第12話 ひとつ終わってまたひとつ

目を覚ましたラムルに最初に気付いたのは手当てをした医師だった。

意識の確認を受けるところへ、部下の男が慌てた顔で入室し、ホッとした顔を浮かべる。

「何があった?」

「憶えてませんか?落石に巻き込まれたんです」

男の言葉に、断片的な記憶がラムルの脳裏によぎる。

「それで?」

「それで、その……足を、挟みまして」

言われて彼は気付いた。足の感覚がないのだ。

「俺の足はどうした?」

「あります。今は麻酔が効いてるだけです」

男がベットを操作し、ラムルの上体を起こした。

白い掛け布団の下に確かなふくらみを確認し、視線を落としたまま尋ねる。

「折れてるのか?」

「はい。でも一月もすりゃ――」

「切れ」

一瞥し、触りもせずにラムルは言った。

驚き戸惑う部下に再度命じる。

「切れ。義足を用意しろ。動くやつを、すぐにだ!」

一喝され、部下は逃げるように退出した。

「目立つ面だすぐに見つかる。殺してやる。ああ、殺してやるよ」

遠くを見つめながら彼はその瞬間を夢見て笑った。

そんな様子を初老の医師は驚いた様子も無く見ていた。

それは幾度となく戦場で見てきた光景であり、いたって正常な人間の行動なのだから。



帰路についた【ユーピテル】の一室にて、フィンはユリによる手当を受けていた。

「先生怒ってたね」

「ボロボロにしちゃったからね」

運び込まれた【グラインド】を見たカルエムの第一声は、案の定「テメェぶっ殺す」であった。

装甲こそ無事な方であったが、フレームは負荷が大きく溜まり、右腕は大破。内蔵されたバッテリーごとバラバラに飛び散った部品は、その大半を残したままにしての撤退となった。

「おそろいになっちゃったな」

破片が突き刺さり、動けなくなった右腕をフィンは見た。

大きくゆがみ、傷ついているが血は出ていない。そのかわりフレームは曲がり、配線は千切れ、今にも崩れかかっている。

「直る?」

「今すぐは無理かな」

刺々しくなった腕を持ち上げ、おもむろにユリに向ける。

「何?」

「昔こんな映画あったなーって」

「映画好きだっけ?」

「昔住んでたところにレトロ映画専門の映画館があったんだ」

それは大戦前の緊迫した時代であったが、その古ぼけた映画館の空気は落ち着いていてフィンは好んで出向いていた。半数は子供料金すら払っていなかったのは秘密であるが。

「映画かー」

ふと頬に指を当て、考えるようにユリはフィンの周りを一周した。

「よし、今夜は一緒に映画を見よう」

「ヒーローの?」

「それは冬になったら。今回は怪獣ものを買ってみました」

楽しそうに言いながら背後から抱き着くように手を回し、フィンの肘から先を取り外した。

「変な感じある?」

「大丈夫」

違和感も幻肢痛のようなものも無く、フィンはドライな気持ちで壊れた義手を見送った。

「それで怪獣映画ってどんなの?」

「うんとねー、アウラミサイルの実験でイグアナが巨大化して日本を火の海にするの」

「うっわぁ、攻めるなー」

なかなか衝撃的な内容にフィンが驚く。

「公開当初は問題作扱いだったけど、もう三作目の制作も決定してるんだって」

「ちなみに内容は?」

「巨大化したハムスターと闘うの」

予想の斜め上をいく内容に、フィンは小さくもらした。

「攻めるなー」



ドッと出た疲れに足元をふらつかせ、イワンは自室の椅子へと座りこんだ。

「ここ最近呪われてるんじゃないかと思ってならない」

「ああ同感だ」

応えたのは向かいに座るカルエムである。

算出した必要部品の数と費用を確認し、握るカップを一気に飲み干す。

装甲、バッテリー、フレームと散々壊してくれたが、幸いにも最も高価な部分は無傷で済んでいた。関節部に使用されるアポロニウム合金である。

兄弟機である【マテリアル】の試験中大破という結果を受け、再設計れた【グラインド】は、軽量化による強度不足を補うために高純度のアポロニウム合金を関節部に使用している。

アポロニウムとは、一九七六年にアポロ十九号によって月面から回収された鉱物により発見されたレアメタルである。

その驚異的な強度から技術革新が期待されたが、精錬のコストと難しさから、現在は低純度の物しか流通しておらず、発見から一世紀近く経ってなおも未来の金属と呼ばれ続けている。

その強度と柔軟性を両立させた奇跡の金属はグラインドの性能を引き出すことに貢献したが、同時にその開発費を引き上げる原因となったのは言うまでもない。

「この修理費を見たリブラの爺さんがどんな顔をすることか」

「中将には俺からもよく言っとくさ」

「頼む。……で、用件は何だ?」

身を起こしてカルエムに顔を寄せ、声を潜めながらイワンは頼んだ。

「艦の記録データを改竄してほしい」

「ほう」

カルエムは驚いた表情をした。内容にではなく、イワンから切り出してきた事にである。

「隠すのはいいが、墓まで持っていく気か?」

「まさか。信頼出来る上官殿へ丸投げさせていただくさ」

笑いながら言うイワンに、カルエムは愚直な老将校の事を想った。

老体にこのダブルパンチはさぞ堪えることだろう。

「まあ俺も今回の件は、慎重に扱うつもりだった」

「なら話は早い。到着までに緘口令を出して駐屯地指令殿には襲撃を受けたとだけ伝える」

「越境そのものはどうする?」

「そこは素直に言うさ。監視衛星が無くなったとはいえ、どこに目があるか分からんしな」

写真や勲章に交じって置かれたミニボトルをまとめて掴み、一本を渡して自分も栓を開ける。

受け取ったカルエムはその度数に眉をひそめながらも、まあ一本くらいと栓を開けた。

「……わかった。位置情報は適当にずらしておくぞ」

「手間かけるな。土産に持ってってくれ」

そう言ってイワンは棚から秘蔵の一本を取り出す。

その銘柄に僅かに反応したカルエムだったが、首を振って辞退した。

「やめておく。お酒は程々にするって娘と約束したばかりなんでな」

半分ほど飲んだところでミニボトルも栓をして机に置いた。

「ところでお前の副官は何かあったのか?」

赤くなった顔をタブレットで隠しながら座っていたソフィアの姿を思い出し、カルエムは聞いた。

「ああ……ちょいと昔の癖が出てな」

この一杯はソフィアに奢ってあげようと決めるイワンであった。



すっかり日も暮れ、七色の薄明り照らされた砂漠を、【ユーピテル】は進む。

『――間も無く迫った慰霊祭の為、国境沿いの式場には多くの物資が運ばれています』

若い女性リポーターのを画面越しに眺めながら、座ってジュースを飲んでいたソガイヤルは、横から流れてくる煙に眉をしかめた。

「外で吸ってくだサイ」

「んー」

甲板を指差して注意するも、注意されたピートは生返事するでけで腰を浮かす気配はない。

「すぐソコじゃないですカ」

「外で吸うのは好きじゃないんだよ。特に夜は眩しくていけねえ」

「夜は明るいものデス」

ため息混じりにソガイヤルは言う。

「……そうだな。ところで軍曹は何があったんだ?」

離れた所に、疲れ果てた姿のディッパーを見つけてピートが尋ねた。

「ペリカンを壊したのを相当怒られたみたいデス」

「おっさん容赦ねえな。軍曹も大変だっただろうに」

「まあ、先輩に比べればマシらしいですけド」

「しばらくはこき使われるんだろうな」

内心で同情しつつ、機体を大事に扱おうと心に決める二人だった。



一週間ぶりに帰還した【ユーピテル】は、その破損状況などから驚きを持って迎えられることとなった。

それは当然駐屯地指令であるシュバルツの耳に入り、イワンは早々に呼び出しを受けた。

「だから言っただろうやめた方が良いと」

眠そうに手で口をおおいながらシュバルツは言った。

「人の忠告はしっかり聞くものだよ」

「言葉もありません」

「ふむ。……で、何があったのかね?」

「いーえこれと言って」

視線を送るシュバルツに、イワンはとぼけた声で返した。

しばらくイワンを観察していたシュバルツだったが、興味を無くしたように机の上へと視線を落とした。

「まあ君が私欲で嘘をつくとも思えないし。信じてあげるとしよう」

「……どうも」

いいかげん溜まった疲れを落とすために退出しようとしたイワンを、しかしシュバルツは呼び止めた。

「ところで、ひとつ頼み事――」

「お断りします」

「――言い終わってもない」

いじけた様に自分を見るシュバルツに、イワンはため息をついて向き直った。

「今度は何ですか?」

「半月後の慰霊祭は知っているね」

「ええ、民主化運動の犠牲者の為の物でしたか」

デイル共和国にはいまだ内乱の頃の爪痕が残る場所は多い。特に激戦区であったとある街では住民の二割近くが戦災によって命を落としている。

そういった経緯からデイル共和国では、内乱終結の日に合わせて国中で慰霊祭を執り行っているのだ。

「その慰霊祭の警備に人を寄越すよう頼まれてね」

「警備ですか?」

「ここ最近は反抗勢力も勢いづいてね。人員を割く余裕が無いそうだ」

そう言ってシュバルツは机上に数枚の書類を並べた。

「住民の心象を考慮して、非武装のトゥルーパーを三個小隊――ああ、武装はちゃんと持っていくよ。そこへグラインドを寄越してほしい」

「何故グラインドを?」

首を傾げるイワンにシュバルツは言った。

「かっこいいからだよ」

「はぁ?」

「当日は海外からの取材もあるからね。いい絵になるよウン」

「そうですか」

ウンウンと頷くシュバルツに、イワンは再度呆れた声を上げた。

実際のところトゥルーパーを色物と思っている人間は多い。

人型防衛兵器――そもそもは重機という触れ込みで配備されたのだからそれも当然であるが、民間においては兵器としての意識が薄く、使う側もその点をメリットとして考えている。

「なに警備と言っても遠巻きに立っていればいいだけだ。難しい事じゃないだろう?」

「有事の時は最前線ですがね」

「何事も起きないことを願っているよ」

そう言ってシュバルツは視線を落とし、仕事を再開した。

もう帰っていいと言う意味だと受け取ったイワンは、邪魔をするのも悪いと思い無言で退出した。



イワンと入れ替わるように、副指令であるユーゴ・コルヴィス大佐が入室した。

「どうだったかね?」

「向こうの準備は完了したとのことです」

ユーゴの報告に、イワンは満足そうに頷いた。

「先程のお話の事ですが」

「【グラインド】とズィーリオス中尉を借りる事かな?」

「よろしいのですか?」

困惑気味に尋ねるユーゴに、シュバルツは何事も無いように微笑む。

「陽動は定石だよ。目立つだろう?アレ」

「はあ」

「私は君の部隊の方が心配だがね」

「それこそ問題ありません」

胸を張って言うユーゴに、シュバルツは尋ねた。

「信頼していると?」

「いいえ。しかし信用はしています。私の命令に服従するという点は」

その点に関してはシュバルツも承知している。もっとも、何故そこまで彼に服従しているのかは与り知らぬところではあったが。

「感心しない。……とは言わんがね」

「主従に信頼入りません。命令と結果がすべてです」

そう言ってユーゴは退出した。

その姿を見送り、一人になったシュバルツはポツリともらした。

「私は欲しいよ。信頼できる部下」

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