第6話
「おい! ここから出してくれよ」
閉まった扉の向こうにそう叫ぶが、飽きたのか返事はかえってこない。
俺は今、領主が住む砦のような外観をした屋敷から、少し離れたところにある古い小屋へと隔離されていた。
手足は縄で縛られて動かすことが出来ない。何とかもがくが、地面に敷かれた牧草を散らすだけであった。
最初こそ手足は自由であった、両腕の拘束から逃れ逃走したところ、死刑にするぞと脅され、抵抗出来ないようにと縄で縛られたのだ。
町が一つあるのだから領主がいるのもおかしくはない。だが、新米冒険者を小屋へ閉じ込めるというのはどうしても納得出来ない。
というか、俺がどうして魔王軍を手招きしなければならないんだ。確かにむかつくことはあったけれど、町を滅ぼそうなんて思ったことは無い。
それに、あんな小さい子、普通魔王の幹部だなんて思わない。そう、俺は悪くないんだ。
しかし、あの司教っぽい男は調査したと言っていた。昨日の襲撃からまだ一日も経ってないのにだ。
そうなると、証拠も何も無いはず、なのになぜ犯人にされたんだ。
「……わかんねぇー」
結局、事態が進まないと俺も分からない。情報だってここを出なければ得られない。
ないない尽くしだ。
「……さむっ」
牧草の上で体を丸める。半袖のTシャツにカーゴパンツでは寒さを凌げない。
この世界の季節ははっきりと分からないが、朝は少し寒く、日が出ていればそれなりに暖かい。体感的に春っぽいと感じた。
しかし、それでも夜は寒い。今さらになって薄着であることを後悔する。
異世界に行くのなら伝えて欲しかった。心で文句を言いつつ寝たい気持ちに意識を放ったのだった。
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体が宙に浮く感覚。それだけで俺はどこにいるのか理解し、さっと上体を起こした。
「おおー勇者よ、捕まるとは情けない!」
今回に限ってその言葉が妙に心に刺さった。というか脅すって反則だろ! 死刑にはしないってあのじいさんも言ってただろう! 不可抗力だ!
「あれ? 今日は何だか元気が無いですね。何か嫌なことでもあったんですか?」
ミコはきょとんとした顔でこちらを見つめている。
てか、事情は把握してるだろ。捕まるとは情けないって言ってただろう! 冗談だとしてもたち悪いよ!
「ミコ、俺の攻撃力ゼロ、何とかならない?」
諦めきれずミコに問うが、当然のように無理ですと首を横に振る。
「そもそも、シノちゃんの攻撃力ゼロはシノちゃん自身のせいなんですよ。いつも見ていたので絶対です」
それは初耳である。攻撃力ゼロは俺自身のせいなんて。しかし、だとして原因は何だろう。
「ミコは、原因とか理由は分かるのか?」
「当然です! ミコはこれでも神様です! 分からないことは多分ありません!」
平たい胸を堂々と張るミコ。そこは言い切って欲しかった。
「でも、教えることは出来ません」
「なんでだよ! 攻撃力さえゼロじゃなければ俺だってもっと活躍出来るんだ。なあミコお願いだ、教えてくれよ」
俺は食い下がる。ここで原因が分かれば今の俺の状況だって改善出来るかもしれない。
ちょっとはマシな冒険だって出来るし、堂々とパーティーだって組める。良いことだらけだ。
しかし、幼い神様は首をゆっくりと横に振る。星が写る彼女の瞳には、慈愛のような暖かい、それこそ母親が子供に向ける慈しみの瞳、それを、俺に向ける。
「大変なのは分かります、ずっと見てきましたから。でもですね、シノちゃんもそろそろ我慢するときです。ずっと逃げてきたシノちゃんだからこそ、シノちゃんしかない、最大の武器があるんです。ミコの願いは、
初めてミコの女神らしい一面を見た。見た目こそ5~6才ではあるものの、言葉一つ一つに願いがこもっている。
まるで、流れ星にお願いする少女のように、繊細でいて芯のある願い事だった。
真面目な人間になれ、親父の言葉が何故か頭に響いた。しかしその響きはミコの願いとどこか重なって、俺の心に染みていった。
フフッ、と控えめな笑い声。見れば、ミコはどこか嬉しそうに微笑を浮かべていた。
「分かってもらえた見たいですね、では、シノちゃんはそろそろ戻って下さいね」
魔法でも使ったのか、意識が
心地よい感覚に包まれる前に、俺は気になっていたことを聞いた。
「俺の、最大の武器って、逃げ足じゃないのか……」
伝わったのか伝わらなかったのか、ミコは最後までこちらを見つめ、微笑んでるだけだった。
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「容疑者、鍵弥 忍、前へ」
証言台の前に立った。雲一つ無い青空を背景に、あの司教っぽい男が裁判長を務めていた。
ここは町の中央広場、出店や人などでいつも賑わっている場所だ。一度だけ訪れたことがあり、その時はお祭りのように騒がしく、目を引く品物ばかりが置いてあった。
が、今回人々が注目しているのは俺、しかも人で溢れている。今はひそひそ声で騒がしい。
なぜ裁判をこんなところでやるのだろう、目立ってめちゃくちゃ恥ずかしいのだが。
当然、そんなこと裁判長にはどうでもいいことであり、今も俺を、まとわりつく蝿か蚊でも見るような視線を送る。
「お父さん、裁判始まった?」
「いいや、でも始まったら凄く楽しいぞ」
やったー! という無邪気な声。
なるほど、この時代じゃあ裁判って娯楽なのか。
昔の人は暇な奴が多いと良く聞く、今でこそスマホ一つで色々なゲームを出来る時代だが、まさか、他人の裁判を娯楽気分で傍観するとは……。
人の狂気に触れたようでゾッとする。本当、昔も今も変わらないのな。
ドンドン、と裁判でしか聞かない木槌を叩く音。条件反射で全身が強張る。あ~逃げたい。
「これより容疑者 鍵弥 忍の裁判を始めます。検察官は前へ」
「はっ!」
裁判長に呼ばれて出てきたのは、長い髪を後ろに結わいた二十代後半ぐらいの男。
裁判長や俺、民衆にお辞儀したあと、巻かれた羊皮紙を広げた。
「容疑者、鍵弥 忍、レプラコーン冒険者ギルド所属の冒険者。容疑者は昨晩、モンスターを町に誘導した疑いがあります。その証拠として、鍵弥 忍がモンスターを冒険者にけしかける姿が何人かに目撃されています。証人は前へ!」
検察官の掛け声に、はい、と民衆の中から手が上がり、柵を乗り越え姿を現す。
「……っておばちゃん!?」
出てきたのは、いつも不機嫌な宿屋のおばちゃんだった。
「証人、名前と職業を」
「名前なんてどうでもいいだろ、おばちゃんで頼むよ。職業だって言わずともみんな分かってるさね」
何だあのハードボイルド!? 俺の興味はもはや証言よりもおばちゃんの素顔に向けられていた。
旦那に対してもあの口調なのかな。
「では、証言を」
おばちゃんは一瞬だけ俺を見て、唾を吐いた。もうそれだけで
「昨晩のことさ、いつものように辛気臭い坊主が来てね、金を払ったらゾンビ見たいにのろのろと部屋に行ったんだよ。ったく、あの坊主を見るとむかつくよ。少しは明るく振る舞えってんだ」
あんたが怖くて視線隠してたんだよ!
見た目だって一人や二人やってそうな風貌だし、声もあれだし、直視できねぇーよ!
「ふむ、ではモンスター襲撃時はどうでしたか?」
「急に火が上がってね、モンスターの影が見えたから急いでお客を叩き起こしに行ったよ。そこの坊主も叩き起こしてやったね。
で、お客全員を起こしたあたいは宿を出て避難しようとした時さ」
おばちゃんの射殺す様な視線が刺さった。全身から嫌な汗が流れる。
「そこの坊主が住民に紛れて逃げようとしてたんだよ! ったく、冒険者なら冒険者らしくモンスターと戦えってんだ!」
どうやら、俺が逃げようとしたところを目撃されたらしい。証言を聞いた町の人からも、そうだそうだ、冒険者らしく戦え、このクズ、と罵声が飛び交う。
だって仕方ないじゃないか、俺攻撃力ゼロだもの!
「裁判長、今の証言でも分かる通り、鍵弥 忍は町を守るどころか、自分の身可愛さで逃げようとしました。ここまでで、少なくとも容疑者には住民を守る責任感が欠けていることを窺えます」
「ふむ、確かに。中身も見た目も怪しいですな」
しれっと裁判長が呟く。見た目はどうでも良いだろ。
「証人、ありがとうございます。では次の証人、前へ」
「ひっく、酒持ってこ~い」
この4日間、酔ってる姿しか見たことのない泥酔冒険者。しかし、酔ってる割にはちゃんとバランスも取っている。昨晩、モンスターの群れを薙ぎ払ったのはこの冒険者である。
モブだと思っていたが、ここまで関わる機会があるとは……、仲間のフラグかな?
「証人、名前と職業を」
「え? 名前だ? んなことより酒持ってこい」
良し! 検察官は人選を間違えた。あの酔っぱらいはろくに会話も出来ない。これ以上の裁判は無理だ。そう思った、が、
「単刀直入に聞きましょう、あなたにモンスターをけしかけたのは、この人物ですか!」
ビシッ! と人差し指を俺に向ける検察官。
酔っぱらいの冒険者はつられて俺を見る。すると、何かを思い出したように目を見開いて。
「そいつだ」
裏切り者ッッーーー!!
ああーそうだった、この世界に来てから俺は不幸なことばかり起きてたんだ、良いことなんて起きるわけないよな!
そもそも、俺が雑魚モンスターにやられた話しを広げたのもこの冒険者だし、期待した俺が馬鹿だった。
「裁判長、このように容疑者は逃げられなかった腹いせに他の冒険者にモンスターを襲わせております。また、その時連れていたモンスターの数は10体程。新米の冒険者でも、それほどの数には追われません。そうなれば容疑者がモンスターを指揮した可能性もあります」
え? そうなの。
どうやらモンスター達は、俺が弱いと直感し追いかけたらしい。新米でそれほどいかないということは、余程俺は舐められているようだ。
「証人、ありがとうございます。ここまでの話で、容疑者が冒険者としての責任を放棄、また冒険者を襲い傷付けようとしました。裁判長、どうぞ判決を」
「ちょ、ちょっと待てよ! 俺の弁護は!? 俺がやったなんて証拠も無いじゃないか!」
判決を急かす検察官と、待ちくたびれている裁判長に向かってそう言い放つ。
そうだ、証拠だ、証拠がなければ犯人には出来ないはずだ。
しかしここで、俺は重大な勘違いをしていた。
「弁護に立候補する者はいなかった。そして、証拠など証言には勝らないものだ、故に証拠などはない」
愕然とした。
そう、ここは異世界。現代日本なら弁護士を雇ったり出来るが、ここでは人の義理人情が左右する。
俺が立っている場所は、リーンチェットという大陸で、シエルという田舎町だ。日本では、無い。
親もいなければ兄弟もいない。仲間も、いない。
俺は容疑者用の椅子で、力無く頭を垂れる。
無理ゲーの極みだ。この世界は。
「容疑者、鍵弥 忍、前へ」
言葉の糸に引っ張られ、のそのそと証言台に向かう。
「容疑者、鍵弥 忍に判決を言い渡す」
ドンドンッ! 俺の心臓も、木槌の音に合わせ大きく跳ねる。
「有罪!」
やっぱりね! 見た目からして怪しいもの。町から出ていけ! と周りから心の無い罵声が俺に叩き付けられた。
RPGの勇者とは程遠い、町を襲撃した罪人というレッテルを貼られた瞬間だった。
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次の日の朝、異世界に来て5日目。俺は馬車に押し込まれ、ジェイルという監獄へと輸送されている。
窓から光が差し込むも、俺の心は照らされない。外からは御者と俺の監視に着いた男の冒険者が会話に夢中になっている。
馬車の中は四人程座れるスペースがあるだけで、後は何も無い簡素なものだ。
座り心地も悪く、馬車が揺れる度に尻が擦られていくようで痛い。
昨日、判決が出た後、俺は罰として全財産を奪われ(といっても銅貨二枚)、冒険者としての契約も破棄され、追放された。
つまり俺は、もうレプラコーンの冒険者ではない。馬車の中でステータストーンを確認したから間違いない。また、驚いたことに俺のレベルも1に戻っていた。一体どういうことか分からないが、まあ、俺には関係のないことか。
5日目にして犯罪者とは、どのRPGゲームをプレイしても、きっと俺だけだろう。
この世界に来たばかりの俺は馬鹿なこと言ってたな。いじめから解放されたとか、この世界では真面目に生きていけるとか、本当、笑ってやりたい。
「……もう考えるのも面倒だな」
風に煽られる草のように、川の流れに従う藻のように、揺れる振動に身を任せる。一際大きく馬車が揺れ、上体が前に倒れる。上体を起こす気にはなれず、そのままの姿勢で時を待った。
どの世界に生きても、俺の人生は変わらないんだな。
いじめられるのが嫌で引きこもって、高校でやり直そうとして、でも出来なかった。
異世界に行っても、不幸なことばっかでろくなことはない。
暗いくらい意識の中、突然の衝撃で体が宙に浮き、木で出来たヤスリみたいな椅子に落ちる。
「いった!」
今度は何だよ! 俺をどれだけいじめれば気が済むんだよ!
文句の一つでも言ってやろうかと考えている時だ。馬車の扉が開き、俺を見張る冒険者が「着いたぞ」と俺に伝える。
もう座るのは御免なので馬車から外に出た。
相も変わらず、視界に写ったのは草、草、草。背の高い木が無いだけで、のほほんとした感じは変わってない。
「で、ジェイルってどこにあるんですか」
「あそこだよ」
どうせろくでもないところなのだろう、看守が囚人をこき使うような、人権を無視したような場所だきっと、だったらいっそ脱獄してやる! 脱獄して窃盗でも何でもして生きてやる!
開き直った俺は、冒険者の指差す方向に視線を移動させ、言葉を失った。
搭だ。搭は大きく立派で、先端の部分を光る何かが回っている。
でも、俺が驚いたのはそこじゃない。
その下、搭を支えるひし形の建物、外装は真っ黒で、光さえ反射しない。また、その建物をぐるっと囲むように木が生えていた。
異様な建物の周辺だけ木があり、搭の
俺は思った。逃げねば、と。
「投獄されてたまるかッ!」
「おっと、そうはいかねぇ」
駆け出した俺に何かがうねって追いかける。見れば鎖が、蛇のように俺を追いかけていた。
「逃げ出すかもしれないって言われてたからな、先に拘束の魔法を唱えてて正解だったぜ」
呪文? これが!?
人生初の魔法様は、俺をぐるぐる巻きにしたのだった。
「さあ、観念して来てもらおうか」
俺の冒険のステージは、監獄に移ったのだった。
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