第9話 砂嵐

出航から三日が過ぎ、第5.1試験部隊を乗せた【ユーピテル】は、目的地である国境付近へ近づいていた。

「アリー見えた?」

「見えない」

甲板の手すりを乗り越えんばかりに身を乗り出していたユリとアリーチェは、遠い地平から目を放して互いの顔を見合わせた。

その手にはそろって双眼鏡が握られている。

「だから無理だって。クレバスは真下からじゃなきゃ」

見守っていたフィンが現実を告げるが、二人は聞く耳持たぬとばかりに、再度双眼鏡をルース公国の方向へ向けて覗き込んだ。

二人が探しているのはブルー・クレバスと呼ばれる粒子殻の裂け目である。

地球を覆う様に存在する粒子殻もその上空全てを閉ざしているわけではない。何ヶ所かではあるが、青空を見る事の出来る場所が存在するのだ。

デイル共和国と国境を挟むルース公国にも、そのクレバスが存在することが最近になって発表され、二人はそれを一目見ようと無謀な挑戦を試みてるのだ。

何故最近になるまで発表されなかったと言えば、それは公国側が隠そうと画策したからであり、クレバスの持つ重要性に起因する。

クレバスの最も重要な部分は、粒子殻を回避して宇宙空間へ到達できるという点であり、それは現時点において停滞している宇宙開発を行う事の出来る唯一の場所を意味するのだ。

クレバスが数か所存在すると言っても、海上や山岳地帯などにあり使用出来ない事も多い。立地の良いクレバスは貴重であり、紛争やそれを利用した代理戦争の原因になっている。

とは言え、政治など関係なく青空を見たいと思う者も多いわけで。

「あきらめません」

「見るまでは」

意気込みこそ素晴らしいが、それだけでどうにもならないのも世の常である。

結局休憩時間いっぱいまで粘ったものの、その願いは叶う事はなかった。



日は高く上り、気温は一気に四十度を上回った。

灼熱の熱砂をものともせず、悠々と進む【ユーピテル】を、斜め前方の岩影から見る一団があった。

「見えるか?サム」

暑そうに汗を拭いながら、金砂旅団団長であるラムルは隣に立つ少年に聞いた。

「はい。真っ直ぐ西へ向かってます。あと僕はザムです」

「おうスマンスマン」

口では謝っているが、その場限りだという事をザムは理解している。現に今日だけで四回も間違われているのだ。

不機嫌さを紛らわす為に胸元から十字架を取り出し、彼はそっと祈りをささげた。

「何だ、まだそんなもの持ってるのか?」

拳銃程もある銀製の十字架を見て、嘆かわしいとばかりにラムルが天を仰ぐ。

「上を見てみろ。どこの予言にも聖書にも書かれていない事が起きちまったんだ。古臭い説教なんか忘れて自由に生きてみろ」

演説家のように言うラムルに、ザムは分かってますとばかりにため息をつく。

「今更信仰心なんて持ってませんよ」

「ほう」

「あくまで日課というか習慣というか……」

「ジンクスか?」

「そう、それです」

頷きながら、それに……とザムは手にした十字架を振って見せた。

「結構重くていい威力になるんですコレ」

「そりゃいい。俺も飲み干した酒瓶を殴る為に取っておいた事がある」

豪快に笑うラムルに若干引きながらも、十字架をしまい、ザムは眼前を征く戦艦の監視を再開する。

先程より近くなった分その細部を見る事ができ、その大きさや装備の数々に息をのむ。しかしもっとも驚いたのは甲板に人影を見た時だった。

「あっ」

「ん?何が見えた?」

「女の子です」

「ほう」

それを聞いたラムルも驚いた声を上げ、ザムから双眼鏡をひったくって覗き込んだ。

「確かに女だ。……若いな。お前と同じくらいか?」

覗き込んだまま言った問いには反応が無く、視線を戻したラムルの目に複雑そうな表情で座り込むザムの姿が映る。

「まあ、殺すには惜しいよな」

双眼鏡を返しながらラムルも座り込む。

「本当に襲うんですか?」

「信仰心は捨てたんじゃないのか?」

胸元を指差すラムルに、毅然としてザムは答えた。

「人としての倫理です」

「倫理。倫理ねぇ」

あごに指をあてて少し考え、ラムルは笑みを浮かべた。

「いいよな倫理。坊さんが人を殺しちゃいけないって説教してるのを見て、俺は立派だと思ったぜ。おかげで大通りを軽装で出歩いても安全なんだからな」

半分は本気で言った言葉だが、反応が悪かった為にいったん切り上げ、ラムルはならばと提案した。

「こういうのはどうだ?俺達があの船の足を止めている間に、お前がヘリでブリッジを抑えて降参させる。あっちは死人が出ないで俺達はデカイ獲物を生け捕りに出来る。両方得をするいい方法じゃないか」

得の仕方に差があるのだが、それ以上の譲歩は無いと判断したザムは納得してうなずいた。

そんなザムの態度に満足し、ラムルは足元から水筒を拾って渡した。

「見張りは後退だ。お前は休んでろ」

「はい。お先に」

ペコリと可愛らしく頭を下げる部下に代わり、火傷の目立つ厳つい男がラムル隣に立った。

「まーた甘やかしちまってー。いいんですかい?」

「やっと入った新入りだ。可愛がってやろうじゃねえか」

彼ら金砂旅団は所謂傭兵集団である。旅団と名乗ってはいるが、事務や裏方を合わせても三十人に満たず、新入りであるザムはほぼ二年ぶりの加入者だった。

大戦以降の傭兵の需要は、各国国民の軍事アレルギーからなる軍事縮小傾向に反比例して高まっている。

縮小した軍事力を補うための国連部隊も人員不足等の問題は抱えており、それすらない小規模勢力などは、一束いくらで集められる傭兵集団を生命線としている状況なのだ。

しかしそんな需要拡大の裏でも大きな格差が存在する。その最大の問題が、トゥルーパーを筆頭とする大型兵器の台頭である。

地上配備された最初のトゥルーパーである【セーフティ】は、先の大戦で得たミサイル迎撃の立役者としての知名度と、重機という若干無理があるカテゴライズを利用して国連部隊発足と同時に多数配備された。

戦力として期待されていたとは言い難かったが、防衛兵器としての優秀さが立証されるのと同時に様々な改良が行われ、後継機や新型試作機の開発まで行われるようになったのだから出世したものでる。

「しかしあんな化け物にのって戦う日が来るとはね。しかも相手は馬鹿デカイ怪物だ」

男の視線の先では整備中の【ヴォランティア】が起動テストを行っている。

彼らが所有している【ヴォランティア】は三機。うち一機はパーツを拾い集めて造られた急造品であり、腕の代わりにバランス調整用の鉄骨が肩部から突き出している。

最近になってようやく手に入れた機体であるがその効果は大きく、反政府勢力と私掠契約を結ぶに至った。

もっともそのせいか、【ヴォランティア】を看板や組織としてのステータスと見る者も多く、実用面では信頼しきれていない者もいた。

とはいえ不安など口にしても仕方なく、こと団長であるラムルは思っても言えるはずもない。

「なぁにやる事は大昔と変わらんさ。獲物を狩って肉を食う。――今日の相手はマンモスだ!弓を取れ野郎共!うーはーはーっ!」

ラムルの声と共に周りから声が上がる。地鳴りのような足踏みと掛け声を終え、彼らは各々の持ち場についた。



雷鳴の如く良く通る声でソフィアは言った。

「シャキッとなさい」

その言葉は個人ではなくブリッジ全体へ向けて発せられたものであり、それを聞いた一同が一瞬にして気を引き締めた。

「しょうがないさ。まる一日砂漠しかないんだから」

そう言ってぼやくイワンも、ソフィアのひとにらみで閉口する。

「航行事態は順調です。しかし気を緩ませてはどんな失敗をするか分かりません」

「まあ、お前さんも昔はよく失敗してたな」

「お、大昔ッ――ではないですが、昔の話です!」

顔を赤くするソフィアに、周りのクルーが珍しいもの見たさ顔を向けるが、ひと睨みで元に戻る。

「艦長とグローム中佐って古い付き合いなのかな?」

火器管制官のエマ・アリエス少尉が隣に座るオリバー・レプス少尉に小声で話しかけた。

「そんな雰囲気だね。そういえば元火器管制官だって聞いたことあるな」

「へえ」

楽しそうに話す二人に、ソフィアが再度注意を促そうとした瞬間、オリバーが手元の画面をみて声を上げた。

「左右から接近する物体有り!時速約百キロ」

「戦闘車か?」

イワンの声に応えるように、確認された車両群からロケット砲が放たれた。それぞれ両側面に命中し、炎を上げる。

「右、あっ――両側部被弾!」

「履帯部スカート降ろせ。パイロットは機体で待機。勝手に出すなよ」

驚き慌ただしくなる中でイワンは素早く指示を出した。

「搖動でしょうか?」

「だろうな。進路そのまま、機銃で対応だ」

前進するユーピテルの正面左にて突然砂煙が上がった。砂をかき分け、二機の【ヴォランティア】が姿を現す。

それはユーピテルにも確認されてが、オリバーがそれを報告する前にその手に構えた大型砲を構えて放った。

「左舷被弾、装甲破損しました」

「取り舵だ。各機発進用意」

進路を自機へと向けられ、【ヴォランティア】に乗る二人は驚きながらも第二射を構える。だがそれと同時に、その頭上へ白銀の影が飛び出した。



「見つけた!」

敵機を補足したフィンは、薙ぎ払う様に【グラインド】の持つライフルを振るった。

二機をつなぐ様に放たれた射線は素早い回避によってかわされるも、一機に狙いをつけたフィンはスラスターを吹かしてグラインドを加速させる。

狙われた【ヴォランティア】が、その加速に怯えるように内蔵火器で弾幕を張る。だがグラインドのありえない高速起動の前にすべて空を切った。

「まず一機。確実に!」

グラインドの脚部が開閉し、腕が動く。構える間もないすれ違いざまに、グラインドは居合切りのようにその腕を振り抜いた。

「――あれ?」

減速の衝撃に耐えながら、フィンは間の抜けた声を上げた。

スパークバトンで切り付けたはずの相手は、爆発せず倒れもしない。というか自機の腕に、持っているはずのバトンが無い。

『言い忘れてたがバトンは調整中で入ってない』

「うそぉ!」

最悪のタイミングで届いた情報に、フィンは悲鳴混じりに機体を走らせた。

合流した二機が同時に放った砲火をかわし、何とか態勢を整えようともがく。幸いにも取り回しの悪い大型砲の為、かわせるだろうという勝算がフィンにはあった。しかしそこへ予期せぬ相手が現れる。

砂ぼこりとともに、腕の無い【ヴォランティア】が二機の後方へ着地した。

腕の他にも頭部や脚部のパーツがいくつか足りていないが、その代わりに背部および脚部にはトゥルーパー用の武装や弾倉が付属されていた。僚機を確認した二機が、持っていた大型砲を捨て、ライフルを引き抜き構える。

「そういう事するの!?」

驚くのと同時にやってきた弾丸の雨を何とかかわしながら、フィンはユーピテルの方を見る。

滑走路上に布陣した【エスコート】と【セーフティ】によって攻撃が行われているが、戦闘車群の攻撃も続いている。そしてその後方ではさらに武装ヘリが接近していた。



【ユーピテル】ブリッジでも武装ヘリの接近は確認された。

「後方からヘリ接近!」

「もっと早く気付けたでしょう」

「今怒ったってしょうがない」

イワンに制され、ソフィアは冷静に迎撃を命じた。

「傭兵でしょうか?」

「そうだなゲリラ的すぎる。となると、数はこれで全部か」

相手が少数の傭兵部隊だと判断したイワンは攻勢にでるべく指示を出そうとした。しかしそれは新たに入った報告で中断された。

「た、大変です!」

「これ以上何が大変だって……っ!」

正面で戦闘をする【グラインド】よりも遥か後方に、一面を黄土色に染め上げて迫る壁を見てイワンは言葉を失った。

ソフィアらほかのクルーも一斉に驚く中、オリバーが悲鳴混じりに報告した。

「しょ、正面に巨大な砂嵐」



それはラムルら金砂旅団も確認していた。

「だ、団長!」

「クソッタレ。岩場に隠れろ」

その声と共に車両群が一斉に移動を初め、トゥルーパー達も離脱を図る。

【ユーピテル】側もそれを追わず、機体を収容して逃走を選択。それを確認しつつも、ラムルは身を守る事に集中した。

「サムお前も降りてこい」

『ザムです』

「いいから来い」

ラムルの命令に、ヘリに乗るザムも身を隠そうと岩場へ向かうが、横から来る突風に機体が揺れ始める。

「サム!」

『だ、大丈夫です』

墜落かとも思われた急降下からぎりぎりで立ち直り、ヘリは砂を巻き上げて着陸した。

「よしよくやった。全員密集して車両にしがみつけ」

永遠とも思える音と振動だったが、終わりは唐突に訪れた。

僅かに音が小さくなったと思えば、視界が開け、砂漠と七色の空が現れる。

「とんだアクシデントだったな」

「団長!」

かけられた声の具合から、悪い報告だとラムルは悟った。

「何人やられた?」

「四人です。これじゃ死体も拾ってやれない」

鼻をすすりながら報告する男の肩をラムルは叩いた。

「砂漠が埋葬してくれたんだ。あいつらも満足だろう」

仲間の死を悼みながら、これからどうすべきかをラムルは思案する。

仇を取りたいという気持ちはあるが、団長として安全を確保するべきではないかとも考えもよぎる。決めかねていた判断を後押ししたのは意外な声だった。

「殺しましょう」

静かな声に振り向くと、目に涙を浮かべたザムの姿があった。

「らしくないな倫理はどうした?」

「倫理観なんて人それぞれですよ。僕はめったに人を殺したいとは思わないけど、殺したいと思った相手は殺すべき相手なんだと信じます」

そう言って彼は胸元の十字架に触れて祈りをささげ、意外な一面に驚くラムルに困った顔を向ける。

「分かってます。おかしいんですよ僕、昔から」

「いや真っ当さ。イカレた世界にイカレた人間があふれて何がおかしいもんか。真面目に考えるだけ馬鹿らしい」

頭を振り、ラムルは集まっている団員たちに言った。

「狩りは終わらねえ。行くぞてめえら」

掛け声とともに彼らは出発した。



砂嵐が収まった事を確認したソフィアは改めて艦内の状況を確認した。

「装甲の被害がかんばしくありません」

「被害は?」

「砂が侵入したようですが、器機に影響は無いそうです。ただ、穴をふさぐだけの物資がありません」

外から見た映像で損害の程度を確認し、イワンが頷く。

「応急処置くらいなら出来るだろう。それより現在地は分かるか?」

「おそらくですが、軍事境界線内の空白地帯かと」

ある程度予想はしていた為に驚くことも無くイワンは頷く。

「帰還の為のルートですが」

「手っ取り早いのは来た方向へそのまま戻る事だが」

無論そんな事をすれば、せっかく離れた相手と鉢合わせする可能性が高い為、出来るはずがない。

ならばどうしたものかと頭を抱える中、オリバーが小さく声を上げた。

「え?あれっ、何だったんだ?」

「どうした?」

尋ねるイワンに、オリバーは歯切れ悪く答える。

「前方に突然熱反応が現れてんですが、その……すぐに消えました」

「こんな時にシステムエラー?」

ソフィアが眉をひそめ、同時にイワンはその額に嫌な汗を浮かべる。そこへオリバーが驚いた声で報告した。

「ぜ、前方の岩山に巨大な空洞。いや、人工物?」

「あーこりゃ最悪だ」

ただただ悪化していく状況に、イワンは頭を抱えた。

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