第17話 襲いくる魔物


「たくさん取れてよかったよー」


 ヒスイがホクホク顔で言った。

 薬草採取も無事に終わり、後は森を出て帰るだけとなっていた。ヒスイは鼻歌を歌いながら歩くほどご機嫌な様子である。最近は災難続きだったが、今回はこのまま無事に何事もなく終わるかとアルゴがホッと息を吐いた矢先、異変が起こる。


「「「ワオォォォォォォン」」」


 突如狼らしき魔物の遠吠えが聞こえた。それも一匹ではなく最初の狼に呼応するかのように他の狼もあちこちで鳴き始める。全方位から声が聞こえるので、どうやらすでに囲まれているようだった。これはまずいとアルゴとヒスイはお互い顔を見合わせて無言のまま頷くと、次の瞬間二人は勢いよく走り始めた。

 森に慣れているヒスイが走りやすい道を選びながら先導し、その後ろから近接戦闘の得意なアルゴがヒスイを守るようについて行く。ヒスイは全力で走ると魔法を十分に使えないが、後ろから狼が追いかけて来てもアルゴがなんとかできるので現状これがベストな陣形だろう。無駄口を叩く暇もなく二人は森から離脱にかかる。足場が悪く、障害物も多くて立ち回りくい場所で全方位から来る狼を相手取るなど下策中の下策である。

 もう少しで森を抜けるかというところで左右に並走する狼の姿が現れる。相手の住処である森で知恵が回ると言われる狼を出し抜くことはできなかったようだ。アルゴは走りながらすぐさま剣を引き抜き右手に持つ。流石に左右同時に襲われると打つ手がないがここでヒスイから短く声がかかる。


「右をお願い」


 魔法は使えないはずだが、左はなんとかするのだろうと信じて剣を突き出すように構え、右側を並走する狼に集中する。森の出口が近いのですぐに狼はヒスイめがけて飛びかかってきた。狙うなら体格の小さいヒスイだろうというのは予想通りだったので、アルゴはその狼に向けて大剣を槍のように突いた。毛皮で覆われているので鈍い刃では切ることは叶わなかったが、狼を吹き飛ばすことはできた。

 右の狼を処理し終わりヒスイの方に目をやると、なにやら先の尖った投げナイフのようなものを投げて飛びかかろうとする狼を見事に牽制していた。後で知ったがその投げナイフは東方のものでくないと呼ばれるらしい。そのくないが尽きた後、満を持して狼がヒスイに飛びかかるがすでに手の空いていたアルゴに楽々と処理される。

 二人はそのまま森を走り抜けひらけた場所に出る。ここなら大丈夫だろうと身を反転させ、まだ数多くいるであろう狼が現れ割れるのを待つ。その間、ヒスイは魔力を手のひらに込め迎撃の準備をし、アルゴは森で振るうには大きすぎた剣を両手で構えてじっとする。するとすぐに狼達がぞろぞろと現れた。その数およそ二十。


「多いわね。危なくなったらカバーするからアルゴは前で自由にしていいわよ」

「頼んだ」


 魔法で一気に殲滅するには数が多すぎたので、前衛後衛に別れてオーソドックスな陣形をとる。二人が距離を取らないと大剣を振り回すアルゴの邪魔になるだろうという考えもあっての言葉だった。

 前に出たアルゴはさすがに二十匹の狼に突っ込むのは自殺行為であるので、カウンター狙いで相手がくるのを待っていた。すると思惑通り、すぐに五匹の狼が血走った目をさせて一斉に飛びかかってきた。アルゴは二メートルの大剣で叩き返すように左から右方向に剣を薙ぎ払い、右の方へその狼達を纏めて打ち返す。五匹とは時間差で左右からも二匹の狼が襲いかかってこようとしていたが、右側にいた狼は打ち返された狼と衝突しそのまま地面に伏した。左側にいた狼が好機とばかりに背を向けたアルゴに飛びかかるが、それに気づいていたアルゴは剣をなぎ払った勢いのまま一回転し右足で後ろ回し蹴りを放つとちょうど狼にヒットしその狼も地面に打ち付けられて動かなくなった。


「嘘でしょ……」


 アルゴとしばらく過ごしていたがその戦いぶりを見るのは初めてであったヒスイは無茶苦茶な戦い方をするアルゴを目の前に呆然とした様子で呟く。剣の重さが乗っているとはいえ、決して軽くない狼をボールでも打ち返すように五匹まとめて軽くなぎ払うなど目の前で見ても信じられるものではなかった。そのうえ武器も使わず蹴りで素早く動く狼を卒倒させるなど聞いたこともない行為だった。鬼とは言わないが、実は人間と鬼のハーフだったりするんではなかろうかとヒスイはあらぬ疑念を抱いていた。

 狼はまだ十匹以上残っているが、先ほどの光景を見て流石にもう無闇に飛びかかっては来なかった。アルゴも踏み込むには危険と判断していたのでお互い硬直状態に陥る。しかし、先ほどまで傍観者であったヒスイが均衡を破る。いきなりアルゴの隣に並び立つように前に出たかと思うと手から噴き出させた炎を狼の方へと放った。

 急になにもないところから現れた炎を避けることが出来ず五匹ほどの狼が炭と灰と化したが、それでも残りの狼は持ち前の素早さでそれをかわした。残る狼は七匹。圧倒的な数の優位はすでに失われつつあった。

 残る全ての狼は二人を囲むように位置取るが、並び立っていたヒスイとアルゴは背中は任せたと言わんばかりにお互いに背を合わせ、周囲の狼に目を向けていた。七匹がやややけ気味にそれでも獰猛に二人へと全方位から一斉に走り寄る。飛びかかると先ほどの二の舞になると思っての行動だったが結果は変わらない。

 冷静なヒスイの出した炎にまとめて焼かれ、アルゴがオラァァと声を上げながら振り回す剣に叩きつけられた。全ての狼は地に伏せた。


「ふぅ、危なかったわね」


 側から見るとそこまで苦労したようには見えなかったが、ひと段落ついてヒスイはホッと息をつく。


「流石にこの数は一人だと無理だったな。ヒスイがいてよかったよ」

「一人だと森から出ることもできずにやられていたでしょうね。まだ体調が万全ではないのに無理をさせてごめんなさい」


 これまでずっと一人で戦ってきた二人はパートナーがいて本当に良かったと安堵と労いの声をあげる。


「それにしても狼はそこまで人間を襲う魔物じゃないのだけれど、いったいどうしたのかしらね。何かに興奮しているようにも見えたのだけど」

「そうなのか? 狼が人を食べたって話はよく聞くが。目の前の食糧に飛びついただけじゃないか?」

「それは大抵作り話よ。無いわけじゃないけれど、ほとんどの狼はわざわざリスクを犯して変な道具をいろいろ使う人間なんて狩ろうとはしないわよ。鹿でも襲うほうがよっぽど安全で食糧も多く確保できるわ」

「そう言われるとそのような気もするな」


 実際森で一番危険なのは熊であって、狼も危険なことに間違いはないが会えば命は無いと言われるほどではない。


「とりあえずこの狼は魔石だけ取って死体は燃やすか。このままにするわけにはいかないし」

「えぇ、そうね」


 結局狼が襲ってきた理由はただの気まぐれなのか、別に理由があるのかはっきりしなかったが、残った多数の死体の後処理という面倒な作業を二人で手分けして行うことになるのだった。

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