美女と野獣のコンビ
第11話 頼ることを知らないアルゴ
アルゴとヒスイは無事にミトレスの町にたどり着き、冒険者ギルドの近くにある治療院にやって来ていた。
アルゴはそこで魔法具だという複雑そうな機械越しに体を見られて検査されている。
「こ、これは……どうやら肝臓に損傷が見られるのと肋骨が折れて右肺に刺さっていますね。意識があるのが信じらないです。すぐに緊急の手術が必要です!」
ヒスイの見立て通りかなりの重症であったアルゴに医師が焦った表情でそう診断する。そして、すぐに慌ただしく奥に走り去って言った。おそらく手術の準備に行ったのであろう。
医師がいなくなり二人になった重症患者のアルゴと付き添いのヒスイは覚悟はしていたものの、その診断の重さに口を開くことができなかった。
ヒスイが何か声をかけなければと口を開き掛けたが、そこでバタバタと先ほどと同じ足音が聞こえて来た。どうやら医師が戻って来たようだ。その医師は姿を表すや否や時間が惜しいと言わんばかりに話し始めた。
「手術の準備をするように言って来たので、それができるまでに手短にお話いたします。まず、今の状態からするにこれから手術を無事終えれば命の心配はないといっていいでしょう。次に肝臓の損傷については損傷部分を切除、摘出することになりますが、肝臓は再生力が強いのでしばらくすれば元どおりになります。と、ここまではいいのですが問題となるのは肋骨の突き刺さった右肺です。この肺もおそらく摘出することになりますが、片方しか肺がなくても日常生活に問題はないでしょう。しかし、あなたのような冒険者の仕事はもちろん激しい運動や肉体労働はできなくなります」
命は助かると聞いてホッと安堵するもつかの間、肉体労働は不可能といわれ、アルゴは絶望したように顔を落とす。その容姿から人と関わる仕事に雇ってもらえることがないであろうアルゴは、肉体労働しかすることが出来ず、それが出来ないということは命がないも同然であった。
この先の暗い人生を想像していると、まだ話が途中だったのか医師から言葉がかかる。
「しかしですね、今は魔法具という文明の利器があるので多くの臓器は人工臓器で代用できるのです! もちろん肺の人工臓器も存在するのですが、これらにはデメリットが二つありまして、まず一つに金銭面。人工臓器は製造にかなりコストがかかるものですので非常に高価で、肺の臓器ですとおよそ百万ミルの費用がかかります。二つ目として人工臓器を動かすために本人、又は外部の人からの定期的な魔力供給が必要となります。魔力バンクから魔力を購入することも出来ますが、そちらを利用するとおよそ一週間分の魔力で十万ミルほど必要となりますのであまりお勧めはできません」
医師が人類の叡智の結晶に対して興奮するかのように話す。
魔力を持っている者はおよそ百人に一人程度といわれており、魔力は貴重なものとなっている。そのため魔力自体が非常に高値で取引され、それを見知らぬ他人のために使用するといったことはまずない。
魔力を持っておらず、知り合いも片手で数えるほどしかいないアルゴは人工臓器を使用すると臓器本体とは別に月に四十万ミルかかることとなり、とても払えない。なんとか払ったとしても生き地獄としか呼べない生活となるだろう。
「時間がないので、今すぐに人工臓器を使用するか決めていただきます」
医師が早く選択させるように急かしてくるが、アルゴには選ぶ余地もない。なんとか体を動かさずにできる仕事を探すしかないかと諦めて口を開く。
「その人工臓器の使用をお願いします。お金なら私が用意しますので大丈夫です」
しかし、響き渡ったのはアルゴの声ではなく、ヒスイのはっきりとした声だった。
この子は何を言っているんだとアルゴは座ったまま、少し後ろに立っている少女の方をポカンとさせた顔で振り返って見上げる。
「お、おい。いくらなんでもそんな金額払えるわけがないだろう! お前にそこまで無理されるわけにはいかない!」
アルゴは沈みきってどんよりとした空気を纏い、怒気をはらんだ声と言葉遣いでヒスイに怒鳴りかかる。その形相はまるで東方に伝わり、広く知られている般若の面をかぶっているかのごとき恐ろしさであった。アルゴからすればせっかく助けた命を捨て去るような無理を少女にさせるわけには行かないのだ。つくづくお人好しである。
アルゴのあまりの剣呑さに医師は脱兎のごとく奥へと逃げていった。医師という職業柄、怪我の多い乱暴狼藉な輩を診ることも多く、慣れていると言えども許容範囲というものがある。
その医師が去った室内で金髪美少女と怪物のような大男は睨み合っていた。
「無理なんてしてないわよ! これでも収入はけっこうあるのよ。あなたも見たはずよ私の力を。それに私のこの力、魔力があれば人工臓器に魔力供給だってできるわ!」
アルゴに全くひるむことなく、むしろアルゴに殴りかかりでもするかのように少女も負けじと叫び返す。
アルゴはそんな目の前の少女、ヒスイの力を思い出す。大きな魔物を一撃で倒す魔術、鬼にも諦めずに立ち向かう胆力、アルゴとの差は明白だ。事実、アルゴが苦労してオークを三体倒したのに対し、彼女は目に入っただけでも二十は下らない数のオークを焼き尽くしていた。
それに薬師としての腕もある。素人目にもあの鎮痛薬の効果は凄いものを感じた。確かにアルゴの何倍もお金を稼いでいるのだろう。
「お金を出してもらっても返せるかどうかもわからないんだ。魔力だって頻繁に必要なようだし、そこまでしてもらうわけにはいかない」
それでも、両親を早くに亡くして他人の好意というものにほとんど触れずに育ったアルゴは人に寄りかかって甘えるということを知らない。少女のありがたい申し出にも断ること以外の選択を知らないのだ。
「お願いだから……お願いだからそんなことをいわないで。私からすればあなたはもうただの他人じゃないの。自分を犠牲にしてまで私を助けてくれたかけがえのない命の恩人なのよ。感謝してるの! お願いだから私を頼ってよ。本当に無理はしていないのよ。だから、アルゴがこの世の終わりみたいな辛い顔をしているのに、私に何もするななんて悲しいことをいわないで……」
そんなアルゴに対してヒスイがほほに涙を流し、悲しみと苦しみに打ちひしがれているような表情で懇願するように話しかける。それはまるで死地である戦場へ向かう男に必死にすがる男の子供、いや、伴侶であるかのようであった。
急に泣き出したヒスイの様子に落ち着きを失いオロオロと慌てふためくアルゴ。慰めるにも、自分が原因なのでどう接すればいいかわからない。見知らぬ人に泣き叫ばれることがあるとはいえ、それは恐怖心からで、アルゴのために涙を流す人など今までいなかったのだ。
「話は終わりましたかな。人工臓器使用の契約書をお持ちしました。使用される場合はこちらに記名をお願いします。費用の負担が本人でない場合、負担者にも記名をお願いしますね」
そこに、測ったかのようなタイミングで医師が契約書を持ってゆっくりと現れた。
そんな医師からヒスイは奪い取るように素早く契約書を受け取り、近くの診療机に転がっていたペンでアルゴより先に署名する。そして泣きはらんだ後の赤い目をさせたままアルゴの方を向いて契約書を渡す。
とても逃れられる状況ではなく、ヒスイの気持ちを無下にすることなどもってのほかな態様の中、アルゴは自分でもよくわからない嬉しさや不安などが入り混じった複雑な思いを心に抱いてペンを走らせる。
「あなたはこれからももっと私に頼りなさい」
金髪少女が慈愛に満ちたような表情でそう声をかけた時、奥から高さのある台車にベットをくっつけたようなお粗末なストレッチャーを押して数人の人が現れた。どうやら手術の準備が整ったようだ。
そして、その後アルゴがその動くベッドに乗せられたまま、奥に連れて行かれるのをヒスイはホッとした表情でじっと見えなくなるまで見つめていた。
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