第15話 森へ向かう道中


 アルゴが治療院を退院した二日後、ヒスイとアルゴの二人は山に薬草採取に行くことになっていた。アルゴの体調が万全とは言えず、またヒスイの家が燃えたことで薬草が慢性的に不足していることから、基本的に魔物と戦うことが少ない今回の予定が決まった。本当はしっかりと療養するべきなのだが、じっとしているのもアルゴの限界だった。

 昨日は各自その準備に時間を当ててその当日となる。特にアルゴはトチス村で装備一式を失っていたのでその全てを昨日急いで揃えた。森の魔物は人を見ると逃げるのが普通だが、流石に武器も防具もないのでは心細い。

 二人は同じ宿屋に泊まったので(もちろん部屋は別々)宿の表で朝に待ち合わせをしていた。大雑把そうに見えて意外と几帳面なアルゴが時間より少し早くに表で待っていた。


「あら、おはようアルゴ。早いのね。待たせてしまったかしら?」

「あぁ、おはよう。俺が早く来ていただけだから問題ない。性分なんだ」

「アルゴ見た目は雑そうなのに結構繊細なところあるわね」


 ほぼ時間通りにヒスイが現れる。二人が朝の挨拶を交わして、ヒスイが軽口を叩く。


「じゃあ、ゼノを預けている馬場に行きましょうか。私もあの子に乗りたいわ」

「俺はゼノ以外に乗ったことがないから今さら他の馬に乗るのは不安だ。それにそもそも俺の馬だ」

「まぁあなたのような巨漢だとゼノじゃないと馬がすぐにバテちゃいそうね。馬にも怯えられそうな顔をしているものね」

「……」


 ヒスイがアルゴの顔を覗き見てふふっと吹き出すように笑いながら冗談を話していたがアルゴからの返事が無かった。


「ねぇ、まさかとは思うけど本当に怯えられたことがあるの?」

「昔、馬を買うために牧場に行った時、放している馬で近づいてくるのがゼノだけだった」

「そう……馬から見てもやっぱり怖いのね。でもそのお陰であんないい子が買えたんだからいいじゃない。きっと出逢うべくして出逢ったのよ。悲観していると損よ」


 何気なく発した冗談が過去に本当にあった出来事という予想外のことにヒスイは一瞬言葉を失うが、すぐにフォローを入れて明るくその場を取りなす。

 アルゴもゼノに出会えて本当によかった思っているので反論はしない。同じ種類であろう馬を見たことがないので、どこから来た馬なのかだけが気になるが、考えても致し方ない。


「それにしてもその剣大きわね。私じゃ持ち上げることもできないんじゃないかしら。そんな巨人用みたいな物も売っているのね」

「いつもこれを使っているから問題はない」


 急にヒスイが真面目な顔つきになってアルゴの大きい背中に少し斜めにして背負うように担がれている巨大な剣に目を向ける。そしてヒスイが何やら考えごとをするかのようにじっと剣に目を当てて歩いていると、急に体が自分の意識の外で動きを変えてアルゴの方へ寄せ付けられた。ヒスイは何が起こったか分からずにえっと声をあげながら慌てふためく。


「前を見ないと危ないだろ」


 怒るそぶりもなく優しい声でアルゴがヒスイに声をかける。どうやら前から人が来てぶつかりそうになったのでアルゴが自分の方へ余所見するヒスイの体を引き寄せたようだ。


「えっ、あっうん。ごめんなさい」


 突然のことになぜか動揺が収まらないヒスイはアルゴから離れると、少し赤らめた顔を隠すように勢いよく前を向きながら答えた。ヒスイは自分でもなぜこのような反応をとっているのかわからなかったが、必死に自らの感情を隠そうとした。そしてごまかすように不自然なほど勢いよく声をあげる。


「そ、それはそうと、その剣! 粗悪品のように見えるのだけど。そんなに分厚い刃じゃほとんど切れないんじゃないの?」

「他に使い安い大きさと重さの武器が無かったんだ。前も同じものを使っていたから大丈夫だ」

「その大きさが使いやすいんだ……ってそうじゃ無くて、武器は冒険者が命を預けるものなんだからしっかりと選ばないとダメでしょ! 私の場合は魔術があるから別だけど。今日はともかく、帰ったら絶対に鍛冶屋をまわるわよ。あなただけだと不安しかないから私もついて行くからね!」


 こうして、鍛冶屋デートという少し物珍しいデートの約束をヒスイがちゃっかりと取り付けて、次の予定が決まるのだった。

 そうこうしているうちに二人は馬場に到着し、アルゴは預かってもらっていたゼノを返してもらい、ヒスイは適当な馬を借りる。そうして二人と二匹は森へと向かうのだった。

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