第3話 災厄の煙
依頼のあったトチス村に向かう道半ば、アルゴは道の確認とゼノの休憩も兼ねて街道の外れで休むことにする。
馬というのは永遠に走り続けられるように考えている人も少なく無いが、長距離移動の場合、最低でも一時間に一度は休憩しないと馬の体力が持たない。ゼノはかなり体が大きいこともありスタミナも有り余っているように見えるが、酷使してもかわいそうなので必ず休ませている。
背中に担いでいる大剣とその上から背負うリュックを地面におろし、中からコンパスと地図を取り出す。どうやら目的の村は街道から大きく外れた山のふもとにあるらしく、この辺りから街道をそれて進まなければならない。村が不便な場所にあるのも依頼を受ける者がいなかった理由なのだろう。
水分もしっかり取り体を軽く休めると、再びゼノにまたがり走り出す。街道は人通りがあるため凶暴な魔物も近づかないが、ここからはそうもいかない。馬の早さに追いつける魔物そうそういないが、それでも気を引き締めながら村へと向かう。
山際に沿って道無き道を休憩しながらも二時間ほど走っただろうか。途中数体のゴブリンの群れや大きなイノシシの親子連れ、ちょこんと小さな一本角が生えた青く目立つうさぎとそのうさぎを狩る三メール近くの大トンビ、などと色々な魔物を見かけた。討伐されることが多いゴブリンも近くに人里近くで無いと特段害にはならないので、ゼノで駆けて素通りした。倒せば少し素材は手に入るがそれだけで、疲れる上に後処理に時間を食い面倒だ。魔物だからとむやみに生き物を殺すのは心情的にも気分のいいことではない。お互い何もしないのが一番なのだ。
時間もたち昼が近づいて来た。ずいぶんと進んだのでそろそろ村に近づいてもいい頃だ。周囲を見回しながら進むがそれらしきものは見当たらない。 右手には標高二百メートルもないであろう低い山々が先程から続いている。秋も終わり、冬の初めといっていいほど寒いからか、風で枯れた木の葉が抜け、あたりに舞い落ちる。左手には平原が広がっているが草が枯れかけ、くすんだ緑と茶色が入り混じっているので、決してのどかな風景とは言えないだろう。
それから何気なく遠く前の方を見ると景色がうっすらと白くモヤがかかって見えた。目が疲れているのかと思い強く目を閉じて瞬きを二、三度繰り返してみるが変わりはない。もうすぐ昼時の時間に標高がさして高いわけでもないこのようなところで霧が出るというのもそう聞く話ではない。もしかすると村で何かあったのではないかと不安にかられる。アルゴはもう一踏ん張り頼むぞと声をかけてから足でトントンとゼノの腹を軽く小突き、急いで走るスピードを上げさせる。
近づくとモヤが次第にはっきりとして来た。そして、畑で刈り取った草をまとめて燃やしている時のような体に悪そうな焦げ臭い匂いが入り混じっていることにすぐに気がついた。野焼きや単なる火事にしては煙の規模が大き過ぎる。運悪く向かい風だったため煙の発生する方へ近づくにつれて視界が悪くなる。一秒たりとも早く村へ向かいたいが、あまり視界が取れない状況下の馬での移動は危険なので、大きく迂回して村があると思われる方へ進む。
迂回をするも少し視界の悪い中でなんとかゼノを走らせて進むと、おそらく村の一部であろうという人工的な建造物が目に入った。立ち止まって見てみると確かに村の一部だった。しかし、それは真っ黒に焼け焦げ、建物の骨格を残しただけとなった悲惨なものだった。ハッとして周囲をよく見るとその建物だけでなく目の前の村全体からもうもうと煙が上がっている。飛び越えるには厳しい高さの土壁で村が囲まれているためそこから中に入ることはできない。急いでゼノを再び走らせ、村の入り口を探す。
すぐに入り口は見つかった。煙が向かう方とは正反対に位置する場所にそれはあった。おそるおそるアルゴは中を覗くと想像通り酷い光景が目に入ってきた。
風で流しきれない量の煙が出て白く立ち込める中、バチバチと音を立てて盛んに火の手をあげている家と思しき建物。地面までをも真っ黒に焦がし、焼け崩れた黒い炭の塊と化した家の残骸。地面の所々に転がる三メートルほどの大きな謎の黒い塊。燃えるものも無いのに何故かチョロチョロと火が出ている黒く焼け焦げた土の地面。奥の方は煙でよく見えない。しかし、村は言葉では表しきれないほどの凄惨な様相を帯びていた。
「これはなんなんだ……」
自らの理解の外にある目の前の状況に思わず声をあげるアルゴ。
この惨状では生きている人の方が少ないだろう。生き残りがいないと言われても納得ができる。人影が見当たらないが、幸いと言うべきか周囲に人の死体も見当たらない。おそらく逃げ出したのであろう。そう信じたい。
建物の燃え具合にばらつきがあるのが少し不自然だったが、そんなことに気がつく余裕もなかった。
「ゼノ、中は危ないから安全なとこで待っておけ」
さすがになにがあるかわからないこの状況で馬を危険に晒す真似は避けたい。そう思いアルゴはゼノの背から降りて声をかける。するとゼノはまるで返事をするかのようにブルルンと鳴いた後、その場から離れていく。
「どう見てもただの事故じゃないよな。野盗の類か魔物の仕業か、それともまだ見知らぬ何かか」
アルゴはそう呟き、気を張り巡らせながら背中の大剣を引き抜きしっかりと手にする。強く漂う焦げ臭さに顔をしかめながらも、もう村とは呼べぬ村の中へ歩みを進めていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます