第8話 嵐の前のひと時

かん高い電子音に、フィン・ズィーリオスは意識を覚醒させた。

眠い目をこすりながら起き上がり、音を頼りにそれを掴む。

『よう起きたとこか?』

「先輩」

相手が上官であるピート・メテオと気付き、一機に頭を覚醒させる。

「どうしました?」

『悪いがユリを連れてきてくれ。アリーチェが連絡取れないって探してんだよ』

「僕に探して来いと?」

『他に誰がいんだよ』

笑いながら、頼んだぞと言ってピートは通話を切った。

「勝手だな」

小さなため息と共にフィンは受話器を戻す。

まるで自分が常にユリの居場所を知っているかのようだ。などと考え、ふと足を止めた。

無人のはずのベッドを占領し、気持ち良さそうに眠る人影がいたからである。

「ああ、うん。そうだったな」

昨晩何をしていたかを思い出し、顔を覆いながらフィンはベッドに近寄る。

今更隠す気も無いが、完全に周知されていると思うと少し恥ずかしい。嫌ではないが、無邪気に眠る彼女はどう思っているのだろうか?などと考え。

「朝だよ」

「スゥー」

「朝ですよー」

「スゥー」

それなりの音量で言ったつもりだが、素晴らしく寝つきの良い彼女の眠りは深い。

その寝顔に少々名残惜しいものを感じながら、フィンは最後の手段をとった。

「日曜の朝だよー」

「録画!」

奇妙な声を上げて水無月ユリは跳ね起きた。



中東デイル共和国内にある、アル・アルド駐屯地は今日も朝から兵士たちが業務と訓練に勤しんでいた。

駐屯地の一角にある第5.1試験部隊の為の整備場では、カルエム・スミス技術中佐を筆頭にした整備部隊が機体整備に励んでいる。

大破寸前だった【グラインド】は、連日の修理によって元の美しいフォルムを取り戻していた。

しかし一方で、修理に参加した整備士の大半は疲れた顔で作業に勤しんでいる。そんな中を荷物運びのお手伝いに駆り出されたフィンは、見慣れないパーツを見つけて尋ねた。

「なんですかコレ?」

「追加装甲だ」

答えたのはパソコンと睨み合うカルエムである。

画面から目を離さずに、ユリの淹れたコーヒーをすすって続ける。

「腕の強度が不安だったから厚くする事にした」

なるほどよく見れば装甲板である。

それが装着された姿を想像し、ぽつりとフィンがつぶやく。

「重くなるの嫌だな」

「あぁ?」

失言だと気づいたのは椅子の下がる音を聞いた時だった。

「テメェ誰のせいでこんなクソめんどくせぇ事になってると思ってんだ」

「僕のせいです。ごめんなさい」

慌てて下げた頭を掴まれ、視線を【グラインド】へと向けさせられる。

「もともとバッテリー保護の為に厚めにしといた装甲が、凹んで変形してた。何でだ?」

「……肘打ちしましタタタタ」

正直に言ったはずなのに頭部を絞めつけられて声が上がる。

「跳躍に備えて柔軟性を持たせたはずのサスペンションがいかれてた」

「踏んずけたり蹴ってみたりもしました」

青筋の浮かぶ顔をさらに険しくしてカルエムは怒鳴った。

「接近戦型の機体とは言ったが、格闘戦をしろと言った憶えはねぇ!」

「僕の不徳の致す限りです」

普段のインテリ中年の姿はなりを潜め、ヤクザか殺し屋のような眼で睨むカルエムに、冷や汗を流しながらフィンはひたすら謝る。

結局フィンが解放されたのは、ユリが止めに入ってからであった。

「ふん、まあいい」

そう言ってカルエムは寝かされた【グラインド】のそばへ移動し、リフトで移動中のアリーチェ・リンクスを呼び止めた。

「フィルム持ってきてくれ」

「がってん!」

掛け声とともにアリーチェはリフトのアクセルを踏み込む。

カルエムにとって初めて聞く言葉であったが、天才と言われる頭脳を持ってその意味合いを理解し、同時に誰が教えたのかも察する。

カルエムの見守る視線の先で、アリーチェの乗るリフトが、車輪のついた台座へと乗り上げた。ガラス張りのフロント部に空いた穴へ、フォークを中央へピッタリと寄せて貫通させ、中心で停止したところを左右から万力のように固定される。

最後に操縦系をリンクさせ、アリーチェの乗るリフトは一回り大きなフォルムへと変化した。

これは重量物運搬の為のオプションであり、いわゆる強化形態に当たる。

大型重機等の整備に重宝されており、正面から突き出したフォークとフロントの形状から、ここではビーバーの愛称で呼ばれている。

両サイドから突き出した大型のマニピュレータを操作し、アリーチェは巻物状にされたカーボンフィルムを持ち上げた。

「厚めに巻いといてくれ」

「りょうか――がってん!」

「何かの罰ゲームか?」

執拗にこだわるアリーチェの姿に首を傾げながら尋ねると、苦笑交じりにユリは答えた。

「気に入ってるんです」

「そうか」

カルエムは強引に納得した。

アリーチェの手伝いに行ったユリを見送り、再度フィンに話しかける。

「バトンのリミッターも外したんだったな」

「ご迷惑をおかけしてます」

グラインドの武装は機体同様に試作の物ばかりである。

携行型レールガンは技術的問題から戦闘での運用に難があり、スパークバトンに至ってはまともに完成すらしていない。

本来は刀剣のような長さでの運用を目指して開発されていたが、その強力な電圧や熱量に心棒が耐え切れ無かった為、警棒サイズでの使用しか出来ないように普段はリミッターがかけられているのだ。

「どうだった?」

「え?」

「ちゃんと伸びたか?発光はどれくらいだった?」

「えーっと……」

必死に思い出しながらフィンは答え、ひとしきり聞いて満足したカルエムははパソコンの前へと戻っていった。

残されたフィンは、ユリに呼ばれるまでしばらく立ち尽くしていた。



時間は流れ、食堂にて。

「働いたなー」

そう言ってユリはテーブルに倒れ伏した。

太陽は高く上ったばかりであり、完全終業にはまだ半日残っている。

最初に言葉をかけるのはフィンの役目だ。

「大丈夫?」

「うん。やっぱり現場作業は大変だね」

「お疲れさまです」

気遣いつつも、本人が楽しそうな為に休めとも言いづらい。

そこへピートとソガイヤルも声をかけて合流した。

「まーたイチャつきやがってお前らは」

「羨ましいんですカ?」

茶化そうとするピートに、ソガイヤルが憐れむような視線を送る。

「お前先輩に対する尊敬はどうしたよ」

「尊敬する相手は選びまス」

顔を近づけるピートをものともせず、ソガイヤルは食事を始める。

「そういえば明後日からですネ。ユーピテルの評価試験」

ふと思い出してソガイヤルが口を開く。

「ヴェーチェル艦長も忙しそうだったね。珍しく」

現在ユーピテルは数日後に行われる短期運用試験に備えて点検を行っている。

内容は明らかにされていないが、一週間程の日程を予定している事だけは四人とも聞いていた。

「遠出するからってはしゃぐなよお前ら」

「子供扱いしないでくだサイ」

「突っかかるところがガキだっつんだよ」

騒がしいながら微笑ましい光景が続き、そんな光景を楽しく見ていたフィンだったが、食べ終わったユリが慌ただしくポケットを探っているのに気づいた。

「どうかした?」

「忘れ物」

「何処に?」

「フィンの部屋。取りに行ってくるから。先に行ってて」

そう言ってユリは席を立った。

軽く手を振って見送り、フィンは食事を再開する。

おもむろにソガイヤルが口を開いた。

「先輩」

「うん?」

「年上の恋人ってどんなものですカ?」

「いいものだよ」

即答するフィンに、ソガイヤルは言った。

「ボク先輩を尊敬しまス」



日も沈み、気温が下がってきたころ。

【ユーピテル】会議室に5.1部隊の主要人員が集まっていた。

全員が集まったのを確認し、艦長であるイワン・ヴェーチェル大佐が口を開いた。

「分かってると思うが、明後日から艦機一体の運用試験を行う」

隣に立つソフィア・グローム少佐の操作で大型モニターにデイル共和国の地図が表示される。

「まず目的地はルース公国との国境近くのこのポイントです」

マイクを引き継いだソフィアが言うのと同時に、地図上に赤い印が表示される。

「友軍が孤立したという想定で、その救助を行うのが目的です。以下のルートから当日一つを選び砂漠地帯へ侵入。目標の発見・保護を行い帰還。期間は一週間を想定しています」

数本のルートが示され、それに関する資料が配られた。

「砂漠横断か」

「ハイキングには向いてねえな」

「私語は慎みなさい」

「さーせん」

ソフィアの注意を聞き、室内が静かになる。

普段ならイワンが場を和まそうと口を開くが、今回は腕を組んで黙っていた。

真面目さに目覚めたかとソフィアは微笑んだが、実際のところイワンは別の事で頭を悩ませていた。

その日の早朝の事である。

いきなり呼び出されてシュバルツの部屋をやって来たイワンを、シュバルツは愛想笑いで出迎えた。

「やあ、呼び出してすまないね」

「今度は何の用ですか?」

偉そうなのは差し引いても、茶のひとつくらい出して罰は当たらんだろうと思いつつ、開口一番にイワンは用件を聞いた。

「用というほどではないのだがね」

「ではお暇させていただきます」

「君は冗談が通じん男だな」

「部下には冗談が過ぎるとよく言われます」

本当に帰りそうだと判断したのか、シュバルツは一枚の資料を見せた。

「これは無人偵察機が集めた資料何だが、ルース公国国境付近に不審な熱量を観測してね。しかし二時間後の観測では何事も無く、公国軍は機械の不調と判断した」

「何で公国軍の資料を?いや、そもそも私に何の関係が――ああ、そうか」

地図上の場所を見て、そこが数日後に船で向かう場所の近くだと気付いた。同時にだからどうしたという目でシュバルツを見る。

例え少将の命令でも、試験の最中に寄り道や観測を行うなどする義理は無い。仮に行ったとしても、その際のデータは残るのだから、後日理由を聞かれて名前を出されて困るのはシュバルツだ。

「君が言いたい事は分かるよ。だが僕の言いたいのは逆。つまり中止ないし場所を変更しないかと提案しているんだ」

「ほう」

真っ当な提案に驚き、それもいいかと考えるが、そうもいかない。

「残念ですが入念に計画されたことを直前に変えるのは」

「そう……か。ならこれは忠告と思って聞いてくれ。あそこは国境だなどと言っているが、実質は軍事境界線だ。無駄に広く空白地域を取っているおかげで小競り合いこそ起きていないが、どちらが何をやっていてもおかしくない」

「ご忠告どうも」

「用はそれだけだ。何事も無い事を願っているよ」

――というのが悩みの種である。

隣国であるルース公国とデイル共和国は、公国同士だった頃から良好な関係とは言えず、ルース公国が国際連邦への参加を拒んだ事から国交は断絶状態にある。

共和国内の不穏分子に協力しているなど悪い噂も多いが、真偽の程は定かではなく、それ故にイワンは判断に迷っていた。

「何事も無けりゃいいが」

「何か?」

「いや何でもない」

イワン一人を除いてその場は順調に進んだ。



一日の業務を終え、フィンらパイロット組は酒を持って集まっていた。楽しそうに机を囲む中、一人不満気に頬を膨らますものがいた。

「えーっと、何で私の部屋に集まってるのかな?」

部屋の主であるユリが困った声を上げるも、既に男達は栓を開けて宴会を始めている。

世間一般の独身女性の部屋にはムサ苦しく似合わない光景だが、この部屋のインテリアコーディネーターは独特だった。

壁には全身を機械の鎧で包んだ戦士のポスターが張られており、机には生物的なデザインのパワードスーツの人形。

テレビの周りのDVDのパッケージには、巨大なロボットの下でポーズをとる五人組の男女が描かれいる。

「どうした?女の部屋は初めてか」

大人しいソガイヤルをからかう様にピートがからむが、邪魔だとばかりにソガイヤルがそれを振り払う。

「初めてじゃありませんヨ。そもそも間取りは一緒だし、何ていうカ」

ひとしきり見回してソガイヤルは言った。

「落ち着くナ」

「どういう意味かな!?」

微笑むソガイヤルにユリは怪獣の描かれたクッションを投げつけた。

倒れるソガイヤルの横でフィンは部屋を見回して頷く。

「確かに女の子っぽくはないよね」

「なんですと!」

声を上げ、守るようにフィギュアの前に立つユリだったが、フィンの視線は別の方へ向いている。

「また脱いだら脱ぎっぱなしで放っちゃって」

「あーだめ!自分で片付けるから!」

衣類の山に手を付けて折り畳むフィンを後ろから抱き着くようにユリが止める。その際に下着が一枚フィンの手から飛んで宙を舞い、それを見たソガイヤルが頬を赤くしてピートにからかわれた。

「あの二人って、いつからああなんですカ?」

照れ隠しの様に聞いたソガイヤルに、ピートは首を傾げて思い出す。

「いつからって言われてもな。会った時からああだったし、あいつらも気付いた時にはそうなってたらしいぞ」

「そういうものなんですカ?」

「人それぞれだろ」

そこへ話題に上がっている二人が戻ってきた。

「何の話ですか?」

「あー、こいつがいつまでもヘタッピなんで特訓シテクダサーイってよ」

「言ってませン。……でも気になりますネ、何かコツとかありますカ?」

「コツと言われてもね」

唐突に尋ねられ、フィンは困ったように頬をかく。代わり答えたのはユリだった。

「イメージだよソー君」

「イメージですカ?」

曖昧な答えに首を傾げるソガイヤルに、ユリは自信満々に応える。

「うん。どう動かすか、動かしたいかをしっかりイメージすることが第一歩なんだよ」

「ナルホド」

感心するソガイヤルだったが、その眼前にユリが一枚のDVDを差し出した。

「そんな君におすすめなのがこのシリーズ」

「やめなさい」

ソガイヤルが手にする前に、フィンがソレをつかみ取る。

内容を知るフィンだから分かるのだが、その作品に登場するキャラクターやメカの動きはトゥルーパー運用の参考にはならない。

あまりにアクロバティックな動きは、【グラインド】ならともかく重鈍な【セーフティ】には不可能であり、無理にやろうとすれば間違いなく機体が壊れるからだ。

そしてそれは当然ユリも分かっている事である。

ユリが将来の目標を定めたのは中学へと上がるころだった。

巨人になれないなら巨大ロボットを作ればいい。という発想の転換が彼女を機械工学の道へ進めたのである。

家族の反対を押し切る形で留学した彼女は、ハードではなくソフト面でその才能を発揮した。

在学中に精密動作の為の補助プログラムを開発した事をきっかけにカルエムと知り合い、その才能を評価されたことが転機となり、卒業と同時にカルエムの助手として従軍した。

当時カルエムの所属する第5試験部隊では、開発主任のカルエムの指揮のもと、三機の開発が進められていた。

それぞれ【01マテリアル(素材)】、【02グラインド(研磨)】、【03エキスパンド(拡張)】と呼称され、ユリが担当したのは、最初に開発が進められた【マテリアル】である。

初めて触れたトゥルーパーに心奪われた彼女は、その完成に心血を注ぐほどに没頭した。

その甲斐あってか、完成した【マテリアル】は、その起動テストにおいて高い性能を示し、見守っていた彼女を大いに喜ばせた。

しかし、テストも終盤に入り悲劇は起きた。

加速から勢いよく飛び上がった【マテリアル】は、土埃を上げながら豪快に着地。そして再度加速を行おうとした矢先、その関節があらぬ方向へと折れ曲がり、頭から一回転しての横回転を決め、盛大に壁へと激突したのである。

我が子の様に育てていた機体は、哀れにも走り飛びからの複雑骨折によって失敗作のレッテルを張られることとなった。

その後、開発中止となった【マテリアル】はデータ取りの後倉庫へと送られ、【エキスパンド】は新たに発足した第6試験部隊が接収。

第5試験部隊は解散し、大部分を第6試験部隊に持っていかれながらも、第5.1試験部隊として再編成され、残った【グラインド】の開発に彼女は闘志を燃やすことになったのである。

その後も何やかんやいろいろあり、フィンと出会い、独学で技師や看護師の資格を取るなど多才っぷりを見せ今へと至る。

残念そうにため息をつくユリに、フィンが一緒に見てあげるからといって慰め、ユリに笑顔が戻った。

そんな二人を残り二人が冷めた目で見ていたのは言うまでもない。



二日後、【ユーピテル】は予定通り駐屯地を後に発進した。

何が待っているかも知らずに。

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