第25話 悪夢の戦闘 その三


 青鬼が再び突進の姿勢をとる。

 それを見たアルゴとヒスイはさっと左右に分かれて飛びのき、青鬼の進路から離脱する。

 踏ん張れる足が一本では方向転換が難しいのか、鬼は二人がいなくなった場所をまるでイノシシのように獰猛に駆け抜けた。二人のそばを通り過ぎた鬼は立ち止まると反転しアルゴとヒスイのどちらを狙うか迷うように左右にゆっくりと首を振る。

 アルゴはすぐさま前に躍り出て鬼の注意を引きつける。

 ヒスイには魔術行使のため後ろで構えてもらい、前でヒスイを守るように敵を引きつけ、あわよくば倒す。これがこの二人だけのパーティーの基本的な形だった。


「グオォォォォォォォッ」


 鬼は足の腱を斬られた恨みをひしひしと感じさせる雄たけびをあげてアルゴに突っ込んでいった。

 アルゴは正面からきた鬼をギリギリのところで右にかわして、太刀でカウンターの一撃を浴びせた。しかし鬼の体がまるで金属のように硬く浅い傷を負わせることしかできない。猛スピードの突進の中では先ほどのように体の急所を的確に狙うことは非常に困難だろう。ヒスイ渾身の魔法がまだあるが、それもどの程度ダメージを与えられるか不透明。厄介だと感じつつもできることがないアルゴは再びやってきた鬼の攻撃を避けつつ反撃を試みる。

 三度目の突進にして鬼に変化が訪れた。先ほどと同様に向かって突っ込んでくる鬼に対し、アルゴはやはり衝突する間際でかわし反撃を入れようとする。

 しかし鬼はアルゴを押しつぶそうとしたのではなかった。アルゴの前で急停止すると体を傾けて右足と右手でバランスを取って左手を構え、倒れこみながらその手を振るってきたのだ。

 まっすぐにしか動けまいと高をくくっていたアルゴはその捨て身の一撃を避けることができず、とっさに太刀で受ける。手首に走る激痛をこらえながら刃を斜めに滑らすように受け、鬼の攻撃を逸らそうと試みる。

 しかし青鬼の怪力に耐えることができず、太刀は半ばで折れ、アルゴも軽く吹っ飛んでしまう。

 鬼はやりきったとばかりにそのままバランスを崩して倒れこむが、その鬼を突如業火が襲った。


「ギャアァァァァォォォ」


 倒れて一瞬動きが取れなくなった鬼をヒスイの右手から射出される炎が襲う。無理をしているのか顔を歪ませながらもヒスイは火の勢い決して止めない。

 逃げようとしてもヒスイが手を動かし炎を出す方向を変えるので、鬼はその地獄から逃れることができず、叫びながらもその業火を受け続ける。

 それは時間にしておよそ二十秒続いた。ヒスイは炎を出し終えると同時に両手と膝をついて前に倒れこんだ。激しく全身で呼吸をし、疲労が顔にありありと出ていた。

 流石に倒したか。その場にいた誰もがそう思った。

 しかし、鬼は起き上がる。まだ炎が体を包み、皮膚は焼けただれ、足取りはおぼつかない。見るからに満身創痍、命が尽きかけている。それでも地獄の番人を体現のような恐ろしい形相の魔物は這うようにヒスイの方てと近づいてくる。

 ヒスイは一歩もその場から動かなかった。

 だが、鬼がヒスイまであと一歩というところで急に崩れ落ちた。

 力尽きた、というわけではない。


「遅いわよ」

「すまん」


 鬼の背後から先ほど吹き飛ばされたアルゴの姿が現れた。彼の血塗れの両手にはオークによって柄がおられた剣身が掴まれていた。

 鬼は力尽きたのではなく、両足の腱を切られて動けなくなったのだ。


「体は大丈夫なの?」

「太刀で攻撃の勢いを落としたから大事はない。打撲程度だ。武器は両方ダメになってしまったがな。ヒスイこそ大丈夫なのか? 最初に見た時は倒れていたが……」

「ちょっとかすっただけだから大丈夫よ。思ったより蹴りのリーチが長くて避け切らなかっただけだわ。それにしてもまた助けられちゃったわね。ありがとう」

「他のやつらを守りながら戦ってたから仕方ない。ヒスイがいなかったらそいつらも死んでたぞ。俺こそ助けられたからお互い様だ。感謝している」


 二人は互いの健闘をたたえあい、助けられたことに礼を言い合った。互いがギリギリのところで命を支え合ったのだ。パートナーといえどそれは決して当たり前のことではなく、だからこそしっかりと感謝の言葉を口にする。

 それに今回は彼ら二人だけが生き残ったわけではない。


「あんたらさっきの戦い凄かった。あんたらがいなかったら全滅だったよ。助かった。ありがとう。俺はダンメルだ。二人の名前を聞いてもいいか?」

「全員は助けられなかったがな。あんたこそ周りにいたゴブリンとオークを倒してくれたんだろう? おかげであの鬼に集中できたよ。俺はアルゴだ」

「ヒスイよ」


 隊長の問いにアルゴは笑いながら、ヒスイはまだ疲労困憊と言った様子で短く答える。


「あ、アルゴに魔術師のお嬢ちゃんがヒスイか。ゴブリンはほとんど逃げたから倒したのはオークだけだな。この恩は絶対にわすれないよ」


 アルゴの恐ろしげな笑みに顔を引きつらせながらもダンメルはしみじみと答えた。彼に続いてほかに生き残った三人の冒険者も順に礼を述べてきた。そのうちの二人はヒスイによってゴブリンの集団から守られて命を繋ぎ止めた者達だった。

 生き残ったのは合計でたった六人。隊の半分が死んだ。

 ゴブリンが魔術を使い、隊列を組み、さらには鬼まで襲いかかってくる非常事態の中で寄せ集めの調査隊がこれだけ生き残れたのは不幸中の幸いだろう。それでも、どんなに困難が降りかかったのだとしても、人が死んだという事実に違いはない。


「流石にいつまでもここにとどまっているのはまずいな。馬はいなくなってしまったが急いで帰るか。本来なら魔物はともかく死んだ奴だけでも埋めてやりたいんだが危険が大きいから致し方ない」


 喜びと悲しみの入り混じる空気の中、ダンメルが次の行動をみんなに提示する。


「正直あの戦闘を見た後で俺が仕切るのはどうかと思うんだが……」


 ダンメルが二人になにやら期待の目を向けながら呟いた。


「人には得手不得手があるわ。私たちは戦えるけど人を導く器じゃない。申し訳ないけどこのままあなたに、えぇと、ダンメルさんにお願いしたいわ」


 ヒスイの返答にダンメルは少しがっかりした様子を見せたが、すぐに持ち前のリーダーシップを発揮し六人となぜか戻ってきた一頭の大きな馬をまとめ上げ、ミトレスの町へと向かうのだった。

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