第4話 襲撃

地上で噴煙が上がろうと、空気が震えようと、七色の空は変わらぬ輝きを見せていた。

オーロラは今日も遥か成層圏の彼方で変わらずに揺らめき、変わるのはそれを見る人々の心象だけである。

第三次大戦において、人類を滅ぼしかねない総量のアウラ粒子を内包した数千のミサイルは、大気に触れる事無く迎撃され四散した。

しかし飛散したアウラ粒子は消滅する事無く漂い続け、重力に引かれながら群をなすように集まり、ひとつの層を成した。

【粒子殻】と呼称されたその層は地球全体の九割を覆い尽くす程に膨張し、太陽風を受けて地上に七色の輝きを見せ続けている。

それは想定されたあらゆる事態を越えた現象であり、アウラ粒子にかかわる研究者達の頭を向こう数世紀に亘って悩ませる原因になるが、現在においてそれに意味は無い。考えうる要因――例えば宇宙線による変異等が挙げられたが、それも多くの人間にとっては意味の無い言葉だった。

現状において最も重要な事は、僅かな切れ間を残して地球上から青空と星空が奪い去られたという事実である。



乾いた荒野の一角にその補給基地はあった。

小高い山肌に建つ寺院を中心に、簡易的な建物が規則正しく並び、車両や設置型兵器がその隙間を埋めている。

デイル共和国軍第八補給基地は、まだ公国軍を名乗っていた時代からある古い施設である。そもそもが古い寺院の改修である為に老朽化が著しく、今回引っ越しを行うに至った。

辺りはせわしなく動く人々と車両によって混雑を見せており、その中に大きな影を作る三機の【人型兵器(トゥルーパー)】は、いやがおうにも目を引く。しかし今回は更に上がいた。

施設周辺を囲む防護壁のさらに外側遠くに停泊する【ユーピテル】である。

予定ではもう少し近くに停泊する予定だったが、足場の悪さや輸送隊の邪魔になるという理由で現在の位置に移動する羽目になったのだ。

「退屈ダナ」

巨大な防御盾を持つ【セーフティ】の中で、あくび交じりにソガイヤルはぼやいた。

しかしいくらぼやこうが堅い革製のシートから解放されるわけも無く、仕方なくこっそり持ち込んだ小型ラジオの音に耳を傾けた。

粒子殻によって衛星通信を遮断されて以降は旧来の無線通信が主流となっている。しかし情勢が不安定な地域では、電波塔が破壊ないし乗っ取られるなどして不具合を起こすことも多い。

それはこのデイル共和国にも言える事であり、軽快な音楽にノイズが混じったかと思えば完全に聞こえなくなってしまった。

「最悪ダ」

がっくりとうなだれるソガイヤルに、呆れの混じった声が届く。

『気の抜ける声出してんじゃねえよ。しっかり見張れ』

注意するピートの声に、普段と違うものを感じて尋ねる。

「なんで今日に限ってマジメなんですカ?」

『俺はいつだって真面目だよ。軍人らしい任務とくれば尚更だ』

そう言ってピートは通信を切った。代わってフィンがモニターに顔をのぞかせる。

『先輩はあれで真面目な人だよ』

「そうなんですカ?」

意外そうな声に苦笑しつつもフィンは頷く。

『正規の職業軍人だからね。僕らと違って』

「まあ、どうせボクは不真面目な出稼ぎ組ですよ。そういえば先輩は?」

『僕も家庭の事情でね。助成金ほしさに転がり込んだんだ』

「そういう時代ですからネ。ドコデモ」

ふと見下ろせば若い女性士官達が台車を押して歩いていた。足場の悪い地面に苦闘しながらもゆっくり進んでいく。そんな微笑ましい姿に気持ちが緩むのを感じつつ、ソガイヤルは呑気に欠伸をした。

どうせ何も起きないだろう。

おそらくほとんどの人間が思っていた予想は、しかし衝撃と砂煙によってかき消された。

「エ?」

全身を揺さぶられた衝撃に一瞬視界が揺れ、鈍った意識の中でソガイヤルはモニター越しに眼下を眺めていた。

先程まで台車を押していた女性士官らの姿が見えない。代わりに見覚えの無い砂山と何処かから飛んできたブロック片が散乱していた。

「ア、レ?」

はっきりしていく意識の中で何が起こったかを察したソガイヤルは、無意識に口元を覆った。

『基地東部より砲撃。だ、第一格納庫大破』

管制官のオリバー・レプス少尉の慌てた声が届くも、その声に応える事が出来ずに荒い息遣いだけがコックピットに流れた。

『司令部内にまだ人が残っています。サイーブ機は司令部正面の防御に回ってください。――聞こえてますか?』

『ソー聞こえてる?』

オリバーの慌てた声とフィンの心配そうな声が同時に届くが、ソガイヤルは返事を返せない。しかしそこへ大音量の怒鳴り声が響いた。

『ソガイヤル・サイーブ!』

「せ、センパイ」

ピートの通信にソガイヤルは、口を覆っていた手を放す。

『お前の役目は何だ?』

「主要部の防衛。ジダール(壁)デス」

『だったら役割を果たせ。男だろう!』

「りょ、了解」

ソガイヤルの声と共に【セーフティ】は動いた。

盾を含めればグラインドの倍近いその重量に身を軋ませながら両足を開き、足底部のキャタピラを回転させて機体を前進させる。スラスターによる加速を行える【グラインド】や【エスコート】と比べて圧倒的に劣る速度に苛立ちながら、ソガイヤルは必死で機体を加速させた。

到着するのと同時に機体を止め、砲撃の発射予測値点から隠す様に防御盾を構える。

両側面の固定ボルトが解放され、折り畳まれていた半面が展開される。さらに上部内面に収納されていた予備面がせり上がり、その面積を倍にまで増やした。

大地にめり込んだ下面部からさらに固定用の杭が打ち込こまれ、盾を支えるようにセーフティが両踵部の補助脚を展開して衝撃に備える。

第二射が飛来したのはまさにその刹那だった。

身を吹き飛ばす程のの轟音と衝撃に、【セーフティ】の背後で身を隠していた軍人達が一斉に膝と尻餅をつく。余震のような揺れが収まり無事を確認すると、今度は自分達の歓声で建物を震わせた。

一方で歓声の的であるソガイヤルはと言えば、喜ぶ間も無く神経を張り詰めて目を見開いていた。機体の状態を確認し、破損が無い事を確かめる。機体はしっかりとその役目を果たし、巨大な盾はその姿を保っている。

その足元では、いちはやく落ち着いた上級士官によって避難が始まっていた。

ある者は取る者も取らず、ある者は負傷した同僚を担いで走る。

ソガイヤルの戦いは始まったばかりだ。



悠然と立つ【セーフティ】の姿にホッと胸をなでおろしながら、フィンはその首を傾げた。

「止んだ?」

一射から二射目までの倍の時間が経ったが、第三射の着弾は無かった。帰ってくれた等と甘い事を考えるわけも無く、警戒に努めるフィンに、【ユーピテル】から通信が入った。

『基地前方から戦車。いや、装甲車?とにかく来ます』

オリバーの慌てた声に、フィンは困った顔で傷のある頬をかいた。

「はっきりしないな」

『やる事は一緒ですけどね』

はつらつとした声が通信に割り込んだ。

『火力支援を行いますから迎撃をお願いします』

火器管制担当のエマ・アリエス少尉の通信に、了解と返してフィンは【グラインド】を走らせた。同時に副艦長であるソフィアの号令が届く。

『対地上用ミサイル発射』

『発射!』

エマの復唱と共にユーピテルから数発のミサイルが飛び出し、一発が先陣を切っていた装甲車に命中して噴煙を巻き上げた。

それでも恐れずに後続の戦車部隊が噴煙の中へと突入は続く。さながら猪の群れのように噴煙を突き抜けて現れた彼らを待ち受けていたのは、羽根の生えた狼だった。

ライフルを構えて駆け抜ける【グラインド】を彼らが捉えたのは、フィンが引き金を引くのとほぼ同時だった。狙いをつけるどころか撃鉄を上げる暇も無く一台の装甲車が炎を上げ、さらに一台が背後に回り込まれて間を置かず後を追う。

縦横無尽に荒野を駆ける【グラインド】によって第一陣が狩り尽されるのに五分とかからなかった。



一方でピートは予期せぬ遭遇に足を止める事となった。

レーダー設備を置く監視塔で数名の軍人が残っていたのだ。他の軍人達が避難を行う中で、その場から動かず、何やら作業を行っている。

「おい、どうした?トラブルか?」

外部スピーカーを起動して呼びかけるピートに、軍人達が振り向く。僅かな目配せをし、一人の軍人がレーダー塔を指差した。

「うん?」

首をかしげつつ、その方向ピートは見る。あるいはフィンやソガイヤルなら純粋に目を凝らしていたかもしれないが、ピートは抜け目がなかった。

視線を逸らしたと思い込んだ軍人の男が物陰に身を隠し、別の男がロケット砲を【エスコート】に向けて発射した。しかし男が隠れるのを別カメラで確認していたピートは、反射的に【エスコート】を動かす。

砲撃は【エスコート】をかする事も無く、背後の対空迎撃用のターレットを破壊した。

「クソッ流れ弾が。……いや、まさか最初から?」

ピートの想像を肯定するように、監視塔の上階が爆発を起こした。さらにロケット砲の次弾がレーダーアンテナを破壊する。

黙ってそれを許すはずも無く、ピートはライフルを構えようとするが、突然機体に衝撃が走り断念する。

慌ててスラスターを使い、近くにあった倉庫へ機体を頭から突っ込ませる。衝突と同時にフィンの焦った声が通信で届いた。

『先輩大丈夫ですか!?』

「撫でられただけだ。お前はソーに付いてろ。絶対に来るな」

最後に強い口調で命令され、フィンは了解と応えて通信を切った。

こういう時素直な部下はいい。そう思いつつ、ピートは機体の状況を確認する。被弾部に障害は起きていないが、衝撃の大きさからして装甲は砕けているだろう。

「運はまだ残ってる。おそらくは設置型の機関砲……あっちだな」

事前に入手しておいた基地内の配置図から敵の場所を判断し、更にセンサーで残りの歩兵の位置も確認する。

「確認完了。イってみようかぁ!」

掛け声とともに、【エスコート】は携行していたライフルを明後日の方向へ放り投げた。突然壁を突き破って現れた物体に視線が行く中、スラスターを全開にして【エスコート】が飛び上がる。

「まずはテメェだ!」

慌てて自分を狙う機関砲に向け、ピートは頭部マシンキャノンを発射した。空中で射線が交錯し、機関砲から放たれた弾丸が僅かにエスコートの足をかすめ、【エスコート】から放たれた弾丸が機関砲を撃ち抜いた。

炎を上げて砲座から吹き飛ぶ兵士を見やる間もなく、ピートは機体を空中で反転させる。照準もつけずに連射された腹部ショットキャノンによってその身を撃ち抜かれ、兵士達は一瞬で絶命した。

着地を終え、他に仲間がいないことを確認してピートは眼下の惨状を見る。対装甲車用の弾丸を受けた兵士達は、獣に食われたかのようにその身体を散乱させて果てていた。

「ま、お子様には見せられないよな」

汗を拭いながらピートは【ユーピテル】へと通信を入れた。



慌ただしくなるブリッジの中で、イワンはやれやれとため息をついた。

「ったく何だってこんな基地なんか攻撃するかね?」

「私に聞かれても困ります」

そう言ってソフィアは、焦って手元のおぼつかないオリバーに叱咤を飛ばした。八つ当たりではないが、彼女も事態に苛立っている。

そこへピートからの通信が入った。

「工作員だと?」

ピートからの報告に、イワンは眉をしかめた。

『政府軍の軍服を着た男三名にアンテナと対空用のターレットを破壊されました』

「わかった保安部を護衛に出す」

イワンから目配せを受け、ソフィアは手に持っているタブレットで保安部長のタウロ・サイレンス曹長を呼び出した。

年齢で言えばソフィアより一回り上になる寡黙な曹長は、静かに命令を聞き、教科書通りの敬礼をして任務に就いた。

「それでその工作員は今は?」

顔を上げて尋ねたソフィアに、ピートは正直に答えた。

『丸焼けとミンチです』

簡潔な報告にイワンが舌を出しておどけた顔を浮かべ、ソフィアはその表情を変える事無く頷く。しかしその離れた所では、うっかり想像してしまったエマが渋い表情を浮かべて隣席のオリバーを驚かせていた。

「とにかく負傷者の搬入だけでも済ませないとな。……まて、アンテナにターレットだと?」

イワンの言葉にソフィアもハッとした表情を浮かべる。オリバーが悲鳴混じりに報告をしたのはほぼ同時だった。

「き、北側より接近する機影有り。武装ヘリと思われます」

『やっぱり本命は空か!』

「いや、むしろ同時攻撃だろう」

「南より新たな地上部隊!」

「ほらな」

困ったように頭をかくイワンだったが、自分を見るソフィアの視線に気付き、笑顔を見せる。

「なに、こいつは簡単に沈むほどやわな船じゃないさ」

『基地の兵器で迎撃できないんですか?』

「最初の砲撃で倉庫事ふっとんじまったとさ」

『頼れるのは自分達だけって事か』

「困ったもんだ。とにかく戦車の迎撃頼む」

最後にようやく真剣な表情でピートに指示を出し、イワンは通信を切った。

「北側だと山を越えてくるか?」

「はい。この位置からでは迎撃できません」

「動かすわけにもいかんしな」

現在基地から避難して来る兵員を収容している為にユーピテルは移動もままならない状況にある。

イワンは端末を操作してカエルムを呼び出した。

「先生【ペリカン】は出せるか?」

『またその名前で……まあいい。出せるが奮戦できるかは保証できんぞ』

「何もしないよりはいいさ。とにかく頼む」

『わかった。待ってろ』



通信を切ったカルエムは、近くにいたアリーチェに指示をだし、手すり越しに格納庫を覗き込んだ。

つい数十分前まではがらんとしていたが、現在は基地から避難してきた兵員達によって埋め尽くされており、中にはその場で手術を受けている者までいる。

しばらく見回し、目立つ大柄の男を呼び止めた。

「軍曹、出番だ」

カエルムの声に大柄の男が走り寄った。

「待ってましたぜぃ」

「うるせぇな。まあいい、準備して甲板に行け。アリーチェが準備してる」

「わっかりやした!」

威勢の良い声を上げ、ディッパー・ムーア軍曹はパイロット用のヘルメットを取って甲板へと出た。

甲板上ではアリーチェが機体の最終調整を終えたところだった。巨大な翼とエンジンを積んだその機体は、トゥルーパー運搬能力を備えた試作輸送機であり、積載しながらの垂直離着陸が可能という高い航空能力が特徴である。しかも純粋な輸送機と違い、ミサイル等の攻撃手段まで持っている。

しかしその恐ろしい性能に反し、機首から下に向かって三角形型のランディングギア兼連結器が伸びている姿がどことなくコミカルな印象を持たせ、いつの間にか【ペリカン】という愛称で呼ばれていた。

「いつでも行けますぜぇ」

野太い声を上げてディッパーは操縦席につき、その隣にアリーチェがサブパイロットとして座る。小柄なアリーチェと並ぶとギャップが際立つが、お互い特に気にする様子は無い。

『時間を稼げばいい。無茶して壊すなよ』

「わかってまさぁ。イケメンばっかりにええ恰好はさせませんぜ」

気合十分で離陸するディッパーだったが、同時に響いた着弾の音に驚き、情けない悲鳴を上げての出撃となった。

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