第6話 災禍の中で出会ったもの


 無事オークに勝利した喜びと安堵でへたり込んでいたアルゴだがいつまでもそうしているわけには行かない。

 火だるま状態で転倒したオークは身動きも十分に取れないため火を消すこともできずに燃え盛ったままである。剣を心臓へ突き刺したオークは周辺に緑の血の池を作り上げたままピクリとも動かない。最後のオークは目が見えないながらも必死にもがいているが、起き上がることは叶わないようだ。トドメを刺したいところだが近づくのは危険な上に武器もないので諦める。

 いつまでも留まるのは危険なので、このまま道を引き返し村の入り口に方へ戻るべきかと逡巡する。周囲を見回すとどうやらオークとゴブリンを倒している間に入り口からずいぶん離れたいたようで、燃える建物と視界を遮る白い煙しか見当たらない。どの方角も似たようなも風景ばかりで来た方角もわからない。

 何か手がかりはないかと考えているとふとこの村に来たときの風の方角を思い出す。風の吹いて来ている方に行けば先ほどの入り口のはずだという考えに至り、慌てて煙を見て風の方角を確認するも、いつのまにか風はやんでいたようで煙はあたりを漂うだけである。どうやらそのせいで先ほどよりも白い煙の霧が濃くなっており、方角が分からなくなったようだ。


 このままたたずんでいるわけにも行かず、アルゴは自らの直感を信じ適当な方向へゆっくりと歩みを進める。今のアルゴは丸腰であるため、先ほどのような数の魔物に出会うと命はないだろう。そのことに身をひりひりさせながらも物音一つ逃さないように耳を済ませつつ、煙を吸い込みすぎないように身を低くして慎重に歩みを進める。

 どれほど歩いただろうか。外から見たときはそれほど大きい村だと感じなかったが、自らの生死がかかっている状況と牛歩のごとき歩みのせいでやけに時間が長く感じられる。

 そこでふと急に目の前の見通しが少し良くなる。出口かと思い、心を浮き立たせながら足を早める。


「なんだ、これは……」


 しかし、目に飛び込んでくる想像とは全く違った光景に思わず言葉を失う。

 そこはどうやら村の広場のような場所であるようにアルゴには見受けられたが、その中に間隔を開けてまばらにざっと二十ほどの数、三メートルほどの大きさのなにかが久黒い炭となったものが不気味に存在していた。

 目の前の奇妙な光景に鳥肌を立てる。

 もしやこれは呪いの儀式の類ではないのか。そのせいで村が大惨事に陥ったと言われれば納得がいく。

 アルゴは答えの出るはずもない邪推をするも先に進まねば意味はないと、大きく黒い墓石が勝手気ままに並べられた墓地のような広場の真ん中を突き進む。

 少し進むと先ほどよりは見通しの良い煙の中、先の方にオークの大きさの影が見える。

 まずいと迂回しようとするがすぐに姿を現したオークは短い足で懸命に走りアルゴの方へ向かってくる。アルゴはもう見つかったかと思い、構えるがどうもオークの様子がおかしい。オークとはあれほど素早く動けるものだっただろうか。目の前のオークは先ほど見たものよりもずいぶん俊敏に動いている。いや、動いているというより強大な敵から逃げているようにも見える。目の前にいるアルゴの存在にすら気づいていないようだ。


「ギイィエェェェ」


 恐怖に泣き叫ぶような声をあげながら、まるで追いすがる死神の手から必死に逃れるように走っている。

 しかし、懸命に走るも虚しく、オークは足をもつれさせた。そのまま転ぶのかと思いきや次の瞬間、予期せぬ光景がアルゴの目の前に広がる。

 なぜか、ボウッと突然にオークが火に包まれたと思いきや一瞬で見慣れた炭の塊と化したのだ。そしてそのまま炭となったオークは前へと倒れた。

 先程から周囲に存在していた黒い塊はどうやら全てオークの残骸であるようだ。

 一体なにが起こっているのか分からず呆然とするも、驚きはそこで終わりではない。倒れたオークの向こう側から1人の少女が現れたのだ。

 横で一つにまとめ上げられたサイドアップの髪型の金髪少女は、煙でぼやける視界の中でも自らの存在を主張するかのごとく目立っていた。少女はなぜか左手を手首に添えながら広げた右手をアルゴと倒れたオークのいる方に突き出した状態で、足を少し横に広げて立ち、走り込んだ後のように胸を上下にさせ呼吸を荒げている。

 見るからに疲労困憊の様子である少女はアルゴの存在に気づくとおろしかけた右手をアルゴの方に向けなおした。


「ま、待て」


 嫌な予感がしたアルゴは慌てて声をかけ、害意がないことを示すために両手をあげた。


「鬼…いや、人間……?」


 アルゴの風貌のせいですぐに人だと判断がつかなかったのか少女はそんなことを小さく呟いた。


「容姿には自信がないが人間だ」

「……そう。村の人には……見えないわね。あなたはこんなところでなにをしているの?」


 アルゴの言葉に返事をしながら少女はアルゴをじっくりと観察し、もっともな疑問を繰り出した。

 魔物のような顔をした大男は、体は服の上からでもわかるほど鍛えられ、明らかに常人とは一線を画した体つきをしている。そのうえ荷物一つ持たない丸腰で災禍の真っ只中という場所もあって、不信感しか感じられないのは当然だろう。


「俺は冒険者だ。ミトレスの街で依頼を受けてゴブリン退治に来た。手ぶらなのはオークを倒したときに武器と荷物を失ったからだ。そういうお前は何者だ?」


 こんな状況下でも珍しく初対面の人にまともに口を聞いてもらえるのが嬉しく感じていたアルゴは質問に答えると、少女と同じように当然の疑問を述べる。こんな危険な場所にいるアルゴとは真逆の方向で印象深い美しい少女がどういった者なのか気にならないわけがない。


「なるほど。冒険者さんね。私は魔術師よ。ここに住んでいたのだけど、出かけて戻ってきたらこの有様で途方にくれているところなの」


 一応相手のことを理解して警戒心を少し解いたのか、魔術師を名乗る少女は差し向けていた腕をおろしながら答えた。


「途方にくれている風には見えないんだがな……。魔術師ってことはさっきのオークが燃えたのはやっぱりあんたの……」


「ギャオオオォォ!!」


 アルゴが炭となったオークのことを聞こうとしていた時、突如オークよりも大きく荒々しさの感じ取れる魔物の叫び声が煙の先、近い距離から響いてきた。

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