第2話 第5.1試験部隊

何やってんだろうな俺。

アメリカ国防省内の一室にて、報道陣を見下ろす形で壇上に上がったデイヴィット・ミラージュ少佐は、この十六年で幾度となく感じた虚しさに目を細めた。

しかし、気持ちとは反対に、その口は流暢な演説を垂れ流す。

「あの日の事は忘れたことはありません。国と家族を守るために彼はその身を犠牲にしました」

たかれたフラッシュに目を傷めながらも、デイビットの演説は続く。

「彼が守ったものは何なのか。守ろうとしたものは何だったのか」

デイヴィットの後ろ、引き伸ばされたパネルに彼はいた。癖のある金髪に鋭い目をした彼の名をデイビットは言った。

「レオナルド・ルイス。彼こそ真の英雄だ」

第三次大戦終結時、アウラミサイル発射を糾弾された政府は、その責任を軍部へ擦り付ける事で体制の維持を図った。

無論黙ってサンドバックにされる軍人達ではなく、彼らは一人の男に事態の解決を託した。それが悲劇の英雄レオナルド・ルイスである。

機動兵器でミサイルに特攻するという映画のような死を遂げた彼は、馬鹿・変態・狂人として後世に伝えられる可能性すらあった。

しかし、そのヒロイックさや悲劇性などが受けると判断され、身を挺して国家を守った英雄として彼は祀りあげられるに至った。

そしてその相棒であった同僚二人のうち見栄えの良いという理由で、宣伝役に起用されたのがデイヴィットである。

それが彼の苦労の始まりだった。

早々に壇上を降り、一服決め込もうと移動するも、その背中を一人の老人が呼び止める。

「覇気が無いな。しかも酒が残っていると見える」

気難しそうな声にビクリと身を震わせ、デイビットは振り返る。

「かんべんしてくださいよ。なにせ身に余る役職をやらされてるんですから」

「その分良い暮らしをしているだろう。ポケットに入れているのは一本いくらだ?」

「残念ながら安物です。貧乏性なもんでね」

他に人気が無いのをいいことに火を点けるデイビットに、エイブラハム・リブラ中将は、やれやれと頭を押さえた。

「まったく変わってないな。悪ガキ三人組の頃から成長が無い」

数年ぶりに説教が必要だと感じるエイブラハムだったが、不意に入った着信に邪魔をされた。

「私だ。ああ、その話か……」

タブレット越しに部下と話し、通話を終えるころにはその気が削がれてしまっていた。

「何の話だったんですか?」

「ガーディアン計画の事だ。聞いたことくらいあるだろう」

「高性能の試作トゥルーパーでしたっけ?」

「そうだ。現在二号機がデイル公国でテスト中でな――」

説教こそ回避したものの、しばらくの間デイヴィットは老人の長話に付き合うはめになった。



中央アジア南部、デイル共和国アル・アルド隊駐屯地近くの訓練場。

七色の空の下、十メートル近い巨体の中で一人の少年が暑そうに額を拭った。

ゆっくりと首を回し、首の筋肉をほぐす。

「ボク、いつまでこの態勢なんですカ?」

巨体をうつ伏せに近い状態で稜線に隠し、自らもハーネスで座席に縛られた格好でソガイヤル・サハーブ少尉はぼやいた。

伸ばされた両腕は重力にひかれてだらしなく垂れ下がり、よく焼けた褐色の肌を伝った汗がディスプレイを汚す。

ディフェンス・トゥルーパー【DT-02(セーフティ)】。それが彼の搭乗する機体の名である。

全身をオレンジ色の装甲で覆ったその機体は、大戦時にミサイル迎撃の為に開発された【DT-01(アシスタント)】の流れをくむ機体として開発され、現在は拠点防衛用として基地や駐屯地に配備されている。

いかんせん恵体とは言い難い寸胴体型に、装甲間を伸びるシャッターで関節を覆われた姿は、着ぐるみでも着ているようにも見える。しかし配備から十四年に亘り、第一線で使用されたこの機体は、信頼に足りる物としての地位を得ていた。

そんな【セーフティ】から数十メートルの先に、深緑色の巨人はいた。

【DT-03(エスコート)】。【セーフティ】に比べ一回り引き締まった体型のこの機体は、連邦加盟国の次期主力機として開発され、ここ数年で配備が進んでいる機体である。

関節部を保護するシャッターは小型化され、装甲内面部に収納されており、横に並べばよりスマートな印象を受ける。

その【エスコート】の中、美味そうに煙草をふかしながらピート・メテオ大尉は部下のぼやきに応えた。

『そろそろ来る頃だろ』

「五分前にも聞きましタ」

『じゃ次も五分後な』

そう言ってピートは通信を切る。

取り付く島もない上官の言葉に、トホホとため息をつき、ソガイヤルはいまだ来ぬ先輩のいるであろう方角へ機体のカメラを向けた。

「オっ!」

遠くに砂塵の上がるのを目にし、近くまで来ているのを確認した。



荒い唸り声を上げたスラスターが空気を焼け付かせ、二十トン近い巨体を大地から持ち上げた。

巻き上げられた砂塵に反射し、無人のターレットから放たれたレーザーがその軌道を僅かに見せる。ほぼ不可視のはずの射線を、予測を持ってフィンは回避した。

落下の衝撃を腰部・膝部に設置されたブースターで殺し、荒々しいホバリングで砂塵とともにターレットへ迫る。

三つのターレットから放たれたレーザーが、それぞれ水平・横薙ぎ・上下の軌道をとって迫るが、フィンは止まる事無く順番に捌く。

「発射します」

報告と同時にフィンは引き金を引いた。その信号が機体を通じて自機の持つライフルに送られ、無色の閃光が飛び出す。

訓練用のライフルから放たれたレーザーが一機のターレットを捉え、命中の判定を受けたターレットが銃口を下げて沈黙する。残り二機が停止するのに時間はかからなかった。

【GT-02(グラインド)】。ガーディアン・トゥルーパーの開発コードを持つこの機体は、試作機の二号機にあたり、フィンの所属する第二試験部隊にて性能評価が行われている。

配備中のディフェンス・トゥルーパーとは一線を画す性能を持つこの機体は、【エスコート】以上にスマートな体型を有しており、関節保護にカーボン繊維のシートを使用するなどの軽量化がおこなわれている。

さらに各部ブースターによる推力の増加が行われた結果、対大型兵器――特にトゥルーパーとの戦闘を想定した機体として完成された。

外見上の特徴で言うならば頭部に当たる部分も独特だろう。

首筋にマフラーのように巻かれたカーボンの上、二つのセンサーアイが目の様に並んでいるのが、人の顔のようだと思うものが多くいる。特に専属技師のユリなどは自分の趣味と合致する部分があった為、愛着を持つ姿が多々見られた。

汗を拭いながら水分補給をしていたフィンに、ユリから通信が入る。

『記録完了。大尉がお待ちかねだよ』

「了解。……何かあった?」

ユリの表情にいつもと違うものを感じ、フィンは尋ねた。

『うん。実は予備のターレットが無くなってたの』

「忘れてきた?」

『ちゃんと乗せて来しましたとも』

胸を張ってユリは断言する。

年齢で言えば二十二歳とフィンよりもひとつ年上なのだが、その仕草と日本人特有の童顔から年下に見られることが多い。

「うーん、となると」

うわさに聞く横流しだろうか?

白昼堂々盗んでゆく大胆さに驚きつつも、フィンはふと思った。

「いくらで売れるんだろう?」

真面目な顔で尋ねるフィンに、ユリは困ったように首を傾げた。

『うーん、いくらかな。そもそも誰が買うのかな』

適当にはぐらかし、移動するようにフィンを促す。それに応え、フィンは【グラインド】を走らせた。

広い訓練場を進み開けた場所へと出た。足を止めた【グラインド】の眼前にはピートの【エスコート】は佇んでおり、その隣には機体の全長程もある巨大な防御盾が立てられている。

一見すれば、盾の影にソガイヤルの乗る【セーフティ】が隠れているように見えるが、まず無いだろうとフィンは断定する。そこへユリから全員へ通信が入った。

『これより本日の第二試験を開始します。ズィーリオス中尉は、第二種の準備を』

「了解」

先程までと違う真面目な声に、フィンも短く答えた。左手で端末を操作し、ライフルを第三種(レーザー)から第二種(ペイント弾)へと仕様を切り替える。

『遅かったじゃねーか。調子が悪いなら手加減してやろうか?』

「そうですね。その方が早く終わって僕もうれしいんですが」

軽口を言いつつもお互いに油断は微塵も無い。

ピートは【グラインド】が持つ加速性とそれを扱うフィンの反応速度を警戒しており、フィンもまたピートの操縦技術と豊富な経験を嫌と言うほど知っているのだ。

実戦であればしばらく睨み合いが続いたかもしれないが、これは訓練だ。しびれを切らすでもなく、フィンは平常通り突っ込んだ。



その突進は予想通りであり、ピートに焦りは無かった。

「よーし。そのまま来い」

加速するグラインドに牽制を加えながら、ピートは一人つぶやく。これ見よがしに置いてある大楯の裏にソガイヤルはいない。離れた稜線の陰から狙撃すると言うのが今回の作戦だ。

しかし、ピートはそれで決着がつくとは思っていない。気付かないほど可愛気のある部下ではないのだ。現にフィンは気付いていた。



ピートの射撃を避けるようジグザグに走りながら、フィンは機体カメラをフル稼働させていた。

「盾の裏は無い。もっと後ろ?遠くの岩場?また砂の中は無いよね?」

実戦を想定するのもいいが、ちょっとやり過ぎじゃなかろうか?と思わずにいられない相手なだけに、フィンも余念は無い。

稜線の上に装甲が反射するのを見たのはほぼ偶然だったが、その反応は早かった。

「そこっ」

飛び上がり、抜き撃ちのような速さで放たれたペイント弾が、うつ伏せの【セーフティ】を襲った。

背部から頭部にかけてを撃ち抜かれ、ソガイヤルは死亡判定を受けた。

『サハーブ機撃墜』

『アースィフ(ごめんなさい)』

無情な報告に、モニター越しにソガイヤルが頭を下げる。

『バカヤロー。一発くらい撃ってから死ね』

「怒らないで下さいよ先輩。可愛い後輩なんですから」

『うるせー。可愛くない後輩』

言い合いながらも戦闘は続行している。

スピードで攪乱しようとするフィーに対し、ピートは二挺持ちで弾幕を張る事でその接近を防ぐ。一見ヤケクソのようにも見えるが、その実片方を牽制、片方を本命に使い分けるなどテクニックを織り交ぜており、ペイント弾故の反動の少なさもその精度を高めている。

しかし当たらない。

焦りを殺して冷静に狙うも当たらない。

背部のスラスターと四つのバーニアによる軌道に、ことごとくついていけない。しかし、フィンに余裕があるかと言われれば全く無い。

膨大なGに耐えながら、裏をかこうとするピートの射撃を反射だけでかわしている状態なのだ。心身ともに消耗が激しい。

評価試験ということも忘れて激しい攻防を繰り広げ、二人は勝手に疲労していった。

そしてそれを見ている側はと言えば、呑気なものである。



キャラクターの描かれた水筒を口に含み、目で追う事をあきらめて、ユリはデータが記録されている事だけを確認した。

「ソー君どっちが勝つと思う?」

他に聞こえないように、こっそりと通信を開き尋ねる。

『我慢比べだと弾切れで大尉の負けですけド。あのヒト何か仕込んでましたヨ』

「仕込んでた?」

『ハイ』

何だろう?というユリの疑問は解けるのに時間はかからなかった。



ピートの隙を付いたフィンが弾幕を掻い潜り、その背後を取ったのだ。一瞬その姿を見失いながらも、ピートは機体を跳躍させながら反転して弾幕を張ろうとする。しかし既にグラインドの銃口は【エスコート】を捉えていた。

「終わりです」

確信を持ってフィンが指に力をこめる。しかし突然響いた警告音に、フィンは驚き声を上げた。

「何?」

ピートの銃口はまだグラインドを捉えていない。ソガイヤル機が死んだフリでもしていたのかという考えがよぎるも、その姿は画面端で寝転がったまま動いていない。

では何が?という疑問を考える間もなく、フィンは反射的な操作で【グラインド】を走らせた。

振り向いた先でフィンは警告の元を捉える。同時にその半身を土の中に隠したソレは、【グラインド】へ向けて発砲した。

『右腕部被弾。被弾?』

「うそぉ!」

驚くフィンの耳に、ユリの報告の声が届いた。しかし彼女も突然の被弾に首をかしげている。

そして対照的な勝ち誇った声が場に響く。

『もらったぜ』

着地と同時に照準を合わせたピートが勝利を確信して声を上げるが、皮肉にもその声でフィンは一時的に混乱から脱した。再度反射で機体を動かし、運も味方してその射線を避ける。しかし幸運もそこまでだった。

完全に平常を取り戻せず、避けた先で足を止めてしまったところを、あるはずの無いターレットの射撃によってフィンは撃墜された。

『訓練終了。大尉の勝ち……でいいのかな?』

その疑問は至極当然であり、ピート以外の全員が思っていた。特に当事者であるフィンは納得がいかない。

「ターレット使うなんて聞いてませんよ」

『ボクも聞いてませんでしタ』

『ていうか、持ってったの大尉だったんですね』

三方から冷めた視線を受けるも軽く受け流し、ピートは豪快に笑う。

『これも実戦を想定した訓練ってやつだ。一つ勉強になったなお前ら』

もっともその笑いも長くは続かなかった。

『ほう。なら俺も一つお前にいい事を教えてやろう』

低くドスの利いた声に、ピートの笑顔が強張る。その眼前に一台のジープが止まり、白衣を来た中年の男が現れた。

『テメェ、部隊の備品持ち出してバレた奴はなぁ。磔で鳥の餌にされるって決まってんだよ』

無線機を片手にカルエム・スミス技術中佐は声を張り上げた。

メガネの奥に、技術者と思えぬ鋭い眼光を光らせ、射殺さんばかりにピートを睨みつける。

『降りろ。俺がじきじきに十字架に溶接してやる』

『ご、ごめんなさーい』

子供のような悲鳴を上げ、ピートはエスコートを走らせて逃げた。

当然それを許すはずも無く、カルエムはジープを発進させてそれを追う。

『お前ら上官がピンチだぞ助けろ』

『この馬鹿を撃てガキ共。俺が許す』

短距離走者のように腕を振って逃げるエスコートと、それを追いかけまわすジープ。既に見慣れた光景であったためにフィン達はそれを無視した。

「先生今日もお元気だね」

『うーん、低血圧は治ったのかな?』

『お腹すきましたネ。ほっといていきまショ』

怒声と悲鳴の響く訓練場を三人は後にした。

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