第7話


 国王から出兵の要請があったのは、翌日のことだった。

 まさかこんなにも早く指示が出ると思わなかった一行は、急いで準備を整えその翌日に出立した。

 王宮で異変が起こった時に対処できるように、ヴォルグと数名の団員には王都に待機させてある。

 ガザル山脈の砦に潜入しているジャンパールからは、未だ開戦の気配無しと報告を受けている。

 そして、何か妙だ、とも報告がきていた。

 あまりにも静か過ぎる、と。

(ジーク帝国はまだ兵を向けていないのか?)

 既に兵を向けたという情報は誤報なのか?

 とにかく、急いで向かうに越したことはない。 

 出来るだけ馬を急がせる。

 予定よりも早く目的地に着いたが、一つ困ったことが傭兵団では起きていた。

 それが原因でイザヤの機嫌は未だ最悪で、前を行くカイトも不機嫌オーラを全開に出しており、重苦しい雰囲気での行軍となった。

 誰一人として口を開く者はおらず、無事に砦に辿り着いたことに団員たちは安堵のため息を吐く。

 主因はフレアの後ろに乗っている金髪の少女だった。フレアですら、困惑した表情を浮かべている。

「いいか、クレメイア。絶対に救護テントからは出るなよ。出たら即刻帰すからな」

 どうして「付いて行きたい」などと言い出したのか。

 イザヤは首を傾げるばかりだった。

 今まで一度も、戦場に付いて行きたいなどと言ったことはなかった。

 しかし、今回はどうしたわけか、頑なに付いて行くと言い張った。

 理由を問い質すと、ひとり待つのが不安で堪らないと言う。

 今までとは何かが違う、と彼女も異様な気配を察知しているのかもしれない。

 それなら尚のこと、連れて来たくなかったのだが…。

 結局は、これ以上出立を遅らせるわけにはいなかったイザヤたちが折れるしかなかった。

 それくらい、彼女の決意は固かった。

「わかってるわ。邪魔になるような真似はしない。大人しくしてる」

 救護用テントからは絶対に出ないという約束で連れてきたものの、イザヤは気が気ではなかった。

 テントは陣の後方にある。戦渦に巻き込まれない位置に設置されている。が、巻き込まれない保証はない。

 何が起こるかわからないのが戦場だ。

 恐らく自分たちは前線に送られるだろう。後方で何かあったとしても、助けに行けない可能性がある。

「やっぱり、俺がついてた方が……」

「ジェイドは兄様と一緒に行って。あなたがいないと、戦力半減しちゃうでしょ」

 自分が戦力になると思ってくれているのは喜ばしいことだが、クレメイアをひとり残して行くのは心配で仕方が無いジェイドは「でもよぉ……」と弱々しい声を発した。

 厳密には救護担当の団員数名と一緒なので、ひとりでは無いのだが心配なものは心配である。

「危険なのは敵兵だけじゃないからなぁ。変な輩が近寄って来たら、問答無用でぶん殴って良いぞ」

「団長、心得ております」

「クレメイアに近寄って来る野郎共は、片っ端から殴り飛ばしますからご安心を」

「指一本触れさせません」

 団員たちの返事に、カイトはうんうんと満足そうに相槌を打つ。

「むしろ、ぶち殺しても構わんからな」

「後でどいつが近付いて来たか教えろ。絞める」

 自分たちの他にも傭兵たちはちらほらいるものの、ほどんどが王国軍の兵士である。

 王国軍の兵士相手に物騒なことを言う男共に、フレアはため息を吐く。だが、あがなち間違いでもないので、敢えて突っ込まず放置することにした。

「クレメイア、絶対に彼らから離れちゃ駄目よ。必ず共に行動すること。戦には絶対なんて無いわ。安全な場所なんてない。常に危険と隣り合わせであるってことを忘れないで」

 いつになく真剣な面持ちで、フレアがクレメイアに忠告する。クレメイアは深く頷いた。

「危なくなったらこいつらと先に逃げろ。俺たちのことは心配するな。俺たちも危うくなったら離脱する」

 カイトが大きな手でクレメイアの頭を撫でた。

 親子ほどに年齢が離れている二人は、こうしていると本当の親子に見える。

 血は全く繋がっていないので、容姿は全く似ていないが。

「わかったわ。危ないと思ったらすぐに逃げる。必ず戻って来てね」 

 クレメイアはカイトの手をそっと握った。

 『無事に戻って来れますように』と願いを込めて。

「心配するな。俺は強い」 

 不安げに表情を歪める少女に、その不安を拭い去るように微笑んだ。

「そうそう、大丈夫ですよクレメイア。カイトさんは殺しても死にませんから」

 聞きなれた声に後ろを振り返ると、副団長であるジャンパールがにっこりと微笑んでいた。

「お早いお着きで。もう少しかかると思っていました」

「ジャンパール!様子はどうだ?」

 副官の姿に、カイトは破顔する。

「それが、不思議なんですよねぇ。送った書簡にも書いたでしょう?本当に不気味なくらい静かなんです。敵兵の姿も見当たらないし、どうなってるんでしょうねぇ」

「敵兵の姿が見当たらない?」

「はい。妙でしょう?気味が悪くて。つい先ほど、ヴァンが様子を探りに行ったところです」

 ジャンパールの言葉に、イザヤが眉間に皺を寄せた。ジーク帝国の国土がいくら広大だからといっても、もう軍隊が到着していても良い頃合だ。

 どれほど巧妙に身を隠しながら行軍したとしても、大軍での行軍を隠し切れるものではない。

(どういうことだ?)

 どうなっているのか。イザヤは薄気味悪いものを感じた。

 カイトも同じことを感じたのか、眉間に深い皺を刻み顎に手をあて考え込んでいる。

「……どうなってんだ?」

 ジェイドの呟きに、答えられる者は誰もいない。

 その場にいる全員が首を傾げるばかりだ。

「物見台の方へ見に行かれます?この事態に、王国軍の兵士たちも困惑しています。不気味過ぎて、迂闊に斥候も送れませんしねぇ」

「ああ、無闇に動くのは危険だ。こちらの犠牲を増やすことになる」

「イザヤさんの言う通りです。だから、王国軍も余計混乱してるみたいで……」

「とりあえず、砦の方へ行こうぜ。俺がいればすぐに通してくれるだろ」

 ジェイドは防護壁の方へ視線を向けた。

 ジャンパールは深く頷いた。王族であるジェイドがいれば、検問を受けなくてすむ。

 正規の軍では無い傭兵たちが砦へ入るのも、物見台へ登るのも、色々とややこしく面倒な手順を踏まなければ通してもらえないのだ。

 国王陛下の要請で出兵しているというのに、この扱いはなんだ。どうにかして欲しい。

 物見台へ歩き出したイザヤとジェイドは、背後から手を引っ張られた。

 後ろを振り返ると、心配そうな表情をしたクレメイアと視線が合う。

「兄様とジェイドも必ず戻って来てね」

 二人は驚いたように目を見開いた後、ふわりと微笑んだ。

「大丈夫だ、クレメイア」

「ああ、必ず戻って来る」

 イザヤとジェイドはニヤリと口の端を上げた。

「俺たちは強い」

「俺たちはつえぇ」

 見事に声が合い、息の合った様子を見せた二人は手を振ってその場を後にした。

 残されたクレメイアは、胸の奥から湧き上がる不安に似た恐怖に、ぎゅっと手を握り締める。

 砦へと向かう二人の姿を、クレメイアは姿が見えなくなるまで見送った。


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