第10話 謎の施設
広大な砂漠の中、巨大な岩山が点在する一角にそれはあった。
一見して平凡な岩肌のように見えるが、剥げかかった偽装の隙間から除く鉄の肌が人工物という事を物語っている。
大きな音と共に、その岩肌は動いた。上部を軸にし、跳ね上げ式のドアの様に空中へ持ち上げられて固定される。偽装された岩肌は、上空から見られた際にカムフラージュとしても使用されるのだ。
『よし抜いていい』
上がり切ったことを確認したイワンの指示が届き、送電の為につないでいたコードをフィンは引き抜いた。
広く暗い空間の中を、【グラインド】のカメラ越しに覗き込み、十分な広さと高さを確認して、今度は手に持たせたスパークバトンに電力を送る。
「まあ、物は使いようって言うけどね」
戦闘となれば高熱で引き裂く武器となるが、今は電力を抑えてただの光る棒である。入り口へとグラインドを向け、フィンは腕を操作して振った。
「オーライ、オーライ」
通信を開き、バックで侵入してくる【ユーピテル】を声と光で誘導する。
『ご苦労様。戻りなさい』
「了解」
艦内へ戻ろうとする【グラインド】と入れ代わるように、【ペリカン】が牽引されて降ろされた。
「どこ行くんですか?」
『偵察でさぁ』
『でさぁ』
気合十分で飛び出した二人を見送り、フィンは帰艦についた。
機体から降り、外装の修理の為に慌ただしく動く整備班の間をぬって進む先にピートとソガイヤルの姿を見つける。
「倉庫ですかネ?」
「滑走路だな。砂の下にアスファルトが見えた」
窓越しに外を眺めていた二人だったが、フィンに気付いて向き直る。
「おつかれさん」
「あれ?ユリは?」
「カルエムのおっさんが連れてったぜ。ここが何なのか探ってみるとよ」
「二人でですか?」
男女二人暗闇で――などとくだらない事を考える間にソガイヤルが答えた。
「保安部のサイレンス曹長がついてきましタ」
「そう」
うなずきつつも、妙な不安を覚えながらフィンは窓から外を眺めた。
調査に向かったカルエムから通信が届いたのは、十分程経っての事だった。
「分かったか先生」
イワンの問いかけに、カルエムは渋い顔のまま小さく頷いた。
「まずい話か?」
『ああ、ひとつ冷静に聞いてほしい』
チラリとソフィアと目を合わせ、身構えるようにイワンは姿勢を直した。しかしカルエムの口から出た言葉は予想を超えるものだった。
『結論から言うが、ここはウラン鉱山だ。おそらくルース公国のな』
届いた言葉の意味をイワンはしばし理解できなかった。それはソフィア以下一同も同様であり、沈黙がブリッジを包む。
『無人になってしばらく経っているようだが、地下にはまだ未採掘のウランが残っているようだ。地表の放射線濃度は低く、設備も損傷が無い事から、事故で廃棄されたとは考えにくい。発電機能はあるが現在は止まって――』
「ちょ、ちょっと待って先生!」
いち早く立ち直ったイワンが立ち上がり、手を上げて制しながら声を上げた。
「ウランってのはあれだよな?核物質の」
『原子番号92、アクチノイドのひとつだ』
冷静なカルエムの声に一同が落ちつきを取り戻す中、遅れて立ち直ったエマが悲鳴を上げた。
「そんなところにいたら駄目です!子供産めなくなっちゃいます!」
『落ち着け!さっきも言ったが放射線濃度は低い。残されてた容器も未使用の物だった』
画面越しの一喝され、エマの悲鳴が止まり、駆け寄ったソフィアによって肩をさすられて落ち着いた。
それを横目にイワンが確認する。
「それじゃ危険は無いんだな?」
『無い。ただ』
「ただ?」
『発電機能があると言っただろう』
「ああ、言ったな」
『電源は何だと思う?』
しばし考えて尋ねる。
「地熱発電とか?」
『原子力。――核反応炉というやつだ』
「勘弁してくれ」
今度はイワンが悲鳴を上げた。
戻ってきたユリの顔色が優れ無いのを見て、フィンは心配そうに声をかけた。
「大丈夫?」
「うん。ちょっと驚いただけ」
そこへピートとソガイヤルも駆け寄る。
「しっかし、とんでもないとこに来たもんだ」
おどけつつも、どこか強張った面持ちでピートが壁に寄りかかる。傍に立つソガイヤルも何処か落ち着かない様子で周囲を気にしている。
「ウランって昔は爆弾にされたんですよネ?」
「うん。一世紀以上前に二回投下された後、技術凍結されたんだよ」
ソガイヤルの問いかけにユリが答えた。
「よく知ってるな」
「授業で習ったので」
「そうか……お前の国は」
ピートがハッとしてもらし、ユリは複雑そうな表情を浮かべた。
二十世紀半ばまで研究が進められていた原子力技術は、新たなエネルギー技術の誕生と期待されたが、数基の試作型反応炉が造られた段階でその研究を禁止された。
その最大の原因が第二次大戦末期に投下されたふたつの原子爆弾である。
終戦の喜びともに伝えられた莫大な被害と放射線の恐怖は、瞬く間に世界を震撼させ、反原子力の気運を世に生み出した。
第一次大戦以降活発化していた反戦運動はそれに呼応し勢力を拡大。
一九五四年の大規模デモによる水爆実験の無期停止を機に情勢は傾き、発足間もなかった国際連合を動かして核技術の軍事転用の禁止を実現。そしてさらに八年を費やし、原子力技術の完全凍結を持って安全宣言が発表された。
以降地球上において公式に原子力の使用・研究が行われた記録は無く、ともすれば海を汚し巨大怪獣を誕生させたかもしれない悪魔の研究は潰えたのである。
もっとも、一九七〇年にアウラ粒子が発見されたことで、人類は新たな火種を抱える事になったのだが――。
一方ブリッジにて、相次ぐ悪い報告にイワンは顔をしかめた。
「【ペリカン】が戻ってこないって?」
「はい。通信もつながらず、反応も――ッ!救助要請を確認しました」
ソフィアの操作でモニターに座標が表示される。
「応答は?」
「依然ありません」
「裏目に出たか。……睨むなよ」
「睨んでません」
顔を逸らし、手元のタブレットを操作しながらソフィアは言った。
「言いたくありませんが、艦の安全を優先すべきかと」
その言葉にエマをはじめ何人かが不安そうな目を向ける。
腕を組み、考えこむイワンだったが、唐突に入った通信に顔を上げた。
『二人の捜索に行かせてください』
通信はフィンからだった。その発信元から、既にグラインドに乗り込んでいると気付き、イワンが尋ねる。
「許可しなくても行く気だろ?」
『行く気です』
「素直でいいな」
「艦長!」
咎める声に頭をかきつつ、イワンはフィンの目を見て微笑んだ。
「分かった行ってこい」
『ありがとうございます』
通信が切れると同時に、砂煙が出口を覆った。
「けっこう熱いんだな」
「よろしかったのですか?」
不安気なソフィアに、イワンは頷き指示を出した。
「【グラインド】に目が向いている間にここを離れる。発進準備だ」
「了解」
イワンの意図を理解し、ソフィアは艦内へ指示を出した。
接近する【グラインド】にいち早く気付いたのは、岩場に身を隠していたラムルだった。
通り過ぎたのを確認し、手に持った無線で部下に通信を送る。
「行ったぞ。遊んでやれ」
遥か先で待つ仲間達の幸運を祈り、近くにいる仲間達へ向かって指示を出した。
「獲物は向こうだ。見つかるなよ」
「おう」
掛け声とともに、散り散りになりながら【ユーピテル】の隠れる方向へと彼らは歩を進めた。
何度目かになる挑戦が徒労に終わり、いよいよ万策尽きたディッパーは床に伏した。
――ま、まずいですぜこれは。
円形にくりぬかれたような岩場の中央、墜落した【ペリカン】の中で布で口枷をされたディッパーがうめいた。
背中越しに縛られた手を解こうとするも上手くいかず、同じく縛られたアリーチェと顔を見合わせる。アリーチェはアリーチェで背筋運動のように体を動かすが、拘束具はびくともしない。
時間は十五分ほどさかのぼる。
偵察の為に飛行していた【ペリカン】は、運悪く武装ヘリと遭遇した。
通信を行おうと試みるも電波妨害にあい、旋回して逃げようとしたところを岩場の影から狙撃されてしまったのだ。
「どうするんですかこれ?」
独特のフロント部を指差しながら、ザムはラムルに聞いた。
「せっかく手に入れたんだ。直して使うもよし。分解して売るもよし。まあ、決めんのは後でいい」
そこへ作業を終えた部下が駆け寄り、ラムルに報告する。
「救難信号いつでも打てます」
「よし。俺らはこいつらの来た方角へ向かう。十五分経ったら流せ」
「了解です。それと――」
顔を近づけ、ザムに聞こえない声で続ける。
「乗ってたのは大男と……若い娘です」
「だから?」
「だからって……」
「だからお前に準備させたんだよ。ザムには喋るなよ?」
胸元に拳を当て、了承させるとラムルはザムへと向き直った。
「確認するぞ。この機体を追って、戦艦が動いたら機体に銃を向けて注意を引く。トゥルーパーが出たら、機体から降りたところを殺す」
「わかってます。子供じゃないんだ」
「頼んだぞサームッ」
乱暴に頭を撫でてラムルは装甲車へ向かった。
余所で待機中の十数台と【ヴォランティア】一機も合流の為にすでに動いている。
「……何だよ?」
助手席で煙を嗜もうと火を点けた所で、運転席の男の隻眼に睨まれているのに気づいた。
「ザムに嫌われるぞ」
「何の事だ?」
「機体に爆薬仕掛けさせただろ」
「ああ」
事もなげに頷き、煙を吐く。
「戦艦の連中も殺すか?」
「利用できるならする。不要ならバラして捨てる。変か?」
「いや。傭兵らしい」
嫌な沈黙が続き、短くなった煙草を投げ捨てて二本目に手を出す。
「あいつだって傭兵だ。俺が誘ってあいつが受けた。俺達の様になってもらうまでだ」
「ああ、そうだな」
そしてまた沈黙が車内を包んだ。
周りでそんな事があったなど知る由もないディッパーは、どうしたものかと頭をひねっていると、聞き覚えのあるエンジン音が耳に入った。
首を動かして覗き込んだ窓の先に、見覚えのある白銀の機体が降り立つ。
『アリーチェ。ディッパー軍曹……聞こえますか?』
操縦席に通信が入るが、当然口をふさがれている為に応答できない。
『いない?でも生命反応はある。怪我をしてるんですか!?』
不安気な声と共にグラインドがゆっくりと接近する。
それが敵の罠であり、自分達が餌にされていると直感した二人がそれを伝えようとするが、縛られた体はいう事を聞いてくれない。
「んー!」
「ぐー!」
がむしゃらに体を動かすも、小さな音を立てるばかりで状況は改善されない。しかしここでひとつの奇跡が起きた。
勢いあまって頭部をぶつけたディッパーが飛び上がり、その勢いで直立することに成功したのだ。歓喜に打ち震える中、外にいるフィンへ危険を知らせようとドアへと走る。
しかし彼にとって誤算だったのは、両手を縛られている為にドアノブを掴むことができないことと、両脚まで縛られて走れないことだった。
「んぁ!」
という声を上げて足がもつれ、閉まっているドアへと正面衝突する。そして跳ね返った衝撃に体を逸らせ、横に半回転しながら転倒。
堅い床を想像して目をつぶったディッパーだったが、感じたのは適度に柔らかく弾力のある感触だった。
「ふ、ふぃやふぇん」
縛られた口で精一杯彼は目の前のアリーチェに謝った。
目の前のというのはつまり鼻先数センチのところであり、もっと言うならば彼の頭はアリーチェの胸元へと収まっていた。
どちらかといえば感情の薄いアリーチェの顔がみるみる赤くなり、同時にディッパーの腹に堅いものが当てられた。
「んーんんっ!」
気合いと共にアリーチェの両脚がディパーの腹を持ち上げ、すさまじい勢いを持って蹴り飛ばした。窓の外へ。
「あびゃぁー!」
いつの間にか口枷の外れた口から悲鳴を上げ、ディッパーは転がり出た。
窓ガラスと共に現れたディッパーにフィンも驚き、【グラインド】の足を止める。
「あ、あぶねーでさぁ。逃げてくだせぇ」
行き絶え絶えに声を絞り出すディッパーだったが、悲しいことにその声は届かない。しかしその登場は結果的にフィンの危機を救った。
フィンが足を止めるのとほぼ同時に、砂漠に身を隠していた【ヴォランティア】が手にした大型砲を放ったのだ。無警戒な鼻先をかすめて飛び去った砲弾が爆発するのを見て、初めてフィンは罠だったことに気付いた。
「け、結果おーらい?」
無事に立つグラインドに、ディッパーがホッと胸をなでおろす。そんな彼の服を、いつの間にか自由になったアリーチェが掴んだ。
「火事場のなんとかちからー」
不思議な掛け声とともにディッパーの巨体が引きずられ、ペリカンの影へと隠される。おそらく彼女が拘束を脱したのも、そのなんとかちからとやらだろう。
今後は怒らせないように気を付けようとディッパーは誓った。
フィンが戦闘を開始する一方で、【ユーピテル】も突然の襲撃を受けていた。
岩陰から放たれたロケット砲がブリッジに迫り悲鳴が上がるが、寸前で滑走路上にいた【セーフティ】が割り込む。
「クソッ、敵は何処だ!?」
ライフルを乱射しながら苛立ちのこもった声をピートは上げた。
岩陰に隠れながら放たれる砲火に、火力以上に精神的な余裕を削り取られる。
苛立ちはブリッジのイワンも感じていた。
「後手に回ったな」
衝撃に体を揺らしながらイワンがぼやき、同時にソフィアが慌てた声で報告する。
「施設内に火災発生」
「先生!」
『無事だ』
イワンが呼びかけ、通信越しにカルエムが応える。
『人員は退避させたが消火は無理だ』
「施設内に消火機能は?」
ソフィアの問いにカルエムは首を振る。
『言ったと思うが発電機構が止まっている。……はぁ、問題はこいつだな』
深いため息と共にカルエムが頭を抱える。
『このまま燃え広がれば原子炉区画に被害が出る』
「まずいか?」
『炉自体もだが冷却中の廃棄物が残ってる』
「なんてこった」
そろって頭を抱えるが、その間も攻撃は止むどころか激しさを増している。
「停戦を呼びかけてみては?」
「ここに大量の核物質があります。――って言われて信じるか?」
「事実です。残念ですが」
そこへモニター越しに荒い息遣いが届いた。
『せ、先生』
現れたのはユリだった。見事なストライド走法から急停止し、息粗くカルエムに声をかける。
『これ使えませんか?』
差し出されたのはプリントアウトされた施設の詳細情報だった。
『非常用マニュアル……隔離機構か!おあつらえ向けだ』
「何かいい案がでたか?」
『非常時に原子炉区画を地下へ隔離する構造になっているようだ。問題は非常用の発電装置が動くかだが』
「他になさそうだ。そいつに賭けよう」
カルエムが頷き、ユリに人員を集めるように指示を出す。
『二十分でいい。流れ弾ひとつよこすな』
「無茶言ってくれるよ」
懐から懐中時計を取り出しイワンは声を上げた。
「作業班の発艦とともに前進。壁になるぞ」
ジープで施設内を走るカルエムは、豪快な運転で通路を走り抜け、五分足らずで目的の場所へとたどり着いた。
続くようにトラックが現れ、防護服に身を包んだ作業員たちが降りる。
「ドアがロックされてます」
「こじ開けろ」
カルエムの命令に、工具を持った男達が扉に群がり、火花が上がる。すぐに開くと思われた扉は、しかし次の瞬間降りてきたシャッターによって封鎖された。
「チッ。リフトだユリ」
「はい」
次なる命令にユリが車両に積まれたリフトに飛び乗る。鍵を回してエンジンを起動させ、前進させようとアクセルを踏み込むが、その操作を拒否するようにリフトは動かない。
ロックがかかっていると察し、解除しようとするも、通常と異なる操作系統に悲鳴を上げる。
「アリー、カスタムしすぎ!どうやって動かすの!?」
遠くで連絡が取れなくなってしまった親友に尋ねた言葉は、返事となって帰ってきた。
『ブレーキ同時解除』
後付けされた通信機から聞こえた声に、ユリが喜びの声を上げる。
「アリー!無事だった?」
『だった』
喜びもそこそこに、非常事態という事を思い出してユリがアリーチェに尋ねる。
「ブレーキってペダルと両サイド?」
『うん。踏みながら左右同時に解除』
「オッケー」
ロックが解除されたことを確認し、前方に控える台座へと乗り上げる。
「合体は」
『ろまん』
フォルムアップして大きくなったリフトを操り、ユリはシャッターの前に躍り出た。
「ビーバーリフトは」
『男の子』
気合いと共に伸ばされたマニュピレータがシャッターを持ち上げ、さらにドアを打ち破って道を作った。
「あ、ごめんアリーちょっと壊れた」
『がびーん』
気の抜けるような声がスピーカー越しに流れた。
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