第5話 会議室での邂逅

「突然の申し出、すまなかったな。」

「…いや、葉月さんに何か目的がありそうだっただけだ。」

「一ヶ月後に迫る解放戦に向けて、茜崎燐、卿のことで少しイーライ殿と話したい事があるのだ。卿の、目の事についてだ。」

「…! 知ってるのか。」

「2年前、人知れずイーライ殿の元を訪れた時、聞き及んだのでな。」

 会話をしている間に、イーライの執務室に着いた。そして、葉月は扉の取手に手を掛け───

「やぁ、燐君。」

 イーライは、いつもの微笑みを見せて、椅子に座っていた。

「さて、イーライ殿。早速本題に入ろう。」

「燐君の目の事だろう?」

 まだ何も言っていないのに、本題を言い当てるイーライに葉月は少し驚く。

「ふっ、見抜いていたか。」

「ははっ、別に決勝戦ぐらい見てもいいじゃないか。」

「分かっているのなら話が早い。」

 そして、葉月は少し声を落とし、

「…茜崎燐の目は、特殊なのか?」


 ◇


「なんや、もう終わりかいな。」

 突如会議室に降ったその声は、メギドにいたら聞かないような口調であった。

「なんだ、いたのか服鳥部はとべ。」

「え?」

 まるで知り合いに話しかけるかのように声に反応した葉月に、夕月は驚きを露わにする。

「そろそろ出てきたらどうだ?」

「せやな、もう見つかったも同然やしのぉ。」

 そう言って声は───声の主は、壁際にその姿を見せた。

「おおきに。オレん名は服鳥部はとべ。名ぁは…あんま知る必要ないやろ。知ってる奴らは服鳥部の名前聞いただけでビビってくれるしのぉ。」

「こいつは紫闇旅団の一人で、アケキ出身だな。」

「アケキ? それって何かしら、葉月さん。」

「アケキはメギドの西にある国だよ。独特の方言があって、アケキ弁って言うね。僕はまだ行ったことないなぁー。」

 服鳥部はとべ。アケキ出身アケキ弁の、紫闇旅団所属の男。少し黒めの肌に、黒の髪を持ち、年齢は19程。「貴族殺しの服鳥部」の異名が一族に付いていて、圧政で民を苦しませる貴族を殺すことを家業とした一族。要するに義賊である。

「んー…? どっかで見た顔…。」

 と、夕月は見覚えがある顔だったことに戸惑い、どこで見たか…と思案する。

「夕月さん? どうかしましたか?」

「いや…あの顔をどっかで…」

 そう言って夕月は、

「…! 思い出した! 大会の最中に商い通りでカロピス買ってた人!」

(あやっぱカロピスなんだ…)

「ん? 嬢ちゃんはオレの事見かけたんか。」

「でも…あの時は女の子もいた筈…」

「今葉月はんが呼んだはずやで。せやろ?」

「ああ、団長と切華と…その他諸々。」

「今思ったんですけど…葉月さんは何故紫闇旅団と連絡が取れるのですか? 謎の多い組織なのでしょう?」

 悠依がさっきから感じていた疑問を口にする。

「葉月…せめて弟子くらいにはもうちょっと明かそうよ…。えっとね、葉月も紫闇旅団の一員だからだよ。」

「じゃあ私からも質問! なんで小夜と寧々は葉月さんを呼び捨てなのぜ?」

「ああ、僕達は幻獣だからねー。人の寿命の何倍も生きるよー。僕は…1000から数えるのやめたっけな。」

「寧々15ー!」

「寧々低っ!」

「そう、寧々はまだ年端もいかないから、変化へんげが出来なくて耳を隠せてないんだ。」

「いやでもオレらの常識やと15で成人やぞ?」

「人と一緒にしないでって言ったよね?」

「姐ちゃん相変わらず辛辣やな…」

「私は1000を少し越したぐらいですかね?」

 間髪入れずに二つも驚きの事実が明かされた事に、夕月の脳が処理しきれなくなる。

「えっと…つまり師匠は紫闇旅団の一員だから団員の顔も分かるし、連絡も取り合える…と。」

「そう言う事だ。」

「そういや…月奈、やったけか? 姐ちゃん、魔法使いか。」

「え? そうよ。それがどうかしたんですか?」

「いや、珍しい能力持っとるなぁって。」

(ギクリ)

「え? どゆことだぜ?」

 月奈は、興味を持ってしまった咲を一瞥して溜息をつく。

「バレないように隠してたのに…なんでバレたのかしらね。」

「こっちも伊達に戦ってる訳やないしのぉ、相手の表情から大体何考えてるか想像もつくってもんや。」

 服鳥部は一呼吸おいて、

「姐ちゃんが、普段ならこんな事せえへんのになぁ…って思っとる事とかな。」

「いやだからどういう事だぜって。」

「私の能力よ。【不唱ふしょう】。その名の通り、呪文を唱えずとも、魔法陣を出さずとも魔法を発動できる能力。」

「そんなの持ってたんですね…ずっと一緒にいても、わからないものです。」

「…そんなにすごいのか? その能力。」

「師匠が持つ【魔導】よりも、魔法使いが欲しがるわね。【魔導】は、火、水、風、土、光、陰の6つのマナ全てに適性を持ち、どんな魔法でも使える能力。でも、魔法は呪文を唱えるか、それに対応する魔法陣を作らないと発動出来ないの。でもね、【不唱】は、そんなのが必要ない。初期動作なく、相手に気付かれずに魔法が発動できる。そんな能力よ。」

 イーライがうんうんと頷いている。

「それも含めて月奈ちゃんは稀有って言われてるんだよ。」

「なるほど、だからあんな顔しとったんか。」

「私ってそんな不服そうな顔してた!?」


 ガチャリ


 月奈が自身の表情の隠せなさに驚きを露わにしたところで、会議室の扉が開いた。

「失礼しますぞ。」

「久しぶりですな、紫闇旅団団長、紫雨しぐれ殿。」

「お久しぶりでございます。」

 扉に手をかけて立っていたのは、随分と高齢に見え、左目に切り傷がある老人だった。

「えっと…メギトリアルの皆さん、こちらが紫闇旅団団長紫雨です。」

 時雨ときさめが紹介する。

「あら? そちらの女の子は…誰でしょうか?」

 悠依が、紫雨の後ろに隠れるように立っている、背の低い女の子を見つける。

「あぁ…彼女は…」

「おおー、切華! 来たか!」

 葉月が紹介する前に、服鳥部が熱烈な反応を示す。女の子は、服鳥部を見つけると、すぐさま近寄っていき、その影に隠れる。

「あ、あの…私達ってそんなに怖く見えるかなぁ…?」

 その様子に自分達の威圧の影響ではないかと危惧した夕月が聞く。

「ん? いやー大丈夫やで、なぁ?」

(コクコク)

 黙って首を縦に振る女の子を見て、服鳥部はその子の頭を撫でる。

「この子も19年間、大変な生き方してたしのぉ、人の目ぇを気にするのはしゃーないで。」

(恋人…?)

 燐は、半ば無意識にそう感じた。

「この子は、殺歌あやめうた切華せつか。ちょいと故あってオレが面倒見てる子や。」

「どうして、人の目を気にしてるの?」

「言うてもええか?」

(…コクッ)

「落ち着いて聞いてくれな。」

 服鳥部が声のトーンを落として話し出したので、みんなの間に緊張が走る。

「この子はな…【大罪】持ちなんや。」


 ……………?


「えっと…【大罪】って…何?」

「は?」

 メギトリアル5人の反応に、恐れられると思っていた服鳥部、罵声を浴びせられると思って身構えていた切華はおろか、その場にいた全員が驚愕した。

「これはこれは驚きですのぉ。クレイブ殿、戦線に立たせるのもよろしいが、しっかりと教育も頼みますぞ。」

 紫雨が心底楽しそうに微笑み、長く伸びた口髭に触れながら、もともと細い目をさらに細める。

「はっは、お恥ずかしい。」

『なんで私達恥になってるの?』

「うむ、我も夕月殿達が【大罪】を知らぬとは思わなんだ。はっはっは!」

「儂の方から説明しましょうかの。」

「お願いしまーす!」

「うむ。【大罪の能力】、略して【大罪】じゃ。その名の通り、自身で求めたものでもないのに、持って生まれただけで大罪とされる、強大な力を持つ能力。故に、【大罪】持ちは弾劾、迫害され、酷いものでは捕らえられる、死罪に問われるの。この世界に何人いるかは分かっておらず、数人とも数十人、はたまた数百人いると言われておる。」

「なんて酷い…! 迫害…!?」

「まぁ、手に負えず、本人にしか扱えんものじゃからの、恐怖するのも無理はないのじゃが…」

「その【大罪の能力】ってどんなのがあるのでしょうか?」

「ううむ…それがの、厳密には把握されておらんのじゃ。儂が知っておるのは、【切り裂き】と【虚真きょしん】だけじゃ。いずれも、紫闇旅団におる。安心して良いぞ。」

「切華ちゃんは、どっちなの?」

「【切り裂き】や。この子も村の住人を皆殺しにしてまで【大罪】を捕まえる集団に捕まってしもてのぉ。なんとか保護したんやが…紫闇旅団に入りたての頃は視界内にいる奴らは敵味方関係なしに切り刻まれとったなぁ。その後…まぁ、ちょっとあって制御出来るまで成長したでー。」

 そう言いながら、服鳥部は切華の頭をポンポンしている。

「…にぃ、重い…です…//」

 そして、何故か切華は顔を赤らめ、下を向いていた。

 その様子を見て、燐は確信した。(恋人同士…か)

 そして、キュッと胸が痛む。

「【虚真】は、虚うそが真まことになる。つまり、嘘を付いているのに、それは真実となってしまう、聞いた相手は嘘と感じれずに信じてしまう、使いようによっては王国1つ潰せる能力じゃな。ここには来ておらぬな。紫闇旅団にいる少年がそれじゃ。」

 ───この話をしている間、葉月が苦々しい表情をしていたことは、誰も気付かなかった。

 話が一区切りついたのを見計らい、レイトが口を開く。

「さて、紫雨様。そろそろ本題に入らせていただきます。」

「うむ、ちと話が過ぎたの。」

「葉月から話は聞いていますね?」

「そこにおるイーライ殿の村人の囚われているところの偵察、であったな。」

「えぇ、我々の目的もそこにあると思われます。」

「ならば、ヴァンを行ゆかそうかの。」

「誰ー?」

「ふぉっふぉ、寧々はまだ会っとらんか。【虚真】の少年じゃよ。」

「そうか、嘘が真実になっちゃうから簡単に騙せるのか。僕が会ったときはただの男の子だと思ってたのに。」

「では、その手はずで。」


 ◇


「私を呼んで何があるんだっての…全く、我が妹は」

 トワイラテイル住宅区画。その路地を歩くのは、20歳程の紅いショートヘアの女性。

「てゆーか…私、メギド来たことないから道知らないんだけど…ん?」

 道のりを教えず呼びつけた妹に愚痴っていると、女性はその紅の双眸で何かを見つけた。

「あの子…あの家で何してるの?」

 その目が捉えたものは、ある家をじっと見つめている男の子の姿だった。

「…」

 どこか良からぬ雰囲気を感じ、女性は男の子に話しかけようと近づく。

「ねぇ、ちょっと…」

 その子の肩に触れると、男の子は振り向き、少し驚いた顔をして────消えた。

「…!?」

「お、おい…今の子、消えたよな?」

「やだ…また魔獣とかじゃないでしょうね。」

 その瞬間を見た通行人がざわめき出す。

(消えて…ないね。訓練された動きで、一瞬でどこかへ走ったな)

 女性は家を見上げる。特に目立ったところはない、二階建ての住居。

「…」

 男の子の、不自然な行動と素性の怪しさに女性は不安を覚える。

(杞憂だといいけど───!?)

 危険を感じすぐさま後ろに飛ぶ、次の瞬間。


 バァァァァン‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎


 凄まじい熱を発して、家が、爆発した。


 ◇


 時間は少し戻って、会議が終わり、メギトリアル5人は家路につく頃。

「まさか…師匠が来るとは」

「まだ気になってんのか」

「バカンス…行けなかった…」

「燐は気にし過ぎね」

「そ、そうですよ! ギルベルトさんも、村人が解放されたらバカンスに行けるって言ってたじゃないですか!」

「それにしても、まさか紫闇の人達がイーライさんのところに行くなんてねー。」

「いまから宿を探しすのは厳しいだろうって。」

「だから君達もどうだいって誘ってきたのか。」

「…酒宴、だったか?」

「ええ、ヴォームラムス邸の近くの大きい村で祭りを開くらしいわ。」

「おお! 我が家だ!」

「そんな大げさな…って、あら?」

 メギトリアルの家が見えてきたところで、月奈が何かを見つける。

「あれは…!」

「んー? 誰あれ」

 夕月も、自分の家の前で、女性が男の子に話しかけようと近づく場面を見つけた。

「…男の子、消えたぞ。」

「何かありそうですね。」

 男の子が消えたのを見た5人が家に向かって走りだす、次の瞬間。


 バァァァァン‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎


 メギトリアルの家が、爆発した。


 ◇


「くっ…間に合わなかった」

「私達の家がぁぁ!」

「貴方達の家なのかい?」

「はい…そうですけど…」

「気を取られて止められなかった。すまないね」

「いや、一般人であれ止められたら私達はなんなのぜ…って、月奈?」

「何故…貴方様が、此処に…!?」

「私のことを知ってるのかい? ふぅむ…その顔、何処かで…」

「なぁ、この人は誰だ? 月奈」

「思い出した! 貴方、イーライの若造の弟子か!」

「うんちょっと待とうか」

 急に飛び出た衝撃発言に、咲の制止が入る。

「若造…って、絶対あんたの方が年下…」

「咲、相手を見た目で判断しないこと。ギルベルトさんに戦場での鉄則って教わったでしょ」

「貴方達、此処で話も邪魔になる。どこかへ移ろう」

「じゃあ、イーライさんのとこに行きますか!」

「事後処理は…後にしましょうか」

「貴方達もイーライのところへ行くのかい? ちょうどよかった! 私も、妹に呼びつけられて、そこへ行く途中なんだ!」

「え? 途中…?」

「じゃあなんでここにいるんだぜ!」

「…迷ったのさ」

 あっけからんと口にされた方向音痴の証明。

「…迷い過ぎ」


 ◇


 馬車の中で、メギトリアル5人はその女性の素性を知った。

「私はユナ。20歳。普段はウルテリアスに住んでるんだけどね」

「ウルテリアス? それってなんですか?」

「ウルテリアス城塞王国。メギドから見て…南西かな? 技術力は大陸一だよ」

「師匠から…聞いたことがある。大陸に出回っている銃はそこのものだって」

「ん? 貴方そんなもの抱えてたんだ。そうさ、火の魔鉱石は知ってるだろ?」

「はい、確か…少しの衝撃でも加わると爆発する魔鉱石…そう授業で習いましたよね、皆さん?」


 ……………………?


「魔鉱石? なにそれ?」

「私、寝てたかもだぜ…」

「はぁ…あんた達は…」

「あはは! まぁ、そういう鉱石があるのさ。それを、爆発させずに粉末状にする。そして…あそこは鉱物資源も豊富だからね、鉄の弾丸に詰めて、叩く! そうすれば、球がすごい速さで飛んでいくってわけさ」

「そうか、そういう原理だったのか」

「ちなみに、貴方の師匠とやらは誰だい?」

「え…イドラルミーナー。クロイツ・イドラルミーナーだ。でもなんでそんなこと…」

 その名前を聞いた途端、ユナはがばと立ち上がり───


 ゴン!


「いぃった!」

「………」

「馬車の中だったね…そういえば…」

 ユナは再び座って言う。

「貴方、イド爺の弟子かい」

「…ああ」

「イドラルミーナーさんって、コーヒー豆の人でしょ?」

「確か…ひょっこりメギドに訪れてそのまま定住してる人よね?」

「…私の師匠に、なにかあるのか?」

「いいや、ちょっとした所縁があるだけさ」


 ◇


「やぁ! いらっしゃい。紫闇旅団の人達も来ているよ」

 馬車から降りた月奈達を、イーライは出迎えた。

「えっとね…師匠、家が…」

 そして、月奈が事のあらましを説明しようと口を開き─────

「あぁ、爆発したんだろ? 姉さんから聞いたぜ」

 イーライと一緒に出迎えていた少女に遮られた。

「ん? なんでお前がここにいるんだ?」

 続けざまに、男性の声が聞こえてくる。

「…逆になんで師匠がここにいるんだよ」

「この小娘に連れてこられた」

 そう言って、男の人は、不機嫌そうに少女を親指で指す。

「あなたは…!」

「月奈? 今度はなに?」

「師匠! なんでこの2人がいるんですか!」

「姉さん、召喚門ゲートが開くんだよ、この庭に」

「そうなの? 私は、イーライが戦いを前にして魔砲の不具合がないか確認して欲しいって…」

「おお、ユナ! 久しぶりだな」

「イド爺も久しいね。…25年ぶりかい?」

「ああ、あの頃は俺が25…」

「55歳かー、大きくなるもんだ」

 なんも不自然さも無いような会話に、夕月は不自然を感じ、口にする。

「あれ? ユナさんって20歳なんじゃ…」

「夕月、この人達は違うのよ」

「そうだ、あんま人を見かけで判断しないほうがいーぜ」

「私達魔法使いはこの人達をこう呼ぶのよ────千年魔女、って」

 その単語に並々ならぬ過去の重みを感じ、沈黙が訪れる。

「つまり…」

「この人達は、不老不死なのよ」

「僕が助手になるかなり前…それこそ数千年前になにかあったらしい。話そうとしないけどね」

「いや、少し…」

「少し?」

「少しセバスチャンと何かあっただけさ」

「セバスチャン?」

「ああ、僕の屋敷で、この人の執事をしてる人だよ」

「え? この人もヴォームラムス邸に住んでいるんですか?」

「おいおい、メギトリアルなのに王立魔術師団の長も知らねーのかよ」

「この方はね、王立魔術師団の長のエレナ・リーヴィリヒアインツネバーさんよ」

「僕は王立魔術師団の2番目の実力だからって彼女のお眼鏡に叶ってね、助手をしてるんだ」

「その関係でこの屋敷に住んでるんだぜ」

 エレナ・リーヴィリヒアインツネバー。王立魔術師団の長であり、数千年の時を過ごす魔法使い。故に、魔法使いの間では、姉と共に「千年魔女」と呼ばれている。不老不死になってしまった経緯を離そうとしないが、普通の体だった頃に、セバスチャンという彼女達の執事と何かあったらしい。長である以上、魔法の腕は王国一である。ちなみに、一人称は「アタシ」で、年は15歳から変わっていない。

 ユナ・リーヴィリヒアインツネバー。普段はメギドから見て南西に位置する、ウルテリアス城塞王国で生活していて、王国の技巧の手助けをしている。その昔、妹と共に今はなき国で生活していた頃に、セバスチャンと何かあったらしく、その一件で不老不死の存在となる。一人称は「私」で、年齢は20歳。

「コーヒー豆の人はなんでここに?」

 夕月がクロイツに、ヴォームラムス邸にいる理由を尋ねた。

「どうやら召喚門が開くらしい。あと俺をコーヒー豆と呼ぶのはやめろ」

「召喚門? それってなんだぜ?」

「…聞いたことないな」

「召喚門っていうのは、稀に異世界と繋がって、異世界物が飛び出してくるもののことよ。まだどうして開くのか分かってないわ」

「…それがここに開くのか?」

「うん、エレナ君がそう言うんだ」

「しかも、結構でけー感じがする。多分、クロイツの時みたいに人が来る」

『は?』

 文面を見る限りはクロイツが召喚門から出てきたと捉えられるその言葉に、5人は唖然とする。

「なんだ? 知らなかったのかてめーら」

 その様子を見たエレナが呆れる。すると、クロイツが口を開き

「俺は25年前まで、地球のアメリカという所に住んでいた。だが…召喚門? とやらに巻き込まれた───というか、強制的にこの世界に連れてこられたんだ」

「召喚門はウルテリアスの郊外に開いてね、その時、召喚門を見届けてたのが私ってわけさ」

「それから5年間、ユナの厄介になって、メギドに来たというわけだ」

「そっか! その時に持ってたのが、銃とコーヒー豆って事か!」

「ああ、あっちの世界ではスナイパーでの暗殺業を生業にしてたからな。家でコーヒー豆を挽いて、仕事に行こうと銃を担いだ時に連れてこられた」

「それで、ウルテリアスの技術で銃をなんとか再現したり、私の錬金術でコーヒー豆を錬金したりと…」

「そういう事だ」

 そう言って、クロイツは締める。

「…そして私を弟子にしたのか」

「ああ」

 クロイツは深く頷き、

「まぁ、【イドラルミーナー流】などと勝手に名前をつけたのはお前だがな! はっはっはっはっ!」

 豪勢に笑う。

「さて、そろそろ日も沈んで来る。酒宴は明日だし、家も爆発したんだし、中に入─────


 バンッ


 その時、前庭の一部の空間に閃光が走り、青く発光する円形の次元の穴が開く。

「開いたのぜ!」

「離れて! まだ原理がわかってねーんだ、迂闊に近付くんじゃねー」

 すると、円の中から人影が落ちる。


 ドサッ


「いったたたた…」

 落ちてきたのは男の子だった。男の子は辺りを見渡し、

「………!?」

 周りの景色が全く変わっている事と、それに伴って見知らぬ人が9人もいることに愕然として────

「アイムノットアンエネミー……」

 敵意がないことだけ表明した。


 ◇


「さて、なんとか侵入」

 ヴァータ軍捕虜収容及び戦線基地。白昼堂々と部外者然の格好の少年が建物内部にいた。

「どうやら聞いていた通り、ここが村人を収容してるみたいだ」

 牢屋が立ち並ぶ廊下を見渡して、呟く。

「誰だい? 君」

 そんな少年に1つの牢屋の中の男性は声をかけた。

「僕は喋る蛇さ。君はどうしてここにいるんだい?」

「見ての通り、ヴァータ軍に捕まったんだよ。もう、ここに3年はいるかな」

「へぇ…そうだ! いいことを教えてあげるよ!」

「へぇ、なんだい? 喋る蛇君?」

「君は1ヶ月の間にここから出られるよ! ほかのみんなと一緒にね!」

 その言葉に男性は目を見開く。

「なんでだい?」

「助けにくるからさ!」

「………そうか。分かった、待つよ」

 男性は一呼吸置いて微笑み、

「朗報をありがとう、喋る蛇君。みんなにもそう伝えておくよ」

「うん!」



「団長、予想は当たってたよ。」

 交信が出来る魔法道具の手鏡を使って、少年は紫闇紫雨しあんしぐれと会話───偵察の結果を報告していた。そう、彼が【虚真】のヴァンだった。

「ふむ、そうか。分かった、クレイブ殿に伝えておこう」

「じゃあ、僕は今から帰るね」

「ああそれと…ヴァンよ、儂らはイーライ殿の屋敷でしばらく過ごさせてもらうことになった。だから、帰るのはヴォームラムス邸じゃぞ」

「うん! 分かったよ! …そういえば団長、男の人がいたよ」

「ほう?」

「3年前から捕らえられてて、それだけ長く捕らえられてるのはその人だけなんだって」

「…分かった」


 ◇


「来たか」

「やっぱり師匠もいるかぁ…」

「当たり前だ、イーライの好意を無下にするほど、馬鹿ではない」

「僕はお酒目当てだと睨んでんだけどねっ♪」

「…そんなことはない………ことはない」

「まぁまぁ、せっかく皆さんも揃った事ですし、葉月もみんなも思い思い過ごしてはいかがでしょう?」

時雨が提案する。

「…そうだな、私も燐、卿と話したかった」

「そうだったな、そう言えばイーライのとこに行きたいとか…」

「そうだ、いくぞ」



「突然の申し出、すまなかったな」

「…いや、葉月さんに何か目的がありそうだっただけだ」

「一ヶ月後に迫る解放戦に向けて、茜崎燐、卿のことで少しイーライ殿と話したい事があるのだ。卿の、目の事についてだ。」

「…! 知ってるのか」

「2年前、人知れずイーライ殿の元を訪れた時、聞き及んだのでな。」

 会話をしている間に、イーライの執務室に着いた。そして、葉月は扉の取手に手を掛け───

「やぁ、燐君」

 イーライは、いつもの微笑みを見せて、椅子に座っていた。

「さて、イーライ殿。早速本題に入ろう」

「燐君の目の事だろう?」

 まだ何も言っていないのに、本題を言い当てるイーライに葉月は少し驚く。

「ふっ、見抜いていたか」

「ははっ、別に決勝戦ぐらい見てもいいじゃないか」

「分かっているのなら話が早い」

 そして、葉月は少し声を落とし、

「…茜崎燐の目は、特殊なのか?」

それを聞いて、今まで黙っていた燐が口を開く。

「…え…? そんなの、術式を私の目に埋めた奴しか分からな───」

そして、燐は一つの仮説に辿り着く。

「まさか…イーライが私の手術をしたっていうのか?」

「そのまさか、でね。あれを治療出来るのは、王国には僕ぐらいしかいなくてね。今まで黙っていて、すまなかったよ」

そして、イーライは葉月に向き直り、

「燐君の目には、何も特殊な術式は埋めていないよ。ただの止血術式を掛けて、そのあと魔法でなんとか摘出…って感じ。それがどうかしたのかい?」

「決勝戦、決着のあの時、私は初動を隠した筈だ。なのに、卿はそれが見えたらしい。」

それを聞いたイーライは驚くそぶりを見せる。

「まさか…本当かい? 燐君」

「あ、あぁ…見えていた」

「そうか…」

そう言ってイーライは考え込む。


─────────────。


何分か沈黙が続いて、イーライが結論を出す。

「燐君、君の眼は周囲のマナに干渉しだしているのかもね」

「…どういう事だ?」

「つまりこういう事だろう。卿の眼は周りのマナによって、魔法の眼になりかけている…と」

「うん。このままだと、失明するかもしれない」

「な…! なんとか出来ないのか!?」

「なんとか出来るさ、ただ…」

「ただ?」

「君の眼を、特殊にしなくてはならない」

「どんな風になるんだ?」

「そうだね…見えないものが見えるから─────」



「はい、改造終わり!」

「改造って…これで、失明は免れるのか?」

「うん、燐君もなかなか気に入ったみたいだし、いいんじゃないかな?」

「…ありがとうございます」

「ははは! いや、お礼はいいよ。ちゃんと自分の患者は面倒みないとね!」

「…そうだな」


バタン!


勢いよく扉が開く。

「どうかしたかい?」

そこには、黄昏軍の兵士が立っていた。

「燐殿に伝言であります!」

「…? 私?」

「彼が──────ルシア・V・ブラックが見つかりました!」

「………!!!!?」

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