれだった。
犯罪者がクエストって、意味が分からない。
「意味が分からない、そういう顔をしてる、ね」
アリオは右耳のイヤリングに付けられた正方形の石を指で弄びながら、そういった。
なんだこいつ? さっきと雰囲気が違う。
「雰囲気が変わったと思ってる? ごめんね、新入りにはいつもこうなんだ、怖がらせちゃったかな」
アハハ、と尻つぼみする笑い声。
俺は思い出す、この部屋に訪れた際の緊張感を、一見情けない感じではあるが、監獄長というのは伊達ではないのだ。
「まあまあ、そんなに力まなくてもいいよ」
と、両手で俺を制すアリオ。
不気味だな、と俺は思う。
「ここは監獄ジェイル、君みたいな犯罪者を収監する場所だ。犯罪といっても罪の重さにもよるけどね、大体ここに集まる囚人は、窃盗、殺人、強姦辺りだね。で、君は……、え? 町へモンスターを誘導した。これは初めてだな」
ふむふむと頷く監獄長。立派な机に他の書類を置き、目線は片手の書類に向けつつ、俺に歩み寄る。
さきに説明するが、俺の手足は自由である。鎖から解放されたからだ。逃げようと思えば逃げれる。先ほどのようにドジって転べば、少なくとも俺はこの部屋から脱出できる。
さあどうするかと監獄長を観察する、ポンッと肩に手が置かれる。
「
イヤリングを片手で弄りながら、監獄長はにっこりと笑って俺に、警告したのだった。
とうとう俺は、ここに逃げ場が無いのだと悟る。どういうわけか考えが読まれている。
俺は、心臓を冷たい手で掴まれたみたいに、全身から嫌な汗が吹き出るのを感じた。
こんな時こそ逃げたいのに、今目の前にいる人物は不可解過ぎて下手に逃げれない。
このまま冷たい牢屋で過ごすのか? 嫌だ! せめて、無実であることを知ってほしい、どうすれば……。
「おーい、ちょっとボクの説明を聞いてくれるかい」
見ると、上から覗き込む形でアリオが微笑んでいた。
「色々と驚かしてしまったようだから、改めて説明するよ、君のような犯罪者にはクエストを受けてもらいます。もちろん報酬だって貰えるよ、何割かは頂くけど。でも、クエストを通すことで、報酬よりも大切な、人との繋がりを見つけて欲しいんだ。
ここでは君達に、心を入れ替えると同時に大切な物を見つけて欲しい。詳しい説明は受付嬢や仲間に聞いてね。じゃあ早速行こうか」
そういうやいなや、監獄長は部屋を出る。これは付いてこいということなのだろうか? とりあえず俺は監獄長の後を追い、再びエレベーターに乗り込んだ。
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俺が連れてこられたのは大きな部屋、周りには長机や丸机がいくつか置かれ、部屋の端にカウンターらしきものが二つあった。
凄く見慣れた感じ、これは、
「そう、ここはギルド。ようこそ、ギルド『ジェイル』へ」
ギルド? ジェイル? もう訳が分からない。
「君達は、ここを拠点にクエストに行ってもらう、このギルドのギルド長はボクさ」
といって自信満々に胸を張るアリオ。
いや、監獄長では?
「基本的にここの方針は自由だけれど、もちろんそれはいくつかのルールを守ってのことだからね。さて、君のパートナーを探さないといけないんだけど、他の囚人はクエストに出掛けてるし、はてどうしよ……アタッ!」
突然、監獄長はくの字に曲がり飛んでいった。そして、当然のごとく壁に激突する。
「アイタタッ……これは、あの子か」
監獄長は痛そうに腰を擦る。何が起こったのか、周囲を注意してみると、もくもくと煙が昇るロケット。
なんでこんなところにロケットが? と思ったその時。
「そこの君、どいて!」
声の方に振り向くと、ロケットが向かってきた。
「なあっ!?」
「え? ちょっ、ごふっ!?」
俺は迷わず横に転がり避ける、ロケットは
誰だこんな危ないもの使ったのは、声のした方へと駆ける。犯人に文句を言ってやる! そう息巻いていた、が、俺は言えなかった。何故なら、
「ごめんごめん、あっしの発明品が勝手に飛んじゃって、怪我は無いっスか?」
銀色の髪は埃でくすんでいて、髪は横に結わえられている。目は夕焼けを連想させる暗い赤色。肌も埃を被っているが、とても健康的だと分かる。
そう、俺の前に美少女が現れたのだ
とてつもなく可愛い子に、声を掛けられた。だから、コミュ症が発動し、しばらく俺は口をパクパクするのみであった。
「誰か、助けてくれないー……」
監獄長の弱々しい声が響くのであった。
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