第24話 悪夢の戦闘 その二


 今回は各個撃破などと悠長なことはしていられない。周囲にはまだたくさんの魔物がいて、ヒスイを含めた冒険者たちもいる。素早く倒して一人でも多くこの窮状から救い出さなければならない。

 アルゴは目の前に横一直線に並ぶ三体のオークのうち左端のオークに飛びかかる。空中で剣先を天へと向けるほど両手で高く構えた大剣を着地と共に力一杯振りおろす。アルゴの馬鹿力と剣の大質量、そして剣の鋭さが乗った一撃にオークは左右真っ二つに文字通り一刀両断される。

 ブヨブヨとした大きな脂肪に守られているオークは剣の鋭利さだけではやすやすと斬れないのだが、そんなことお構い無しに力ずくで断ち切ったのだ。

 剣を振り下ろした後の隙だらけのアルゴに隣にいるオークが殴りかかる。最初に真ん中にいるオークを狙わなかったのは左右両方向からの攻撃を恐れてのことだったが、端から倒しても片側からは攻撃を受ける。

 振り下ろしたばかりの剣を持っていては回避もままならないので、剣の柄から手を離して素早く後ろに飛びのく。すると、一瞬前までアルゴがいた場所にドンッと音がして、砂煙が舞いあがるほど強烈なオークの鉄拳が落ちた。

 当たればひとたまりもない一撃を紙一重で変えわしたことに冷や汗をかきながらも、腰の太刀を抜き、先ほどとは逆に攻撃直後で隙だらけのオークに対して襲いかかる。大剣とは比べるまでもなく軽いのに、刀身を引くように斬らなければならない特性上片手で扱うことが難しい刀を両手で構え、左上段から右下段へと振り下ろす。多少の抵抗はあるが大剣の時よりもはるかに少ない力で滑らせるようにオークの肉を立ち斬ることができた。扱いは難しいが太刀の切れ味には凄まじい物がある。

 刀身が短いので先ほどのようにオークを真っ二つにすることは叶わなかったが、それでも致命傷と言えるべき深い傷を与えた。

 しかし瀕死のオークはまだ生きており、一矢報いらんと再び拳を構えようとする。その緩慢な動きの隙にアルゴはオークの巨体の懐に飛び込むや一閃、命を刈り取る一撃を放った。

 二度も致命傷を受けて流石のオークも倒れる。しかし、後ろではなく前に倒れてきたため危うくアルゴが下敷きとなりそうになるが、すんでのところで後ろに飛びのく。いくら馬鹿力を持つアルゴでも一トン近くあるオークの下敷きになると抜け出せないだろう。倒したオークに倒されかけるという滑稽な出来事にまたもや肝を冷やすこととなる。

 残るは一体のみ。今のアルゴならオークと一対一で苦労はない。先手必勝とすぐに走り寄ってすれ違いざまに斬りかかり、背中側からもう一太刀浴びせて素早く斬り伏せる。

 以前とは段違いの速さでオークを倒したのだが、焦っていたのでアルゴには時間がとても長く感じられていた。ようやく目の前が一区切りつき、周囲を見回すととんでもないものが目に入ってきた。ヒスイが全身青い魔物と一騎打ちをしていたのだ。よく見ると彼女の後ろには二人の冒険者がへたり込んでいるのが見える。どうやら彼らを庇っているようだ。

 援護へ向かうために慌てて大剣を拾おうとするが大剣の柄がなくなっていた。どうやら先ほど交わしたオークの一撃で折れてしまったようだ。これでは持つことできない。


「ガウォォォォォォォォッ」


 刀で戦うほかないかと大剣の元から離れようとした時、恐ろしげな声が響いた。見なくても先ほどの青い魔物だとわかる強い威圧感を含んでいた。反射的にその魔物の方を振り返るとなんとヒスイが横たわっていた。このままではまずいと戦慄したアルゴはとっさに目の前の金属の塊を持ち上げる。


「おらあっっっっ」


 そしてそのまま勢いをつけるように体を一回転させた後、叫び声を上げながら長い剣身を青い魔物に向かって投げ放った。剣身は青い魔物に見事に直撃したが当たる角度が悪く、突き刺さることはなかった。それでも気をそらすことはできたようで、種類も知らぬ未知の魔物はアルゴの方を見ていた。

 アルゴは刃の部分を強く握っていたため手が血だらけになったが気に留めず、太刀を掴んでその魔物の元へ駆け寄る。近くでよく見ると頭に角が一本生えている。どうやら鬼の一種のようだった。前回の五メートルほどあった鬼に比べるとずいぶん小さく、体表の色もまるで違う。強い威圧感を感じるが前回の経験からか圧倒的というまでの力は感じなかった。それでも他の冒険者はこの恐怖に打ち勝てず足が動かないらしい。

 アルゴと青鬼が睨み合って対峙する中で先に動いたのは青鬼だった。左足で素早く一歩踏み込んでくるとアルゴに向かって右足の蹴りを放った。赤鬼よりは小さいといっても三メートルほどある人型魔物の蹴りはリーチが長く、筋肉が盛り上がっている足から放たれるので威力も相当に強い。

 側面から薙ぎ払うように襲いかかる蹴りをアルゴはギリギリのところで後ろへ転がるように飛びのいてかわす。しかし、鬼は続けて踏み込み今度は左手の拳を振るう。前転から起き上がったばかりのアルゴはそれを横っ飛びで辛くも回避すると、地面に軽くめり込んだ腕に斬りかかる。力一杯両手で斬り込んだが青鬼の肉体が硬いのか、アルゴの太刀を扱う技術が未熟なのか、深手を与えることはできなかった。

 そしてまたもやアルゴに鬼が襲いかかる。腕を構えなかったので蹴りがくると判断し今度は後ろではなく前へと転がるように飛び込み、起きざまに一太刀浴びせるがやはり深くは刃が通らない。

 だがアルゴの狙いはそこではなかった。蹴りを放った後の不安定な青鬼の足元を素早く通り過ぎ、背面に回ると鬼の左足首の少し飛び出た形をしている部分、人間で言うところのアキレス腱を狙って渾身の一撃を振り下ろす。

 

「グオオォォォォォォォッ」


 魔物なのでどの程度の効き目があるかはアルゴにとっても不確かであったが、かなり有効であったようだ。青鬼は大声を上げると、左足を引きずるように動き始めた。しかし先ほどの素早さは見る影もない。

 反対側のアキレス腱も斬ると動けなりそうだと思い少し油断した隙に青鬼がとんでもない行動に出た。

 急に前に倒れるように四つん這いの姿勢になったかと思うと、右足と両手でまるで四足歩行をする生き物の如くアルゴに向かって突進したのだ。

 鬼のあまりにも予想外な行動に重ね、アルゴが油断したこともたたり、回避が間に合わない。とっさに両腕を交差させ防御の構えをとって衝撃に備える。

 しかし吹き飛んだのはアルゴではなく青鬼の方だった。突如、地を這う青鬼の側面に巨大な岩が飛んできたのだ。青鬼はアルゴしか見ていなかったせいか、足が一本不自由なせいか回避できずに大岩に直撃し、そのまま横に大きく転倒した。


「油断したらだめでしょ!」


 少し離れたところからヒスイの声が届いた。状況から察するに先ほどの大岩は彼女の魔術によるものらしい。


「すまない。助かった」

「さっきは助けてもらったしこれでおあいこよ」


 アルゴの礼に対し、隣に駆け寄ってきたヒスイはなぜかとびきりの笑顔で答え、起き上がる鬼に向かい直る。


「さぁ、終わりにしましょうか」


 ヒスイの青鬼に対する宣告が響き渡った。

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