第4話 笑う魔物


 地面からも火がくすぶる中を慎重に一歩一歩歩みを進め、村の中に入って周囲をうかがう。すると一瞬、奥の煙の中に大きな人影のようなものが見える。だいたい一メートルほどの高さしかないゴブリンにしては大きいので、村の住人かと思い近づこうとするも、その正体に気づき足を止める。


「オークだと」


 思いもよらぬ存在が現れたことに驚きを隠せないアルゴ。

 ゴブリンと同じ人型だが顎の力以外はそこまで大したことのないゴブリンとは違い、一般的な成人男性を上回る強い力を持つと言われるオーク。人間には劣るが知恵も働くのでやっかいな相手だ。物語によく登場する悪役貴族のようにずんぐりむっくりヒキガエルのごとく太った体に、その体を支えてきれているのが不思議なほど細身の非常に短い足を持っている。アルゴにとって初めて対峙する相手ではないが、最後に倒したのは数年も前だった。

 やっかいな魔物が現れたことにアルゴは歯噛みする。しかし、相手は大きな体型のせいで動きは早くない。アルゴは先手必勝と言わんばかりに飛びかかろうとしたが、寸前のところでなんとか踏みとどまる。

 目の前にいたオークの背後にさらに二体オークが現れたのだ。視界が悪い上に目の前のオークに気を取られ気づくのが遅くなった。

 アルゴは相手が一体だと思い込んでいた自身の迂闊さにひやりと鳥肌が立つ。以前倒したと言えどその時はあくまでも一対一、いくら動きが緩慢だとは言えさすがにオーク三体の中に飛び込むとただで済むはずもない。

 あわてて後ろへ距離を取り胸の内で落ち着け落ち着けと自らに言い聞かせながら、周囲を確認する。すると、どこからともなく左右に合わせて十匹ほど現れる。

 前面には一体でも危険な怪力を誇るオークが三体、左右には骨をも砕いて食べると言われる強い顎を持つゴブリンが多数。明らかに命の危機といってもいい状況だろう。幸い後ろには回り込まれてないので、逃げ出すことはできるがまだ村の中をほとんど確認できていないのは気がかりだ。

 アルゴはチィッと舌打ちをすると迷うことなく左側のゴブリン数体に走り寄る。冷静さを欠いた後の迂闊な行動に見えるがそうではない。一人で複数の敵と対峙する時には一番弱い敵をいかに素早く倒すかが鍵となる。今回の場合は特に、複数いるとはいえ強敵がオークという非常に鈍足な魔物であるのでなおさらである。アルゴは今度こそ素早く的確に状況を判断できていた。

 ゴブリンに近づくとそこらで拾ったのであろう黒い炭のようなものを投げつけて来た。

 普段ならかわしたいところだが、今回は周囲を囲まれている大ピンチなので時間をかけられない。体に当たっても打撲程度と割り切り、左腕で目元を覆いつつ右手に大きな両手剣を構え、体中に痛みを受けながら突き進む。

 噛み付かれると大怪我は避けて通れないので、ゴブリンが飛びついて来ないかにのみ最大限注意を払い、体全体に石つぶてを受けるような痛みに顔をしかめながらも一歩一歩素早く踏み込む。

 すると自身の方へ向かってくる鬼のような形相の人間に恐れをなしたのか、突然一体のゴブリンがわめき声のようなものをあげながら一直線にアルゴの方へ走り寄って来る。

 アルゴは走りながらも、すぐさま右手で両手剣を構えてタイミングよく振り抜き、剣の腹でまるで鬼の金棒でも扱うかのごとくゴブリンを力一杯打ち返す。

 ゴブリンの体重は決して軽くはないのだが、アルゴの怪力によりボールのように吹き飛び、他の一体を巻みながら地面に叩きつけられた。

 残る三体も、一体どちらが魔物と呼ばれる存在なのかと思わずにはいられない動きのアルゴに驚いたのか一瞬身をすくめる。

 しかし、それが致命的な隙となり、その間も走り寄って来ていたアルゴに距離を詰められる。そして、三体まとめて剣の重さにアルゴの馬鹿力を乗せてやはり剣の腹で叩きつける。

 剣の使い方としては明らかに間違っているアルゴが気にする様子はない。通常、剣の腹といえば比較的もろい箇所のはずなのだが、普通の人に扱える大きさを超えた巨大な両手剣ではその限りにないようだ。

 左側にいたゴブリンを片付け終えたので素早く身を反転させ、こちらに走り寄って来ている残りのゴブリンの方へ向かおうとする。


「うぅっ」


 しかしそのとき、突如左肩にガンという衝撃とともに強い痛みが走った。思わずうめき声をあげるながらも、足に力を入れすぐさま後ろへ飛びのくと、さっきゴブリンが投げていたものより大きい炭の塊がアルゴの目の前を横切る。

 飛んで来た方を確認するとどうやら少し離れた場所からオークが近くに転がる家屋の残骸をアルゴに向かって投げつけたようだ。よく考えるとゴブリンが物を投げるのに、オークは物を投げつけないと誰が言えるだろうか。

 ふと、遠巻きながらオークの顔を見ると一瞬ニヤリと表情を変化させたように見えた。投げた物が的中したことに喜んでいるのだろうか。いくら人型とはいえ魔物が表情を変えるましてや笑うなどいったことはアルゴにとって聞いたこともない出来事だった。

 不気味な出来事に気味が悪く感じるも、足を止めると危険と瞬時に判断したアルゴは豪速球の速さで飛んでくる黒く焦げた木片から逃げるように前へ走り出し、残りのゴブリンの元へ向かう。途中、オークの投げたものが背に担ぐリュックにボフっと当たったが、身には受けずに済んだ。先程痛めた左肩も動かすと痛みが走るが骨は大丈夫そうなので、痛みを我慢して無理をすればなんとでもなるだろう。

 なんとかオークの放つ砲弾を受けずにゴブリンに近づくも先程のように飛び出しては来ない。ならばと二メートルある両手剣のリーチを生かしてすれ違いざまに三体を薙ぎ払うように叩きのめす。そのまま立ち止まることなく前に走り抜けて足を止めないように注意する。そして、その勢いのまま半円を描くように走り身を反転させるも、ふと砲弾の雨が止んでいることに気がつく。

 不思議に思いオークの方へ視線を向けると、投げられる大きさのものが手近なところから無くなったようだった。これは好機とばかりにアルゴは素早く残る二体のゴブリンに走り寄り、切れ味の悪い剣で力任せに切りつける。今度はゴブリンが吹き飛ぶことはなかったが、その場でばたりと崩れ落ちる。

 これで残すはオークのみとなる。三体という数がやっかいだがなんとかするしかないだろう。オークは足が遅いのでここで逃げ出すのも手なのだが、生きている者が一人でもいるなら助けたいと考える根っからのお人好しは普通ではない目の前の状況に飲まれていることもあって、そこまで思考を伸ばすことができなくなっていた。竜でも出たならば、本能のままに逃げ去るが相手がオークなので一対一に持ち込み確実に処理していけばなんとか乗り切られると判断する。

 再び投擲を再開されると厄介なのでそうはさせまいとアルゴはオークのいる方へ走り迫って行く。

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