第5話

 ゴミ拾い、落とし物の捜索、犬の散歩。

 異世界に来て二日目の冒険は、全てボランティアで終わりを告げた。


 ようやく自分の力でお金を稼ぐことが出来た。お金は銅貨で、その価値は分からぬものの、銅貨一枚で宿に泊まることが出来る。

 それが手元に二枚、今日の稼ぎは三枚であったが、そのうち一枚は受付嬢に返した。


 そして、嬉しいことにレベルが一つ上がった。どうやらクエストクリア時に経験値が加算されるらしい。こんな絶望的な世界にも救いはあったのか。希望に胸が溢れていた、ステータスを見るまでは。


 異国の地で二日目の夜。不機嫌なおばちゃんが店主の宿で部屋を借り、ステータスを確認した時のことだ。

 レベルアップの喜びと、終わらない悪夢の恐怖に俺の感情は混沌と化した。

「なんでまだ攻撃力ゼロなんだよ!」

 レベルという壁は乗り越えることが出来た。しかしその壁の向こうに攻撃力ゼロという壁が待ち受けていたのだ。


 平たい石から浮かぶ青い文字を、塵一つ逃さないぐらい真剣に睨むも、やはり攻撃力はゼロだった。

「他のステータスは上がってるのに、どうして……」

 そう、他のステータスは上がっている。体力、防御力、素早さ、運さえも、けれど攻撃力はまるで微動だにしない。

 そもそも俺に力がないのかと思い、腕を強くつねると。

「いたッ!」

 痛みが走った。ついでにつねった痕も残った。


 訳が分からない。力が無いという感じではないし、でも力がないから攻撃力がないのであって、いや、そもそも力が攻撃力と決定するのもおかしいのか。


「……訳が分からん」

 かなりの問題ではある、でも今は気にしていられそうにない。一日一日が食っていけるかさえ分からないのだ。もう攻撃力ゼロを受け入れるしかない。

 そうだ! 攻撃力ゼロの良いところを考えれば良いんだ! そうすればちょっとは暗い気分が晴れるかもしれない。攻撃力がゼロだからこそ良いこと、例えば……。


「ねぇーよな、そんなの」

 落ち込むのにも飽きてきたので、ベッドに横になり目を閉じる。

 ミコにもう一度お願いして、別の世界に転生させてもらおう。そうすれば攻撃力ゼロとかいうバグはなくなるはずだ……。

 そう願い、意識を少しずつシャットダウンさせる。

 その時だった。


「おい小僧! さっさと起きろ! 魔王軍の襲撃だ!!」

 いきなり低い声に睡眠の邪魔をされたので、文句を言って再び眠ろうとしたら、扉の側にいたのは、いつも不機嫌な宿のおばちゃんだった。

「あれ? 今男の声が聞こえたような……」

「なにいってやがる、寝ぼけてるのか。とにかく、あたしゃ起こしたからね、命までは面倒みれないよ」

 そういうやいなや、おばちゃんは部屋を後にした。

 ていうか怖いよ、おばちゃん。


「……魔王軍の襲撃?」

 そういえばミコはこの世界に魔王がいると言っていた。

 とりあえず窓を覗き込み、外を観察する。


「きゃー! モンスターよ、モンスターの大群だわ!」

「おいモンスターども! かかってこいやッ!」

「お~い、誰が酒持ってこいよ。おいそこの翼が生えたあんちゃん、ちょっと俺に酒を恵んでくれない?」

「うぇ~ん! おかぁ~さ~ん!!」


 町が火の海に呑み込まれる。町の人達は各々の家族や助けの声を上げて逃げ回っていた。一人モンスターに酒を要求していたが無視する。

 さらには、人を追いかけるモンスターの姿。中には俺が敗北した殴り兎パンチラビットまでいるではないか。

 そんな光景をまじまじと見つめていると、モンスターと目線が合う。

 ほんの数秒硬直していると、モンスターは唸り声をあげたので俺は窓から離れて部屋の隅っこに避難した。


「なにこの状況!? 俺まだレベル2だよ! 攻撃力ゼロだよ! 神様酷くないっすか!!」


 神様にお願いしようか、駄目だ! あの神様は役に立たない!

 頭に浮かぶふざけた神様を追い出して、この危機から脱出しようと荷物をまとめる。

 逃げる準備が出来た瞬間、部屋の窓が割れ、翼の生えた人のようなモンスターが、手に持った剣を振り下ろした。


「グエッ!」

「ひっ! あぶねぇだろ!」

 間一髪のところで回避する。どうやらいじめられてきた俺の逃げ技がここで発揮されるらしい。

 モンスターはなんのとばかりに剣を横に振った。がしかし、俺は美しくも上体を水平に仰け反らせて回避する。

 「モンスター様! ここは一旦話し合いましょうぜ!」

 ごますり口調でモンスターに声を掛ける。しかしとうのモンスターは、剣が部屋の角に刺さり、抜くことに夢中になっていた。


 そして、まあなんというか、逃げるチャンスが出来たのでありがたくとんずらさせてもらうことにした。

 必死に剣を抜こうとするモンスターに、「じゃあ頑張って」と声を掛けて部屋を後にしたのだった。



 □■□■□■□■□■□■□



 階段を降り、店の扉を開け放つ。

 当然外はモンスターに溢れていた。モンスターに勇敢にも立ち向かう冒険者達が、町の住民を避難させていた。

 どさくさに紛れて住民達と同じ安全な場所に行こうとした、しかし、

「お? 新入りか、ちょうど良いところに来た! 俺達はこいつらを食い止めるから、お前は雑魚モンスターを退治してくれ、良いな!」

 そういうやいなや、強そうなモンスターに剣を向けて突撃していくのだった。


 退治も何も、攻撃力ゼロだって!


 撃退不可、倒せない相手はどうやっても倒せない。

 ダメージを与えるアイテムでもあれば話しは別だが、生憎それを買える金さえない。というかこの状況では買えないか。


「ちくしょう、結局なにも出来ないじゃないか」

 自分の無力さにも腹が立つが、何より、こんな状況なのに逃げられないことに腹が立つ!

 困ったら逃げるが信条の俺にとって、今まさに逃げる時だと言うのに逃げれないのがもどかしい。


 いっそこの町から出ていくか? でも逃げたら間違いなくレプラコーンには戻れない。それに逃げた後、つまり当てはないし……。


「もうやるしかないのか……」

 燃える町を背景に凶悪なモンスター達が破壊活動を続ける。その内の一匹がこちらに気付き、走り始めた。

 白い体毛に小さい体、もう説明するのさえ億劫になるそいつは、殴り兎パンチラビットだった。


「おうおう、相変わらずシャドウボクシングがお好きなようで」

 口の端が痙攣けいれんするのを感じつつ、俺は何とかそれだけを言った。

 ていうか、こいつ森にいた奴じゃないか。あの目の殺気、覚えがあるぞ。

 なおも拳を突き出し挑発するうさぎ。もちろん戦う気などさらさら無い。戦ったとしても前よりぼこぼこにされる時間が伸びるだけだ。


 さてどうするか、モンスターを相手せずに倒す方法。それでいて俺がぼこぼこにされない選択肢は……。


「んなの、これしかないじゃないか!」


 その選択肢しかない、そう思った時には俺はモンスターに背を向けて走り出していた。

 熱を感じながらも、極力酸素のある方へと走った。チラと後ろを確認するとモンスターが追いかけてくる。それも三匹だ。

「おいおい増えるのかよ」

 白いうさぎが三匹、目にぎらぎらと殺気を宿して俺を追いかける。

 おいお前ら兄弟だろ! と心の中で悪態をつくが逃走だけは力を抜かない。


 今俺が出来る最善策は逃げることしかない。

炎に包まれた町を舞台に俺は逃走劇を続ける。

 また後ろを確認してみると、今度は羽が生えたモンスターも加わった。

 自分でも逃げきれるのか不安になる。でも、例え囲まれたとしても『逃げる』という選択肢しかない。


 決まりきった答えだと言うのに、それ以外の選択肢を求めるのも逃げるという行為になるのか、問答したくなる気持ちを抑え三度目の確認。モンスターは十を越えていた。


 そいつらは、そりゃあもう火傷しそうなほどの殺意を向けていて、そういった悪意に敏感な俺は背中に火が付いたんじゃないかと思うほど視線を感じ取っていた。


 しかし、これは予定通りである。

 逃げてきた俺だからこそ出来ること、そんなの決まりきっているのだ。

 そう、逃げる時はいつも、どこがゴールなのか考えるのだ。

 学校なら人気の無い場所、図書室など。さらには制限時間さえゴールになる。

 ではこの場合、何がゴールなのか。まず俺が集めたモンスターをどうするかだ。

 そして、逃走先が見つかる。


 それはいたってシンプル、特にゲームをやって来た俺にとってはすぐに分かった解答だ。

 攻撃力ゼロが逃げ回れば他のモンスターが集まるのは当然だ。しかも、不幸中の幸いか、俺の足が速い、またはモンスターが遅かったからこそ十分な数を集めることが出来た。


 そして、答えにたどり着いた。


「おっさん! モンスターが来ましたぜ!」

「お? モンスター? んなことよりさけ……」

 モンスターが束になって跳びはね襲い掛かってきた。まさに絶対絶命、俺でもこの状況は抜け出せない。もう俺にはどうしたって脱出不可能だ。

 そう、俺にはね。


「んだこのモンスター共! 酒持ってこいやっ!!」

 おっさんの片手には大剣が握られ、それを棒切れでも振るかのように軽々とモンスターの波に一線を加えた。

 結果として、十匹以上いたモンスター達はほんの一瞬で全滅したのだった。


 そう、全て俺の予想通りだ。強者が弱者を狙うのは当たり前、また弱者に対して強者が束になって襲い掛かって来るだろうことも折り込み済みだ。

 そうなると俺がすることは、逃げ回って

 そしてまんまと引っ掛かったモンスター達をベテラン冒険者に擦り付ける。しかしそれが問題点だった。ベテランなど一目で分からない、それこそゲーム見たいにパッと見て分かるものではない、じゃあ俺が何を判断したかというと、酒飲みである。


 酒飲みみたいな頼りない奴ほどめちゃめちゃ強いというお約束を信じたのだ。


 で、結果はこの通り、おっさんも酒だ酒だと叫んでいるだけ。自分の悪運の強さと逃げ足に感謝しつつ、もう一度逃走をしようと歩み始めると、俺の前に立ち塞がる影があった。


「あら、モンスターを倒したのね、しかばね君」

 ギザギザしたピンクの髪。笑みの際覗く犬歯。そして、まるで悪魔のような金色の瞳。

 しかし、それよりも注目を集めたのは少女の後ろに静止するモンスター達。

 一体誰だ、なんてことは言わない。俺をしかばね君と呼ぶのは、この二日間であり得るのはあの子しかいないのだから。


「クリーゼ、お前か……」

 ほんの少しショックを受けた。あくまで少しだ。こんな世界なのだから裏切りだって覚悟の上だ。生きていく上で裏切りなんて付き物、そう珍しい事ではないのだ。俺をいじめた奴だって、最初は優しくしてくれたが、いざ弱みを握られたら手のひら返しではなかったか、そうだ。これは普通だ。


「あら? 泣いてくれるの、嬉しい~」

「うっ、うるさいうるさいッ!」


 はいそうですよ、泣いてますよ、涙で溢れて前見えませんよ。だからなにか? 優しくしてくれてあだ名もらって舞い上がってましたよ。だからしばらくほっといて。

 全身に感じる熱が、炎のものなのか、恥ずかしさからくるものなのかさえ判別がつかない。

 もう恥ずかしさで死ねる。


「……お前がモンスターを連れて来たのか」

「ええ、途中で迷子になっちゃったけど、優しいお兄ちゃんのおかげで無事にこれたわ」

 クリーゼはそこで笑った、アハハと、特徴的な犬歯を覗かせて。


「目的は何だ! お前は一体誰なんだよ」

「ん~、目的は言えないけど、アタシが誰かは特別に教えて上げる。アタシはね、魔王の幹部の一人よ」

 金色の瞳は、酷く歪んで愉快そうにこちらを見つめていた。


「魔王幹部!? そんな、君みたいな子供がどうし……、ぐはッ!」

 てとは言えなかった。見れば自分は建物に思いっきり投げ飛ばされ、そこにあった木箱や壺を破壊して倒れた。

「前も子供って言ってたけど、アタシはこう見えて26よ、舐めないで頂戴」


 クリーゼが26!? パッと見6歳くらいなのに。

 全身に鈍痛がするなか、何とか木箱等の山から抜け出す。

 それを見たクリーゼは、フンッ、と不機嫌そうに鼻で笑った。


「まあいいわ、命は取らないで上げる。案内してくれたお礼よ」

 そういうとクリーゼはその場で振り返り、手をヒラヒラとさせてモンスターと共に撤退していく。

「次にあった時は殺して上げるわ、しかばね君」

 嫌な笑みを残してクリーゼは去っていったのだった。



 □■□■□■□■□■□■□



 モンスターの襲撃から翌日。不機嫌なおばちゃんの営む宿の焼けていない方の部屋を借りて休息をとった。

 値段はただ、その代わり一部屋に四人が泊まるという窮屈さ付きだ。しかも他の三人はごりごりのマッチョ、色々と不安で寝れなかった。


 そんな三日目の朝、俺はギルドへと向かった。

 町は再建へと向かって修理に勤しんでいる。朝からトンカチが釘を打つ音でうるさい。

 ギルドの出入り口に付いた俺は、早速扉を開け、小声で挨拶をした。

 早速クエスト、と思っていたのだが、


「君が、鍵弥 忍だね」

 目の前には、司教が着そうな服装をした初老の男、その左右に鎧を着込んだ騎士らしき人物がいた。


 名前を呼んだ初老の男は、目で答えろと合図を送った、俺はそれに従い戸惑い半分で首を縦に振る。

 ていうか周りの冒険者引いてない? これどういうこと。


「貴様にはモンスターを町に誘導した疑惑が掛けられている。調査の上で、何人もの民がモンスターのリーダーらしき人物と会話している姿を目撃した。有無は言わせん、さあ引っ捕らえろ!」

 初老の男が左右の騎士に命令すると俺の両腕を拘束。

 はい? これどういうこと?

「死刑こそないが、過酷な処罰があることを肝に命じておけよ」

 初老の男はその言葉を最後に、俺をどこかへと連れていったのだった。

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