第20話 所有欲、またはきっと信じてもらえない話(『トリックthe novel』)

 無料で読めるweb小説の書籍版を購入するのはなぜか?

 という疑問は、ケータイ小説が大ブームを巻き起こしていたころから絶えず問い続けられているように思う。


 明確な答えが出ているのかどうかは分からないが、私も漫画やブログなど気に入ったwebコンテンツは書籍化されると購入する傾向があるので「無料で読めるものをわざわざ購入する」という心理については理解できる気がする。気に入った作品は形あるモノとして手元に置いておきたくなるのだ。webで出会った作家さんが同人誌などを出されていると紙の本が欲しくなるのも似たような心理からだろう。


 そういえば「ライトノベル」の呼称がなかったころのライトノベルレーベルはテレビアニメやOVAのノベライズ本が今よりさかんに刊行されていた覚えがある。

 あれはアニメがみたくても住んでいる地域の都合でテレビでは放送されず、ソフトなどが欲しくても手が届かない中高生の飢餓感をとりあえず埋めてくれるメディアでもあったんだな……と過去を振り返って気づく等。ノベライズでなく、カドカワのメディアミックスがらみの原作本に目を通してみたりね……。ビデオ集めたりレンタルし続けるのは中高生の小遣いではかなり負担でしたからね。文庫本というのはやはりリーズナブルで優れた媒体ですよ。


 そんなわけで、なかなか視聴するのがかなわなかったり、単純に気に入った映像作品は書籍の形で手元に置いておきたいという欲が今でも自然と残っている。児童文庫レーベルから出ている女児アニメのノベライズ本とか数冊持ってるくらいだし。


 ただしノベライズという性質上、読み物としても面白いものは非常に稀だという問題がつきまとう。

 以下は個人的なノベライズ本の区分。


①原典である映像作品の脚本を担当したまに小説も書くライターが書いたノベライズ……小説としても安心して読める率が高い。

②原典である映像作品には関わっていないが、本職の作家が担当しているノベライズ……作家独自のアレンジ要素が加わったりして好き嫌いが別れそうだが私は嫌いではない。

③原典である映像作品の脚本家が関わっているが小説は発表されないライターがの書いたノベライズ……これが読むのが一番つらい。ただやはりオリジナルの雰囲気が出ているのでコレクターズアイテムとして持っていてもいいかなという気にはさせる。

④原典にもかかわっておらずノベライズ専門のライターが書いたノベライズ……これは読む気にすらなれず、素通りすることが多い。



 今回とりあげたい『トリックthe novel』は、2000年に放送されたドラマ「TRICK」のノベライズ本である。著者の名義は堤幸彦監修、百瀬しのぶ、林誠人、蒔田光治となっている。ノベライズ本ではよくみかける百瀬しのぶ、ドラマの脚本家である林誠人、蒔田光治のお二人が参加している。実際の著者がどなたなのかはわからないが(百瀬さんか?)、上にあげた分類でいうと③と④の合わせ技な本である。はっきり言ってもう、コレクターズアイテムの要素しかもたない本であった。ドラマの展開をただただ文字に書き起こしただけの本である。読んでいて面白いわけがない。


 そんな本を求めて、私は四条河原町の近辺の本屋をはしごしていたのであった。残暑の厳しい2000年9月のことである。確か現在とは違う場所にあった丸善の棚に一冊だけ刺さっているのを見つけて購入したはずである。

 

 なぜそんなノベライズ本を探していたのか――それは、2000年の夏、金曜深夜に放送されていた「TRICK」というドラマにハマっていたから。そしてあのドラマはひょっとしたら私の見ていた幻だったのかもしれない、あのドラマを愛好していたのは私だけだったのかもしれないからグッズのようなものは所有しておきたいという気持ちが働いたからである。


 ――ここまで読んで、「あの、シリーズや劇場版が何本も作られて今でも金ローでナウシカが放送されるたびにTwitter民が『何度目だナウシカ』ってつぶやくあのセリフの大元である超人気ドラマが幻だったのかも……ってあんた、大げさな!」とお思いの方も多数いらっしゃることだろう。私も今となっては信じがたい。

 でも当時、私の周囲で誰も見てはおらず話題にもならず、ノベライズ本は街中の大型書店でようやく一冊みつけることができる本だったのはまぎれもない事実である。

 演出を担当していた堤幸彦はこのころから売れっ子だったような記憶があるけれど、世間的にはまだ氏の代表作の一つであろう『ケイゾク』の方が注目されていた頃の話である。



 今更だけど、ドラマ「TRICK」の概要についてざっくりと――。

 仲間由紀恵演じる売れないマジシャン・山田奈緒子が、阿部寛演じる自称天才物理学者の上田次郎と一緒に、インチキ霊能者のトリックを暴いてゆくというドラマである。小ネタの多さの妙なコメディ部分が非常にツボにはまったドラマであった。篠井英介さんなんて未だに「ミラクル三井の人」呼ばわりしている。

 霊能者VSマジシャンというのが基本のストーリーだったけれど、第一シーズンは「シャーマンの血を引いている山田奈緒子こそ本物の霊能者なのではないか?」という大きな謎がドラマを引っ張っていて独自の緊張感があり、今に至るまで私は第一シーズンを強く愛している。狭量なファン心理から、その辺がうやむやになった第二シーズン以降はちょっとな……という思いを拭い去ることができない(あと第一シーズンにいた生瀬勝久の部下の広島弁刑事の人が第二シーズンでは別の人になったのも残念極まりない)。


 その夏はダラダラとドラマを大いに楽しんでいたわけだが、さっきも述べた通り私の周囲には「TRICK」を見ている人はいなかった。その当時はSNSなんて無かった(というより私はやっていなかった)ので、深夜にやってる妙にサブカルくさいドラマを見ている仲間を見つけるのも至難の業であった。基本的に出不精の情弱なために、そのドラマの潜在ファンを見つけるのが難しかったのである。

 

 そんなわけで、「このドラマは私の見ていた幻だったんではないか?」「ごく少数の変なヤツだけ見ていた集団幻覚的なドラマだったんではないか?」という感覚が芽生えるわけである。

 それに突き動かされ、あのドラマをみた記憶を脳にだけ焼き付けておくことに耐えられず、どうしてもモノが欲しくなりノベライズ本を購入することを決意するという流れになる。今だってそうだが、ドラマの終盤になると次回予告のコーナーでノベライズやDVDなどの販売が視聴者プレゼントの形で告知されるが、本ドラマでもノベライズ本やVHSの発売のお知らせは動揺の形で知らされたのだった。貧乏学生に映像ソフトを買い集める財力はなかったが、本なら買える。そして私は京都の学生のくせにめったに行くことのなかった河原町界隈まで出向いたのだった……。



 本としては全く面白くなかった。

 『ケイゾク』にハマっていた姉が買っていた同ドラマのノベライズ本の方がはっきり言って出来がよかった。


 それでもいいのだ、私はあの面白かったドラマの片鱗をこうして所有していることができたのだから――。


 と、「ぶっちゃけこの内容で単行本はぼったくりもいいとこだな」という本音を殺し、所有欲に満足し、テレビ情報誌などを通じてこのドラマのファンが結構たくさんいて決して幻のドラマなどではなかったことなどに安堵しながらしばらくたった私に衝撃が襲う。


 2002年の冬に「TRICK」の続編が放送されることが決まったのである。

 それ事態は非常に目出度いことであった。

 

 しかし、地下にでも暮らしているのか⁉ と思われていた「TRICK」ファンが現れ、手に入れるのにやたらと苦労したノベライズ本が文庫化された上にその辺のコンビニで売られるようになったのを見てしまうと、どうしても複雑な気持ちにならざるを得ない。続編作られるほど人気あったんならあの時ファンはもっと騒げよ、と。「何度目だナウシカ」に食いついている場合じゃないだろ、と(※1)。


 そして以後の「TRICK」の華々しい展開は皆さんご承知の通りである。映画にはなり、ドラマ内で刊行された上田次郎の著書が実際にも販売され、仲間由紀恵は一気に人気女優になり、押しも押されぬ大ヒットコンテンツに。


 こうなってしまうと、ひねくれた古参ファンはそっぽを向いてしまうものだけれど、御多分にもれず私もそのような状態になった。

 ひょっとしたら脳みその中で何度も再上映するしかなくなる幻のドラマになるのかと思われていたものが、いつでも簡単にアクセスできる作品となった。そうなればもともとモノとしても物語としても魅力のない本には用はない。


 そうして手に入れるのに苦労したノベライズ本もさっさと処分してしまったのだった。手放すのに悔いはなかった。



 ――とまあ、今回はしょっぱい思い出を一つ披露したわけだけれど、未だにケチなために形の残らないお気に入りの映像コンテンツなどは書籍の形で手元に置いておきたいという気持ちが働き勝ちである。

 やっぱり本というのは何かしら「好き!」という気持ちを託しやすいメディアではありますよね……と適当にまとめて、今回もこのエッセイを締めさせていただく。



(※1)

 「何度目だナウシカ」とは「TRICK」第二シーズン第一話の真裏に、日テレがナウシカをぶつけてきたことに対する伝説的なあてこすり。

 野際陽子演じる山田奈緒子の母親が運営する書道教室で、サブリミナル的に表れる子供たちのお習字の中にこれをしたためたものが一瞬アップで映る。

 

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