第12話 鬼男との邂逅 (ヒスイ視点)


 今日も私は手術を無事に終えてから治療院に入院しているアルゴの元へお見舞いに向かう。

 本当に彼はおかしな人だと思う。見た目も十分におかしいが、やることなすことも全てが奇想天外でいつも唖然とさせられる。でも私にとってはそれが楽しくもあるようだと最近気づいた。

 毎日を漠然と生き、日々の楽しみを何一つ見つけられなかった以前とは大違いだ。一緒にいると急に時計の針が早く回り出す。

 もう初めて会ったのがずいぶんと前のようにすら感じられる。まだ十日ほどしか立っていないというのに。



 アルゴと出会うよりも少し前のこと。私はギルドに頼まれた依頼を受け、遠方の土地へ空飛ぶ大きなコウモリ退治へ行っていた。優秀な上級冒険者だったり、貴重な魔術師の中でも高い能力を持つものは、ギルドから難しい依頼を個別に斡旋されるのだ。難しい分報酬の金額も格段に増える。

 特に、魔力を持つ人が百人に一人と言われる中、勇敢さと豊富な魔力を兼ね備えるような人材はかなり少ないらしく、遠い地まで足を運ばせられることもしばしばだった。

 そんなことで戦地へと赴いた私は、羽を広げると十メートルはありそうな空を覆うほど大きなコウモリを打ち放った無数の石でなんとか撃ち落とし無事に依頼を遂げると、住んでいる家のあるトチス村へと向かった。

 住んでいるといっても人に疎まれる私は一つの土地に長居できた試しがない。私の正体がバレると歩く災厄を見るような怯えた目でみんなが陰から見るようになり、最後には別の土地に行くように強制される。それは何も私が強力な力を持つ魔術師であることだけが理由ではない。私が世間から疎まれている薬師であるのが大きい。

 一体誰が言い始めたのか、薬師はいなくては困る存在であるはずなのに、薬を作りながら裏で毒薬を作る連中だという噂が昔に広まったらしく、その名残で今も人々から煙たく思われているのだ。薬も過ぎれば毒となるという言葉を知らないのだろうか。同じように毒も少量なら薬となるのだ。そのことを誰しも深くは理解せずに私を拒み続ける。

 まれに容姿のせいか、私に構ってくる見ず知らずの男がいるが、そんな奴らも私が薬師と知ると騙したなというような蔑みの目を向けてくる。勝手に勘違いして、勝手に恨まれる。人間はなんと自分勝手な生き物なのだろうかと十六というこの歳で早くも世に絶望する。

 村ではなく町で暮らそうと思ったこともあるが、町で同じようなことがあっても手続きが複雑で簡単に移住することができないので踏み込めずにいる。少なくないお金を稼いでいるのだから宿場暮らしという手もあるが、長居すると結局宿屋からも追い出される。それに女の身で毎日見ず知らずの場所で寝泊まりするのも不安がある。なので結局、村を転々と移り住むような生活を強いられることになる。


 閑話休題、話を本筋に戻すと私はあの日の朝、トチス村に久しぶりに帰ってきていた。トチス村は辺境にあるからか怪しい人も多く、私にとっては住みやすい場所だった。しかし、村に辿り着いて見たのは轟々と燃える火に包まれ、無残にも変わり果てた村の姿だった。訳もわからず、すぐに中の様子を確認するも人間の姿は全く確認できない。代わりにそこにいたのはまるで自分たちの領域だと主張するかのごとく泰然と歩くオークやゴブリンといった魔物達だった。

 生き残っている人はいるのだろうか。正体を明かしていなかったため村には見知った者も少しはいたのだ。私に近づいて来るゴブリンやオークを魔術で焼き焦がしつつも村の者を探すが一向に見つからなかった。みんな無事に逃げたのだろうか。ゴブリンやオークは家畜をよく襲って食べるが、人間を食べたという話はあまり聞かない。なのに死体一つないとはやはり逃げたのだろう。そうして向かいくる魔物をひたすら焼いて村の中央付近にまで来るもここでも燃える家以外は何も見当たらない。予想以上に魔物の数が多くて疲弊が激しかった。旅帰りということもあり疲れが溜まっていて、もとより体調も万全ではない。

 これ以上は危険だと判断し身を反転させた時、またしてもオークが三体やってくる。煙で周囲が見えない中、際限なく現れる魔物に辟易としながらも疲労のたまる体に鞭をうち、魔術媒体で陣を書いた手のひらをでっぷりとした気味の悪い深緑色の魔物の方へ向け火を放つ。

 二体のオークをまとめて燃やし尽くし、残った奴もすぐに倒そうと構えたが、襲いかかってくると思っていたそのオークが予想に反して突然尻尾を巻いて逃げ出した。後から考えると追いかけなくてもよかったのだが、普段の癖で私はとっさに追いかけた。討伐を依頼された魔物を取り逃がすなどあってはならないのだ。短い足で懸命に走っているオークを追って息を切らしながら必死に駆けた。全力で走りながらだとうまく魔術に集中できないので必死に前へと足を運んでいると、不意に前方のオークが足を絡ませた。やはり、あの短い足で走るのは無理があるのだろうと思いながらも、好機を逃さず立ち止まって魔術を放ち、ギリギリ届いた火で一瞬にしてオークを炭へと変える。

 走ったことによる体力の限界と魔力の使いすぎで乱れた呼吸を落ち着いて整えようとする。しかしそこで、倒れたオークの残骸の向こう側から新たに魔物らしきものが現れた。らしきものというのは私も初めて見る魔物だったのだ。二メートルほどの少し大きい人のような体格に鍛え抜かれたような体を持つ小さな鬼のような魔物だった。

 ハッと構えて魔法を放とうとするもあろうことか、その魔物が声をあげた。


「待て!」


 驚いて相手を再びまじまじと見てみるが、魔物にしか見えない。体だけなら人間でもまかり通るが顔がどう見ても鬼のそれだった。ただ、鬼の角がない上に人の言葉を発した。もしかすると人間ということもあるのだろうか。小さく呟きながらも逡巡していると、その呟きが聞こえたのか鬼男から人間だという声がかかる。もう一度鬼男を凝視するもやはり恐ろしい顔つきをしている。少し会話してみるとどうやら本当に人間のように感じた。

 人だとすると魔物呼ばわりというとんでもなく失礼なことをしてしまった。申し訳なさで少し目をそらすも、向けたままの手に気づき慌てて下ろす。人を焼いてしまわないでよかったと男の声を聞きつつ安堵していると不意に背後から痺れるような魔物の雄叫びが聞こえた。

 驚いてとっさに後ろを向いて構える。鬼男に背後を取られるがそんなこと気に留める余裕もないほど尋常でなく恐ろしい強敵の気配を感じる。絶望で全身が震えそうになるのを懸命に堪える。このまま逃げる事は叶わないだろう。残り少ない魔力を必死に手のひらに集め、せめて一太刀浴びせようと敵の姿が見えるのを待つ。場合によっては足止めが叶うこともあるだろう。

 ふとその時、後ろから鬼男が走り寄って来ていることに足音で気づいて、ちらりと横目で見る。襲われるかと思ったがそうではないようでホッと一安心するもつかの間、問題の魔物が目の前に現れる。

 鬼だった。今度こそまごうことなき本物の大きな鬼だ。角もある。想像以上の強敵に冷や汗をたらしながらも手のひらから魔術を放ち、灼熱の業火をお見舞いする。逃げる隙くらいは作れるかと鬼を見るも、炎に包まれているのになんとも感じていないように見える。驚いているとさらなる驚きの出来事が起こる。なんとこのタイミングで鬼男が襲いかかって来たのだ。鬼男は力が強く、捕らわれた私は身動きが取れない。

 鬼男に捕らわれる直前には鬼が手を振り上げるのが見えた。ここで終わりかと思うと同時に鬼男に捕まったまま強い衝撃を受けて私は意識を手放した。




 守ってくれた相手に魔物呼ばわりし、襲われたと勘違いしてしまった。今思うとなんてことをしたのかと落ち込んでしまう。彼はあんなにも心優しいのに。

 ガラガラと扉を開ける。


「お見舞いに来たわよ」


 扉を開けて現れたすっかり見慣れた鬼男、アルゴに声をかけると彼は怖い顔で少し嬉しそうにこちらを見た。私にもなんだかそれが嬉しく感じられる。

 この胸にうずまく不思議な感情はいったいなんなのだろうか。

 私はそう思いながらも作ってきた薬を鬼男な彼に手渡した。

 本当に早く良くなってくれればいいのに。

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