第13話 アルゴの入院生活


 アルゴが入院してから二週間ほどが経過した。人工肺もずいぶんと体に馴染んで来て、肝臓も徐々にだが再生しつつある。もう少しで退院できる頃であろうか。肝臓は半分ほど切除したため完全に再生するまで九ヶ月ほどかかるようだが今のところは順調なようだ。

 ガラガラと音を立てながら扉が開く。アルゴの入院部屋に来るのは基本的に三人の人間しかいない。入院中に食事を運んでくれる給仕のおじいさんとアルゴの様子を見に訪れる医師、そしてヒスイだ。一度ギルドのハイルさんが見舞い半分に魔物によって壊滅状態となったトチス村についての聞き取り調査に訪れたがそれは例外であろう。

 今回はお昼時ということもあり、おじいさんが食事を運んで来てくれたようだ。ニコニコしながらおじいさんがお盆に乗せた食事を持ってくる。


「いつもすみません。声をかけてもらえば取りに行くことぐらいするのですが」

「いえいえ、これがわしの仕事ですからね。この老いぼれんの仕事を奪わんでやってください」


 アルゴが顔に似合わない敬語でおじいさんに話しかける。おじいさんも最初はアルゴの風貌を見て顔が強張っていたが、流石に二週間も経つとずいぶん慣れたようで毎度一言二言の会話をする程度には親しくなっていた。

 軽く言葉を交わした後、おじいさんはアルゴの寝ているベッドの横にある机に食事を置いて出て行った。

 食べようかとアルゴは体を起こし、食事の方に向き直る。今回もあまり美味しそうには見えない。治療院の食事はどうやら栄養バランスに重きを置いて、味は二の次であるようでお世辞にも美味しいとはいえない。最初はわざわざ作ってもらっているのだからとアルゴも意気揚々と食べていたが、流石に二週間も続くと嫌気がさしてくる。

 それでも文句を言える立場ではないのでアルゴはきっちり食べ終える。そこでまたもや扉が開く。

 

「今日も来たわよ。あら、食事中だったかしら」

「いや、今食べ終わったところだ」

「そう、ならちょうどいいわね。これ今日と明日の分の薬ね」


 今度はヒスイがやって来た。人工肺への魔力供給は週に一度でいいはずなのだが、町にいるときは一日に一度訪れてくれているようだった。薬もその都度持って来てくれる。

 今回もアルゴはどういう効能のある薬なのか特に尋ねもしないで、彼女が作ったのだから間違いはないのだろうと考え、薬を服用する。それをヒスイは心なしか嬉しそうに見ている。料理人が美味しい料理を振る舞うことに幸せを感じるように、薬師である彼女も患者にいい薬を提供することに喜びを感じてでもいるのだろうか。

 薬師は通常、医師を介在して薬を提供するため、患者に直接薬を渡すということをしない。同じ薬でも毒を作ると噂される薬師から渡されるのと人を救う医師から渡されるのでは心情的に違いがあるらしく、人々は薬師から薬を受け取らないのだ。


「いつもわざわざすまないな」

「謝って貰うよりお礼を言ってくれる方が嬉しいわね」

「そうか、何から何までいつも本当にありがとう。治療費も入院の費用も払ってもらってる上に、魔力と薬までもらって本当に言葉にしきれないほど感謝している」


 いくら金銭的に余裕があるとはいえ、まだ成人もしていない女の子にここまで世話をかけてアルゴは本当に頭が上がらない思いだった。治療費と入院費だけでも百二十万ミルは払ってもらっているだろう。簡単には言い表せないほどの感謝の気持ち伝えるべく、必死に言葉を紡ぐ。


「ちょっと、そんなにかしこまらないでよ! ただありがとうって言ってくれればいいのよ。命を助けてもらったことに比べたらこれくらいほんの些細なことなんだから、私の方が感謝しているわ」

「そうか。そういえば明日の分の薬もあるということは少し遠出でもするのか?」

「えぇ、ちょっとね」

「そうか……あまり無理はするなよ」


 アルゴが予想以上の反応を示したため、ヒスイは慌てるように言葉を発して自らも感謝の意を述べる。彼女にとってはこれは恩人に対してやるべき義務みたいなものなのだろう。

 その感謝の言葉を受け取ったアルゴは軽く返事をすると、先ほどから気になっていたことを尋ねる。たまに今回のように薬を二日分持ってくることがあると、次の日はどこかに出かけているようだった。考えすぎかもしれないが、自らのためにいろいろと無理をさせているような気がして非常に申し訳なくなる。


「これでも強いから鬼でも出ない限りは大丈夫よ。まぁ今私の目の前に鬼がいるけれどね。ぷふっ」


 ヒスイが笑いながら答える。どうもヒスイからするとアルゴの顔は鬼に似ているようで、それを口にしては毎回堪え切れないようというように笑っている。ヒスイの笑いのツボがよくわからない。鬼に似ているのは怖さを感じても笑うところではないようにアルゴは感じていたが、ヒスイが笑顔になるならそれでいいかと最近は思うようになっていた。

 あまり深くは聞いていないが彼女もアルゴと同様に楽しい毎日とは言い難い日々を過ごしていたようだと、アルゴはヒスイの言葉の端々から感じ取っていた。

 退屈な入院生活の中でアルゴにとってヒスイと会うことは小さな喜びになっていたので、彼女にとっても自分がそんな存在になれればいいなと思っていた。アルゴはヒスイのことをかけがえのない友と認識しているのだ。

 その後もヒスイ少しの間会話をした後、彼女はまた明後日来ると言って帰っていった。

 自分を心配してくれる少女のためにも、この退屈な日々から早く抜け出すためにも、早い退院を待ち望んでアルゴは今日も時を過ごすのだった。

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