第5話 オークとの戦い


 周囲ではバチバチと音をたてて家々がしきりに燃え盛っている。

 そんな中アルゴは自身の方をを向いて身構えたまま動きを止めている三体のオークに対峙しながらも必死に思考を巡らせていた。

 一対一の状況なら勝てる自信があるとはいえ、およそ三メートルの高さに加えて、はち切れそうなほどでっぷりと蓄えられた脂肪による大質量の体を持つ相手。そう簡単に仕留めることはできない。

 切り断ちづらそうなぶよんとした脂肪を身にまとっている相手にアルゴの切れ味の悪い剣で致命傷を与えるのは簡単ではないだろう。かといってゴブリンの時のように剣の腹で叩きつけるのはさらなる悪手に思われる。分厚い脂肪の前に大したダメージを与えられない上に、重量があるので吹き飛ばすこともできない。

 一見すると上半身とは打って変わり細身である短い二本の足が弱点のように見える。しかし、何百キロにも及ぶ体重を支えている足はその短さゆえに移動速度こそ遅いものの、非常に強靭であることが知られており、剣を打ち込んでもびくともしないだろう。

 オークを分断する策もなく、このままでは押し負けてしまう。何か使えそうなものはないかと周囲を見回すが赤く燃える火とそこから上がる白い煙、そして真っ黒な炭と化した残骸しか見当たらない。利用出来そうなものは何もないかに見えたがアルゴの頭の中で一つのひらめきが生まれる。 


 アルゴの動きがないことに我慢できなくなったのか三体のオーク達は突如アルゴに向かって動き出す。

 それとほぼ同時にアルゴがなぜか背中に担ぐリュックを先頭を行くオークに向かって力いっぱい投げつける。しかし、そんなことではオークに傷一つ付くはずもなく、リュックはボシュと音をたてながらそのままオークの足元に落ちる。オークはそのことを気にも留めずそのまま歩みを進めようとしたが、その時いきなりポッとオークの足元のリュックから小さな火の手が上がる。すると次の瞬間、炎の大きさが一瞬のうちに膨れ上がり三メートルあるオークを丸々包み込んでしまう。


「ゲオォォォォッ」


 突如現れた灼熱にとらわれたオークは奇声をあげながらのたうち回って苦しむ。

 実はリュックの中には食料等の必需品のほかに固形燃料も詰め込まれていた。それも前回のクエストで不足気味だったことを考慮して、普段の三倍の量を買い込んでいたのだ。あとはそれを投げ込み、その上にそこらで燃えている火のついた木材の破片を投げ込めば火だるまの完成である。

 自分が引き起こしたとはいえ、想像以上の威力が出たため思わず目の前のオークに同情してしまいそうになるアルゴ。先程までこの危険物を背に担いでいたことに身震いせずにいられない。ゴブリンを処理していた間に背中のリュックに受けたものが燃え尽きた炭ではなく、まだ火のついているものだったなら炎に包まれていたのはアルゴであったはずだ。

 己の迂闊さを呪わずにいられないが、そのおかげで今回は道が開けたのでアルゴはなんとも言えぬ複雑な思いを抱く。

 火だるまになったオークはすぐに丸焼き、とは流石にいかないも周りに目もくれずにもがき苦しみながら暴れまわり、ついには足をもつれさせ何もないところでこけてしまった。オークは体型のせいで一度こけるとそうやすやすと起き上がることができないのでこうなると一安心だ。

 

 他の二体のオークは一瞬の出来事に思考が追いつかず呆然とした様子だが、目の前で火だるまになっている同族に恐怖心をかられたのか思わず後ずさりした。

 燃えるオークに気を取られている隙に、アルゴは両手剣を槍のように構えて猛然と走り出し一体のオークの心臓の位置に向けて力の限りで両手剣を突き刺した。そして深く突き刺さった剣が簡単に抜けないと判断したアルゴは全身に大量の緑色をした返り血を浴びながらも、オークに剣を突き刺したまま離れ距離を取る。

 剣を突き立てられたオークは自身の状況を即座に理解できなかったのか一拍置いてから暴れ始めたが、すぐに動きが緩慢になりそのまま前へ倒れ動かなくなる。

 これで残るは一体となるがオークが突き刺さった剣を下にしたまま倒れたため武器を回収できそうにない。アルゴに残るは己の身と背に担ぐ両手剣の鞘だけである。それでも鞘は剣と同じ二メートルの長さがあり、木と動物の皮でできているため武器の代用品にならなくはないかと思い、持ちにくい剣の鞘をなんとか構える。

 今度は流石に相手も油断しておらずしっかりと腕を構えており、正々堂々正面から倒すしかないようだ。

 

「ギャオオオォォ」


 アルゴが動かないのを見ると、仲間意識があるのかは定かではないも、オークがまるで仲間の恨みと言わんばかりに吠えながら殴りかかってきた。

 一体とはいえ怪力オークの攻撃は全て強烈で文字通り致命的な威力を誇っている。受けると命はないであろう必殺の一撃である。しかし、オークという生き物は腕をふるう速度が早くとも、足の踏み込みの速度が非常に緩慢なため一対一ならタイミングを合わすと楽々かわすことができるのである。

 アルゴはヒョイっと大きく横に飛びのいてオークのパンチをかわすと、オークの顔に向け思いっきり剣の鞘を叩き込んだ。オーク自身の前への勢いとアルゴの力が乗ったカウンターの一撃をオークへとお見舞いする。しかし、もともと武器としての用途を想定していない剣の鞘はかかった負荷に耐えきられず半ばでポッキリと折れてしまった。

 予想外の事態にこれはまずいと慌てるもなんとか体勢を立て直し、折れてささくれ立った剣の鞘で槍のように持ち直すと、先ほどの頭部への一撃によりひるんでいるオークの両目を思いっきりつく。


「ブバァァァァッ」


 見るも痛々しい攻撃を受けたオークは苦しみの声をあげる。

 視力を失ったオークはそのまま声をあげながら暴れだしたかと思えば、唐突に叫ぶのをやめ悲しむように仰向けに地面に倒れた。大質量な体重のせいで倒れる際、ズドンッと地響きのような大きな音と振動が響いたことに思わず驚くも、アルゴは勝利が定かになったことに無意識に体を震わせた。


「はぁ、勝てたのか」


 最初から勝つつもりだったとはいえ、ぎりぎりの勝利に思わず安堵の息が漏れる。

 こうしてアルゴはつかの間、わずかな時間ながらも勝利の喜びに暮れていた。

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