第4話
「はい!本題はジーク帝国との戦争ッス!」
「気を取り直して行きましょう!」と、室内にヴァンの元気な声が響く。
再び地図を広げ、ヴァンは国境であるガザル山脈を指さした。
アルディナ王国とジーク帝国の間では、数年前から国境をめぐり小競り合いがあった。
戦争になるような大規模な戦闘はなかったが、今回はただの小競り合いでは終わらないないようだ。
ジーク帝国側から齎された停戦協定が、王宮内で波紋を呼んでいる。
「停戦協定の内容は、協定を結ぶ代わりに第一王女であるアウローラ王女を第一王子の妃にと婚姻関係を望むものッス」
周囲がざわつく。何が狙いだ、と皆の瞳が鋭く細められる。
「しかし、アルディナ王は要求を拒否されました。そりゃあ、そうッスよ。ジーク帝国の第一王子にはすでに何人もの妃がいて、跡継ぎである王子もいらっしゃる。人質に行くようなものッス。何とか話し合いで協定を結ぼうとされましたが、ジーク帝国側がそれを拒否。もとより、停戦協定など結ぶつもりはなかったんでしょうねぇ。」
「協定を結ぶつもりはないにしても、婚姻関係は結びたかったでしょうね。アウローラ王女はアルディナ王国、唯一の王女殿下。他国と婚姻関係を結ばれると、ジーク帝国としては厄介だもの」
フレアの言葉にその場にいた全員が頷く。
ヴァンは報告を続ける。
「今回の婚姻に一番反対していたのは、アウローラ王女の双子の兄であるフォルス王子。ジーク帝国の王子と結婚させるくらいなら、戦を選ぶと……。自分が国も民も守ってみせるとおっしゃっているようッス。今日、王子を迎えに来なかったのも宮殿に押し止めるられてるからッス」
「それで、ソフィア王子殿下がいらっしゃったのね……。仲が悪いことを知っている国王陛下らしくないご判断だと思っていたのよ。」
フレアがはぁっとため息を吐く。
「それにしても、フォルス殿下がひとりでどうこう出来る問題ではないわ。殿下は国で唯一の竜騎士だけど、ジーク帝国は強大よ。国土も広いし、人口も多い。王国軍だけでも未知数なのに、民から兵を募れば一体何十万の軍隊が出来上がるのか……。底が知れない怖ろしい国よ」
フレアの科白に、全員が無言で頷き賛同の意を示す。
ジーク帝国は北に位置する大国だ。
アルディナ王国も広大な国土を誇るがジーク帝国はその2倍以上ある。周りにあった小国を次々と攻め落とし、国土を広げてきた。
軍事国家であり、中でも屈強な騎馬兵は世界に名を轟かせている。
帝国軍の大将軍を務めるのが、第一王子であるガイル・ラべク・ジークバルドだった。彼は武に長け、頭脳も明晰で軍師としても長けている。敵に回すと厄介な相手である。
アルディナ王国は西に位置する国だ。
戦闘になるであろうガザル山脈は、ちょうどアルディナ王国とジーク帝国の国境になっている。
南にはティエン皇国、東は多くの他民族が暮らす他民族地帯になっている。
大陸中央には大きな砂漠地帯が広がり、ジーク帝国がファーレン皇国を攻めることを阻んでいる。
大陸全土を我がものにしようとたくらむジーク帝国はまず、他民族地域に狙いをつけ攻め込んでいるが激しい抵抗を受けていた。
だが、徐々にジーク帝国へ降伏する民族が増えているのも事実だ。
とうとうこのアルディナ王国も、標的になってしまったらしい。
この停戦協定も、アルディナ王国を攻める口実が欲しかったのだろう。
アルディナ王が拒否することは向こうも予想していたはずだ。
拒否をすれば争う意志ありとみなし、戦争を起こせる。
もし王女を差し出すなら、人質として利用価値がある。そう考えていたに違いない。
(悪知恵が働くことだ)
抜け目のない、とイザヤは腕を組みため息を吐いた。
噂では、ジーク帝国にも竜騎士が存在するという。
もしそれが真実であれば、ガザル山脈での戦闘はまずい。と、イザヤの直感が警鐘を鳴らす。
竜騎士というのは、竜と契約をした騎士のことだ。
世界には竜と呼ばれる四本の足に、背中に大きな二枚の翼を持った巨大な生物が生息している。竜たちは属性を持ち、地、水、風、火の四つの属性にわけられる。
誰でも気軽に竜と契約を結べるわけではなく、竜との契約は命がけで己の力が足りなければ当然竜に殺される。
契約を交わすには武芸にも秀でて、相応の精神力も備わっていなければ不可能だった。
よって、竜騎士たちは類い稀なる存在だ。
国にひとりでもいれば、他国への牽制になる。
竜たちはこちらから危害を加えなければ、滅多に人里に下りて来ることも襲って来ることもない。稀に、人間の味をしめた竜が人間を狩りに来ることはあるが、ほとんどの竜たちは人を避けるようにして暮らしている。
人間より遥かに長寿で、契約を交わすと主の命尽きるまで生涯仕えるという。
主の命が尽きた時、契約は解除され竜は再び自由を取り戻す。
そして、また仕えるに値する人間に出会うと忠誠を尽くすため契約を交わす。
出会わなければ、己の思うまま自由に生きる。
それが竜という生き物だった。
「確か、ジーク帝国にも竜騎士がいるっていう噂があるのよね?属性も不明とあれば、余計に警戒しなければいけないわ。平生の王子ならば見誤まらないはず……余程頭に血が上っていらっしゃるのね」
どれほど圧倒的な兵力差でも、数や能力が分かっている方が策が練れる。
未知数である敵ほど、怖いものはないのだ。予測がつかない、ということは非常事態における判断が遅れる。
判断の遅れは死に繋がる。軍師であるフレアにとって情報は命だった。
「書簡の内容が内容だったッスからね。相当、お怒りの御様子ッスよ。」
「ジーク帝国の書簡には何て書いてあったの?」
「ものすごーく上から目線の胸糞悪くなる内容ッス。」
――自国の第一王子と貴国の第一王女の婚姻をもって、停戦協定とする。
「第一王女を人質に差し出せって言ってるようにしか見えないわね」
「俺もそう思ったッス。フォルス王子はアウローラ王女と双子ッスから、余計そう思うんでしょうね。書簡を持って来た使者に掴みかかって大変なことになったそうですから。でも、国王陛下とバタル王太子殿下は戦には乗り気ではないようッス。今でも宰相であるアスピス様が、何とか戦争を避けようと奮闘なさっているようですが……避けられないでしょうね。すでに、ジーク帝国がガザル山脈に兵を向けたという情報もありますし、戦闘は必至。指揮官まではわかりませんでしたが、大将軍である第一王子自ら指揮を執ることも考えられるッス」
「……ジーク帝国はすでに、兵を向けたか」
ヴァンの言葉に、カイトは俯いたままぼそりと呟いた。顎に手を当て、眉間に深く皺を刻む。
「敵の兵力までは王宮も掴んでいないようッス……。兵が送り込まれたとだけ……。幸い、地形的に有利なのはこっちッス。地の利をうまく使えば、撃退出来ると思われるッス。うまくいけばッスけどね」
相手が人であればな、とイザヤは心の中で秘かに呟いた。
竜が相手なら、地の利など意味を成さない。
彼らには、大空をはばたくための巨大な翼がある。
地に囚われた人間たちを、蹂躙するのはたやすいであろう。
「今、王宮はフォルス王子の発言で開戦派と交渉派で真っ二つに別れて、揉めに揉めてます。あと、黒い竜がどーのこーのって聞こえたんッスけど、バタル王太子殿下に気付かれそうだったんで、早々に引き揚げて来たッス。あの人も食えないお方ッスね」
面目ない、と頭を下げるヴァンに「上出来だ」とカイトが頭を撫でる。
「バタル様に見つかったらややこしいからな。撤退して正解だ。しかし黒い竜か。特徴は何も言って無かったんだよな?黒ってだけではわからねぇな」
「そうね。地属性の竜ならば、黒い体色の個体はいるもの」
「目の色が分かれば尚良いですが、黒っていう他に何か特徴が分かれば絞り込めるんッスけどね……」
黒い、漆黒の竜。
血のように、赤い瞳。
それは、長気に渡りイザヤたちが血眼になって探している竜だ。
地属性の竜には見られない色で、他の属性でも見られない。
ただの地属性の竜であったなら安心だが、もしあの竜ならば話は変わってくる。
かなりの犠牲が出る。最悪、王国が消滅する。
「うーん、戦況は不利になるけれど、フォルス殿下は戦に参戦しないかもしれないわね」
「何故?」
フレアの言葉に、イザヤは不思議そうに首を傾げる。
「何故って……そりゃ、ジーク帝国にも竜騎士がいるなら、王国唯一の竜騎士であるフォルス様を連れて行かなければ戦況は不利よ?それに、国王陛下も王太子殿下もアウローラ王女殿下を人質に出すような真似はしたくないでしょう。でも、国や民を思えば戦は何としても避ければならない。たとえ、交渉が成立しないであろう相手であったとしても。戦よりも交渉を進める場に、戦を推すフォルス殿下を連れては行けないでしょう?あの方なら単身でも戦を始めかねないし」
フレアが苦笑混じりに言う。
フレアの言う通り、今回の戦は副将軍であり竜騎士であるフォルスを連れて行かねば戦況は不利にだろう。ジーク帝国側もかなりの戦力を投入してくることは明白。竜騎士というだけではなく、フォルスが戦場にいると兵士たちの精神的な支えにもなる。
縦横無尽に戦場を走る彼の雄姿は、兵士たちを鼓舞し士気を高める。
しかし、武装はしても目的はあくまで話し合いによる交渉。その場に、頭に血が上っている男が行けばどうなるか。想像に難くない。
「確かに、フォルス殿下ならやりかねないな」
イザヤも苦笑する。
雄雄しい性格をしているフォルスは、正に武人になるために生まれてきたような人間だ。あのような理不尽な書簡を見せられては、彼の頭の中で『交渉』の二文字は綺麗さっぱり消え去ったに違いない。
彼の性格は長所でもあり、短所でもあった。
「いや、フォルス殿下は参戦するはずだ」
イザヤの確定的な言い方に、今度はフレアが首を傾げる。
「『交渉』なんて不可能だからだよ。戦が始まる。ジーク帝国との戦争だ。大規模な戦闘は免れないだろう」
「何故、不可能なの?」
「やけに断定するッスね」
不思議そうな顔をする二人に、カイトがふっと微笑んだ。どうやら、隻眼の剣士もイザヤと同意見らしい。
「ああ、そうだな。『交渉』は不可能だ。あちらさんが、話し合いでの解決など望んでいない。王女を人質に差し出すか、戦争するか、選択肢はそれだけだ」
カイトの言葉を受け継ぎ、イザヤが続ける。
「停戦協定の条件を拒否した時点で、戦争は決定している。ジーク帝国はこれを狙っていた。これだけを狙っていたと言う方が正しいかな」
イザヤの科白に、カイトが深く頷いた。
場に沈黙が降りる。
「それなら」と、ヴァンが切羽詰まった表情で言う。
「……もし、黒い竜が『あいつ』だったら、俺たち急がないと駄目ッスよ」
「……黒き竜 蘇りしとき
世界を破滅へと導くであろう
命あるものは全て生きられぬ世界
『生』の無い世界へ
全てを無に帰すであろう
婆さんが言ってた伝承はこうだったな」
イザヤの科白に一同が深く頷く。
「更にこう続くッス。
四人の王が竜を従え 竜の長集う時
聖なる大地に 白き竜舞い降りて
暗黒の闇から 世界を救うだろう」
先読みの一族である大巫女が言った言葉。
彼女もまた、生きているかどうかわからない。
その時、彼女はただの伝承だと笑っていた。だが、現実に起こってしまった。
ただの伝承では無い。
それだけはわかる。
それだけしかわからない。
真実を知る者たちは、皆、混沌の闇へと消えてしまった。
「俺たちは探さなきゃいけないッス。この国のどこかにいる、【地】を司る竜の王を」
【地竜の王】に関連がある文献は、【大地】を司るアルディナ王国のどこかに隠されている。
ジーク帝国が戦争を起こした理由も、そこにあるような気がしてイザヤは瞳に焦りの色を滲ませた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます