第18話 みかんを食べながらの相談
狼との激闘から三日、十分に体を休めた二人は宿屋のアルゴの部屋でみかんを食べていた。
「んーやっぱり野生のみかんだから結構酸っぱいわね。でも美味しい」
「調子に乗って取りすぎたな。全然減らん」
「皮は胃薬にも風邪薬にも、あと浴用剤としても使えるけど実はほとんど水分だし食べるしかないのよね」
ヒスイがみかんを取りすぎたせいでみかん三昧の生活を送る二人。自然の恵みを捨てるのも、もったいなさと罪悪感があるのでできず、ひたすらみかんを食べる。
「それにしてもみかんの皮を干す場所がないのが困ったわ。家が燃えたから場所がないのを忘れてたよ。とりあえずは私の借りてる部屋の隅に布でも敷いてその上で乾かすにしても、いつまでもそんなことできないよね。どこかの村でまた家を借りないといけないかなぁ」
そんな本気で困った様子のヒスイをアルゴはなぜかじっと見つめてなにかを考え込んでいる様子だった。そしてみかんを食べながらもしばらく考え込んだあと、決心したような表情をするとおもむろに口を開いた。
「なんなら俺のうちを貸してやってもいいんだが……」
「え?」
アルゴの唐突な言葉を理解できずヒスイは不思議そうな顔でアルゴの方へ顔を向けた。
「アルゴ家持ってたの? 冒険者だから持ってないと思っていたわ。ここに泊っていて大丈夫なの?」
「あぁ、かなり遠いところだから簡単に帰れないんだ。それでその……今まで言うタイミングを逃して来たんだが、俺は冒険者ではないんだ」
「はぁ?」
ヒスイはアルゴの先ほどよりも理解不能な発言に思わず間抜けな声を上げてしまった。
専業冒険者はいろいろな町を転々としながら腕を磨いたり、経験を積んで生活しているためなかなか帰れない家を持っているものは少なく、多くが宿屋暮らしをしている。しかしアルゴはその限りではなかった。
「俺は農家なんだ。本当は休みの冬の間だけ冒険者をやっているんだ。でも肺への魔力供給があるからもう家には戻れないかもしれないな。魔力がなくても片方の肺で日常生活はできるが農作業も以前ほどはできないだろうし、町でヒスイと冒険者を続ける方が現実的だな」
「……なんというか、ごめんなさい」
突然の思わぬ告白にヒスイは謝ることしかできなかった。無理矢理人工臓器をつけさせたことを自覚しての言葉だった。
「いや、ヒスイには感謝している。謝らないでくれ。どちらにせよこの肺がなければ生活できなかったからな」
「そう。でも、あなたもそんなに悲観することないじゃない。要は私もそこに行けばいいだけのことだし。それに薬草を乾かす場所を貸してくれるんでしょ?」
「いや、しかしな。ゼノの足でここから北へ片道一週間はかかるほど辺鄙な場所で田畑と山以外は何もないところなんだ。冒険者としては生活できないんだ」
「あなたも私のことを勘違いしているわね。前にも言ったけど私の本業は薬師よ。冒険者なんて私の魔力を頼ってギルドが難しい仕事を回して来るからそれを引き受けているだけなのよ。別に冒険者に執着があるわけではないし、人が少ない場所なら薬師の私にとってもありがたいわ」
どうやら他人が寄り付かない中で過ごして来た二人には他にもいくつか共通点があったようだ。片や誰も受けないあぶれた依頼を率先して行う農家の兼業冒険者。片や他人が受けられない依頼を一手に引き受ける薬師の兼業冒険者。そんな似た者同士の二人が出会い、力を重ね合わせることになったのは必然であり、宿命であったのかもしれない。
しかしアルゴはヒスイにそこまでさせると彼女の未来を潰してしまうような気持ちに囚われて、どうも前向きになれない。
「でも、近くに寝泊まるところもないし……」
「あなたの家があるじゃない。薬作りに貸してくれるぐらいだし、別に誰かと住んでいるわけじゃないんでしょ? 私がいても問題ないじゃない」
「部屋は余っているし、一人暮らしなんだがな……」
「あーもう、歯切れが悪いわね。冬が終わったら私も絶対に行くからね! 山もあるって言ってたしこの辺では取れない薬草もあるかもしれないわ。あなたは畑でも耕してなさい。成り行きとはいえ、私がいないとどうにもならない体になったのだから仕方ないでしょ! 利害も一致しているんだから諦めなさい」
大きな巨体でいじいじとしているアルゴにイラついたのか、ヒスイが半ば宣言するような形でアルゴの家に押しかけることが決まった。事実上の同居宣言でもあり、立派な押しかけ女房である。
そんなヒスイにアルゴはこんな年若い子が自分のような三十路超えと暮らすなんて間違いがあったらどうするんだよと叫びたい衝動にかられたが、こうなったヒスイは自分の言葉を絶対に曲げず、人工臓器の時に泣き落としで負けた前科もあるので大人しく黙っていた。自分が変な気さえ起こさなければ宿屋で隣の部屋を借りている今とそう変わらないと自分に言い聞かせて気持ちを落ち着けた。
二人にとってとんでもない予定が立ってしまったが、そうこうしながらもみかんを食べ進めており、問題のみかんはずいぶんと数を減らした。
「ずいぶんと食べたわね。先のことの話し合いはこれくらいにして予定通りアルゴの武器を探しに行きましょう」
「そうするか」
この話はもう終わりにしたいと言わんばかりに二人は立ち上がり、出かける準備をする。
そうして押しかけ女房の座を掴みとろうとしているヒスイとすっかり尻に敷かれているアルゴは以前約束した武器探しに出かけるのだった。
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