第6話 決着
知らぬものから見れば信じがたい事が起こっていた。
【ユーピテル】船体の左右に伸びる二本の甲板が、音を立てて動いたのだ。
艦橋側に設置された巨大なジャッキによって一方がせり上がり、水平だった甲板は斜めに立てかけるようにして、船体に被さる。さながら甲冑の鎧袖のように、二本の甲板は艦橋を覆う壁となった。
同時に船底部でも変化がおこっていた。
長大な履帯部を守る為、収納されていた装甲が降ろされ、スカートの様に展開。同時に正面装甲の一部が離れ、ブリッジ正面を守るように起立。最後に離れた装甲のあった場所から二門の砲門を備えた砲台がせり上がり、確かめるようにその砲門を上下した。
「主砲二連装レールガン起動完了。動作確認、良」
手元の専用端末を操作しながら火器管制官のエマが報告し、続くように各所からも報告の声が上がる。
「駆動系問題無し」
「で、電気系統正常」
「システム切り替えまで三十秒ください」
「しっかりなさい。訓練より遅いわよ」
一部もたつくのを見てソフィアが注意を行うが、時計を弄りながら見守るイワンは満足気に微笑む。
「悪くない」
そこへ横殴りの衝撃が走り、取り落としそうになった時計を大事にしまいこみ、イワンはソフィアを見た。
「損害軽微です。艦長」
「ああ。それじゃ反撃開始といくか」
左右から迫る砲撃をものともせず、【ユーピテル】はその巨体を見せつけるように前進した。
試作型可変陸上艦ユーピテル。
超大型兵器試作用技術試験開発計画――通称プラネット計画と呼ばれる浪漫企画によってその艦は生み出された。近年における技術の急速な発展と設計者の肥大した欲求は、荒唐無稽、大人の玩具、狂った夢と一蹴されるはずであったソレを五カ年計画で完成させるに至った。
初の大型陸上艦にして可変戦艦というのだから、開発陣の豪気っぷりがうかがえる。
資金と時間と情熱によって生み出された鉄の城は、その真の姿を衆目の前に見せた。
「主砲発射準備完了」
エマの報告にイワンが頷く。
「最初は狙わなくていい。撃たれる前に撃つんだ」
「甘やかさないでください。目標左翼戦車部隊」
「了解です」
「撃て!」
ソフィアの号令と共に、エマは眼下を走る戦車に向けて二門の大型レールガンを発射した。
掛けられた費用、人員、規模、重量を遺憾無く発揮して【ユーピテル】は戦闘の中心に躍り出るのであった。
すれ違った白銀の影に、装甲車に乗り込んでいた兵士二人は声を上げた。
しかしその声は途中で途切れ、その喉を砂塵と熱風が蓋をする。
少しでも軽くするためにライフルを捨て、攻防どちらも行わずにフィンは機体を加速させた。
走る戦闘機とでもいうべき速度を出す【グラインド】の姿は、その場の視線を一身に受けていた。横目に、あるいは車両を止めてその姿を見送る兵士達に、フィンはあえてその姿を見せつけるようにして中央を突破する。
そんなフィンの意図を察しながら、ピートは不敵に笑った。
「かっこつけやがってよ」
後輩のはからいを生意気と思いつつ、見せ場をもらった事を喜ぶように躍り出る。フィンの置いて行ったライフルを拾い上げ、二つの銃口を左右別々の車両に向けて引き金を引く。
平常であれば欲をかいて失敗したかもしれない二兎追いは、不用心にも足を止めていた敵車両に見事命中した。
『さっすが大尉殿ぉ』
使えなくなった甲板の代わりに、垂直離陸で飛び上がった【ペリカン】から、ディッパーの歓声が上がる。
「気を付けて行ってこいよ。ただでさえやられ役みたいな顔してんだから」
『顔じゃねぇんですよぉ顔じゃ』
『うるさい』
「……大丈夫かありゃ」
凸凹コンビを乗せたペリカンを不安気に見送りつつ、ピートは己の任務に集中した。
荒野を行く【グラインド】の姿はすぐに捕捉された。
何せ自機の倍は高い砂煙を巻き上げながらの行軍である。そこはフィンも自覚しており、いっそ撃って場所を知らせてくれと願っていた。その甲斐があってか、敵部隊の隊長は隠れるより撃墜することを選んだ。
「やっぱり来てるか?」
打ち込んだワイヤーを巻き下げ、自機を渓谷へと降ろしながら小隊長であるワーディは上層にいる二人の部下に確認した。
『来てます。真っ直ぐこちらへ』
【グラインド】を監視している部下が応えた。搭乗する機体は同じだが、頭部には他に無い大型のカメラが備え付けてある。
「砲台は?」
『移動完了。これより安定化作業に入りますが、いいんですか?』
「バイクと手押し車だ。逃げきれん」
断言するワーディに、もう一人の部下がため息をつく。
『お守りも大変だ』
「そう言うな」
ぼやく部下をたしなめつつ、ワーディは細い谷底へと着地する。狭い一本道の地形に満足し、先に降ろしておいた大型砲を手に取った。
【AT-01(ヴォランティア)】。それが彼の小隊の駆る機体の名である。
USのトゥルーパー配備を受けて制作されたアタック・トゥルーパーと呼ばれる系列は、防衛に対する攻撃という名を冠しながらも、暴力的権力に対する自衛という目的の為に開発されたとされている。
元をたどれば【セーフティ】に行き当たる為にパーツが共通していたりもするのだが、独自開発だと言う主張は現在も変わっていない。
頭からつま先まで皮肉交じりの機体ではあったが、弾を撃てて敵が倒せれば彼には構わなかった。
『隊長この辺ですか?』
「おう、そこならちょうど死角だ」
見上げた上層から、部下の機体が降下を始めた。腰部に装備されたワイヤーアンカーを地面に固定し、岩場に背中を預けながらワイヤーを巻き下げる。
岩場のでっぱりに隠れる位置まで降下したところで巻き下げは止まった。同時に踵部の補助脚をスパイク代わり打ち込み、状態を安定させて射撃の準備に入る。
こちらは頭部に対人用の散弾砲が後付けされており、下腹部から下にかけて悪趣味な落書きが施されている。。
『――っと。この機体、ちゃんと整備してあるんですよね?』
「異常か?」
『そういうのじゃないんすけど、あっちさん新型でしょ?』
『ですね。見た目もスピードも段違いです』
僚機の報告に、大きくため息をつくのがスピーカー越しにも伝わる。
言いたい事はワーディも分かる。
ただでさえ新基軸な上に万引きした技術で造っているのだ。しかも高コスト故に整備が行き渡っておらず、備え付け部分に至っては簡易溶接やダクトテープで補強している始末だ。
巷で「歩き出したら止まらず海落ちた」などというデマすら流れているほどである。本当にデマなのかはワーディにも判断つかないところであるが。
『来ました。敵正面』
「ああ見えた。――構えろ!」
最大望遠したモニターに【グラインド】の姿を捉え、ワーディは武器を構えた。
「いくぞ!」
飛来したロケット弾は目標を捉え損ね、その後方へと飛び去った。
敵が【グラインド】を補足するのと同時にフィンもまたその機影を捉えていた。その武装までは判別出来なかったが、フィンは素早く回避運動をとったために回避に成功した。
「やっぱり居たか!」
続く第二射に冷や汗を浮かべながらも、目的の砲台が近い事を悟り、渓谷の中へとグラインドを突入させた。
十メートル近い巨体にはこの渓谷は狭い。とは言え、時に岩肌を駆け上がる程の驚異的な加速と跳躍を持つ【グラインド】である。三次元的な軌道に敵の弾はことごとく空を切った。
しかし距離を詰めるにつれてフィンに焦りの色が出た。【グラインド】の勢いを感じているはずの敵機が微動だにしないのだ。相手の豪胆さ以上に罠や伏兵の可能性を感じて警戒を強める。
頭上からの攻撃に対応できたのは半分は偶然であり、半分は経験によるものだった。
「その手は慣れてる」
弾丸が機体をかすめるのと同時に、フィンは頭部マシンキャノンを放った。高速で動きながらの射撃の為にその射線は機体の上へと逸れたが、運よく機体を吊るすワイヤーをキズつける事に成功しする。その重量に耐えかねたワイヤーがはじけ、機体を落下させた。
「大丈夫か?」
落下する両機にワーディは通信を送った。努めて冷静に言った為か、応える部下の混乱も和らいでいた。
『後ろを取ってやります!』
言うや否や、スラスターを点火して彼の駆る【ヴォランティア】は跳んだ。【グラインド】を頭上を跳び越え、挟撃せんとライフルを構える。
その軌道と挙動そのものに不備は無く、部下の技量にワーディも内心で拍手した。しかし相手が悪かった。
相手の意図を看破したフィンによって【グラインド】は急制動をかけ、その加速を止める。さらに振り向き様に片足を振り上げ、回し蹴りの様なフォームで脚裏を【ヴォランティア】へと叩きつけた。
「蹴った!?」
『足があるからって!』
目を疑う事態に、二人は同時に声を上げた。
トゥルーパー同士の戦闘も昨今では珍しい物では無い。ワーディ自身、苦し紛れの体当たりを仕掛けられた経験もある。だからこそその光景がいかにありえないのかを知っていた。
最も驚いたのは当然蹴られた当人である。
機体ダメージ以上の衝撃に頭を抱えながらも、何とか立ち直った彼は自分の置かれている状況を把握する事に努めた。
機体同士は密着しており、隊長機からの援護は期待できない。当然敵機もそれを分かっており、離れようとはしてくれないだろう。
ならば、と彼は機体を弾丸にして敵機へ突進する事を選んだ。
不意打ちのはずだったその一撃は、しかし一瞬にしてその勢いを削がれた。
【グラインド】肘部に装着された装甲板が、肘打ちの様に【ヴォランティア】の頭部へと叩きこまれたのだ。丸みがかった形状が醜く歪み、後付けの散弾砲が根元から。
しかし【グラインド】の動きはそれで止まらず、軽快なフットワークで位置を入れ替え、挟まれた状態から脱出する。
「離脱しろ!跳べ!」
ワーディの判断は早かった。それに従う部下の操作も早かった。
だがそれ以上に【グラインド】は速かった。
跳び上がった【ヴォランティア】を凌駕する速度で飛び上がった【グラインド】が、一瞬の間に上を取る。そのまま機体背部を踏みつけ、二段ジャンプのように再上昇して上層部へと着地した。
『うあっ!ああああ――』
スピーカー越しの悲鳴は唐突に途切れた。
態勢を崩したヴォランティアは自らの推力を制御出来ず、断崖に弾かれる様に接触し、その原型を崩しながら地上へと落下した。
断崖を越えたフィンを待っていたのは敵機による十字砲火だった。
一つは目標の移動砲台からの銃座による射撃。もう一つが護衛の為に残っていたカメラ付きの【ヴォランティア】のライフルによる射撃である。
機体に無理をさせつつバーニアを噴かせて回避するが、機体同様にフィンの体も負担は積み重なっていた。
「辛い……なあ」
加減速の度に体が軋むのを感じながらも、操縦桿を握る手に力を籠めて懸命に接近を試みる。覚悟を決めての攻勢だったが、そこへ緊張感の無い声が届いた。
『助っ人登場ですぜぇ!』
驚くフィンの頭上から【ペリカン】が飛来した。
フィン同様に驚く敵に向かって機首機関砲を発射する。
ヴォランティアにはかわされるが、砲撃の為に足を止めている移動砲台を見事に捉えた。しかし堅牢な装甲を破壊出来ず小破にとどまる。
時間の都合上ミサイルの補充は行われていなかったうえ、そもそも援軍として出されたわけでも無いのだが、そんな事は気にせずにディッパーは声高らかに躍り出た。
『非才丸顔と笑われながら、腕を磨いて十余年。人は顔じゃ無いってところを――ってありゃあ!』
口上を言い終わる前にロックオンされて慌てて回避の為に旋回する。悲鳴を上げるディッパーを気にせず、アリーチェは冷静に本来の目的を果たした。
『コンテナ投下』
「勢いつけ過ぎ!」
【ペリカン】底部から高速で発射されたコンテナに、慌てて回り込みながらフィンは受け止めた。
勢いが止まるのと同時に箱蓋が開かれ、顔を出した試作携行型レールガンを掴み上げる。
「これ面倒なんだよね」
文句を言いながらもマニピュレータを操作し、銃床にあたる部分からケーブルを引き出して腰部の接続器に差し込む。
あらかじめ充電してあった分と合わせて即時発射可能となったことを示すアイコンが灯され、フィンはその照準を砲台へ向けた。
「壊れろッ!」
発射された弾丸は装甲など無かったかのように砲台を貫通し、その願いを見事に叶えた。
しかし喜ぶ間も無く、その銃口を残る【ヴォランティア】に向ける。
敵を睨むことも無く、大破し炎上する自走砲を前にして立ち尽くしている。
そんな【ヴォランティア】に、僅かながらの同情と構えた銃口をフィンは向けた。
「行けよ。今なら見逃してやるから」
相手に聞こえないながらもフィンはつぶやいた。それはフィンの優しさであると同時に、切羽詰まっている故の懇願でもあった。
一撃必殺のレールガンも砲身の冷却と再充電の為に連射出来ないという欠点があり、現在は重いだけの鉄の塊と化しているのだ。
慣れない脅しに救いを求めるも、相手はその銃口を【グラインド】へと向けた。
「ああもう。リチャージ遅い」
間一髪でかわしながら、依然撃たせてもらえない鉄塊に苛立つ。
苛立ちは敵のパイロットも同様に募らせており、【グラインド】に向かって接近を試みた。
当てる為に必要と判断したか、あるいは離れればレールガンの餌食になるという恐怖に駆られての事か。どの道フィンにしてみればその判断は望むところだった。
一直線に飛び出した【ヴォランティア】をかわし、その背後に回り込む。同時にレールガンの発射可能を知らせるアイコンが現れた。
「男らしく――」
旋回しようとするのを密着して制し、足を止めた敵にフィンは砲口を向けた。
「――ゼロ距離射撃ッ」
閃光に目をつぶりながら、フィンは爆発の衝撃に備えた。
機体を上層へ着地させたワーディが見たのは、爆散する部下の機体だった。
衝動のままに機体を駆ろうとするも、通信を知らせるアラームに冷静さが引き戻される。
「……何だ?」
『作戦中止です。国連軍の部隊が接近しています』
音声のみの通信に、ワーディは歯をむき出して唸った。
「早過ぎる!」
『事実です。目視確認も行いました』
「最初から罠だったか?」
『いえ、それにしては初期戦力が少なすぎかと……』
無線越しの丁寧で曖昧な態度に、ワーディは更に苛立った。
「そもそも最初から胡散臭かった。相手が少数ならこっちは多すぎた。たかが補給路の分断に二個中隊。相手は新型に陸上艦だと?」
『それは、あの、ですから……』
ワーディの迫力に無線越しの通信士は、意味の無い言葉を返すのみだった。
これに言っても無駄だと頭を振り、ちょうど近くにあった万能斧を手に取った。
『と、とにかく直ちに帰還してください』
「無理だ」
簡潔な答えに相手が悲鳴を上げるが、ワーディは静かに答える。
「現在敵と交戦中。生き残りは俺だけだ」
『では貴方だけでも帰還してください』
その呼びかけに応えることは無かった。どうせ向こうも言うだけ無駄だと察している事だろう。あるいは心底頼めば聞き入れてくれると思っているのだろうか?
「聞くが、この作戦の本当の目的は何だ?」
『こっちが知りたいです』
「フッ、そうか」
手に持った斧で物的に通信を切り、【グラインド】の方へと機体を向ける。
兵士としての彼はここで終わった。
今は隊長としての――隊長だった者としての矜持の為に、彼は機体を駆った。
痛む身体を押さえてフィンは目を開けた。
衝撃で仰向けに倒れた【グラインド】を立たせるも、その状態に頭を抱える。レールガンは砲門を中心に激しく損傷し、【グラインド】自体も装甲と関節部のカーボンファイバーが傷つき痛んでいる。
「怒られるよねこれ」
冷や汗まじりにつぶやくと、頭上を飛ぶの【ペリカン】から通信が入った。
『釣り上げる?』
アリーチェの提案に「大丈夫」と答え、動作確認を行おうとするが、接近する【ヴォランティア】に気付いてスラスターを吹かせた。
「最初のか!」
レールガンを投げ捨てマシンキャノンを放つ。しかし数発発射するのと同時に異音と共に煙を上げ、フィンの呼びかけにも沈黙した。
自機の損傷と鬼気迫るような相手の動きに僅かに委縮した瞬間、【グラインド】の左腕が爆ぜた。
「当てられたッ!」
強引に機体を加速させて距離を離すが、バランスを崩したまま加速した【グラインド】は起動を誤り、岩場へ衝突した。
その気を逃すまいとワーディはライフルを構える。が、次の【グラインド】の動きにその眉をひそめた。
岩場にもたれかかる様にして立ち上がった【グラインド】の脚部が、外側に僅かに開いた。そこへ右腕が伸ばされ、中から棒状の物を引き抜く。
眼前に構えられたかと思えば、収納されていた中心部がせり上がった。自身の腕ほどにまで伸びたそれを、警棒の様に構えるのを見て、ワーディはそれが近接用武器なのだと悟った。
「やらなきゃやられる。だからやるッ」
守勢から一転し、フィンは【グラインド】を突進させた。
虚をつかれたワーディだったが、その動きを捌こうと左腕を盾の様に突き出した。
トゥルーパー戦でそんな動きをする日が来た事に驚きつつも、体は冷静に機体を動かす。しかし予想外の事態が彼を襲った。
受け流そうとしていた左腕が、一瞬の間に溶断され、千切れたのだ。驚くワーディの目に、グラインドの持つ何かが白く発光しているのが映った。
フィンの操作によってロックが解除されたスパークバトンは、両腕に内蔵された小型バッテリーによる接触通電を受け、戦闘温度まで上昇していた。
その出力を三十パーセント台へと上昇させ、心棒に格子状のプラズマラインを形成させる事によって、高熱と電光を発する近接用の特殊兵装となるのだ。
極めて特異であり独創性に富んだ兵装は、【グラインド】の持つ機動性と運動性と合わせてはじめて意味を成す。故にこの二つは偶然や紆余曲折ではなく、初めからひとつの設計思想に基づいて作られた。
対トゥルーパー用トゥルーパー。それがこの歪で尖った鉄人形の正体である。
初見には実用性を判断しかねる武器。そして勝手に傷だらけになっている機体をを見やり、その脅威を図りかねてワーディは一度距離を取った。
年季から来る冷静さがワーディの側に利をもたらし、それに反発するようにフィンは動く。
「離れたら駄目ぇ!」
機体に鞭打ちながらフィンは追撃する。
ライフルを構えるワーディだったが、計器に現れた異常に動きを止めた。照準にノイズが走り、捉える事が出来ないのだ。その僅かな隙を捉えて追いすがり、放った一撃がライフルを捉えて破壊した。
だがその衝撃でまたしても【グラインド】は体勢を崩す。
「立って立って!」
無意味と分かりつつ【グラインド】を急かすも、既に敵機は距離を離していた。だが逃げるためではない。
破壊された大型砲台の残骸から砲身を掴み引き抜き、即席のハンマーとして構えた。
「まずいな。――って、あれ?」
態勢を立て直そうとするフィンだったが、感じた違和感に声を上げる。右足の関節部が異音を上げて操作を拒んだのだ。慌てて画面を操作し、原因を異物であると悟る。
「砂利噛んだ!?」
おそらくは岩場に衝突した際。破損したカーボンファイバーから異物が侵入したのだろうと察し、たまらず悲鳴を上げる。
「ああもう!」
迫る敵機と動かない自機に声を上げながら、最後の手段とばかりに、フィンはスラスターで強引に前へ出た。
しかしワーディはそれを予測し、既に残骸を振りかぶっていた。
リーチと質量を持って潰さんと迫る脅威に、しかしフィンは迷わずに挑む。
機体の加速を肌で感じながら、フィンは手元のレバーを握った。堅いレバーを僅かに押し込むと警報のようなサイレンが響いたが、フィンは気にせずにさらに押し込む。
「伸びろぉ!」
モニターの端に三十パーセント台を上下していた数字が上昇をはじめた。それに合わせてグラインドの持つスパークバトンの形状に変化が現れる。
肘ほどの長さだったバトンがその長さを、瞬時に倍以上にまで伸ばし、稲妻のような光を放った。
振り下ろされた残骸を引き裂き、それを持つ右腕ごと【ヴォランティア】の胸部が切断され炎を上げた。
「――っはあ!」
加速によるGに潰されそうになった肺から空気を吐き出し、フィンは安堵と高揚感を甘受した。
引き裂かれた機体。そこに誰がいて何を思ったかなど知る由もないし、気にしてなどいられない。ただ生き残った事に意味があるのだ。
しかし楽に終われるはずも無く、踏ん張りどころか曲げ伸ばしもままならない膝は衝撃を吸収する事も叶わず、大きくバランスを崩した【グラインド】は数度地面を転がってようやく停止した。
『だ……い……じょう……ぶ?』
荒いノイズ混じりにアリーチェの声が届き、失いかけていた意識を慌てて引き戻す。
それはスパークバトンのプラズマラインが放つ磁場によるものであり、稀に局所的な磁気嵐を発生させてセンサーを狂わせるのだ。しかし専門的知識に疎いフィンは、苛立ちまじりに計器を叩いた。
この現象は本来想定していない副作用であり、自機にとってもデメリットを含んでいたが、今回は追い風という形となった。
起動を停止した事によって数十秒かけて通信が回復する。
『ペリカンキャッチャー?』
どこか楽しそうなアリーチェの提案に、フィンはお願いしますと頷いた。
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