第3話 駐屯地にて
「俺が勝ったんだから奢りでいいだろ」
機体から降りた第一声がそれであった。
「ダメデス」
ばっさり切り捨てるソガイヤルと首を振って否定するフィンに、ピートは納得できぬとばかりに腕を組む。
「立派な作戦勝ちだ」
「私は反則勝ちだと思うけどな」
「そこっ!男の勝負に口を出すんじゃねえ」
横槍を入れるも一括され、逃げるようにユリはフィンの胸に飛び込んだ。そんなユリをフィンは抱きしめ、あやす様にその頭を撫でる。
こっちはこっちで何をやっているんだと思わずにいられないソガイヤルだったが、いいかげん空腹に耐えられなくなってきたため、話を切り上げようとした。しかし、そこへピートが思い付いたとばかりに声を上げる。
「だったら仕切り直しだ。最後に食堂についた奴が三人分奢る。レディゴー」
一方的に言うや否や、ピートは一人全力疾走で走りだした。
「あっずるい!」
「ホント最低ですネ」
驚き呆れながらも、フィンとソガイヤルも慌てて後を追う。そして最後に残ったユリはふと思い至った。ピートが三人分と言っていたことに。
「私も!?」
いつの間にか巻き込まれていたことに気付き、声を上げる。
時既に遅く、男達の姿は遥か遠い。だがそんなユリのもとに間を置かず助け舟は出された。
エンジン音とともに、軽快なターンを決めて一台の立ち乗り式リフトが躍り出た。作業着姿の若い女性が搭乗しており、ユリの姿を見つけてその隣でリフトを停める。
名前はアリーチェ・リンクスと言い、ユリよりもやや若いが、同じ技術少尉として試験部隊に所属している。ゴーグルの付いたヘルメットから幼さの残る顔をのぞかせて静かに尋ねる。
「乗ってく?」
「乗ってく!」
パッと目を輝かせたユリが後ろから飛びつき、バイクのタンデムの様にその腰に手を回す。
エンジン音たたらかに走りだしたリフトは一気に速度を上げ、眼前を行く三人を捉えた。
「おっ先ーっ」
あっという間に追い越されて驚く男達を尻目に、女子二人は風を切って走り抜けた。
フィン達が学生の様にかけっこに興じている間も、アル・アルド駐屯地内では多くの兵士達が訓練に勤しんでいる。
ある部隊は【エスコート】の掲げた防護盾に隠れながら移動する訓練で身を寄せ合って汗を流し、ある部隊は三機編成で護衛対象を盾で囲む訓練で動きの効率化を目指していた。
兵士以外にも様々な業務が行われている。クレーンやリフトに混ざって、作業用に改装された【セーフティ】がマニピュレータを器用に使って輸送を行っており、その近くでは新米の整備員達が解体されたトゥルーパーの部品の多さに必死でメモを走らせている。
航空隊や戦車隊等も主力として多数の部隊が訓練を行っているが、いかんせんトゥルーパーの方が目を引いてしまう。配備から十数年経っているとはいえ、人型ロボットというものは人々の視線を奪ってしまうものだ。
しかしここ数週間は別である。更に目を引く物が現れたのだ。
倉庫群からやや離れた場所に、堂々と鎮座するそれは巨大な戦艦である。
長方形型の船体は全長百メートルを超え、両側面いっぱいに二本の滑走路を伸ばした外観は独創的と言えた。しかし最も目を引くのはそれが陸上にあるという点である。
【試作型輸送陸上特殊艦ユーピテル】。
木星の名を持つその艦は、超大型技術開発計画によって開発され、【グラインド】と共に、第5.1試験部隊による評価試験が行われている試作艦である。
最大の特徴として、内部に【グラインド】をはじめとする様々な機体の格納・整備をおこなう為のスペースが確保されている。
フィン達の機体は既に収容され、カルエムを中心としたメカニック達による整備が行われようとしている。
その【ユーピテル】の艦橋にて、副艦長であるソフィア・グローム少佐が傍らに座る上官へと報告した。
「各機収容しました」
「ん、わかった」
ソフィアの報告に頷き、懐から懐中時計を取り出して開く。
「ずいぶん遅かったな」
年季の入った懐中時計を弄りながら、艦長であるイワン・ヴェーチェル大佐は小型モニターで確認した。
ディスプレイには時計が標準搭載されているが、ジンクスのようなものと周りも理解しているので何も言わない。
ディスプレイの向こうでは、フィン達が汗を流す姿が流れている。
時計同様に傷とシワの刻まれた顔をほころばせ、ソフィアに向かって微笑みかける。
「若いっていいよな。……あ」
そして失言に気付いた。
ソフィアも三十を超えて久しいが、老いたというにはまだその美貌は衰えていない。
気が付けば周りの下士官達からの視線も痛い。
「いやぁ君だってまだあの中に入っても違和感ないな。うん」
「あら、ありがとうございます」
取り繕うように言うイワンに、表面上は笑顔を返すものの、彼女の声は氷より冷たかった。
一方、基地司令であるシュバルツ・ロッホ少将の部屋からも【ユーピテル】の姿はよく見えていた。
「目立つ船だね」
いっとう高い部屋から見える風景に、端的な感想をもらす。
遠景に見ると今度は周囲の建物との対比でその巨大さが際立って見えた。
「何故あのような試験部隊など受け入れたのです?」
傍らに控えるユーゴ・コルヴィス大佐の問いに、視線を向けずに答える。
「基地司令というのは基地内の事ばかり気にしているわけにもいかんのだよ。上からの命令もあり、横との繋がりもある。君もすぐに分かるだろう」
「閣下も気苦労が多いですな」
最後の言葉に気を良くしながらも顔には出さず、ユーゴは労わるように言葉をかける。
「ふむ、しかしそうだな。たまにはこちらの仕事を手伝ってもらうのも良いかな」
思いついた案を実行するべく、シュバルツは通信でイワンを呼び出した。
食堂はUS関係者用のものであり、食事は無料である。しかし、個人負担でいくらか豪華にすることもできる。
「甘いねー」
「甘い」
戦利品であるプリンを分け合いながら、ユリとアリーチェはその味を楽しんでいた。
そしてその対面ではピートが巨大なチキンにかぶりついている。
「いやぁ運動の後の飯は美味いな」
必然的に慰める役はフィンに回ってくる。
「ほら勝負は時の運っていうし。ね?」
「ハァ、もういいですヨ」
不貞腐れながらも、空腹を満たす為にソガイヤルもフォークを取る。
順位を言えば一位ユリ、二位フィン、三位ピート、最後がソガイヤルだった。ピートが終盤に大きく失速し、ソガイヤルも健闘はしたが結果は結果である。
「でも先輩は流石ですネ。あっさり追い抜いて」
「体力くらいが取り柄だからね」
「俺もぜんぜん本気じゃなかったしな」
「ハイハイ」
至極面倒くさそうにソガイヤルは返した。それぞれをどう思っているかがよく分かる反応である。
全員が食べ終わろうとした頃、食堂内にガラスの割れる音が響いた。
誰かがコップでも落としたのかとフィンは振り向いたが、コップは机の上で割れていた。割れたコップを見下ろす様に、一人の兵士が戸惑った顔で、自分の濡れた手を見ている。
「あれ最初は戸惑うんだよね」
何があったかを察したフィンがつぶやき、次いでソガイヤルも気付いた。
兵士の腕の色が僅かに顔よりも薄く、何より動きに違和感を感じるのだ。
「最近増えましたネ。改造帰りのヒト」
「ソー君そういうこと言っちゃだめだよ」
「すみませン」
ユリに注意され、ソガイヤルは素直に謝った。
大戦時までは珍しかったものの、筋電義手や人工臓器をつけた兵士は現在では少なく無い数となっている。ひとつに支援金等の援助を充実させた事が要因であり、大戦以降続く反戦感情による兵士不足を防ぐ為というのが大きい。
結果として傷痍軍人として退役する者達の減少に加え、身体的障害者の志願という副産物を生みだす事となり、国連部隊の早期発足と規模拡大を支えた。
しかしながらメディアの中には、技術の軍事転用や障害者を釣っているなどと煽る者もおり、後ろ指を指されるものが多かった。もっとも、軍事云々に限らず差別や嫌悪は生まれてしまうものである。
「辛気臭え顔で飯食てんじゃねえよ」
コップを片づけていた兵士に、若い赤毛の士官が近づいた。
「こっちの飯まで不味くなりやがる。負傷兵はとっとと国に帰りな」
威圧するように言う赤毛の士官に、義手の兵士は言い返せずに閉口してしまう。その態度が余計にその士官の気を悪くした。
「喉までやられてんのか?病院まで送ってやろうか?」
「まあまあ、そこまでにしてください」
突然背後から聞こえた声に、振り返る間もなく赤毛の士官は腕を掴まれていた。
振りほどこうともがくが、掴んだ当人であるフィンの腕力が予想以上に強く失敗する。
「何のつもりだてめえ」
「そんなに大声を出すと周りの迷惑になりますから。そうなると大尉殿の心証を悪くするかなと思いまして」
「それと上官の腕を掴むのと何の関係があるんだ?」
今度こそ乱暴に振りほどかれるが、しかしフィンは両脇に腕を入れて羽交い締めにした。
「大尉は兵士としての力を証明してほしいそうですから。手っ取り早い方法で納得してもらいましょう」
そう言ってフィンは固まったままの義手の兵士に視線を送る。
「ははっ、そりゃいい」
何が何だか分からない兵士に、今度はピートが近づいて立たせた。
さらに後ろから両腕を掴み、ボクサーのようなファイティングポーズをとらせる。
「良かったな。こちらの大尉さんは、その腕が飾りじゃないって事を身をもって証明してくださるそうだぜ」
その言葉に二人はフィンらの意図を察した。
義手の兵士がその手を握りこむと、僅かに残っていた破片が音を立てて粉々になる。それを見て士官の顔が冷や汗と共に青ざめた。
「おいおいおい。俺は何もそこまでは言ってねぇだろうが」
「日頃の行いが悪かったな。ここはお互いに男見せて終わろうや」
「いきなり割り込んで仕切ってんじゃねぇよ。――おい!」
士官が声を上げるとともに、近くのテーブルから数人の士官が立ち上がってフィン達を取り囲んだ。
「おーおー相変わらずヘタレてんなー」
「うるせえ。お前らこそ毎度しゃしゃり出てきやがって」
一触即発の空気にソガイヤルが逃げれる様に腰を浮かすも、隣にいたユリがアリーチェから工具を受け取り参戦する気なのを見て固まってしまう。
その空気を引き裂いたのは雷鳴の様な声だった。
「何を騒いでいるの!」
鋭い声を上げて現れたのはソフィアだった。
その姿を確認し、場の男達が一斉に居住まいを直す。
「あー、ちょっとじゃれてただけで。――いや、マジですみませんでした」
直立から深々とピートは頭を下げた。
鋭い視線を飛ばすソフィアに、周囲から一斉に人が消え、当人達も姿勢を正してその言葉を待つ。
「何やら散らかっているようだけど?」
「自分がコップを落としました」
「言い争っていたようだけど?」
「誰が拾ってあげるかで揉めていました」
「本当に?」
「誓って」
見事な連携で場を誤魔化す一同に、遠巻きのソガイヤルは呆れるやら拍手したいやらでいっぱいだった。
「そうですか、わかりました。片付けくらいさせてあげなさい。――各自解散」
「イエス、マム」
我先に脱出しようとする中で、ソフィアはフィンとピートを呼び止めた。
「貴方達は私と来なさい。大佐がお待ちよ」
見ればさっきまで自分達のいたテーブルで、イワンが悠々とユリの淹れた紅茶を飲んでいる。
「ソー来い」
「ハイ」
呼ばれてようやく席をたつ。
「片付けとくね」
「とくね」
「うん、お願い」
イワンを先頭にして一同は食堂を出た。
来客を知らせるノックに、窓の外を眺めながらシュバルツは迎え入れた。しかしなかなか閉まらないドアにふと振り向き、驚いた。
「ずいぶんと大人数に来たものだね」
前列に上官であるイワンと副官のソフィア。後列に隊長のピートと部下のフィンとソガイヤル。そしてユリ達技術開発部の上司であるカエルムが最後に並んだ。
眼前に並ぶ一同を眺め、シュバルツは面白そうに笑った。対照的に傍らに立つユーゴの顔には不快感が混じって見える。
「部隊にかかわる事でしたら彼らのにも聞かせるべきと思いましてね」
飄々と答えるイワンに、シュバルツは頷く。
「心遣い感謝するよ大佐。さて、君たちを呼んだのは他でもない。実は少しばかり君達の力を借りたいと思ってね」
「それはそれは」
驚いた素振りを見せるイワンだったが、傍らのソフィア共々予想していたた為に内心は平常である。
「無論我々には君達に命令を下す権利は無い。お互いの利益と信頼関係に基づいて判断してもらいたい」
「ああ、まずは内容をお聞きしましょうか」
イワンの言葉にシュバルツは頷き、視線で壁際のディスプレイを見るように促した。
控えていたユーゴの操作で、画面にこの地区の地図が表示される。
「ここから北東へ向かった先に、デイル政府軍の補給基地があってね」
「補給基地?」
「無人だった寺院を改修して造られたものらしいんだが、老朽化で廃棄することが決定してね。近々引っ越しを行うんだよ」
「運送屋の真似事をしろとでも?」
「さすがに試作艦を解放するような真似はさせられんよ。私が頼みたいのは護衛の任務だ」
護衛という言葉にイワンの目が細まる。
「そんな顔をしないでくれ。泣きつかれたんだよ私も」
「そりゃまた何処の何方に?」
「そこの基地司令にだよ。どうにも心配性な男でね。見ての通りあそこは完全に政府軍の統括地域なうえに戦略的意味も低い。おおかた自分達の上司に無下にされて、近場の私達に頼みに来たのだろう。無視してもいいが、恩を売っておくのも悪くないと思ってね」
国連部隊の名分は治安維持である。紛争における非人道的行為あるいは大量破壊兵器の使用の抑止の名目で様々な地域へ派遣されているが、戦闘を行うには各国政府の許可が必要となる。
このデイル共和国においても、政府軍の支援や民間人保護等の為に幾度となく戦闘を行っているが、例外無く面倒な手順をシュバルツは踏んでいた。
「場合によっては戦闘になるが、そこは好きに暴れてもらって構わない。聞くところによると君達は偶発的とはいえ実戦を行っているそうじゃないか」
「よくご存知で」
詮索されている事に不満そうな目をイワンは向けたが、シュバルツはどこ吹く風である。
「厄介事を押し付けられたという顔だが、君達にだってメリットはある。知ってるかね?この基地で君達がただ飯ぐらいだのと陰口を叩かれているのを」
「よくある話ですよ」
「トラブルの元は無い方が良いだろう。リブラ中将は君達の判断にまかせるとおっしゃっていたよ」
「そうですか」
イワンは背後のカルエムに視線を送った。彼は艦長であり上官あるが、【グラインド】の運用に関しては開発主任であるカルエムの許可がいる。
イワンの視線を受け、カルエムはため息をひとつ付き、好きにしろとばかりに小さく頷いた。
「決まりだね」
イワンが口を開く前にシュバルツは微笑んで見せた。
「……第5.1試験部隊。任務に当たらせていただきます」
「うむ。では下がってよろしい」
内心でかなりイラッと来るも、その感情を抑えこみ、一礼してイワンは反転した。
「すまんな」
小さくそう言ってピートの肩を叩き、イワンは部屋を出た。
【ユーピテル】が駐屯地から出航したのは三日後の事だった。
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