第7話 星の無い明るい夜
「ひでー格好だなおい」
開口一番にピス・カニス大尉はもらした。
その視線の先には、全身がねじ曲がったような格好で野ざらしにされた【グラインド】と、そのそばで足をさすりながらユリに介抱されるフィンの姿があった。
顔を上げたフィンも目立つ赤毛を見つけて口を開く。
「何でいるんですか?」
「後片付けだよ。派手に暴れたもんだぜ」
壊れた建物や車両の残骸の山を見回し、改めてピスが尋ねる。
「怪我でもしたのか?」
「正座でお説教されてたんです」
答えたのはユリの方である。フィンはと言えば、何か恐ろしい事でも思い出したのか、青い顔でうなだれていた。
正座というのが何なのかはピスには分からなかったが、きついお仕置きか何かだというのは理解できた。
「まあ、何でもいいか」
そこへ彼の部下の一人が現れ駆け寄る。
「テントの設置終わりました」
「おう。先に寝とけ」
ピスの言葉に部下は敬礼をして戻る。
その先には装甲車やトゥルーパーが基地外周に沿って配置されているのが見える。
「何が始まるんです?」
「言っただろ。後片付けだよ。アトカタヅケ」
そう言ってピスは基地内部へと歩いて行った。
つい二時間程前まで戦場だった基地はシートによって隔離され、数十人の兵士と大型の重機がせわしなく動いている。
既に要救助者の捜索も一通り終わっていたが、なおもクレーン等の重機が運び込まれ、それに交じって掘削機のようなものまで試運転を行っている。
そんな様子に首を傾げながら、フィンは小さくもらした。
「大袈裟だな」
時刻は昼を回り、日が地平に触れようとしている頃。
せわしなく動く人の群れは機械とシートに覆われるように姿を消し、程なくしてその場所は地図の上からも消えた。
隔離された補給基地を後に、【ユーピテル】は帰路につこうとしていた。
「よろしかったのですか?」
他に聞こえないよう小さな声でソフィアは尋ねた。
「本当にあるかくらいなら確認出来たかも」
「出来たところでどうにもならんさ」
不機嫌そうにイワンは答える。
「仮に【恐ろしい何か】がまだあったとして、少将一人のポケットにはでか過ぎる。使うのはもっと偉くて野心的な誰かだろう。よしんばリブラ中将に上申出来たとしても、どうにもならん可能性が高い」
あるいはこの作戦が中将を含めたUS正規の作戦であるという可能性をイワンは考えていた。
規定に乗っ取るのであれば然るべき機関によって報道され、廃棄されるべきである。しかし誰にも知られず、本来の用途とは違った使われ方をする事も十分にありうるのだ。
その時はせめて平和的な利用とやらをしてほしいものだとイワンは思った。――とはいえ。
「懲りないもんだからな」
「艦長?」
「何でもない」
第5.1試験部隊がアル・アルド駐屯地へ帰還したのは、それから六時間後の事だった。
駐屯地内のに設置されたATMから出たソガイヤルは、思いがけずピートと顔を合わせた。
「よう、女にでも貢いでんのか?」
「イッショにしないでくだサイ」
立ち去ろうとするソガイヤルだったが、その襟元をピートが掴んで止められる。
「まあ、待て。若いくせに借金か?隊長様に頼ってみろ」
「違いマス。仕送りしてただけですヨ」
意外な答えにピートは目をパチクリとさせた。
「ガキはもらう方だろ」
「子供扱いしないでくだサイ」
今度こそソガイヤルはその場から去った。
それを見送ったピートは入れ違いにATMに入り、画面を操作した。
「まあ、余所は余所か」
空いている手で胸元に提げた簡素な指輪を掴み、指先でもてあそびながら送金を完了する。
切り替えるように鼻歌を歌いながら、ピートはATMを後にした。
入室したイワンを待っていたのは、シュバルツからのねぎらいの言葉だった。
「大変だったようだね」
「どうも」
不機嫌なのを隠そうともせず、頭も下げずに最低限の言葉で返す。
しかし咎める様子も無いシュバルツに、イワンは尋ねた。
「ずいぶんと大軍を動かしたもんですな。それもずいぶん早く」
「攻撃された友軍への救援は許可を取る必要も無いからね。それはもう可能な限り急がせたよ」
「それはどうも」
「なに、同じUSとして当然の事をしたまでだから。君が気にすることは無い」
一発ぶん殴ってやろうかと本気で考え、ギリギリのところで制止する。
「ところで妙な事を聞きましてね」
「ほう」
思い切って切り出したイワンに、シュバルツは笑顔のままその言葉を待つ。
「基地の下に何やら恐ろしいものが埋まっているそうで。そこの基地司令殿が一歩でも遠くへ逃げてくれと泣いて頼んできました」
「恐怖で錯乱でもしたかな。戦場ではよくある事だ」
ひとしきり笑い、シュバルツは間を置いて尋ねた。
「……それで、君は確かめたかな?」
イワンは首を振った。
「いえ、そんな暇はありませんでした」
「そうか。ふむ」
何か考えながら自分を見るシュバルツに、イワンは数枚の書類を差し出した。
「簡単な報告書です。詳細なものに関しては後日データで提出しますので。自分はこれで」
背を向けて立ち去ろうとするイワンに、シュバルツは声をかけた。
「君の判断は正しかったと思うよ」
振り返らないイワンに、冗談めかして続ける。
「宝箱には罠がつきものだからね」
イワンはドアを閉めた。
すっかり夜になり、太陽が沈んだ空を極彩のオーロラが彩っていた。
月明かりこそ僅かに見えるものの、星々の大河は七色の殻を抜けられず人の目にはほとんど届いていない。
窓越しにその揺らめきを見ていたフィンは、ユリの声と共に体を起こした。
「はい、もういいよ」
「ん、今日も疲れたな」
身体に張られたセンサーを剥がし、半裸のままフィンは大きく伸びをした。
その身体には大小さまざまな傷痕が痛々しく残っている。
頬へとのびる切り傷を中心に、火傷や手術跡が目立ち、きれいなのは右腕の肘から先くらいのものである。
初めて会った時からあるその傷に、ユリはそっと指をはわせた。
「違和感ない?」
気遣うように腹部をさするユリに、くすぐったそうに大丈夫と答える。
「怖いのはカルエム中佐かな」
【グラインド】は現在カルエムを中心とした整備員達によって、解体と破損個所の確認が行われている。
破損の度合いにもよるが、カルエムは修理に約五日を想定していた。
その五日の間、当然フィンは手持ち無沙汰になり、ほぼ間違い無く手伝いに駆り出されると予想できた。そこでどんな扱いを受けるかは当日になるまで分からない。
「あはは。うん、がんばれ」
かける言葉が見つからず、ユリはとりあえず応援した。
「がんばります。ところで今度の休暇なんだけど」
「うん」
「先輩と代わってあげることになって――イタタタタごめんなさい」
腹部をつねられ、慌ててフィンは謝った。
涙目のフィンに顔を突き付けて怒ってますとばかりにユリが頬を膨らます。
「せっかく一緒に出かけられると思ったのに」
「断るに断れなくて」
実際にフィンはよく健闘した方である。丸半日に亘るピートの頼みを断り続けたのだから。もっとも最終的には油断したところをトランプ勝負に持ち込まれ、負けの対価に受け入れてしまったのだが。
「しょうがないか。じゃアリーと二人で楽しんでくるね」
「うん、ごめん」
「いいよぜんぜん」
謝るフィンにユリは微笑み、上着をわたした。
着替えるフィンの前でソファに座り、雑誌を開く。
「街まで行くけど何か欲しいものある?」
「僕は無いけど。何を買う予定?」
「買うって言うか、食べる」
「えっ」
聞き返すフィンの前で、ユリは楽しそうに妄想する。
「果物とかお菓子も食べたいし、パンとか羊のお肉とかも食べてみたいし、お茶とかも飲みたいなー」
「そんなに食べて大丈夫なの?アリーチェお腹壊さない?」
「アリー私より食べるよ」
「そうなの!?」
驚くフィンを尻目にユリは熱心に雑誌をめくる。
邪魔をするのも悪いかと黙ってそれを見ていたが、やがて堪えきれずにフィンは口を開いた。
「イギリスでさ」
「うん?」
「北の方で時々切れ間が出来て、星空が見えるんだって」
「星空か」
雑誌から顔を上げ、窓から空を見る。
二人とも大戦時は子供だった為に青空や星空は見ており、写真や映像でよく目にもしている。
だが、幼かった故にその記憶は曖昧であり、実際にこの目で見た時に自分がどんな反応をするか分からない。
「見てみたいね」
「うん」
窓際に移動したフィンが誘うように手を伸ばし、応えるようにユリが隣に立つ。
「いつか、もう少し落ち着いたら一緒に見に行こう」
「一緒に?」
「一緒に」
フィンはユリを抱きしめた。
「あっ、もう」
驚きながらもユリはそれを受け入れる。
――ああ、幸せだな。
ユリの体温を感じながらフィンは思った。
空が七色でもいい。世界が平和じゃなくてもいい。
こうしていたい。
空がオーロラで閉ざされようと、人間の――まして男女のする事に変わりは無い。そう証明するように、二人はいっそう強く身を重ね合わせた。
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