第6話 解放戦始動!〜前編〜
「ブラックが見つかった…? 説明しろ」
「とりあえず燐殿、落ち着いて…肩が痛い…」
ガシッと自分が兵士の肩を鷲掴みにしていた事に気付き、燐は手を離した。
「兵士君? 君は…今、ブラック───あ・の・ルシア・V・ブラックが見つかったって言ったのかい……!?」
「はい…!」
◇
「むむ…」
「むむ…」
「むむぅ…」
『むむむむむ………』
「あ、あの…ここ…は?」
広い客室にて、夕月、咲、寧々の3人に囲まれて、茶髪の幼げな男の子はそう言った。
「卿から見たら“異世界”だろう。そして、私の馬鹿どもがすまない」
『誰が馬鹿だい!』
「とりあえず君、名前はなんて言うのかな?」
「なんや、迷子かいな?」
「服鳥部、迷子ではない。」
「じゃあ誘拐か!」
「にぃ、それはダメ」
「ははは! せやな切華、すまんすまん」
「ぼ、僕は、不知火…不知火緋火しらぬいひびです…10歳」
「そっかぁ! よろしくね、緋火ちゃん!」
「お前も、俺と同じく地球からきたのか?」
「…え?」
突然、スキンヘッドのいかつい男性に話しかけられ、緋火はどぎまするが、すぐにその言葉の意味を理解し嬉しそうに返答する。
「はい! あなたは…?」
「俺もアメリカに住んでいた。25年もいる」
しかし、その数字を聞いた途端緋火の顔は翳る。
「25年も…帰れ…ないんですね」
「ああ、残念だけど諦めな。こんだけいて帰れてねーんだ」
「とりあえず…あなたの処遇は師匠に決めてもらうわ。多分、当家の預かりになるわね」
「緋火君! おいでおいで!」
「ねーさんはあんまおかしな事すんなよ? ったく…研究欲だけは勝てねー」
その時、客室の扉が開く。
「おお、帰ったか。クレハ、ヴァン」
「あら、団長はん」
「ただいま〜!」
紫雨が読んでいた本から顔を上げて声をかける。そこには、羽織をかなり着崩して着ている女性と、いたって普通の男の子がいた。
「あら?」
女性は葉月と夕月を見つけると、スタスタと素足で近づいていく。
「いやぁそれにしても驚いたわぁ〜。まさか葉月はんの弟子がおったなんてねぇ」
「あの…葉月さん、この方は?」
「あららぁ〜そう言えば、まぁだ名前を言っとらんかったねぇ」
はんなりと間延びする声で話すその人は、頭に2本の角が生えていた。
「ウチはクレハ。故あってなぁ、子供ん頃から旅団と一緒に旅してきた鬼です。変な喋り方やろ? これもアケキ弁やねん、古いけどな」
クレハ。肩辺りで切ったショートヘアの紫色の髪を持ち、それに伴って少し薄い紫色の眼をしている。普段から一枚着であり、とても長い紫色の羽織を肩から少しずらしてきているだけなので体の前側はほぼ裸である。事情があって、幼少期から紫闇旅団と共に旅してきている。しかし、名前は元から付いていた。年齢は分からないが、アケキ弁の服鳥部に聞いても、少なくとも50年以上前のアケキ弁らしい。しかし、見た目はかなり若々しく、近くで見ても20代にしか見えない。服鳥部曰くかなりの戦闘狂らしく、鬼特有───しかも鬼の中でも突出した剛力で敵を圧殺するらしい。ちなみにいつも素足である。
「おねーさん達は誰かな?」
「この子はヴァン。前に話した、【虚真】の少年だ」
「僕前から思ってたけど、ほんと紫闇旅団って種族年齢問わないよねーこれ見てると」
「よろしくね! ヴァン君!」
「ボクも会えて嬉しいよ! おねーさん!」
ヴァン。11歳の少年で、こちらも幼少期から紫闇旅団に世話になっている。紫雨につけてもらった名を持つ。【大罪の能力・虚真】を持ち、その能力を使って敵基地の偵察などをしている。能力のせいか、相手が嘘をついているかどうかがぼんやりと分かるらしい。そのせいで物心ついた頃から世の中の嘘を見てきたので、11歳とは思えない非常に大人びた口調をしている。
「あ、燐戻ってきた!」
「師匠も!」
「皆さん、少し聞いて欲しいものが」
葉月、燐と共に戻ってきたイーライがそう切り出す。
「なんやイーライはん? なんか報告があったんか?」
「ウチは別に戦えるんならなんでもええけどねぇ」
「今しがた、報告がありましてね。ヴァン君、君の報告だよ」
「ボクの偵察が、どうかしたのかい?」
「どうやら我が領地の村人達もそこに捕まっていると共に、かねてから捜索してきたルシア・V・ブラックもそこに捕らえられていることが分かりました」
「えっ!!? 燐! それって…!」
「ああ、見つかった」
「2人の指揮官も、出来る限り早急に準備を済ませて、遅くても2週間後には解放作戦を決行するそうです」
「うむ、了解した。して、イーライ殿、さっきからブラック、ブラックと言っておったが…その御仁は一体?」
「ここにいる、茜崎燐の────」
「燐はんの想い人やろ? そんなん、会議室の様子見てて分かったわ」
「…見てたか」
「そりゃあ、オレと切華をじぃっと見てあんな顔されちゃあ、誰でも分かるやろ」
「そうね、私も気付いたわ」
「私気付かなかったのぜ…」
「まぁー鈍感さんは置いといて! じゃあ準備をそろそろ始めなきゃって事でしょ、イーライ? 僕達は何かする事はあるかい?」
「ああ、だけど…」
そう言って、イーライは窓の外を見る。視線の先には、一つの村。
「まぁ、酒宴を催してからでもいいんじゃないかい?」
◇
「ふいーっただいまー」
「お帰り」
「おかえりいー獣鬼ー」
「あれ、霊奈りょなは?」
「…総司令から任務」
「宣戦布告してこいってさ!」
「家はちゃんと潰してきたのーぉ?」
「うっせーよ、エメラダ。しっかしなんでメギトリアルの家潰さにゃなんないのかね」
「多分さ、宣戦布告の一環だよ」
「1週間後…か!」
◇
黄昏時、ヴォームラムス邸にて。
「師匠ー、なんで来たんですかぁ?」
「そろそろ隠遁も終わろうかと思っただけだ」
屋敷のテラスで、葉月と夕月が師弟の会話をしていた。
「ふーん…」
「お前も、なかなか強くなったな。私が教えていた頃とは違う」
それを聞いて、夕月はずっと思っていた事を聞く。
「師匠は、私が黙って出て行ったこと、怒ってないんですか?」
「別に? なんとも思っていないぞ。強いて言えば、当然だなとは思ったな」
「え?」
意外にも早く、迷いのない返答に夕月は戸惑う。
「なんだ? 怒っていると思ったのか」
「いやだって…黙って出て行ったし…?」
「あのぐらいの歳になれば、自分の力を試したい気持ちも分かる。ましてや、目と鼻の先でそれを試す場がある場合はなおさらだ。むしろ、その挑戦心大いに結構と、私は思うぞ」
「…そっかぁ、ふふ」
安心した夕月は思わず笑みがこぼれる。それと、夕月にはもう一つ聞きたい事があって───
「…師匠って、刀だけじゃないですか」
「あぁ、一応紫雨殿から体術も教わったが、大体は刀だ」
「【影創えいそう】の他に影詠流に受け継がれる能力…とか、ないんですか?」
一瞬、葉月の顔が曇る。
「…」
夜風に葉月の豊かな黒髪が揺れ、深緑の双眸は夕日を見る。そして、口ごもりながら
「世界でも、二つの能力を持つ人は少ない。しかし、あることにはある。あることには、な…」
「! それってな────」
その先を聞こうとした夕月に、葉月は傷つけない程度に、しかし諦めさせる程度には厳しく、冷たく言い放つ。
「それは、まだ教えられん」
「────……」
呆然とする夕月の方を向いて葉月は微笑み、
「ふっ、もう夜も遅い。夕月も寝ることだ」
そう言って立ち去ろうとする。しかし、何か思いついたように葉月ははたと足を止め、夕月の方を振り返り、言う。
「影詠流に受け継がれる能力は、時に望まぬ時に発現する事もある。そうなった時は───心を強く持て」
キィィィィ…パタン
テラスに、黄昏の静寂が訪れる。
◇
ヴォームラムス伯執務室では、魔法使い4人が茶を飲みながら会話していた。
「結局、あの子月奈の助手及びメギトリアルの執事かー」
「なんでそうなったのかしらね…」
「まぁまぁ、僕の月奈ちゃんへの教育課程は半ばだけど、緋火君は少し魔法の才もある。助手を持ってもいいんじゃないかな?」
「私は執事が似合うって言ったんだけどねぇ」
「ねーさんのその言葉がこじらせたんじゃねーの?」
「なっ、そんな事ないよねぇ月奈!?」
「そんな事もあるかもしれません」
「嘘!?」
思いがけない自分の言葉の被害に、ユナは声を上げる。
「そういやイーライ、コイツの教育課程っつったけど、真名は?」
「真名?」
「その様子だと習ってないんだね」
「月奈ちゃんにはまだやる事があるさ。真名はもう少し後…なんだけど」
「エレナさん、真名って…?」
聞きなれない単語に、月奈は首をかしげる。
「魔法はな、その魔法の真名を思い浮かべて唱えると効果が増すんだぜ?」
「…! すごい…!」
「まぁ、もうそろそろ教えてもいい頃合いかな?」
「凄いじゃないか、月奈! いいとこの魔法使いでも真名って習わないんだよ!?」
「何故ですか?」
「知られてねーからだよ。いい機会だ、明日の夜の酒宴で見せてやるよ」
◇
「ふぉっふぉ、イーライ殿には感謝せねばのぉ」
こちらは紫闇旅団、あてがわれた客室にて。
「なんや、じーさん珍しいな」
「儂とて好意的な申し出には感謝するぞい」
「おじーさん、解放戦、行っても良い?」
「どうした、切華? 出たいんか?」
(コクコク)
「ふぉっふぉっふぉっ、好きにするがよい。お主の自由じゃよ」
「切華ちゃんは、燐はんの事気に入っとるんやろ」
(…コクリ)
「おんなじ無口無愛想やからか? ははは! そりゃ、ええ友達になれるんとちゃうか?」
「うん! ボクも燐さんの恋人を助けたいよ!」
「さて、他の旅団の者も呼ばんとな」
「そろそろヤマも終わっとるやろ、オレが呼んどくわ」
そう言って、服鳥部は席を立った。
「他…といっても服鳥部、リュナだけでええぞ」
「了解」
◇
「なんなのだ? こっちはついさっき事が片付いたところなのだ、厄介事はごめんなのだ!」
ウルテリアスよりも南の砂漠の国チャルカ、その近郊にある、とある大きな盗賊団のアジト。そこでは1人の女性がいた。
「あぁ、そんなんやないで。ちぃと村人を解放せなならんヤマが出来てん、今からこれるやろ?」
「はぁ!? 一応聞くけど何処になのだ?」
「場所はメギド国領ヴォームラムス辺境、そこからヴァータの方角──ヴァータの国領は分かるやろ? アケキとメギドの間や。モルアギア平原、そこにヴァータの奴らが辺境の村人達を監禁してるらしい」
「行かないのだ、間に合わないのだ!」
根拠も何も言わず、行かない。そう答えた女性に対し、服鳥部は──
「お前の能力なら別に間に合うやろ」
そう提案した。
「能力使って良いのか!?」
「別にええやろ、お前が気にしてるだけで別に大罪でもなんでもないわ」
「でも…見られたら…」
「だぁーかぁーらぁー、別に周りの人は気にせぇへんわ!」
「…了解」
女性はニヤリと笑う。風にその長いボサボサした赤い髪をなびかせながら、女性は死屍累々の焼死体の上に立ち、その青い双眸で黄昏時の夕日を眺める。
◇
「眠いー疲れたー」
「ははは、寧々はもう寝てもいいのに」
「まぁ、寧々にとっては初めての土地ですし、興奮するのも分かります」
ヴォームラムス邸の屋根で、幻獣3人が話していた。
「1週間後…か」
遠い目をして、小夜は日が沈みゆく遠くの山々を眺める。その目は紺碧の色をしていた。夜風に寧々の茶色の髪と耳が揺れ、時雨が黒髪を搔き上げる。
「えぇ、葉月は──“もしかしたら【名】を借りるかもしれない”…と」
「また呼び出すのかい?」
「またみんなに会えるー?」
「そんなの、帰郷すれば会えるじゃん。…でも、面白くなりそうだね」
その頃の緋火は、
「さぁ! モタモタしていないで、次は浴場の掃除ですよ!」
「い、1日目からハード…」
黒髪の美丈夫にしごかれていた。
◇
「んっはぁ〜! いい朝だぜ!」
ベッドの上で咲は伸びをする。
「おはようございます、咲様」
清々しげな様子の咲に向かって、窓を開けていたセバスチャンは朝の挨拶。
「っておわぁ!?」
まさか人がいるとは思わなかった咲は、そのままベッドから転がり落ちる。
「大丈夫ですか? どこかお怪我は」
「んあ、だ、大丈夫だぜ…みんなは?」
「他のメギトリアルの皆さんは、食堂にてご朝食をとられているところです」
にこやかに、エレナとユナの執事セバスチャンはそう応じる。
「えっ、」
「大分ぐっすりと寝ておられましたね」
「あ、あの…ちなみに今って…」
「朝刻ちょうこくの十でございます」
それを聞いた途端咲の顔が青ざめ…
「おや? どうかされましたか? ご気分が優れないようでしたら…」
「ね、ね、ね、ね、」
「ね?」
「寝過ごしたぁぁぁぁぁぁっっっつ!」
カポーンッ……
「ふぇぇえいい湯だぜぇ〜」
2時間後、何故か咲(巨乳)は浴場にいた。
「ふふふ、広いでしょう当家のお風呂は」
「すっごい! こんなお風呂持ってたんだね、月奈!」
「…気持ちいい」
「疲れが取れますねー」
そこには夕月(並)、燐(まな板)、月奈(普通)、悠依(上)や、
「ええ湯やねぇ〜、夕月はんもそう思うやろ」
「はい! とっっても気持ちいいです!」
朱塗りの盃を持って朝から酒盛りしているクレハ(まな板)や、
(ブクブクブク…)
顔を湯船に半分沈めながらススス…と燐に近づく切華(貧乳)もいた。
「燐──ねぇ、暇?」
「え? …私の事か?」
「ねぇと遊びたい…」
「ええっと…」
急に迫ってきた切華への応答に戸惑った燐は、救いを求めるようにクレハの方を見た。
「切華ちゃん、気に入ってるのはわかるけど、あんま燐はんを困らせてもあかんよ。でも…燐はんも遊んであげてーな」
「気に入ってる…?」
クレハはさも楽しそうに、満面に喜色を浮かべ、
「燐はんが無口で無愛想なところが自分と似てるって」
と言った。
「あ、あはは…」
燐はそれを聞いて、少し顔が引きつりながらも笑う。
(私ってそんなに無愛想なのか…? ギリカにももう少し笑えって言われたんだが…)
「…分かった、今日は学校もないし…遊ぼう」
「…やったぁ」
それを聞いた切華は少し照れ臭そうに顔を赤らめ、喜ぶ。
「はぁ〜朝刻の酒盛りもええねぇ〜」
「クレハさんは飲み過ぎないようにね…」
「あら、鬼の酒豪っぷりなめたらあかんで?」
「ちなみに、どのくらいの大酒飲みなんですか?」
「三日三晩、紫雨はんと酒盛りして…酒樽5樽は飲み干したやろか? もちろん、一人で」
『え?』
「すごいやろ?」
そう言って、ケラケラとクレハは笑う。
「いや5樽も凄いけど…」
《あのおじいさん三日三晩もお酒飲んで死んじゃったりしないの…?》
◇
「遊ぶって何するんだ?」
前庭で、燐と切華は見合っていた。
「…手合わせ」
案外好戦的な遊び方に燐は戸惑う。
「はぁ…」
「大丈夫、【能力】の範囲は絞る」
「能力使うのかよ!」
その様子を遠くから見つけた紫雨が、観戦しに前庭の中央へ。
「ふぉっふぉ、手合わせかの?」
「紫雨さん? …あぁ、そうだ」
「気を付けよ、切華はまだ19じゃが、能力の扱いには一番長けておるぞ」
細い目に笑みを浮かべ、紫雨はそう忠告する。
「あぁそれと…」
そして辺りを見渡して、
「この円から出てしまっても、負けというのはどうかの?」
前庭の中央部は、白レンガで舗装された円形の道に囲まれた広い芝生になっていた。
「…分かった」
「ゴホン…それでは、両者見合い───始め!」
紫雨の号令がかかった瞬間、切華の両眼が紅く光る。
「!!」
ジャッ……
すると、燐の数歩手前の芝生が何かに切り刻まれた様に散り散りになる。
「…見えないのか。なら───」
燐はハンドガンの銃口を切華の方に向ける。
パァン
「【イドラルミーナー流・Positionポジション reversalリバーサル】」
銃弾が放たれ、切華はそれを切り裂こうとする────その直前に、
「…!」
「───なら、発動する前に撃てばいい」
燐は、愕然としている同じ白髪の少女の顎に銃を突き立てた。
(なんと…弾丸と自分の位置の入れ替え…)
「勝負あり!」
◇
「はぁ…私の屋敷で何やってんだか」
二階のイーライの部屋の窓からその様子を眺めていたエレナはそう嘆く。
「まぁまぁ、いいじゃないか。あと僕の屋敷だよ?」
「気にすんなよ、変わんねぇだろ」
「変わるよ!」
あまりにも横暴な物言いにイーライは声を上げる。全く、この見かけで年上なのだから末恐ろしい。
「お嬢様方、イーライ様、お茶をお持ち致しました」
その時、部屋の扉をノックして執事服を着た爽やかな長身の男性────セバスチャンが入ってきた。
「あぁ、ありがとう」
「セバスチャン、これはなんの茶葉だい?」
「今回メギド国領北方、フロシア地方の茶葉をご用意致しました」
「相変わらずいい味だね、セバスチャン君」
「ありがとうございます」
「おいセバスチャン、菓子〜」
「えぇ、ご用意しておりますよ」
催促されたセバスチャンは、慣れた手付きで給事台の上の盆をエレナの前のテーブルに置く。
「むー…? なんだこれ」
「リ・フランデーレ、王都の一流菓子店のものでございます。お嬢様はこれがお好きでしょう?」
「忘れた」
「全く、クソガk…お嬢様はもう少し身の回りに関心を持たれては?」
呆れ顔でセバスチャンは指摘する。
「もう見飽きたんだよ」
「でもさ、やっぱり時代は移り行くよねぇ」
エレナは飽き飽きと、ユナは目を輝かせた顔で言う。
「ははは、実体験の言葉は重みがあるね」
「では、私は昼食の準備がございますので、これで失礼致します」
◇
「ふぅむ、なかなかの腕前であった!」
「…ありがとう」
「クロイツ殿、これも貴殿の教えの成果ですかな?」
いつのまにか観戦者に加わっていたクロイツに、紫雨は尋ねる。
「いや、俺が教えたのは銃の扱い方に、あと…“英語”と銃の名前、部品名…くらいか。そんな特殊技、地球じゃありえん」
「ふむ、自身が習った事を応用し、自分のやり方と合わせる…いい弟子をお持ちですな」
「おじーさん、ねぇ強かった」
「そうじゃろうそうじゃろう。切華も精進せなばのぉ、ふぉっふぉ!」
その時、前庭を挟んだ正門の方から声が聞こえてきた。
「燐ーー!」
「夕月達だ。…あれ? ギリカか?」
その声の主が夕月だと確認し、
「どこ行ってたんだ?」
「いやーちょっと村の下見に!」
そこには月奈と咲、悠依、ギリカまでいた。
「で、どうだった? その酒宴をする村は?」
「クロイツさん! えぇ、とってもいい村でしたよ! 夕月さんも気に入りましたもんね」
「あっ! おじさま!」
「おお、ギリカ! 久しぶりだな!」
「えぇ! 相変わらず元気そうでなによりです!」
「…お前も元気だな」
「燐ちゃんはほぼ毎日会ってるでしょ!」
そう微笑んだギリカは、どうしてここにいるのだろうか。
「私達が村へ行ったらね、なぜかギリカちゃんもいたんだよ!」
「あははっ! たまたま用事があってフェイルナーヴァ村へ来てたんですよ〜」
「そうかそうか、それは運が良い奴だ! はっはっはっ!」
「運が…良い?」
「ギリカ、今日は酒宴だぞ」
「豊穣を願って…とイーライ殿は言っておったかの? もう終夏節しゅうかせつだしのぉ」
「やったーお酒〜♪」
「…お前そんなに酒好きだったか?(汗)」
◇
日没、冥刻に入るかといった頃。フェイルナーヴァ村の広場では沢山の椅子とテーブルが並び、多くの村人が───ざっと70人くらいであろうか、囲んでいた。
「流石に…多いな」
「大丈夫? 燐ちゃん、人いきれー?」
「…そんなんじゃない」
「でも…流石に多いな、アタシもこんなに来るとは思わなかった」
「緋火君、大丈夫?」
「は、はい…大丈夫です…夕月さん」
「んーセバスチャン…ちょっとしごきすぎたんじゃないかい?」
大分疲れた様子の、今やメギトリアルの執事兼月奈の助手となった緋火の様子を見て、そうユナが尋ねる。
「人間とは貧弱なものですねぇ…もう少しいけるかと思ったのですが…」
「まだ彼は10歳だ、あんまり厳しくしないでおいてくれよ、セバスチャン君。小学校も卒業してないからね」
「えぇ、存じ上げております」
「領主様、一言いただいてもよろしいですかな?」
「構わないよ。元気かい村長?」
「えぇ、お陰様で」
「さてと、僕は少し行ってくる。君達は好きなだけ食べたり飲んだりしてくれ」
にっこりとそう告げ、イーライは村長の後をついて行った。
「…緋火さん」
「…はい」
セバスチャンは緋火を呼び止め─────
「昨日は初日にしてあなたも頑張りましたし…今日ぐらいは、ご自由にどうぞ」
ご褒美を与えた。そして、緋火の顔は徐々に明るくなり、
「はいっ! ありがとうございます!」
そう言ってすでに食べたり飲んだりしているメギトリアルのところへと向かった。
「さて、私もお嬢様方の所へ行きましょうか」
◇
「ぷふぅぅぅ…うまいっ!」
「あぁ〜いつ呑んでもお酒はええもんやねぇ〜」
「クレハさんまた飲んでる…」
「オレも結構飲む方やと思ってんけど、それでもクレハの姐あねさんには勝てへんなぁ」
「ボクはまだお酒飲めないや!」
「ねぇ、それとって」
「あぁ、はい」
「ふぉっふぉっふぉ! 切華もすっかり燐殿に懐いたのぉ」
「もうなんか“ねぇ”とか呼ばれてるんだが」
その言葉通り、会話する2人の姿は同じ白髪無愛想ということも相まって、まさに姉妹のようだった。
「でも、オレは21やし“にぃ”って呼ばれんのも分かるけど…燐はまだ17…? 切華の方が2つ上やんか、なんで“ねぇ”なん?」
「そんな、呼び方とかはなんでもいーの!」
ごもっともな指摘をされ、むくれる切華。
「さぁて、宴や宴や、何もかもみぃんな忘れて呑も〜♪」
「それは流石にまずいと思うんだよね、うん(汗)」
泥酔まっしぐらの呑みっぷりを見せるクレハに、誰とは言わなかったがたしなめるように小夜が突っ込む。その視線の先には、もうかなり呑んでいる葉月がいた。
「そんな硬いこと言うな、お前さんも呑めよ小夜〜!」
「こうなるからあまりお酒を呑ませたくなかった…っ!」
ぐぐ…と怒りを抑えて小夜は愚痴る。
「まぁまぁ、葉月もしばらくの隠遁で誰かと一緒に酒盛りすることなんてなかったですから。今日ぐらいは許してあげましょう、小夜さん」
「おっ、夕月! この肉上手いのぜ、酒と合う!」
「えっほんと? どれどれ…」
咲が勧めてきた大皿の肉料理を口に運び、お酒を一口夕月は飲む。
「ほんとだ美味しい! ギリカちゃんもどう?」
「はい、いただきます!」
「あははっ、みんなもうたくさん食べたねぇ」
「あら師匠。えぇ、みんな美味しい料理ばかりで箸が進むわ!」
一言を終え、戻ってきたイーライ。すると彼に近づく者が…
「わんっ!」
「うわっ! 何するんだいエレナ君!」
エレナが座ったイーライの耳に向かって吠える。
「んー? なんとなく」
「あぁ悪いねぇイーライ、この子、もう酔っちまったみたいなんだよ」
言われてみると確かに、目の焦点が合っておらずどこか眠そうな顔で酒を飲んでいる。
「君もお酒飲めないのかい?」
「えっ? はい…まだ10歳なので、あと10年しないと飲めません」
「あれ? クロイツおじさん、君達の世界って20歳じゃないとお酒が飲めないのかい?」
メギトリアルの座っている近くで細々と食べていた緋火に、ヴァンは声をかける。
「いや…厳密には国によって飲めるようになる歳は異なるな。だが、大体の国は…そうだな、20歳ぐらいだ」
「へぇ! “地球”では国によってお酒飲める歳も違うんだね! いいなぁ、ボクもいつか行ってみたいや!」
「あ、クロイツさんこれ食べます?」
「お、うまそうだな、もらおう」
───まだ冥刻の八、宴は始まったばかりである。
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