第2話 キュンとした物語(『川のほとりのおもしろ荘』)
2017年12月、『える子故郷に帰る。』という小説を書いている。
クリスマスを挟み、二組の二十代仲良しカップルがなんだかんだでケンカしつつも結局元通りいちゃこらいちゃこらしてめでたしめでたし……というラブコメというか、ロマンティックコメディーのようなものを目指して書いている物語である。
ふだん主にローティーン~ハイティーン女子たちがギャーギャー騒いだりケンカしたり泣いたりした後に仲直りするような話ばっかり書いている人間が何故に若者(しかも珍しく異性愛カップルを含む)のいちゃこら話を書く気になったのかというと……単純にPV数が欲しかったからである。すみません、俗物で。
PV数が欲しいといっても、やっぱり自分の書きたいタイプのいちゃいちゃ話じゃなければ意味がないだろう。ウケ目的で書きたくもないものを書いては、そのジャンルが好きで書いている方に失礼だ。
……そんなわけで、「しがない喪女の私に性格にちょっとクセはあるけどその他は完璧なイケメンが求愛してきて困っちゃう!」みたいな経験値の少ない人間のうぶな反応を眺めて楽しむ形式ではなく、いれたりいれられたりも日常の一部となったほとんど夫婦みたいなまったりした二人のグダっとした関係に焦点を充てることにした。
恋愛が絡んだ男女の場合、生活臭や所帯臭さが滲む関係の方が好きなのだから仕方がない。需要があるかどうかは知らないけれど。
そんなワケで慣れぬラブコメを書きながら一人で恥ずかしくなっては穴に入りたくなっている。
苦労しているのが男女のイチャコラを書くことで、テンションを維持し続けるのがとにかく難しい。
私はいわゆる「キュンキュン」に対するモチベーションが低い方で、女子の胸をキュンキュンさせることに特化した物語との相性があまりよろしくない。キュンキュンが好きじゃないから十代女子がどたばたギャーギャー騒いでる話ばっかり書いているといっても過言じゃない。
しかし女の人に読んでいただくことを思えば、キュンキュンを意識しないわけにはいかないだろう。少なくとも男性キャラは格好いいなと思ってもらわないといけない……(今の所努力がかなり不足してるとは思う)。
ということでなんとかテンションをあげるために、過去数年見聞きしたものからうっかり強烈にキュンキュンさせられた物語のことを思い出すことでテンションを高めることにした。
それが、ドラマの「デート~恋とはどんなものかしら~」のスペシャルと、もう一つアストリッド・リンドグレーンの『川のほとりのおもしろ荘』である。
ここからは『川のほとりのおもしろ荘』について語ってゆきたい。「デート」についてはまた別の機会に。
『川のほとりのおもしろ荘』は、『長くつしたのピッピ』『やかまし村の子供たち』その他数々の傑作で知られるスウェーデンの児童文学作家アストリッド・リンドグレーンの作品の一つである(リンドグレーンは「本ってなんて面白いんだろう!」と初めて思わせてくれた作家なので個人的に恩義を感じている作家でもあったりする。ちなみにピッピよりやかまし村やロッタちゃんが好きだ。でも全作読めてない……まあ今はどうでもいい)。
スウェーデンの農村で、ちょっとやんちゃな女の子マディケンと妹のリサベットと一緒に遊んでいるうちに大騒動を引き起こしたりする楽しい物語『おもしろ荘の子どもたち』の続編ということになる。
この中にとてつもないキュンキュン話があったのだ……。
(以下はがっつりネタバレになる予定なので、気にされる方は注意していただきたい)。
(あと手元に本がないのでうろ覚えの状態で書いてゆきます。データの間違いなどありそうですがご寛恕ください)。
主人公・マディケンの家にはお手伝いの娘さんがいる。ダンスが上手で優しく、働き者で正義感の強い女の子だ。
マディケンのお父さんが働いている町には、町中の娘のハートを奪ってゆくとんでもない恋泥棒がいる。既婚者で子持ち(しかもいっぱいいる)の煙突掃除夫だ。とにかく男前で魅力的なので、既婚者とわかっていても娘たちは恋に落ちるというとてつもないフェロモンマンである。
ある時、町のイベントでダンスパーティーが開かれることになった。
町中の若い男女にとっては楽しい一夜である。マディケンは大好きなお手伝いの娘が素晴らしいダンスで人々の注目をあつめるだろう、素敵な娘さんだねと称賛されるはずだと楽しみにしている。
しかしダンスパーティーの当日、町の若者は誰一人としてその娘に声をかけない。ダンスが上手で可愛い娘なのに。
実はお手伝いの娘はダンスパーティーのしばらく前に、この町の有力者夫人(市長夫人だったかな?)とトラブルをおこしていたのだ。持ち前の正義感から、人前で夫人のちょっとした不正を咎めたのだ。
有力者夫人はそのことを根に持っており、周到に根回しをして、あの子をダンスに誘ってはならぬと若者たちに命じたのだった。そして誰からも誘われずさらし者にするという辱めを娘に与える。
マディケンはそれに気づいた。でも自分は小さな子供である。有力者夫人の卑劣な行いによって自分の大好きな人が悲しんでいる。それに気づいているのに自分はどうすることもできない。
耐えきれなくなってパーティーが行われている会場の二階のテラスで悔し泣きをするマディケンのもとに「こんなところでどうしたんだい?」と声がかかる。
見上げるとそこにいたのは件のモテモテ煙突掃除夫だった。パーティーの夜だというのに仕事中で汚れた格好をしている。
マディケンは男に一部始終を伝える。有力者夫人が自分の大好きな娘に意地悪をしているのにどうすることもできないと訴える。
それを聞いた煙突掃除夫は真剣な表情で「そいつは酷いな」と答える。そして考えがあるように下に降りてゆく。
さて階下では、お手伝いの娘に一度も声がかからぬままダンスパーティーが終わろうとしていた。楽団は演奏を止め、婦人は勝利を確信し、娘は涙ぐむ。
その時、広間の扉が大きく開いた。現れたのは煙突掃除夫だ。町中の若い娘の憧れの的の男だ。
彼は優雅に口笛を吹きながら広間の中央までやってくると、驚く娘の手を取る。そしてダンスに誘う。勿論娘はそれに応じる。
口笛でワルツを奏でながら、二人は広間をゆっくり華麗に踊る。男も娘もダンスが上手い。町の娘たちはうっとりと、有力者夫人は悔しさでいっぱいになり、マディケンは万歳したいような気持で、二人のダンスを眺める。
一曲終わると、男は颯爽と広間を後にするのだった……。
(ネタバレおわり)
惚れてまうやろ~。
チャンカワイでなくてもそんな言葉が出てくるシーンであった。
これは惚れてまうやろ~。
『エアマスター』という漫画に「どんな人間でも一瞬で愛を理解できる状況」というようなフレーズが出てきた覚えがあるのだけれど(これもうろ覚えですみません)、まさしくそれではないか。
案の定、娘さんももれなくこの煙突掃除夫に恋をすることになる。ダンスパーティーのあと数日間はポーっと夢み心地ですごすことになる。
マディケンはしかし心配する。あの人は奥さんも子供もいるんだから好きになっちゃだめだよ、と忠告する。
それに対する娘さんの答えがふるっていた。
「ええ、好きになるのはやめるわ。……でも今週いっぱいは好きでいるわ」
これもうろ覚えで申し訳ない。
でも「いついつまで好きでいる」という期限を設けた言い回しが、ユーモラスでキュート且つ「絶対むりだよね」というのが分かっていじらしくて良いとおもう。さすがのリンドグレーン。
まあそんな感じで、どんなロマンスものより強烈にロマンティックでキュンキュン音痴にもキュンキュン不可避な物語として記憶されてるのが、一見キュン要素などなさそうに見える『川のほとりのおもしろ荘』という本であった……と言いたかったのであった。
(キュン要素はないけれど、岩波少年文庫版のカバーイラストは可愛いので、「可愛いものを見てテンションが上がる」という意味ではキュンキュンする)。
そんな記憶をかき集めてテンションをあげ、我にかえっては「ヒィィ~」となりながらラブコメを書いている。
それにしても、町一番のモテ男を子持ちの既婚者の煙突掃除夫に設定するリンドグレーン……。特に根拠はないけれど、「この方もさぞかしモテたんだろうなあ」という感じがしてしまう。ボーイフレンドは多そうだ、なんとなく。
実際、前に読んだインタビュー本から感じられる人柄がかなり魅力的だったしなあ……。お友達も多かったそうだし。そりゃそうだろうなあ。
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