第6話 解放戦始動!〜後編〜
「いやーそれにしても、師匠」
「なんだ?」
「エレナさんとユナさんが不老不死だなんて、思えないですよね」
冥刻の十、フェイルナーヴァ村で師弟で酒を盛っていた夕月がそう切り出す。
「…お前さんは、あの目を見なかったのかい?」
「目…ですか?」
「ほら、あそこにいるだろう」
そう言って、村の広場のテーブル群の隅で座っているエレナとユナ、そして側に静かに佇むセバスチャンを顎で示す。彼らの姿はまさに永遠の主従の関係を描いたような構図だった。
「目…?」
意味の分からない言葉を呟きながら、金髪をなびかせ、その澄んだ青い双眸で月を見上げる、その少女の目を見る。その瞬間、夕月は彼女達が本当に不老不死なことを悟った。
「……!」
月を見上げるその顔────その青い目は、なんとも言葉に表現し難い表情、それだけで悠久を過ごしてきたとわかる憂いをたたえていた。
「年端もいかぬ…ただの15の少女に、あの顔がいかに出来よう?」
涼しい夜風に吹かれながら、赤と金と黒の主従がただただなびく…………
◇
「お嬢様方、少し…酒宴の席を外してもらえますか?」
「ん、仕事かい?」
「申し訳ございません」
日を跨ぎ、朝刻の一。地球で言うまだ日も昇らぬ早朝0:00〜1:00の時間帯である。用事ができた事を告げるセバスチャンに対して、エレナとユナはもう言わずとも分かるかのように返答する。
「はぁ…」
ひとつため息をついて、エレナはパタンと読んでいた本を閉じる。
「さっさと終わらせるぞ、みんなにいないと気づかれたらめんどーだ」
「御意」
「おい劉リュウ、いるだろ?」
裏街の一角に立つ、ある程度手入れされているような家。帽子を目深に被り、外套を羽織ってエレナはその扉を開ける。
「やぁ伯爵方、そろそろくるんじゃないかと思ってたよ」
そこにいたのは、青い袖長の───地球で言えばチャイナ服のようなものを着る細目の男。
「今度はなんだい? こんな朝っぱらに私達を呼び出すのは余程のことかな?」
「いやぁそれがねぇ〜、僕の姪ってばまぁだアルアル言ってて癖が治らなくてさぁ〜」
「御託はいい、さっさと用件を言え」
「相変わらず妹伯爵は硬いねぇ〜」
「でしょお!? 伯爵なんだからもうちょっと好意的でも…!」
「うっせーな! 名だけの伯爵だろーが!」
エレナが声を上げて会話が一区切りついたところで劉は薄く目を開け、
「どうやらこの裏街で新魔獣を錬金──合成かな? したバカがいてね。」
「新魔獣…ですか」
「今は頑張って大人しくしてるんだけど…」
『今は!?』
しれっと現在進行形の発言をした劉。姉妹は声を荒げるが、そんなことには目もくれず劉は──
「どうにか出来るかい?」
問題の解決を依頼した。
「あー…っセバスチャン」
「はい」
「どうにか出来るかい?」
あまりにアバウトな依頼に、ユナは戸惑いセバスチャンに同じ命令をしてしまう。しかし姉とは違い、まるで(こいつならそんなこったろうと思ってたぜ)と前々から予想していたかのように落ち着いているエレナは、
「セバスチャン、その魔獣犬にいるべき場所はお前悪魔側だと教えてやれ」
と、容赦なく殺処分の命令を下す。セバスチャンは顔色ひとつ変えずにただ、
「御意」
と答えた。
◇
「さて、終わりましたよ」
10分後、セバスチャンは新魔獣とその犯人の死体を背後にエレナにそう言った。
「いやぁ〜相変わらずすごいねぇー伯爵の執事君」
「お褒めにあずかり光栄です、劉様」
「まさかあの巨体の寝てる所を容赦なくお腹貫通蹴り…」
「ついでですが、近くに飼い主もいましたので、仲良く逝かせてさしあげました(ニッコリ)」
「おぉ、ウチの執事は怖いねぇ相変わらず」
「さて、帰るぞ。そろそろ1時間、いないことに気付くはずだ」
「じゃっ! またね、伯爵」
「あぁ」
そう応えて、エレナは帽子のつばを深く下げた。
帰り道、エレナはひとつセバスチャンに問うた。
「なぁ」
「なんでしょうお嬢様?」
「新魔獣を合成した目的は?」
「すみませんが、どうにも分からな───」
「悪魔が分からない訳がねーだろ、言え」
きっぱりと、そうエレナは断言する。そんな厳しい命令口調に、セバスチャンは溜息ひとつつき、
「…かしこまりました。──新魔獣を合成した人物、どうやらヴァータ軍の密命を受けてのことだそうです」
「お? ヴァータがここで絡んでくるかい?」
「えぇ」
「大方兵士に頼まれたんだろ」
「それがですねお嬢様、どうやら依頼してきた人物は…女性だったそうです」
「ほぉ? それで?」
「男が女性の素性を問いただすと…“ヴァータ版メギトリアル”と答えたそうです」
「…なるほど。メギトリアル…じゃあ、年齢、主な人数共に一緒って訳かい」
「なぁ、ねーさん」
「何さ?」
「アタシの記憶上…ヴァータって昔まであまり表に出ない国だったよな?」
「あぁ、でも……確か、今の黄昏軍の総司令官が就任した頃に、黄昏戦争が始まったっけ?」
「何か、繋がりでもあるのか…?」
◇
「さぁてと…」
朝刻の三の頃に戻ったエレナは、
「この惨状は一体どうしたんだ…?」
メギトリアルや紫闇旅団、殆どの村人が酔い潰れ、テーブルに突っ伏している光景を見て嘆いた。中にはまだ飲んでいるものもいるが、半ば寝ていてロクにエレナ達がいなくなっていることに気付いていないだろう。
「仕方ねー、セバスチャン」
「かしこまりました、すぐに片付けを。──お嬢様」
セバスチャンの呼びかけに、エレナは右腕をテーブル群に向かって一振り。すると、未だに飲んでいた人々が頭を強打しながらテーブルに寝た。
「完了致しました」
しかし、そんな不思議な光景をゆっくり眺める間もなく、セバスチャンの後ろのテーブル群が────今まであった料理皿やコップなど全ての食器が嘘のように片付き、綺麗さっぱり消えていた。
「さて、もっかい準備を──」
「もうすでに」
エレナが提案する間も無く、酒宴の続きをする用意をセバスチャンはしていた。
「じゃあ、私が起こすよ」
「え? ねーさんが?」
「ちょっと面白い発明品さ」
そう言ってユナは服のポケットに手を入れ、何か木製の小型のコマみたいな物を取り出す。
「ここのつまみを回してっと…よいしょ!」
「お嬢様、それはなんでしょうか?」
「見てれば分かるさ。さて、あと3…2…1…」
バァァン‼︎‼︎!
凄まじい轟音が鳴り響き、全員が飛び起きる。
「何!? なんなのぜ!?」
「おい…ねーさん、これが成功なのか?」
あまり成功したとは思い難い結果に、エレナは恐る恐る聞く。姉の返答は予想通り───
「失敗。…あは」
であった。
◇
「ぷはっ! やっぱりお酒はいいねぇ!」
「ユナはお酒が好きなのか?」
みんなも眠気がすっかり覚め、朝刻の四。クロイツとユナが話していた。
「私は結構好き。ただまぁ…最近は飽きてきたなぁ…ここ200年誰も新しい味を生み出さない」
つまらなそうな赤い眼は群衆を眺めている。そんなユナに、クロイツが一つ提案。
「なら、俺の腕の見せ所だな」
「何かあるのかい!? “地球”とやらのお酒とか!?」
「この世界にもブドウはあるだろう?」
「え? ブドウ? ブドゥなら…ある…けど?」
「ふむ…俺は、アメリカでソムリエとして本業をごまかしながら暗殺業を営んできた。ワインの良し悪しなら任せろ。多分、そのブドゥでも出来るだろう」
「その…“ソムリエ”とか、“ワイン”とか分からないけど…よっしゃ! 解放戦が終わったら作ろう!」
スキンヘッドクロイツの意外な職歴。
「エレナさん! そろそろ真名魔法見せてください!」
「ん、セバスチャン、今何時だ?」
「朝刻の四と半でございます」
セバスチャンは懐中時計を見ながら言う。
「なら、これをシメにするか」
そう言って、エレナはすっと立ち上がり、テーブル群の中央───広場に向かう。そして、広場の真ん中に立つと、両手に魔法陣を作り出し、
「【モーラ・イノル獄炎のヴァーニア舞】!!」
ボァァァッ
右手に組んだ赤い魔法陣から、炎が吹き出る。
「【キーラ・レイアント・水鏡のストゥットゥヴィネア遊宴】!!」
次に、左手に携えた青い魔法陣から霧が吹き出す。すると、炎からの光で虹が出来、観客───村人たちが湧く。
「1つ目の魔法は、普通ならただの炎が糸状に発生する。だけど、真名【獄炎の舞】を唱えると、ああやって巨大な炎が出来上がるんだ。そして、2つ目は局地的に水蒸気を発生させ、煙幕になるんだ。だけど────」
発生した霧は、テーブル群どころか村を丸々包み、虹で溢れさせていた。だんだん楽しくなってきたのか、エレナは笑いながら次の魔法を唱える。
「ドーラ・シタックレンヴィア・スコーリストマ・チェイトスオゲイン!【ドラーミルー大地のグルスト柱結晶】!!」
「土魔法? 一体何を…」
イーライが不審っていると、広場の周りに囲むようにして土の柱───と言うより、岩石柱が地面から飛び出た。エレナは、詠唱している間に両手に魔法陣を組み直していた。
「【シュトーリスレッ陽光ド・インファルファーの双円】!!」
光のマナがいつのまにか昇っていた太陽からの光に働き、大小2つの円が岩石柱を囲む。
「【ドーラグレット・召喚されしインフィミドナ闇雷炎】!!」
そして、周りに黒い雷を放つ黒紫の球体がその中心へと上る。
「師匠! あれはなんなの!?」
「ごめん僕も分かんない!」
噂ではあるが1000年生きたと言われるイーライでさえ読み取れない魔法。やはり不老不死の魔女は伊達ではない。
「って、双掌魔法陣!?」
イーライはそう叫ぶ。見ると、エレナは両の掌を重ね、それに伴って魔法陣も重なり二重になっていた。
「【リ・ヴィルヒカイアイト・アインツ・オンツールゴーン・ガーネバフィールディアーーのル・ヴァン・レッタ絶虹】!!!」
光輪が闇雷炎に近付き、その円周と重なった直後───突然上に球が上昇し、爆発した。
おおおおオッ……
村を包み込む霧の内部は、なんとも不思議な光景であった。
薄っすらと霧を透かして見える地平線。その片方では、霧のスクリーンに実物と変わらない明るさの太陽が浮かび上がっている。しかし、問題はそれではない。
「なんて事…虹帯こうたい!?」
その天球上の太陽の対極に、煌々と輝く月があった。しかも、月側の半球は闇、太陽側は光の霧になっていて、いわば昼と夜が同時現れたようである。そして───その2つの領界を横切るようにオーロラ虹帯がかかっていた。
「エレナさん! これも真名魔法ですか!?」
「いや、私が見たところだともはやこれ…真名関係ないわ(汗)」
「いやーわりーわりー。途中からなんか楽しくなっちゃってついつい…」
「師匠! どうやってするの!? これ!」
「いやごめん、僕全然分かんない!」
「多分誰にも分かんないねーよ」
「なんで?」
「…即興でやったから」
『!?!?』
即興でこれほどの絶景を作る、その技量にセバスチャンとユナ以外の全員が驚愕した。
「まぁ! そろそろ日が昇る。(もう昇ってるようなもんだけど)片付けを始めようか!」
そうして幻想的な景色の中、酒宴は幕を閉じた─────
「あいたっ! またぶつかったのぜ! ああっこの霧! 邪魔だぜぇぇ!!」
「なぁ妹よ」
「…何?(汗)」
「あの霧を消す事は出来ないのかい?」
「即興でやったから分かんね(汗)」
片付けの最中、ただただ闇の霧が視界を遮り片付けの邪魔にしかならなくなってしまったが。
◇
その後の一週間は、来たる解放戦に向けて着々と準備を進めた。
「ふんふん…ここも問題なしだね」
「おーい、ユナ君!」
「おっ、イーライじゃないか! どうかしたのかい」
黄昏軍の兵器庫で、魔砲の不具合を確認していたユナの元をイーライが訪ねて来た。
「どうかもなにも、1週間後の件で色々仕事があるからね。魔砲の不具合はどうだった?」
「全然! 異常なし! 安心してぶっ放しておくれ」
「そうか、ありがとう」
「そういや、我が妹はあ・れ・で・も・一・応・王立魔術師団の長なんだろ? 助手君は放っておいて大丈夫なのかね」
「その件で来たんだけどね…───」
「エレナ、結局編成は決まったのかい」
「んあ、ねーさんか。…いーや! 全っ然決まんねー!」
(“あの子、案外部下思いだからね…みんなに経験を積ませたいんだろうね”…か)
「んー…私の見立てだと、範囲魔法が使える奴の方が適任かなーって」
「あとは魔砲のマナ消費の為に回復魔法が使えるヤツと…ただそこは最近出来た治癒師団…えーとなんだったか、そう【マナ・フィンドリア】がやってくれるから…コイツとコイツで隊長と副隊やらせるか」
「あと私から1つ」
「なんだ?」
「多少魔砲の制御と整備を心得た子をお願いするよ」
「ねーさんの私欲…」
そう言ってボヤきつつも、結果的に王立魔術師団の編成は決まったのであった。
◇
「辛…学校行きながら軍部回るの辛…」
「流石に私も疲れた…」
ヴォームラムス邸のメギトリアル客室。ここ最近ずっと学校の帰りに軍部へ寄って解放戦への準備を進めていた咲と夕月が、フカフカのイスにべたぁとなっていた。
「私はこれから【マナ・フィンドリアマフィン】の所へ行ってくるわね。エリアナさんが解放戦での役回りを教えて欲しいって」
同じくらいのハードな学園生活を送っているはずの月奈は、疲れを感じていないかのように席を立つ。
「いってら…」
それに比べてこの2人は。いまだイスに倒れ込んでいる。
「夕月…燐はどこ行ってるのぜ…」
「燐は…ギリカちゃんの所で解放戦についてく為の荷造り中…」
「旅行かっつの…で、悠依さんは?」
「メギトリアルの備品の買い出し中…」
「じゃあ私達は…」
「イスにべたぁとなってる最中…」
……………。
「こんな事してる場合じゃねぇ!」
そう叫びながら咲はイスから飛び上がるように立った。
「夕月! 私達はなにをすればいい!?」
「知らない…3日後の作戦会議で作戦が決めれやすい様に解放戦の参加者を──なんだっけクロイツさんが言ってた…そう“りすとあっぷ”! それをしておくとか…?? でも私眠───」
「それだぁぁぁぁっ」
「何!今日情緒おかしくない!?」
そう指摘され咲は、
「それはな!」
夕月に指を突きつけ、
「夏の暑さにやられたのさ…!」
自分を親指で指し、キリッとカッコつける。
「もう終夏節じゃぁぁぁぁぁっ!」
そう、今日は終夏節で、解放戦の日は初秋節────地球で言う9月1日である。
◇
「ふぃ〜出来た〜“りすとっぷあ”〜」
テーブルに置いた紙を見て、大層な仕事を終えたかの様に咲は満足げだ。
「“りすとあっぷ”ね。でも、こんなにいたんだ…」
「メギトリアル5人紫闇旅団5人黄昏軍おおよそ500人マフィン15人編成に……黄昏軍協力部署や軍一構成部署を入れてざっと1000人か!」
置かれているのは一枚のみ。だが、そこには裏面までにも連なる量の名前が書かれていた。
「まぁ、これで作戦会議と分隊分けは滞りなく行くんじゃないかな?」
「そうだな!」
◇
「さて、緋火さん」
「はい?」
「本日の業務、あとは私がやっておきますので、貴方はメギトリアルの方々と一緒に行動して下さい。…執事なのですから」
「…はい!」
「と、言うわけでして」
「あ、そっかぁ! 緋火君私達の執事…なんだったっけ?」
と、夕月は首をかしげる。
「忘れないで下さいよ!」
ポカンと口を開ける夕月に声を上げる執事。
「で、何かする事はありますか?」
「ん〜…あと3日後にモルアギアに行くからぁ…作戦会議はそこに着いてからだし。“りすっぷあーと”も終わったし…」
チラリと屋敷の前庭を窓から見ながら夕月は言う。
「“りすとあっぷ”な」
さっき自分の間違いを指摘した人が今度は別の間違い方をしたため咲は同じように指摘。夕月は窓から目を離し、
「ん〜特にする事は無いかな!」
と、当面の仕事無しの状態を報告。
「えぇ〜!?」
「だって、ホントに何も…」
再び窓の外を眺めながら言う夕月の言葉は尻すぼみし───
「あれ誰!?」
つい数秒前まではいなかった人影に気付いた。
◇
「…ここがヴォームラムス邸なのだ」
チャキッ
「誰!?」
前庭に突如現れた女性の首元にすぐさま刀を当てる夕月。
「気配を察知させずの接近…ひょっとして、お前葉月の弟子なのか?」
「え?」
「その勘の鋭さ…もしかして紫闇旅団のやつぜ?」
お互いに素性を明かしたところで、夕月は警戒を解く。
「そうなのだ。名前はリュナ」
「よろしくお願いします! リュナさん!」
「よろしくなのぜ!」
「別に呼び捨てでもいいのだ。…初代様は何処なのだ?」
「初代様? 誰なの?」
聞きなれない名前だ。
「紫雨様なのだ、もしかして仕事?」
「あー、そう言えば……」
「紫闇旅団の人達って最近見てない…」
「仕事か…」
そう話しながら、3人は屋敷の中へと戻って行った。
「そう言えば、リュナってどこからきたの?」
「つ・い・さ・っ・き・ま・で・チャルカにいたのだ」
『えっ!?』
「どうしたのだ?」
「ついさっきって…何時間前にチャルカを発ったのぜ?」
「3時間…ぐらいかな?」
「早! え!? チャルカからここって…300ファイア(1ファイア=5キロメートル)ぐらいあるよね!?」
「あぁ、能力あるから」
「どんな?」
「【神速】。たしか、服鳥部も持ってたのだ」
邸内でそんな会話があった事を、ここに記しておく。
◇
それからの3日間は、順調に過ぎて行った。そして、予定通りにメギトリアル、マフィン、黄昏軍がモルアギア平原に到着し、テントを張っている最中であった。
「ギルベルトー、いる?」
ギルベルトは、テントの中で持ってきた荷物の整理中だった。
「おお、夕月殿に葉月殿! どうしたのか、我に何用か?」
「あぁ、そろそろ作戦会議───もとい、作戦確認が始まるからな」
「紫闇旅団がいないのが不安なんだけど……とりあえず、指揮官が集まれって」
「了解した、あと10分程で行こう」
「りょーかーい」
そう言って、師弟はテントを出る。
「さて、私は時雨達を呼びに行かなければ」
「どこ行ってるんですか?時雨さん達」
「幻獣は皆、目がいい。それを生かして遠目から敵陣の配置を見てもらっている」
「そっか。メギトリアルやマフィン、王立魔術師団は、私が集めておきます」
「了解した」
そして、師弟は別れ、夕月は燐のテントへ向かう。
「燐ーいる?」
テントに入ると、急にハッとしたように燐は、簡易机の上にあった写真立てを伏せ、
「……あぁ、夕月か」
と出迎えた。
「…どうかしたの?」
「…なんでもない。それより、なんか用か?」
「あ、そうそう! もうそろそろ作戦確認が始まるから、集まれって指揮官達が」
「そうか、今行く」
「私は他の人達も呼ぶから、先に行ってて!」
「分かった」
平静を装いながら、夕月はテントを後にする。
(燐ちゃん…)
動体視力のいい夕月なら────というか、状況からして予想出来る人もいると思うが───写真立てにはなんの写真があったのか、見えていた。
(そうだよね、辛い……よね)
写真立てには、ブラックと燐が描かれている絵があった。
(泣いてた…)
しかし、その様子を見ても憐れむ言葉をかけない方がいいと、夕月は直感的に察した。憐れんでも、より燐を悲しませるだけである。
少し悲痛な気持ちを抱えながら、夕月はセミロングの黒髪をゆらしながら、咲のテントへと向かった。
◇
「ではこれより作戦の確認、及び目的の確認を始める」
今回の作戦の中枢を担うテントで、クレイブ指揮官がそう言った。
「では、レイト指揮官お願いする」
「事の発端は、王立魔術師団副団長のヴォームラムス辺境伯の領地内、ヴァータから森林を挟んでの山沿いに位置する村々の村人達が2週間前に全員何者かが従えた魔獣に連れ去られたことから始まる」
皆に聞こえるように、少し声を張り上げて話した。
「彼らの行方を紫闇旅団員に捜索してもらっている過程で、3年前ヴァータに連れ去られたいい腕を持った兵器技工士も同じくあの基地に捕えられている事が判明、奪還作戦が始動、今に至る」
「本作戦の目的は、ルシア・V・ブラックと村人達の奪還、及び展開された敵兵士の掃討! よいな!」
『はい!』
「幻獣の方々、敵の構成はどのような感じでしたかな?」
テントの隅にいた、時雨と小夜、寧々にクレイブは聞く。
「えぇ、敵はおおよそ3000人、亜人族もいました」
「あ、そだ、17歳程の5人を見たりしたか?」
エレナは、小夜にヴァータ版メギトリアルなるものの所在を問う。
「えっと…僕は見なかったなぁ、時雨は見た?」
「いえ…私も」
「そうか、ならいい」
話がひと段落したのを見て、クレイブが再び口を開く。
「葉月殿、紫闇旅団の方達は?」
「あぁ、仕事だそうだ。もうすぐ来るとのこと」
「了解した。…現場の指揮はギルベルトに加え、ニーシャにも執ってもらう」
「はいはーい! ニーシャだよー」
「羽目を外さぬようにな…」
「大丈夫だって!」
クレイブから不安げな目を向けられながらそういう将軍は、女性であった。
「ニーシャ・ファンタイトです! よろしく〜♪」
「よろしくお願いします!」
「よぅし! 我も張り切って指揮を執るぞ!」
「では、メギトリアルと黄昏軍兵士はギルベルトに、マフィンはニーシャについてくれ」
一呼吸置いて、レイトは続ける。
「ここはヴァータ、メギドどちらの領地でもない平原ではあるがどちらかというと盆地だ。そのため、周囲の山を通って紫闇旅団の方達には基地の村人達を解放し、先導して欲しい」
「了解、みんなが揃い次第作戦を開始する────が、解放に向かわせる者はこちらで選ぶ、構わないな?」
「えぇ、葉月殿の考えで構わんよ」
「では、私をはじめとした時雨、小夜、寧々、そしてリュナ、服鳥部と切華は戦おう。ヴァン、クレハ、紫雨殿は解放に向かってもらおう」
「では! 今から1時間後、戦線に整列! 以上!」
『了解!』
◇
「あーあ、あーんなに集めちゃって! ざっと…2000人? ちょっとこっちを舐めすぎじゃない?」
「大丈夫…かな…獣鬼」
「だぁ〜いじょぶだって、霊奈は心配しすぎだっつの!」
ヴァータ軍戦線基地、その前に並んだ兵士達の中で、ヴァータリグレイトの5人が話していた。白髪の鮫歯の少年は、心配する魔法着を着た女の子に何処か意味が違う気のする励ましをかけていた。
「ランも戦いたがってる。士気は充分」
コハヴィは、いつもの感情がない返事。
「ははは、エメラダ、いけるかい?」
「あなたの血の気次第ねーぇ、スヴェリア?」
「がんばろーね! エメラダ!」
細身の大剣を背中にかけた笑顔の少女は元気に声掛けする。
「頑張るわよーぉ、アリシア!」
そして、ヴァータとメギドの両軍が平原を挟んで見合う─────
◇
「…おや?」
「ん、どうしたセバスチャン?」
「……まさかここに来てまで嫌な方に逢うとは……」
「おや、同業者かい。ま、ブラッドシーカーだから当たり前か」
「えぇ、魂の気質からしておそらくヴァータ版メギトリアルの1人とみていいでしょう」
「っつ‼︎」
「どうした!?」
「……葉月、今回ばかりは本気を出していいかい?」
「大罪教相手なら、やめ───」
「いいえ、葉月さん、違うんです」
「違う?」
「ううう…! 魔獣いるの!」
普段は天真爛漫な寧々ですら、変化を少し解き牙をむき出して唸っている。
「魔獣と幻獣は昔から対立関係にある。流石に、本気を出さないのは幻獣の魂に反するんだ。しかも、あの魔獣……人が飼い慣らしてる───忌々しい」
心底不機嫌そうに小夜は敵意を見せる。
「魔獣も、飼い慣らしてる人も許しては置けない。葉月、いいかい?」
「……分かった。許可しよう」
「よーし! 皆、準備はいいか!」
『おお!』
すぅと息を大きく吸い、ギルベルトは解放戦の火口に火をつける。
「侵攻開始‼︎‼︎‼︎‼︎」
オオオオオオオオオオオオオ…………!!!!
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