第4話 再会

メギド訓練及び腕自慢大会の受付建物。その中で、3人の人物が議論していた。

「そうか…なら、とりあえずはこの大会の行く末を見守ろう。」

「いえ、それは早計というもの。」

「何故だ? 今後一ヶ月は動きが少なくなるのであろう?」

「しかし、動きが少なくなるだけで、完全に動かないとは言っておらん…と。」

「クレイブ指揮官はお分かりでしたか。」

「なるほど。戦闘は少なくなるかもしれない。が、別のことは出来るという事か。」

「えぇ。それに関係するのかは分かりませんが、最近私の領地で妙な動きがありましてね。」

「妙な?」

「いくつかの村の村人達が全員いなくなっているのですよ。」

「なんだと!? 村人達は!?」

「私の領地は、私の許可なく領地に入る者を許さない結界が張ってあります。魔法を使わない限り押し入れないはずです。しかし、魔法を使った痕跡が見られません。そして、いずれの村も領地の端に近く、森続きでヴァータに繋がっている方角の村々でした。」

「そうか、貴殿の領地はヴァータの方角であったな。」

「それらを踏まえて推察するに…」

「魔獣…と?」

「にわかに信じ難いですが…えぇ、魔獣は結界の影響を受けません。角を折って魔獣を従えて、それらに村人達をヴァータに攫わせたのではと。しかし、すでに連れ去られて殺されている可能性もあります。」

「なんと…。」

「ですから、領主として黄昏軍にお願いしたい。どうか、我が村人達を救って欲しいのです。」

 そう言ってイーライは頭を下げる。

「言われなくとも、手伝うつもりでしたよ。」

「ふぉっふぉ、イーライ殿の大事な民草だ。みすみすとは殺させんよ。」

 それに応答する2人の指揮官。

「感謝を。ですが、どこに捕らわれているのか、相手の手勢、その他諸々の情報がない。」

「大丈夫、その点は旅団が専門分野じゃ。」

「来ているのですか? 旅団が。」

「いや確証はないが…あの方が来ているのなら、きっと。」


 ◇


 観客の誰もが言葉を失った。

 舞い落ちる紅葉。それの出所も気になるが、何よりも。その紅葉の中に、左腕の服の袖を斬られた悠依が倒れていた。

「メッ、メギトリアル所属城嶺悠依。敗北…。」


「嘘だろ…悠依さんも倒されちまう程のヤツが…。」

「ああ、次はメギトリアル同士の対決と、咲対ソイツだ。」

「頑張ってね! 咲!」

「ああ、お互い頑張ろうぜ!」」


 ◇


 闘技場の中央、メギトリアルの2人は見合う。

「ふふっ、まさか燐と戦うことになるなんてね。」

「ああ、私も驚きだ。」

「じゃあ、始めますか!」

「さあ! メギトリアル同士の対決! 果たして!?」

 観客席が静まり返る。タナカは続けて、

「5…4…3…2…1…開始!」

 オオオオオオオオオ………

「アインク・メストール!」

 開始直後、すぐさま詠唱する。

「【ドーラ】!」

 すると、燐の足元の地面が隆起し、その体を宙へと高く飛ばす。

「なっ…! 【イドラルミーナー流・Reversal shootリバーサルシュート】!」

 空中で体を捻って反転し、月奈を撃とうと燐は構える。相対する、右手に水色に輝く魔法陣を携えた月奈は、それを飛ぶ燐に向ける。

「【キューラ】!」

 魔法陣は水のマナの力を発現させ、空中に腕くらいの大きさの氷柱を作り出す。そして、月奈が手を振ると、氷柱は宙の燐に向かって一直線に。


 バキュウン…


 しかし、氷柱は燐に当たらなかった。燐の放った弾丸が氷柱を貫通し砕く。そして、そのまま月奈に向かう。

「【キール】!」

 月奈は魔法陣を解除してなかったのが幸いとばかりに、再度魔法陣の力を借りて氷の結晶の集積体で盾を作る。弾丸はそれに当たり、急速な冷却により砕ける。その隙に、燐は地面に着地。

「おおっと! 開始早々激しい攻防!」

 月奈は右手の魔法陣を解除し、別のマナを利用する為に、次に緑の魔法陣を作る。

「【ロルマ・フューラ】!」

 魔法陣から、風の刃が放たれる。刃は槍の様な形を帯び、触れた物を切り裂こうとする。

「ミース・レイン・メントーヴァ・ラーグリミレア・ドストレヴェ!【キューラ・ラーグ・モーラ】!」

 間髪入れずに、月奈は詠唱。すると、火のマナと水のマナの力が顕現する。水が凍り、氷の球体に。そして、糸の形をした火が球の対極で交差し、球の周りを走る。

「ここで、大技! 燐選手、どうするーーー!?」

 迫り来る風と、その後に続く球を見ながら、燐は苦笑い。

「さすが、六つのマナ全てに適正を持つ、千年に一度の稀有な魔力。火と水のマナの合わせ技…けど、持って来といてよかった。ありがとうギリカ。」

 燐は胸ポケットの一つからから弾を取る。

「喰らえギリカの心配性の顕現! 【封呪弾】!」


 バーン…


 観客の誰もここまで清々しく響く銃声を聞いたことは無いだろう。ブラックの残した銃と、日頃のギリカの手入れの賜物。まさにそんな音だった。

「驚異の逆転! 茜崎燐、勝利!」

 音の発生源は、風の刃を散らし、火と水の融合球を打ち砕き、月奈の右肩を掠めていた。戦意喪失とまではいかなかったかもしれないが、魔法使いの月奈にとっては自身の魔法が弾丸に敗れたことで課題になったのではないだろうか。

「さすが、負けないわね。燐は。」

「まぁ、少し危なかったがな。」

「ふふふ。決勝戦、頑張ってね!」

「ああ。(絶対ギリカとのバカンス…!)」


 ◇


「ん? 晓燕!? こ、これ…!」

「なにアルカそんな慌てて。って…カロピス? それがどうかしたんですカ?」

「これ…文字が似てるだけでカ○(マル)ピスなんかじゃない! カロピスだ!」

「馬鹿アルカ? そんなの誰でも分かってること…まさか! ずっと! ぶふっ、その童話でぐらいでしか使われてないカルム文字間違えてるアルカ! ぷふっふふふ、あはっはははは!」

「わ、笑うなよ! これ文字丸過ぎだろ! カルム文字だからって侮ってたぜ…。」

「ぶははははははははは! ぎゃーーはっはっはっはっはっはっはっ!」

 晓燕は悶絶する。

「いつも教科書じゃダルム文字とラルク文字しか出ねーもん! くっそぉ商い通りの露店のオッチャン! 恨むかんなぁ!?」


 ◇


「さぁーーー、さっきの戦いでメギトリアルを倒した謎の人物X! 次の相手は美桜咲だぁぁぁぁ!」

 オオオオオオオオオ………

「いやーー、さっきは大恥かいたぜ…まっ、よろしくな!」

「何のことか私には分からぬが…よろしく、お願いしよう。」


 ザッ…


 少し距離を置いて見合う。

「と、すまない。早々に終わらせてもらう。」

 唐突にそう切り出す相手。帽子のつばの下から覗く深緑の双眸は、咲の方をじっと見ている。

「ん? なんで?」

「早く弟子に会いたい!」

 ……………………。

「弟子が誰か知らんし意味も分からんが、」

 咲は興醒めた顔で、

「とりあえず私利私欲まみれなのは分かった。なら!」

 相手に指を突き付け、

「長引かせてやるぜ!」

 と、高々に迷惑かけます宣言。

「そうくると思ったよ。」

「話し合いが、終わったようです! それじゃあ、5…4…3…2…1…開始!」

「なら、こちらも4割程出すとしよう。…剣戟。」

「け、剣戟?」

 不思議がる咲を置いてけぼりに、相手は構える。

「【影詠流神楽式夜叉術剣戟・陰府舞よみまい】。」


 フシュウウウウウウッ


「何!?」

 すると、相手の足元から黒煙が出てきた。

「【影詠流神楽式夜叉術成道・鬼神一閃(きじんいっせん】。」


 バシュッ…


 相手が振った刀は黒煙を散らして、観客にその光景を見せることとなった。咲は倒れ、相手は納刀した刀から手を離さずに静かに佇む───圧倒的な力の差を示す、その光景を。


 ◇


「で、悠依さん(負けた)と月奈(負けた)と咲(負けた)は分かるけど、」

 病室のベッドに座って夕月はツッコむ。

「おねーさん達は何故!?」

 その視線と指先の方向には、夕月が大会開始直前に会った女性+αがいた。

「あははー、すみません夕月さん!」

「友達か! あ、いや敬語だから…違うのか?」

「同じ門下生みたいなものだしいいんじゃないでしょうか?」

 その言葉にメギトリアル一同首を傾げる。

「え? 門下生? 影詠流の?」

「若干違うけどね。で、僕達のことについては何も聞かなくていいの?」

 女性の隣に立っていた女の人が、少し男っぽい口調で聞く。

「えーと…貴方達は…誰?」

「あとでわっかるー!」

「聞かせといて返答がそれか! 浮かばれないよ!」

 男っぽい口調の女の人のそのまた隣に立っていた身長が誰よりも低い、猫耳の生えた女の子が楽しそうに言った言葉に夕月は、少しお腹が痛くなるのにも構わず絶叫。

 あはははははは…

 病室に笑いが溢れた。


 ◇


「さぁぁぁぁ!!! 遂に! 決 勝 戦!! これでメギド最強が決まる!」

「…。」

「…。」

「なんて言うか…」

「なんと言うか…」

『決勝戦って感じしないくらい華奢…』

 なぜ女性2人が相対することになったのか嘆く。しかし、強いと半ば強制的に闘技場に足を運ぶことになる。と、女性2人は割り切って、

「…よろしくお願いします。」

「よろしく、茜崎燐。」

 そう言って、相手は笑う。凛々しい笑み。思わず燐は見惚れた。が、すぐに気持ちを集中させる。

「じゃあ。」

「決勝戦! 運命の一戦! これでメギトリアルが勝つか!? 謎の人物Xが勝つか!? 5…4…3…2…1…開始!」

「【イドラルミーナー流双銃術・乱撃】。」

 腰の拳銃二丁を抜き、火の魔鉱石を叩いた爆発の力で弾丸が放たれる。

「【影詠流神楽式夜叉術二口昇華二段・冥府羅刹災斬めいふらせつさいざん】。」

 相手は両の掌を下に向けて、夕月と相対した時のように両手に現刀し、両方とも逆手に持つ。が、その刀は刀身に煙の闇を纏った、禍々しいものだった。相手は、刀身が正面に円を描くように腕を交差して構える。


 ボシュウウウウウウ……


 闇は大きくなり、燐の放った弾丸を全て包み込んだ。

「なんだ…あれ。」

 そして、闇は弾丸を呑み込み、消し去り、また刀に纏わりつく。

「はっ!」

 そして、急に距離を詰めて逆手のまま交差斬りを仕掛けてくる。

「【イドラルミーナー銃身受け身術】!」

 燐は刃を銃身に沿わせる様に。


 シャリィィィィィ


 刀が銃身を掻く音が響く。

「くっ!」

 後ろ跳びで一旦燐は距離を置く。

「まだまだいくぞ!」

 そう叫んだ直後、闇の残滓から鞘のない刀───刃を剥き出しにした刀が飛び出す。

「な…!? (なんでだ!? …流石影詠流、全貌が分からない!)」

「【影詠流神楽式夜叉術剣戟・神楽詠奏かぐらえいそう】!」


 ボシュウウウウウウッッッ!


 残滓から大きくなり、闘技場に暗い影を作り出す。

「…。影…、刀が出るのか?」

 ───────!

「っつ!」

 !!!

「らちがあかない!」

 !?

「ぐっ! 油断した!」

 三本目の刀に、燐は肩を斬られた。

「銃弾! 【煙払けむばらい】!」


 バン!


「卿もなかなかの手練れであるな。」

 晴れていく煙の中から、燐に賛辞を送りつつ相手が姿を見せた。

「一つ問おう、卿はなぜそんなに強くあろうとする?」

「…? どういうことだ?」

「卿の戦い方を見ていて分かった。卿は、ただ強くなるためだけに鍛錬しているわけではないのだろう。卿は、強くなったその先に何かを求めて戦っている。そうではないか?」

「…!!」

 燐は驚愕した。たまたま決勝戦でばったり出会った程度の人に、ものの数分手合わせした程度で相手の技量とその人が求める理想を見抜く、その洞察力に。

「取り戻したいものが…あるからだ。」

「そうか。ならば、私も応援しよう。」

「え…?」

「私にだって、守りたいものぐらいはある。取り戻したかったものも。だから、応援しよう。卿が取り戻したいものを取り戻した、その日まで。」

「…あなたも、取り戻したいものが、あったんですか。」

「あぁ。遠い昔の話だ。」

「…。」

「覚悟は、決まったようだな。」

 無言でライフルを構える燐に、相手はそう返して、両手の刀を消す。

「【現刀・雪月花──紫桜──】。」

 代わりに、薄く紫がかった刃を持つ刀を現刀する。肩の上に、刃を上にして構える。

「…。」

 沈黙が観客席を覆う。

「…。」

 何分経っただろうか。両者ともに動かず、じっとその時を待つ───決着が着く瞬間を。


 ヒュッ!


「───!!」

 一瞬で燐の肩を掠めに距離を詰めてきた。相手は勝利を確信し、

(もらった。)

 しかし、その時なんとも不思議な事が起こった。


 バン!


 一つ、銃声。


 キーーン…


 そして、次に金属が折れる音。


「───!!」

 相手も動揺したが、当の本人燐こそかなり動揺していた。燐は、地面に刺さっている折れた刀の先を見やり、

「──え?」

 その様子を見て相手は、ふっと笑い、

「私の負けだな。」

 その言葉を引き金に、沈黙で覆われた観客席がどっと湧いた。

「予想外の仇打ち! メギトリアル所属茜崎燐! 優 勝 !!!」

 オオオオオオオオオオオオオオオオオオ…

「勝った…のか?」

「一つ、問うていいか? どうやって、卿は今の私の攻撃を避けたんだ?」

「…分からない。あなたが動いた時、無意識のうちに体を捻って…」

「────!! (動いた瞬間だけ体を消したはず…! なぜそれを捉えた!?)」

「どうかしたん…ですか?」

「い、いや、なんでもない。」

 相手は少し詰まりながら続ける。

「…あとで、私に付き合ってくれないか。確かめたいことがある。」

「え?」

 突然のお願いに戸惑いながらも、

「分かりました。」

「まずは、みんなのところに行こうか。弟子が待ってる。」

(弟子って誰…)



 夕月の病室。治癒師が夕月の体を触って(もちろん女性)、

「うん! 大分回復したわ! 退院してよーし! バイバイッ!」

「ありがとうございます!」

「さて、燐さんのところへって…あら、燐さん!」

「おお! 燐! 結果は!?」

「おかえりの前に結果かよ…」

「って…あら? そちらの人は?」

「うー…予想通りすぎるってかなんでいるの…」

「なんで嘆いてるのよ夕月…?」

「ふふっ、そこまで嘆かれるのも心外だな。」

「この人は…私の師匠、影詠葉月かげよみはづきです…」

「えっ、」

「えっ、」

「えっ?」

「えっ!?」

『えええええええ!?』

「別に弟子の参観日ぐらいいいだろう。減るものではない。」

 影詠葉月かげよみはづき。夕月の師匠であり、実質的な夕月の親。影詠流神楽式夜叉術の使い手で、かなりの戦闘能力を持つ。普段は凛とした雰囲気の黒髪長髪の女性で、普段は隠密黒装束に外套を羽織っているが、今は何故か黄昏軍の女性用軍服を着ている。

 お酒が入ると豹変するらしい。聞くところによると、普段は相手を敬称で呼ぶが、それが「お前さん」になる、誠実で堅物そうな雰囲気からは想像出来ないようなくらい、自分から絡んでくるようになるなど。

 そして、堅物な感じとは裏腹に、マイペースで猫のような気まぐれな一面もあり───

「師匠、なんで黄昏軍の軍服着てるんですか?」

「…なんとなく?」

 と、たった今述べたことを肯定するかの様に言う。しかし、そんな気まぐれマイペースの裏に別の意図が隠されていることもあり、所々が掴み所がなく、真意の読めない女性でもある。

「で、このおねーさん達は師匠の知り合いですか?」

「知り合いというか…私に力を貸してくれる者達だ。」

「そゆこと♪ お見知り置きを──って言いたいところなんだけど、まずは自己紹介からだよね。」

「時雨ときさめです。よろしくお願い致します。」

「悠依さんタイプか…」

「小夜でーすよろしくー。」

「軽めの咲…」

「寧々(ねね)だよー! よろしく!」

「…赤ちゃん?」

 と、猫耳の生えた女の子が自己紹介を締めくくって、燐が最後の分析を終える。

「猫耳…ってことは、寧々ちゃんは猫族なの?」

「月奈の推察はあながち外れてもいないが…」

「すこぉーし惜しいかなー、正確には幻獣なんだよ。」

「幻獣?」

 聞きなれない────というか聞いたことのない単語に、メギトリアル5人は首を傾げる。

「無理もないですよ、本来、私達のような存在は人知れず生きるものですので…」

「幻獣とは、この世界にいる動物によく似た、しかし知能も魔力も動物とは桁違いに高い、一種の魔獣とも言える存在だ。だが、生息数も少なく、見つけるのには大分骨が折れる。私も、運良く出会って、その時の出来事から付き従ってくれる様になっただけだ。」

「でも人に害をなすことはないしー、人に何か酷いことされない限りむしろ人を護ってたりもするかなー…あんまり認知されないけど。」

「寧々は猫の幻獣ー! “ネコマタ”だよー!」

3人の中で一番背が低く、幼げに見える橙色の髪の女の子。見たところ8歳程。

「私は“キュービ”。狐の幻獣ですね。」

一番長身で、片目が豊かな黒髪に隠れている女性。夕月の見立てでは21歳、大学生程ではないだろうか。

「僕は蛇の幻獣“ウワバミ”かなー。はい自己紹介終わりー。補足だけど僕達全員女だよー。」

最後に、一般的な身長の、セミロングの髪を後ろで三つ編みにして、こめかみの少し上あたりが少しはねて垂れ耳っぽくなっている女性。18歳程。

「さぁて…本題に入ろうぜ…!!」

 みんなが急に真剣味を帯び出した咲の声に注目する。

「ズバリ!」

『ズバリ…?』

「燐!? 勝ったのか!? 負けたのかぁ!?」

 ………………

「えっ!? あっ私? 勝った。」

「と、と言うことは…」

「優勝。」

 ぞんざいに、朗報を言い放つ燐。その言葉にメギトリアル5人は喜んで、

「やったぁー! バカンス行けるー! 小夜も行こうね!」

「いきなり距離詰めてきたのは驚きだけど…悪い気はしないね。」

「やりましたね! 燐さん!」

「ギリカ…バカンス…」

「あら? なんで咲、震えてるの?」

 と、朗報を聞いてからずっとプルプル震えていた咲に気付き、声を掛ける。

「ぃよっしゃぁーーーーーー!!! バカンスだぁーー──────」

「盛り上がっているところ悪いが、指揮官から召集がかかってしまったぞ。」

 急に叫び出した咲よりも、いつの間にかいたギルベルトへのみんなの驚きに軍配が上がった。


 ◇

「事の発端は、黄昏軍戦線基地がブラッドシーカーに襲撃され、ノートが奪われた事に始まる。」

 黄昏軍の本拠点の会議室。作戦円卓を囲んでメギトリアルと指揮官2人に、葉月達とギルベルト、イーライが作戦会議を開いていた。

「あの…ブラッドシーカーって何かしら?」

「あぁ…月奈ちゃんには教えてないっけ…」

 と、イーライが自身の教育課程に不備があった事に嘆く。

「血族術師ブラッドシーカーって言うのはね…死霊術師ネクロマンサーはみんな知っているだろう? その者達が悪魔と契約した、いわば死霊術師の上位互換。自身の血を使って強力な魔法…いや、マナを使わないから攻撃かな、を繰り出すんだ。ただ、自分の血を使うから大きな戦闘の後は消耗してしまう。」

「今回の血族術師はかなり高位の悪魔と契約した者だ。」

 それを聞いてみんなの緊張感が高まる。

「そして、それに伴ってヴォームラムス辺境の村々の人々が行方知れずとなっての。関係がないとは思えん。」

「殺されている可能性は無いんですか?」

 不安げに悠依が聞く。

「その点は心配無いよ。何処かに攫われただけだ。」

「だから、調査…というか偵察を送る。囚われているヴァータ軍基地の目星はついているのでな。そして、一か月の内に────」

「兵力を集結、戦線基地での戦闘も念頭に置いた上で、ヴォームラムス辺境の村人達を解放する。」

 レイトの説明をクレイブが引き継ぎ、そう締めくくる。

「すいません、偵察って誰が…? 黄昏軍にはそんな人いないでしょう。」

「その点は心配ないよ燐君。旅団が来ているのではと…」

「葉月殿、旅団と一緒に来ましたかな?」

「あぁ、旅団も付いて来た。必要とあらば呼ぶことも出来るが。」

「儂からお願いしてもよろしいかの。」

「了解した。少し時間をもらうぞ。」

 そう言って、葉月は手鏡を取り出す。そしてそれを開き、鏡の向こうに見える誰かと会話している。

「クレイブ指揮官、旅団って…?」

「あれ? 流石のお弟子さんでも紫闇旅団には会ってないんだ。」

「紫闇旅団? それって何でしょうか、小夜さん。」

「紫闇旅団とは、紫闇一族を中心とした暗殺集団でのぉ。王族と木の間に契約が交わされた時、紫闇一族が立ち上げたと言われておる。今では、全貌が掴めず、その情報は裏街や地下貧民街でルヴァリュ単位で扱われると言う。」

「ルヴァリュ!? ルヴァリュって事は…えっと…」

「クルスの10倍ね…」

 この世界の通貨は、1ニールを最低単位として、100ニールは1ヴァレ、10ヴァレは1クルス、10クルスは1ルヴァリュ、1000ルヴァリュは1エントヴァースである。

 そして、地下貧民街とは、地上の貧民街とは段違いに闇が深い、悪商人や悪の組織、とにかく悪のつくものが蔓延る危険な区域で、下水道のどこか一本道に入ると大体行ける。しかし、地上にも入り口はある。裏街も似たもので、地上か地下かという違い程度。

「ていうか…夕月、折っちゃダメなやつだよな刀って。」

「うん、まあ…あんまり折られるのは歓迎じゃないかなぁ…。普・通・の人はね。」

 その言い方に意味ありげなものを感じ取り、燐は聞く。

「どういう事だ?」

「影詠流ってね、少し特殊なのよ。」

「特殊…ですか?」

「うん。まず、影詠流はその名の通り、影を利用するの。」

「影を利用って…どういう事だぜ?」

「影詠流はその技にも影は使うんだけど…何よりも他の流派と違うのは、【現刀】ね。」

「そう言えば、私も戦ってる時いつの間にか後ろに刀がありました!」

「そう、それが【現刀】。影があればある程度の距離までなら、刀を自由に出したり消したりできる。師匠や私が外套を着ているのはその為なんだー。自分の周りに刀をいつでも出せるように。あとは、手で影を作ればそこにも出せるよー。あとは、影のようになって姿をある程度消せるかな。」

「なんて流派…影詠流は謎が多いって聞くわ。」

「そして影詠流に継承される能力があってね…【影創えいそう】って言うんだけど。」

「【影創】って神楽詠奏の事か?」

「それは【影創】の一つ下だし、剣戟。神楽詠奏は闇───影の残滓を増幅させてもう一度使う技。本当の【影創】はもっと影が濃いの、太陽の日も隠れるくらいに。それを使って現刀したりもするよ。」

 夕月は長い説明に一つ括りをつけ、一息置く。

「で、本題だけど、刀は折られても私達には関係ないかなー。現刀すれば元通り!」

「夕月さん、【影創】ってどのくらい広がるんですか?」

「んー…ここじゃ出来ないかなぁ…でも、そんなに言うなら見てみる?」

『えっ?』

「【影創】!」


 ボシュウウウウウウッ!


「ちょっ…夕月! 暗すぎる!」

「何も見えないぜ!」

 その時、闇が晴れた。

「すごいわ…本当に何も見えない!」

「さぁて、誰か知らないけどそろそろ出てきたら?」

「え? どうしたんですか夕月さん?」

 急に誰かに呼びかける様な発言をした夕月に、悠依は不思議そうに首を傾げた。

「今まで頑張って隠してたんだろうけどうけど、さっき一瞬だけ、人の気配がしたの。そこに。」

 そう言って夕月は指を、誰も立っていない側の壁に向かって指す。その壁には、刀が鋭利な刃を出して浮いていた。

「何も無い…ぞ。」

「正面から見たら、ね。」

 すると、会議室に誰かの知らない声が口調も異なるものとして響いた。

「なんや、もう終わりかいな。」


 ◇


「ふぁぁ〜疲れたぁ〜。」

 そうぼやいて、椅子に倒れこむ様に男の子は座る。

「あ、帰ってきた。」

「おかえり…」

「おっかえり〜!」

「へっ! 大分疲れてんなぁ!」

 すると、4人の男女が男の子に言う。最初に反応した女の子は、特に目立った所もない至って普通の17歳ぐらいの女子。暗めに、捉えようによっては億劫そうでもあり憂鬱そうにも聞こえる挨拶をした女の子は、黒を基調とした紫の入る魔法着ローブを着ている12歳ぐらいの女の子。気さくに挨拶した16歳ぐらいの女子は、背中に大きな大剣を掛けている。そして労いとは程遠い、しかし何処か親しみを感じるものを投げかけた17歳ぐらいの男子は、笑うと八重歯が目立った。

「おつかれ〜、だぁーいぶ血を使ったんじゃなぁーい?」

 何処からか、反響する様な声が響く。しかし、その声の発生源は見当たらない。しかも、5人の誰でもない声だった。

「そろそろ出ても良くなーい?」

「はいはい、今出すって。」

 そう言って、男の子は右手を掲げる。そして、人差し指にはめた指輪を親指で強くこする。すると、指輪の一部が外側に飛び出し、鋭い爪の様なものが出てきた。

「えいっ!」

 男の子が、その爪で親指を引っ掻く。


 ピッ


「つつつ…ほら。」

 滴る血を見ながら男の子は言った。すると、血が動き出し、それは人の形をとってゆく。

「はー! 出たー!」

 血はいつの間にか彩りを持ち、完全に人のそれとなる。

「ちゃっ! エメラダ!」

「たっだいまー!」

「相変わらずうるせぇ奴だ。」

「それでも強いからいいよ。」

 人のなりをした者が血から現れたというのに、何度も見ているかのように5人は話す。

「そういえばお前のそれ、何なんだよ?」

「このノート? これは…なんか面白そうだから基地から漁ってきたんだ〜。」

「ふーん。じゃあうまくいったんだな。」

「うん! 滞りなくいったよーぉ!」

「次は…獣鬼の番…」

「頑張ってねー!」

「いってらー。」

「うっし、行ってくるぜ!」

「頑張れーぇ。」

 5人の声援を背中に受けながら、八重歯の男子は軍の任務を遂行しに行った。


 ─────ヴァータリグレイトの家での出来事。

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