第14話 怪しげな料理店


 入院してから二十日が経ち、アルゴが無事に退院する運びとなった。本来なら一月は入院するほどの重傷であったのだが、アルゴの強靭な肉体が持つ自然治癒力とヒスイの作る薬の抜群の効き目により、早めに退院することが叶った。激しく動くと肝臓のあたりにひきつったような痛みが走るので、まだ無理は禁物と言われてはいるがなんとか退屈な日々から抜け出すことができた。


「やっと退院ね。長かったわね。まぁ他の人なら死んでるか、運が良くてもかなりの後遺症が残る攻撃を受けて二十日でそこまで復活できるのは普通ありえないんだけどね。とにかく良かったわ」

「体だけは昔から頑丈で俺の唯一の取り柄みたいなもんだ。それにヒスイの薬がよく効いたってのもある。本当に何から何までありがとう」


 ヒスイがアルゴの規格外さを指摘してしながらも嬉しそうにし、アルゴが世話をかけたヒスイに心からの礼を述べて二人は喜びを分かち合っていた。

 そこに誰から退院のことを聞いたのかギルドのハイルさんがやってくる。


「おーアルゴもう元気になりおったか。退院祝いにほれ、新しいギルドカードを作ってきてやったぞ。無くしたとそこの嬢ちゃんから聞いたのでの。本来なら再発行は有償なんじゃが今回は事態が大きいとみて特別に無償じゃ。少ないがトチス村で起こった災害の情報料を上乗せしておる」

「おぉ、ありがとうございますハイルさん」


 アルゴのギルドカードはオークと戦った時に燃やしたリュックに入ったままだったのでそのまま燃え尽きてしまっていた。そのことをすっかり忘れていたアルゴは思わぬ退院祝いに驚く。これがなければ貯金も引き出せないので、無くしてしまった装備を揃えるどころか今夜泊まる宿にまで苦労するところだった。


「それにしてもお主らもいい相方を見つけたようで何よりじゃ。近頃魔物の動きに不穏なものを感じるから他の奴らと組まない、いや組めないと言った方がいいかの、お主らのことは特に心配していたのでの」

「まだちゃんと組むって決めたわけじゃないけど、しばらくアルゴと組むことになりそうね。なんせアルゴは人工臓器への魔力供給で私から離れられない体になってしまったからね。ふふっ」

「ふぉふぉふぉ、そうかそうか。予想以上に仲が良くて何よりじゃ。いざという時はわしが証人になってやろう」


 魔物の動きが活性化しているというハイルの言葉を聞き顔をしかめるアルゴ。本来は人里などには現れない鬼が現れたことといい、何かが起こっているのは間違い無いのだろう。

 そして、特段これからの予定をヒスイと相談したわけではないのだが、いつのまにかヒスイとコンビを組むことになっていたので今度は驚く。しかし、現実的に妥当な選択肢であったので異論はない。特に今のアルゴはヒスイが唯一の魔力供給者で、金銭的に大きく余裕があるわけでもないので、ヒスイが命を落とせばアルゴも未来はないと言っていい状況である。ただヒスイの実力に自身の実力が追いついていないのがアルゴにとって少し気になるところではあるが、そこは頑張る他ない。

 入るの最後の言葉の意味がよく理解できなかったが大したことではないだろうとアルゴは特に気に留めなかった。



「じゃあ、わしは帰るからの」


 話し方のせいか時間にゆとりがあるように見えるが実は忙しいのか、ハイルはそういうや背を向けてすぐにギルドの方へ去って行った。


「じゃあ私たちも退院祝いがてら、どこかで食事でもしながらこれからについて相談しましょうか」

「あぁそうだな。いつのまにかコンビを組むことになっていたのに驚いたが問題ない」


 アルゴ一人だと周りの人が恐がってお店に迷惑をかけてしまうが、ヒスイがいるからなんとかなるかと考えアルゴも了承する。こういうことは本来なら男がリードすべき場面だとアルゴも知識としては知っているのだが、店のことなどさっぱりなのでヒスイに一任する。その結果、通りにある少し怪しげな雰囲気だが人気は多い店に入ることなった。

 アルゴが先に入ると多大な威圧感を周囲に与えてしまうので、先にヒスイが入り、アルゴが後につき従う。二人とも別の意味で目立った容姿をしているので、そのあまりのチグハグな組み合わせに入店した瞬間周囲から音が掻き消えた。片や綺麗なブロンドの髪でどこかのお嬢様とも思えるほど凛とした佇まいの美しい少女、片や幾人もの命をその手にかけてきた残虐非道な大盗賊団の頭領であっても納得できるいかつい大男。誰もが連なって入ってきた二人を見比べて唖然とした。

 二人が席につくと周囲も落ち着きを取り戻したのか元通りざわめき始める。その騒音の中にはあの大男はきっと少女の下僕なのよ、あの美しいお嬢さんはあの男に無理やり付き従わせられているに違いないと言った有る事無い事入り混じった憶測が多分に含まれていた。しかし、好奇心の目は向けられても蔑みや恐怖の目を向けられなかったことに安堵していた二人はそのことに気がつかない。

 席についたアルゴは相談の前に料理を頼まないといけないと思いメニューを見るが見知った料理が一つもないので途方に暮れていた。


「なぁヒスイ。知ってる料理が一つもない……というかどれも意味不明なんだが、どれがうまいかわかるか?」

「私もメニューを見て驚いているところよ。特になにも見ずに選んだのだけどいったい何お店なのかしらね」


 店の外観はなんとも怪しげな、古代の魔女が住む家森の中にある古びた家のような外観をしているが、外から見た限りではかなり繁盛していたので、美味しい料理のでる店なんだろうと思い彼女は選んだのだった。

 しかし、メニューに並ぶ文字列のあまりの不可解さに二人はずいぶん頭を悩ませていた。


「そうか、それじゃあどれもよくわからんが適当に選ぶか」

「えぇ、そうね。いつまでもこうしていても仕方ないもの」


 そう言って二人は料理を選ぶ。


 アルゴが選んだ料理は『血を閉じ込めし禁断の野菜スープ』『悪魔の臓物煮込み』『赤竜の血酒』


 ヒスイが頼んだのは『鮮血(クリムゾンレッド)のバーミセラスパスタ』『赤き衣を纏いし鮮血の果実ポーション』


となった。


 実はこの店、料理名のかっこよさからか、はたまた料理名の奇抜さからか密かにミトレスの町でブームを起こしている料理店だったのだがそんなこと二人は知る由もない。周囲を見回せば眼帯をつけた人やら、とんがり帽子をかぶっているやらが多い気がするがきっと気のせいだ。

 さて、二人が注文した料理が届いた。


「これは……トマトベースの野菜スープにモツ煮込み、飲み物は赤ワインだな。名前はちょっとあれだが味は確かだな。うまい」

「私のはナポリタンにりんごジュースのようね。あら、本当に美味しいわね。何が出てくるかわからないからワクワクしちゃうお店ね」


 名前からは想像もできないほど美味しい料理にふたりは時を忘れて舌づつみを打つのだった。特にアルゴは入院食から解放されて初めての食事ということもあり、いつもの何倍も美味しく感じたようであった。


 店のインパクトと料理の美味しさに今後の相談という本来の目的を忘れていた二人がそのことを思い出すのは店を後にしてからだった。

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