第18話 「あんたは好きだけど、あんたが書く小説はきらい」(『冒険はセーラー服をぬいでから』)
賛否両論あれど異世界転生系ファンタジーがすっかりおなじみのものになったと思われる昨今。
トラックに轢かれるといった通過儀礼を経ずに異世界に直接招喚される物語は今どうなっているのだろう。今でも人気ジャンルなのだろうか。
ともあれ、SNS巡回中に「昨今のなろう系ファンタジーの源流になるであろう『異世界に招喚されたり転生したりする作品』の元祖ってなに?」について議論する場面に遭遇することがある。
ファンタジーの専門家ではないので詳しいことは言えないものの、女子中学生三人が東京タワーからファンタジーな異世界に招喚されてなんやかんや冒険する作品だった『魔法騎士レイアース』というアニメを見ていた時に「なんかベタなことを今更堂々とてらいもなくやってるな。それを『なかよし』でやるのは多少斬新な気はするが」といっちょまえでクソ生意気な感想を得たことはなんとなく覚えているので、90年代半ばの田舎住まいの女子にとっても既にそんなに目新しいネタではなかったことの証左にはなろう。
ちなみに当時『ふしぎ遊戯』という、これまた普通の女子中学生が本の世界に招喚されて冒険するという少女漫画が人気を博してアニメ化もされた。どっちかというと、中華風の異世界を舞台にギャグありアクションありの冒険をくりひろげていたこちらに新しさを感じていた気がする。各種イケメンにかこまれる逆ハー要素を取り込みストーリーにからませながら上手く活用していたあたりからみても、後の乙女ゲーあたりに与えた影響も大きそうだし。
どっちにしろ、「こちらの世界の住人が不思議な世界に招かれる」という要素自体はそんなに目新しくなかったという感覚は強い。
というのも、この段階で既にテレビアニメ等でそれ系の物語は既におなじみだったからだろう。私はあまり見ていなかったけど「魔神英雄伝ワタル」だとか。ジャンルの意味を広範囲に拡大すると、ドラえもん映画も基本的にはこのバリエーションに相当するのではないかと思う。
そこをより遡ると、『はてしない物語』とか『ナルニア国物語』とかの出番になってくるので私の手には負えないが、とりあえず「90年代前半から半ばには既に異世界に招喚される系のネタは全然目新しくなかった。むしろベタ」という一オタクよりな女子の肌感覚だけは一応報告しておきたい。
もう一つの要素である「前世」「転生」もその当時には完全にベタな案件になり果てていたと思うが、今回語りたいのは「異世界招喚」に関する方なのでそちらに関しては触れない(前世やら転生やらに関する系列はこれはこれで面倒な文脈がある……)。
繰り返し主張したいのは、「この世界で生きる普通の少年少女が異世界に招喚される系ファンタジーは90年代で既にベタ」という点である。
そして今回とりあげたい小説は、刊行当時既にベタだったこのネタを徹底的に茶化したライトノベルである(刊行当時ライトノベルという言葉はまだなかったが、まあ面倒なことは今は言わない)。
歴史ある名門女子校に籍を置く女子高生数名が、なんやかんやで異世界に招喚される。そして異世界の住人から危機に瀕しているこの世界を救ってくれと頼まれて冒険をする流れになる。
ごく普通に招喚され、ごく普通に世界を救ってと頼まれ、ごく普通に冒険するという塩梅である。
ただ一つ普通でなかったのは、その世界はワナビである主人公が途中でエタって放り投げた駄作ファンタジー小説の世界だったのです――。
これが、森奈津子著『冒険はセーラー服をぬいでから』という小説の概要である。
ちなみに今は跡形もないログアウト冒険文庫というレーベルから出ていた。作者の森奈津子さんはこの当時、学研レモン文庫とこれまた今はもうない少女小説レーベルでかなり先進的な少女小説を発表されていた。
おりしもこの小説の刊行時、少女小説界隈ではBLのビッグウェーブが押し寄せていた頃だった。森さんにとっては女の子向けレーベルから初めて男の子向けレーベルで発表された作品になるはずである。
名門女子校の女子高生が何故に駄作ファンタジー世界へ飛ばされることになったのか?
それはファンタジー研究会の部長である主人公が、さる理由から理事長の孫でサディストの美女でオカルト研究部の部長から異常に執着されたが末の求愛行動に端を発する。性格が激しくゆがんでいる高慢で美しいお姉さまの手に主人公が途中放棄した駄作ファンタジー小説を綴ったノートが奪われ、自分の愛情を受け入れないなら――と、いう流れで悪用され、オリジナルの黒魔術でその世界に入り込んでは粗しかない小説の粗を指摘されるなど徹底的におもちゃにされるという展開になるのである(まあだから正確にいうと「招喚」じゃなく勝手に侵入しているわけですね)。
駄作ファンタジー小説の世界に入るのは、主人公とお姉さまの二人だけではない。高慢で意地悪なお姉さまを慕うがゆえに彼女からの愛情を注がれる主人公にツケツケ毒を吐く美少女と、マイペースに妙な発言をするという往時の森奈津子作品には不可欠な枠のキャラクターである後輩が一人、そして重要な役割で登場する生徒会長の計五人が異世界に入り込む。こちら側の世界の登場人物たちは皆女子校の生徒であるが故に、人間関係の感情のイザコザは概ね女子高生の間で起きる。まあつまり、本作は百合ものでもあるわけである。
当時BL大旋風が吹き荒れていた少女向けレーベルの外で百合ものラノベをやっていたという点からみても一考の余地がある作品かもしれないが、今はそこに関して考える余力はない(※1)。
とにかく、女子高生数名が「ワナビが途中で放り投げた陳腐なファンタジー小説世界」に入り込む。そして内側から、その世界の欠点を主人公への各種様々な感情をおりまぜつついちいちビシビシ指摘される。本作にキモはここである。
要は、当時ですらありがちで陳腐だとされていたファンタジー小説のダメ展開をゴリゴリにあげつらう小説である。まあぶっちゃっけ出オチ要素が強い小説ともいえる。
主人公の書いた駄作小説の陳腐さというのはこのようなものである。
・文章が気取ってて下手。
・文章がへたなくせに、書き出しを歴史の教科書みたいに小難しいものにして出せもしない重厚感を演出したがる。
・登場人物がことごとく美形。異世界人なのに血液型まで設定してある。
・シリアスなキャラクター描写が下手だから、なんか妙な登場人物になる。
・中世ヨーロッパ風世界なのに、神殿はパルテノン神殿風。
・「露台」と書いて「バルコニー」と読ませて安易にファンタジー的な効果を得ようとするようなこざかしい真似を実践する。
・赤紫色の瞳という、現実には存在しない瞳や髪の色のキャラを安易に創造する。
・しかもそんな設定を雑魚キャラに用意する。
・無駄に凝り過ぎた設定を用意する癖に、書くことを途中であきらめる。
・「ワープロをめちゃくちゃに叩けばあっという間にできる」というようなカタカナ謎呪文をわざわざ何時間もかけて作るような労力をかけたわりに、駄作だからと途中でエタる。
・ノートの最初の数ページには世界地図まで用意している癖に最後まで書き上げられずに途中で放り捨てる。
そのほか、「二の腕を斬りつけられた行きずりの美少年・美少女に救いを求められる展開」だとか「絶体絶命のピンチに追い詰められた主人公が『嫌ああああ!』と叫ぶことにより真の力に覚醒する展開」なども出てくる。
いかにもその当時の作家志望の十代がやらかしそうなファンタジー小説におけるこっぱずかしいダメダメあるあるポイントを、全然優しくない仲間たちからガンガンに指摘されてライフが削れてゆく主人公の様子を楽しむ趣向の小説となっている。
楽しむというか、小説を書いている者なら言いたい放題に言われる主人公に同調して「あああああ……」となりながらライフ削られてヒリつく気持ちを共有する趣向といいますか。少なくともリアルタイムで読んだ時はこういう読み方しかできなかった。
主人公の書いた小説世界の陳腐さに笑いつつも、自分の書いたものをボロカスに酷評される展開が結構ツラく、そして「小説を書くという行為にはこのような目に遭うのとセットであるならば、私は小説なんて書かない。書いても人には読ませない」という状態で十数年過ごすこととなった。我ながらとんだビビりであった。
そんなわけで、心に深々と突き刺ささった点はありつつも、少女小説レーベルで革新的なコメディー小説(※2)を発表していた森奈津子作品としては出オチ要素のみが強い小説だったな……というのが本作に対しての私の印象だったのだが、ある時を境に本作への徐々にそれも変わっていったのだった。
ある時とは、投稿サイトで誰もが気軽に小説を発表し読むことができるのが当たり前になっていったころである。
作中、主人公は仲間たちから自作のダメポイントを容赦なく指摘されて憤慨し、たとえ未完で放り投げていても作品世界を愛していることは主張する。が、「根性はあっても向上心がない」と作中で語られる性格故に小説を良いものにしようという努力をしないのである。書き上げようとすらしない。
この点、「アマチュアのダメな小説」に付き合ってしまった読者としてはなんとも歯痒いことであると知ったのはwebサイトなどで人様が書いたものを目にする機会が増えたからだ。
小説だけでなくwebで読めるアマチュア漫画などを読んでも、ついつい「ああすればいい、こうすればいい」といういっぱしの批評家にでもなったような感情を押えられなくなる作品というものが確かにある。親切心や良心の発露というのではないにしても、なにかしら口を挟みたくなる出来の作品というものが確かにあるのだ(しかし今こんなことを自分で言ってる自分の耳が一番痛い……。自分のことを棚に上げて……あああああ……)。
それは変だよ、おかしいよ、と指摘すれば、「うるさい」とか「いちいち揚げ足取りをするな!」などと返されれば、そりゃ「お前の駄作に時間を割いてつきあってやってるのにその態度はなんだ!」という気持ちにもなろうな……と、誰もが創作して誰もがそれを読める時代になってようやく、本作の主人公の手掛けた小説世界をクソミソにののしりまくる仲間たちサイドの視点から主人公を見つめることが出来たのだった。向上心の無いワナビと至近距離で接していればイラつきもしよう。それが親しい仲であるならなおのこと。
そこで今回の章題にした「あんたは好きだけど、あんたが書く小説はきらい」の台詞である。
これを発するのは、ワナビでチキンな主人公に執着するおねえさまを慕う毒舌家の美少女である。自分に振り向いてくれないおねえさまの歪んだ愛情をを独り占めする主人公への当たりが強く、本作でも特に舌鋒鋭く主人公の書いたファンタジー小説のダメ点を指摘しまくるキャラクターとなっている。なおこの美少女と主人公は学年が同じなので、言いたい放題言われても主人公は比較的気軽にポンポン言い返している(必ず言い負かされるのだが)。
昔読んだ時は「ひいい、こんな毒舌家に嫉妬から粘着された上に自作小説貶しまくられるとかあり得ねえ」みたいな恐怖心しか彼女に抱けなかったわけだが、ワナビの未熟な作品に対して何か言いたくなる感情というものがあると知った後に読むととんでもなく心に響いてくる台詞であると変化していたのであった。
「あんたは好きだけど」からの「あんたは書く小説はきらい」。そこに込められた屈折やらもどかしさやら友情やら人間関係における嫉妬心やら、感情のギュウ詰めっぷりがたまらん。安易な表現を安易に使うと、正しく「尊い」ってやつになる。
そんな台詞を向けられた主人公が、好かれていたことを知って素朴にびっくりするも、やっぱり自分の作品や創作に取り組む姿勢などを貶され批判されて逆ギレするところなどが愛おしい。
――というわけで気づくと本作の百合小説としての最萌えポイントはここだなという点を挙げていたが、このエッセイで語りたかったのは「90年代の半ばではまあ今あるファンタジー的なあれの原型は大概ベタなもんだったよ」ということだった。
そんなわけで本作の最終話、女子高生が異世界を冒険するという本作そのものが哀れな主人公によって「高校生が異世界にわたって活躍して、帰ったら人間的に成長しているなんて、まるで安易なファンタジー小説じゃないですかっ!」とメタいセリフで罵られることになる(※3)。
そのあとの数行後に主人公とある登場人物のこんなやりとりもある。
「と、とにかく、あたしは今時だれも書かない安易なファンタジー小説みたいな日常生活は、おわりにしたかったんです!」
「しかし、このパターンを使っている小説は、けっこうあると思うが。ただし、どうしようもない小説家が書いているのだろうが」
こういう件は、アハハそうだなー、全くその通りだなー、とライフを削られることなく無邪気に笑って読めていた。
その程度には「現代日本で育った少年少女が突然招かれた異世界で冒険する」というネタは既にベタで浸透しきったものだったのである。
特に脈絡もなく唐突に、そんな時代の証言をしてみたくなった次第である。
(※1)
本作のあとがきで、「女子高生数人が異世界にいって活躍するファンタジー小説」を依頼されて「では、彼女らの恋愛対象となる少年は出さなくともよろしいのですね!」「女学校でくりひろげられる、上級生の美しいおねえさまと、愛らしい下級生の物語でも、おゆるしいただけるのですねっ?」となった経緯を、学生時代に吉屋信子の『花物語』に出会って激しく心を打たれた思い出と絡めて語っておられる。
私はこのあとがき経由で『花物語』という小説の存在を知った為、その点でも忘れがたい一冊ともなっている。
(※2)
少女漫画に登場した意地悪お嬢様の生きざまに感銘を受け、自ら「誇り高い悪役のお嬢様」として生きることを決意するお嬢様が主人公の『お嬢様シリーズ』だとか、愛する女子を振り向かせるためにゲイの美少年と彼に求愛されるノンケの美少年を従えて「あやとり研究会」とか「犬飼育研究会」だとか妙な部活動を立ち上げては挫折してゆくクールな女子が主人公の『あぶない学園シリーズ』だとか、レモン文庫で発表されていたシリーズは今思い出してもかなり斬新だったし、なやめる十代に随伴する青春小説としての要素も十全に満たしていた好シリーズだったと思うよ……。
(※3)
ちなみに本作主人公は作中で自作小説の欠点をあら探しされては憤慨するばかりで、あんまり活躍も成長もしない。その辺はすぐさまツッコミ返される流れになる。
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