第6話





(あのバカ息子……っ!)

 連れ戻した第四王子の部屋を見張らせていた兵士たちが、血相を変えて私室に飛び込んで来たのは数秒前。

 兵士の手に握られていたのは、紛れもなく息子の字で書かれた羊皮紙。


 『戦にはイザヤたちと一緒に行く』


 とだけ記されていた。羊皮紙を持つ手が、怒りと己の迂闊さで小刻みに震える。

 やはり縛りつけておけば良かったと後悔しても、時すでに遅し。

 居場所を明確に記載して行っただけでもまだ良い方か。

「申し訳ございません…!窓の外も見張らせていたのですが、いったいどこから抜け出されたのか……!」

 平伏叩頭する兵士たちに、「いや、お前たちのせいではない」と労いの言葉をかける。

 全ては己の迂闊さが招いた事態。

 あの頭脳明晰で、かつ破天荒な息子が己の部屋に抜け道のひとつやふたつ作っているであろうことは予測出来たことなのに。

「あら、逃げられてしまいましたの?」

「ああ、物の見事にな」

 置手紙を覗き込みながら、ころころと鈴の音のように笑う女性はアルディナ王国の王妃であるリーリエだ。

「イザヤとはあの傭兵の青年のことですね?」

「ああ、ローレン傭兵団の青年だ」

「彼らと共にいるならば大丈夫でしょう」

「……確かに、彼らにはよく助けられているが今回は相手が悪い」

 「もう一度、連れ戻しましょうか?」という兵士の声に、グロリアは眉間の皺を深くする。

 果たして、あの男が今度も素直に連れ戻されてくれるだろうか?

 否だろう。

「だいたい、理由を言わない陛下も悪いんですのよ?あれでは、ジェイドは納得しないでしょう」

「彼に本当の事を言えと言うのか?我は、ジェイドの心にこれ以上深い傷を負わせたくないのだ」

 グロリアの言葉に、リーリエは穏やかに微笑んだ。そして、兵士たちを部屋の外へと下がらせる。

 扉が閉まるのを確認してから、再び口を開く。

「陛下がそう思って下さっていると分かれば、ジェイドは大丈夫でしょう。あの子は強い子。本当に、シルワにそっくり」

「リーリエ……」

「容姿だけではありません。何事にも囚われず、自由で、風のように軽やかで。でも、大樹のようにしっかり大地に足をつけて歩いている。『自分』というものをしっかりと持っている。彼ならば、真実を知ったとしても受け止められるはず」

 己の妻の言葉に、彼の顔が苦しげに歪む。     

 何とも言えない。己でも判断がつきかねる。

「そんな顔なさらないで。だって、シルワの子だもの」

 グロリアは瞳を閉じた。

(シルワ……)

 キラキラと光り輝く、太陽のように眩しい笑顔を浮かべる女性の姿が脳裏に浮かんだ。

「……そういえば、フォルスの様子はどうだ?」

 グロリアはもう一人、部屋に閉じ込めさせている息子のことを思い出した。

 ジーク帝国からの使者に掴みかかり、使者と連れ立った兵士とあわや戦闘か!?とヒヤリとしたが、王太子であるバタルが何とかその場を収めた。

 あの頭に血が上る欠点さえなければ、武人として申し分ないのだが。

 グロリアはため息を吐きながら、こめかみを押さえた。

「フォルスですか?アウローラに一喝されて頭が冷えたようです。此度の戦、任せてもよろしいかと」

「そうか。なら大丈夫だな」

 彼の守護竜がどこまで戦えるか不明だが、彼に行ってもらわなければ何も出来ず全滅してしまう。

 しかし天性の武人である彼を諫めてしまうとは……、双子とはいえ男勝りな王女に貰い手はあるのか要らぬ心配をしてしまう。

 かといって、ジーク帝国に彼女を差し出すことはできない。

 ガイル・ラべク・ジークバルド。血も涙もない氷のような男だと聞く。

 そんな男に、大事な娘はやれない。たとえ、それが理由でこちらが不利になろうとも、彼女を政治の犠牲にはしたくない。

(父上が御存命ならば、『お前は甘い!』と叱責を受けるのだろうな)

「あ、陛下。『フレア』とはローレン傭兵団に所属する女性でしょうか?」

 突然のリーリエの問いに、どうしてそんなことを聞くのだろう?と戸惑いながら記憶を手繰る。

 黒く美しい髪に、妖艶な笑み。

「ああ、確か軍師を務めている女性だ。それがどうかしたのか?」

「ふふふ。何でもありませんわ。さぁ、休みましょう。明日も執務が待っておりますわ」

 何やらご機嫌な王妃に、グロリアは首を傾げた。 






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