第5話 防衛戦
音を追い抜いて飛来した砲弾が、貫かんばかりの勢いで防御盾を構える【セーフティ】を襲った。
「ソー大丈夫?」
『な、何とカ』
弱々しいながら、しっかりと返事をするソガイヤルにフィンは胸をなでおろした。同時に感じた違和感に考えを巡らせる。
――射線がずれた?
射線に対して正面に構えていたはずの防御盾に、一時の方向から着弾したのだ。
「移動した?だから砲撃が止んでたのか」
結論に至るのと同時に響いたアラートが、フィンの意識を引き戻した。
『ミサイル来ます!』
オリバーの悲鳴に【グラインド】が、後方では【エスコート】と【ユーピテル】の銃座が迎撃に動く。
本音を言えばソガイヤルに負担をかけないように弾幕を張ってやりたいところだが、兵員を逃がすという目的がある為にそれを堪える。
「誘導役の場所分かる?」
『こっちで攻撃します』
エマの声と共に【ユーピテル】からミサイルが発射される。
大戦以前ならば軍事衛星のサポートを受けての精密射撃が可能であったが、粒子殻の出現以降は様相を変えている。今回行われたのは工作兵のレーザー誘導による射撃と、小型ミサイルによる面攻撃だ。
技術自体は向上しているが、どうにも原始的な方向へ向かっているように思われる。
地上での戦闘が激化する中、上空でも戦闘が行われようとしていた。
「ミサイル発射」
平坦な声と共に連続で発射されたミサイルが、接近する敵武装ヘリへと迫る。それを確認したヘリがフレアを発射して回避を行うも、避けきれずに直撃を受けた。
「やりましたぜぃ」
片腕を掲げてディッパーは歓喜を上げた。隣席でアリーチェがうるさそうに眉をしかめるが、とても気付かない。
しかし彼らの快進撃はその一発で終わってしまう。
元々二人の乗る【ペリカン】の対空戦闘能力は乏しい。その辺の輸送機に比べて武装こそ多いものの、大半が強行着陸の為の対地用兵装なのだ。
なけなしのミサイルを撃ち終わった今、せいぜいが牽制の為に飛び回るくらいしか役目が無い。そもそも輸送機故に、その運動性はヘリと比べも良いとは言い難い。しかし逃げの一手に関してならば負けてはいない。
僚機を落とされて頭に来たのか、残った二機のヘリが【ペリカン】に向けてミサイルを放つ。だがそのミサイルは、先程撃墜されたヘリの放った倍の量のフレアによって阻まれた。
ならばと接近して機銃での銃撃を試みるも、【ペリカン】の後部――あるいは臀部とでも言うべき場所からスモークと閃光弾が放出され、驚いてその進路を反らした。
ひとしきり出し終え、ペリカンは大きく旋回して来た方向へ向かった。
「それじゃ自分らはこれで」
「これで」
無論その声が聞こえたわけではないが、逃げる気だと察した二機は速度を上げてそれを追撃する。
機銃の十字砲火が右翼をかすめ、たまらずにディッパーが声を上げた。
「のひゃぁ!」
「うるさい」
野暮ったい男の悲鳴に、アリーチェは耳を押さえながら文句を言う。
「し、失礼しましたぁ」
顔色一つ変えないアリーチェの豪胆さに、顔を赤らめながら敬服し、ディッパー機体を降下させた。
それを追うように二機も順番に降下を初め、基地を眼下に捉えるまで接近する。しかし待ち構えるように向けられていた【ユーピテル】の斜線軸に侵入した瞬間、先行していたヘリはたちまちその形状を変形させ、大小様々な破片となって落下した。
それを見た僚機は墜落を覚悟で旋回と急降下を行い、山肌に沿うようにしてその場を離脱する。
見事な操縦技術だったが、逃げられた側からすれば当然面白くない。
『一機逃げました』
「また自分が囮でありますか?」
頬をふくらませて悔しがるエマに、おそるおそるディッパーが尋ねるが、それを制してフィンが名乗りを上げた。
『僕が行きます』
言うが早いか背部のスラスターを吹かして【グラインド】を高く跳躍させた。
基地を越えんばかりに飛び上がった【グラインド】だったが、その重量とスラスターの負荷の為、程なく落下を始めてしまう。
だがフィンもそのくらいは承知の上である。落下する【グラインド】を岩場の上に着地させ、再度跳躍。再び落下しそうになる機体を今度は山の斜面に足を付かせて更に跳躍を繰り返す。
宇宙遊泳のような跳躍を繰り返し、フィンは山頂まで機体を進めた。
「行くぞ!」
最後の気合いと共に、【グラインド】は加速を伴った最大限の跳躍を行う。その眼前には引き返してきた敵のヘリがあった。
驚いたのはヘリに乗るパイロットである。
離脱後、【ユーピテル】の死角から基地を攻撃しようと低空のまま引き返した矢先、目の前にトゥルーパーが突然現れたのだ。
低空とはいえその高度は二百メートルを超えている。現れた【グラインド】が異常以外の何物でもないのだ。
パイロットが驚く間にも【グラインド】は迫る。その腕を眼前で合わせ、ボクサーの様な構えをとる【グラインド】に、特攻の二文字が頭をよぎる。
腕二本と戦闘ヘリ一機。案外釣り合いが取れているのかもしれないが、そのパイロットに命を差し出す度胸はなかった。
急旋回を行って回避を図るも、赤子をあやすように開かれた腕の中からツインアイの頭部が現れ、内蔵されたマシンキャノンを容赦なく見舞った。射線をかわしきれず、ヘリは炎を上げて僚機と同じ運命をたどる。
「よしっ」
コックピットの中でフィンは声を上げた。とはいえ、二つある問題のうち一つを解決したに過ぎず、着地をどうするかという最大の問題はまだ残っているのだ。
響く警告音の中、せめて気持ちだけでも落ち着かせようとフィンは良い方向へと思考を誘導する。
頑丈さには自信があるし、少なくとも死ぬことは無いだろう。死なないといいな。死にませんように。――ああ、死にたくない。
一秒毎に悲観的になりながらも落下する機体を制御し、制動をかけるタイミングを掴もうと試みる。しかし思いがけず助けの手は伸びた。
『スラスター全開』
唐突に入った通信に、フィンは直感で従った。負荷の溜まったエンジンに鞭を打ち、出力を最大まで上げて落下速度を限界まで殺そうと試みる。
ヒヤリとした汗が頬の傷を伝って流れるのと同時に衝撃が走り、抑揚の無い声が届いた。
『ナイスキャッチ』
『引きますぜぃ』
次いで入った野太い声にフィンは笑顔を見せる。
その視線の先、【グラインド】頭上に飛来した【ペリカン】が、絶妙なスピードによる並走を見せながら両肩部を大型のワイヤーハンドで釣り上げたのだ。
その技量に感服するフィンの前で、二人の顔がモニターに現れた。
『風になった?』
「星になりかけたかな」
『中尉殿は肝が据わっとりますなぁ』
尊敬とも呆れともつかないディッパーの言葉に、フィンは困ったように頬をかいた。そうこうする間に機体は降下し、眼下には大地が迫る。
「もっと外側。戦車の近くに」
『なんで?』
「踏みます」
『了解ぃ』
射線を避けながら降下した【ペリカン】が、進軍する戦車隊に向けて【グラインド】を解放した。
「ナイスショット。……シュートかな?」
些細な疑問に首をかしげながらも、その両脚は容赦無く戦車を踏み潰す。当然潰された側はたまったものではないが、情けなど与える余裕はフィンには無く、置き土産のように脚部バーニアの高熱を残してその場から跳び去った。
早この第二波も凌ぎ切ったかと思われたその勢いを打ち砕いたのは九射目の長距離砲撃だった。
防護盾の右側面部を砕いた砲撃が、ソガイヤルの乗る【セーフティ】の右半身を吹き飛ばしたのだ。
「せ、【セーフティ】中破……」
今日何度目かになるか分からないオリバーの悲鳴は、小さく消え入りそうだったが、大きな波紋となって広がった。
『おい嘘だろう!?ソー返事をしろ!』
取り乱したピートが声を張り上げるが、返答は返ってこない。鎮めようとイワンが身を乗り出すが、それを制してソフィアが声を上げる。
「落ち着きなさい!隊長の貴方がそれでどうするの?」
『あ、ああ。すまない、すみません。分かってます』
かろうじて平静を取り戻したピートが画面越しに頭を下げる。
内心でソフィアに礼を言いながら、イワンは安心させるように笑顔を見せた。
「おう、それでいい。それに勝手に殺してやったら後で怒られるぞ」
『じゃあ!』
「バイタルは安定しているわ。気を失っているだけよ」
『――っはぁ』
ソフィアの言葉に、身をしぼませんばかりに深いため息をついてピートは笑顔を見せた。
『ヤベぇのど乾いた』
「緩み過ぎよ」
「まあいいじゃないか」
ちょうど戻ってきた【ペリカン】によって、【セーフティ】の回収も即座に行われた。とは言え安心など出来ない。
盾役がいなくなった以上、防衛を続けるのは非常に難しい。現在長距離砲撃は止んでいるものの、再開すればどれ程の被害が出るか分かったものではない。逃げ出すのは容易いが、基地内にはいまだ負傷者や行方不明者が残っているのだ。
「悩んでる場合じゃないな。【ユーピテル】で盾になる」
右手で時計を弄りながらイワンは決断した。
「よろしいんですか?」
「責任は俺が取るさ」
「ですからそれが――いえ、何でもありません」
食い下がろうとしたソフィアだったが、首を振り断念する。
「艦内各員へ。これより【ユーピテル】は前進して基地正面に布陣します」
手に持つタブレットを使い、ソフィアは艦内へ指示を出した。その姿に内心で礼を言いつつ、イワンは眼前の問題に集中する。
「問題は砲台だな」
『僕に突貫させてください』
「何?」
割り込んできた声に、イワンはモニターを覗き込んだ。
ソフィア、ピートも驚いた顔で見つめる中、フィンは決意のこもった目で続ける。
『敵は移動していると思われます。これまでのタイムラグから見ても足は遅い。場所予測できる』
「足の速さで勝負に出る……か。どのみち打てる手は打つべきだが」
言葉を切り、イワンはピートの顔を見た。
当然と言うべきか、その表情は渋い。単独での突貫など死にに行けと言うようなものだが、同時にイワンと同じことも考えている。
「何なら俺が命令を出すが……?」
見かねてイワンが尋ねるが、ピートはすぐに首を振った。
『いえ、判断は自分が』
そう言ってフィンとモニター越しに向かい合う。
『ズィーリオス中尉。貴官に移動砲台の破壊を命じる』
定例通りに命令を下し、少し考えて最後は自分の言葉でしめた。
『ガツンとやってこい』
『了解』
気合いと共に、フィンは勢い良く機体を駆った。
一方で、担ぎ込まれたソガイヤルは、ストレッチャーの上で意識を取り戻していた。
目を開けたソガイヤルに、手当をしていたユリが気付いて声をかける。
「ソー君大丈夫?」
「……労災おりますカ?」
「後で申請書持ってくね。アリー汗ふいてあげて」
声をかけられたアリーチェが頷いて近寄り、手にしたタオルでソガイヤルの顔と上半身をこすった。くすぐったい感触に顔を赤らめて視線をそらすと、三人分の飲み物を持ってくるユリの姿が見えた。
ユリの細い指で掴まれていたカップは、しかし太く毛深い手を経由してソガイヤルの眼前へ移された。
「少尉殿も大変でしたなぁ」
豪快に笑いながらも意外と繊細な手つきでカップを傾けるディッパーに、大きなため息をつきつつソガイヤルは乾いたのどの為にそれを受け入れる。
そこへカルエムが現れた。
「試作ライフルの積み込みが終わった。【グラインド】まで運んでやってくれ」
「りょーかい」
意気込み十分に敬礼を取るアリーチェの姿に、僅かな笑みを浮かべてカルエムはその肩を叩いた。
「張り切りすぎるな。適当に落としてもあいつなら回収できる」
そんなカルエムに、野太い声が尋ねた。
「自分には優しい言葉は無いのでありますか?」
「聞きたいか?」
三白眼で睨まれ、ディッパーは勢いよく首を振った。
「え、遠慮いたします」
そこへ大きな揺れが床を伝い、【ユーピテル】が移動を開始したことを知らせた。
慌ただしい発進となった【ユーピテル】は、その中枢であるブリッジも慌ただしい雰囲気となっていた。
「問題は無いな?」
振り向き様に確認したイワンにソフィアは頷く。
「基地職員は可能な限り収容しました。物資や機材に関しては時間とスペースの問題でほとんど積んでいません」
今度はイワンが頷いた。
「命あってだからな」
「はい。それと収容した士官の中から、その……」
「うん?」
珍しく言葉をためらったソフィアにイワンは首を傾げた。
「その……恐ろしい事を聞いたとサイレンス曹長が」
その言葉にただならぬものを感じたイワンは、一旦ブリッジを離れて別室から通信を開き、タウロを介してその士官を呼び出した。
その判断は正解であり、通信越しに語られた内容はイワンの予想を超える内容だった。
「アウラ弾頭の保管庫だと!?」
声を上げるイワンに、基地の責任者という男は頷いた。
『そうだ。いや、そうだった』
蒼白な顔に汗を浮かべ、歯切れ悪く続ける。
『確かに大戦時に極秘の保管庫兼発射基地として使用されていた。だが戦後の廃絶運動の中ですべて廃棄された。……はずだ』
「はっきりしてくれ」
『私が着任す前の話だ。既に通路ごと閉ざされ埋められていて、確認のしようも無かった』
視線も合さずに言う男に、イワンは頭を抱え、ここにいないシュバルツを呪った。
どうやら貧乏くじどころのレベルではないらしい。というかここはたしか寺じゃなかっただろうか。
「お互いついて無かったな」
『そもそもお前たちが……そうだ、お前らが悪い!』
「何だって?」
突如激高したように拳を上げる男に、イワンは苛立だしそうに聞き返す。
「呼んだのはそっちだろう」
『ふざけるな!お前たちが勝手に押しかけて来たんだろうが!』
その言葉にイワンはシュバルツの目的をおおよそ察した。
「ああ、そう、そうかい」
頭を押さえながらイワンは画面の奥に控えるタウロを呼んだ。
「少しお疲れのようだ。休んでもらってくれ」
無言で頷き、男を背後から抱え上げてタウロは画面から消えた。一礼を残して。
疲れた顔で戻ったイワンだっが、休む間も無く、新たな機影を確認したオリバーの悲鳴が届いた。
「多数の戦車部隊接近!さらに戦闘機と思われる高速物体確認!」
「この規模は」
「幕を引きに来たか」
「お、オープンチャンネルで降伏勧告が出されました」
オリバーの報告に、ソフィアがイワンに尋ねる。
「どうなさいますか?」
「年寄が楽するわけにもいかんからな。若いもんが頑張ってることだし」
「ですね」
その答えに微笑み、ソフィアは勢いよく指示を出す。
「対地対空戦闘準備」
「よーし、いっちょやるか」
押し寄せる群影に対し、【試作型輸送陸上『特殊』艦】はその最も奇異な姿を見せようとしていた。
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